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好きが言えない次期宰相は今日もあの子を睨んでる

キトー / 著
カズアキ / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2026/05/08

電子配信書店

  • piccoma

内容紹介

家族の罪を一緒に償うため、学園での無賃労働を行うルットは、監視役の次期宰相・ジャッジに睨まれながらも健気に指示に従っていた。最初は遠目から睨まれていたが、日が経つにつれて距離が近くなってくる。今では言葉を交わしながら睨まれていた。罪の重さを考えれば嫌われていても仕方ない、と諦めていたが、ある日、下の名前で呼ぶようにと説教してくる。心底、僕の事が嫌いなはずなのに、と困惑するけど……。「もう間違えたくない」眼鏡を外したジャッジが覆いかぶさってきて!? 熱くて苦しいのに、気持ちよくて――。素直に想いを伝えられない不器用な次期宰相×真面目でちょっと鈍感な青年のフォーカスラブ!!

人物紹介

ルット・ミセラトル

家族の罪を償うため、無賃労働中。

監視役の次期宰相からいつも睨まれている。

ジャッジ・ヴァゾットレム

第二王子の側近の一人で次期宰相。

監視のため、ルットの側にいると言っているが……。

立ち読み

【プロローグ】


 双子の妹が学園でやらかしてしまったらしい。
 しかも、とんでもないやらかしだ。
 そんな話が突然飛び込んできて、僕は今、王都の学園に来ていた。呼び出しというやつである。
 いつか王都に行ってみたいとは思っていたが、まさかこんな形で実現するとは思わなかった。
 妹はいつか、何かやらかしそうだとは思っていた。
 そろそろ僕と共に十五歳の成人を迎えようという頃だ。突然妹が「私はこの世界の主人公なの!」とか言い出したあたりからおかしくなったのである。
 落ち着け、と何度諭(さと)しても妹は話を聞かず、一年後には小さな村を飛び出した。その後、勉強はからっきしだったが珍しい魔力の持ち主だった妹は名門の魔法学園に入学した。
 それが二年前の事。その二年間で、案の定やらかしたのだ。
 でもまさか、学園に呼び出されるほどやらかすなんて思わないじゃないか。想定していたはずだが想定以上の事態だ。

「キミがルット・ミセラトルか」
「はい……」
「リット・ミセラトルの罪状は聞いているな」
「はい……」
 呼び出された学園の理事長室で、僕は金髪碧眼(へきがん)の第二王子とテーブルを挟みソファに座り向き合っている。
 今まで座ったどのソファより柔らかいのに、人生最悪の居心地の悪さを感じていた。
 罪を告げるのは第二王子と、二人の側近だ。
 第二王子はこの国立の学園に在学中で、現在王族として学園の管理を任されているらしい。そのため今回の学園で起きた問題も彼が代表で処理する。
 側近はとてもガタイの良い黒髪短髪で殿下と同じ学園の制服を着た青年と、銀髪をセンター分けにした鋭い目つきの眼鏡(めがね)の青年だった。彼だけが軍服を着ている。
「なるほど、妹にそっくりで何をしでかすか分からない愚かそうな顔をしていますね」
 眼鏡の青年の皮肉に、膝(ひざ)に置いていた拳(こぶし)を握りしめる。教師らしき人も居たが、隅に立っているだけで一切口を挟もうとはしない。
 聞かされた妹の学園での行いは、めまいがするほどひどかった。
 学業はおろそかにして、婚約者のいる男性へ片っ端から色目を使い、大勢からひんしゅくを買っていたらしい。
 しかも、そのターゲットを同じ年に入学した第二王子にまで広げた。
 王子にも婚約者がいるのに、いったい何を考えているんだ。洗練されたご令嬢に庶民の妹が敵(かな)うはずがないだろう。
 けれど妹は諦めず、しまいには第二王子の婚約者を悪役令嬢と呼んだのだとか。なぜだ。
 ありもしないイジメをでっち上げ、自作自演のくせに彼女に罪をなすりつけた。まぁ、あまりにもお粗末で全部失敗に終わったようだが。
 しかしそれでもまだ諦めきれなかったらしい。
 なんと妹は、殺人未遂を起こしてしまった。
 いよいよ誰にも相手にされなくなって、妹は癇(かん)癪(しゃく)を起こしたのだろう。王子の婚約者をバルコニーから突き落としたのだ。
 幸い王子が間(かん)一(いっ)髪(ぱつ)で間に合い被害は無かったが、これが決定打となってしまった。
 双子の片割れよ、なぜそこまで頭がおかしくなってしまったんだ。
 せっかく珍しい光の魔力を持って生まれたのだから、真面目に過ごしていれば明るい未来が開けただろうに。
 言い訳をするようだが、昔はこんな子ではなかったのだ。
 成人する直前の、あのおかしな発言まではいたって普通の子だった。
 天(てん)真(しん)爛(らん)漫(まん)ではあったけれど、もう少し常識のある人間だったし、向上心もあった。人を気遣う優しさもあった。
 なのに、何が彼女をここまで変えてしまったのか。
 そんな妹と双子の僕は、眼鏡の青年の言う通り瓜(うり)二つだ。
 顔の作りは同じだし、薄く赤みがかった金髪も、淡(たん)褐(かっ)色(しょく)の瞳の色も同じ。
 髪は彼女ほど伸ばしておらず身長も僅(わず)かばかり僕の方が高いが、違いはそれぐらいだった。
 やらかしにやらかした危険人物とここまで似ていたら、嫌味も言いたくなるだろう。
「――しかし、どうしたものかな……」
「まったく、困ったものですね」
 罪状が改めて読み上げられ、そして次に、僕に科せられる刑罰の話になった。
 そこで王子と眼鏡の青年から心底面倒くさそうな声が上がるが、仕方のない事だと思う。
 王子の婚約者はいわば未来の王族である。妹はその未来の王族を殺しかけたのだ。
 王族への傷害は本来であれば処刑と決まっている。お家の取り潰しも免れない。
 しかし、被害にあったご令嬢はまだ婚約者ではあるが王族ではない。
 そのため妹は貴重な光魔法の担い手として、魔物との戦場の最前線に送られた。厳重な監視の元、過酷な状況でひたすら治癒を行う生活をしているらしい。
 せっかく処刑を免れたのだから、どうか命だけは落とさないでほしいと願っている。
 そして庶民で親も居ない僕達は取り潰せるお家も無いので、唯一の家族である僕と、年の離れた五歳の妹に罪が科せられる事になったのだ。
「あの子さぁ、借金もあるんだよ?」
「……はい」
「何でか知らないけど、僕と結婚できると思ってたみたいでね。パーティー用のドレスをオーダーメイドで作ってたんだよね。僕 が 払 う は ず だ か ら っ て」
「た、大変申し訳なく……」
「許可なく喋(しゃべ)るな」
「はい……」
 短髪の青年から鋭い声が飛んできて、身を縮こめる。
 すみません、ともごもご口にして、視線はひたすら高そうなラグの模様に合わせていた。どこに視線を持ってくれば良いのか分からないし、かといってキョロキョロしていても怒らせそうだからだ。
「さぁて。キミへの罰、というか愚かな兄妹からのとばっちりだけどね――」
 第二王子がもったいぶったように口にする。どうしようかなー、なんて言っているが、おそらくもう決まっているのだと思う。
 僕が罰を受けるのは仕方ない。双子の妹がしでかした罪はあまりにも大きく、彼女が罰を受けるだけでは到底償いきれない。
 だけど末の妹は、まだ五歳なんだ。
 何があったかすら理解していないし、兄としては知らないままでいてほしい。
 そんな幼い子にまで罪を償わせるなんて、あまりに非情だ。
 まだ親の温もりが恋しい幼子は、生まれてすぐに事故で両親を亡くしてしまった。もうそれだけで十分に罪を償っていると思うんだ。
 だから、どうか――。
「――御(ご)慈(じ)悲(ひ)を……」
 ソファから降りて床に這(は)いつくばる僕を、第二王子と側近の二人が見下ろす。ヒシヒシと感じる視線は強くて冷たかった。

 僕の刑罰は、双子の妹が迷惑をかけた学園で無期限の無償労働だった。
「……アナタの働き次第です。せいぜい励む事ですね」
 こうして僕の罪人生活が始まったのだ。



【1章】


 それから早くも半年が経った。僕は今日も日が昇る前に起きて、手持ちのシャツとスラックスに着替えて寮を出る。
 寮とはいっても正式な部屋ではなく、寮棟で物置として使われていた狭い部屋で無理やり寝泊まりしているのだ。
 それでも住まいと食事という最低限の生活を保障してくれているのでありがたいと思っている。
 僕は学園に来て毎日休む事無く働き続けた。そのおかげでなのか、末の妹には今のところ罰を科せられていない。現在は教会に預けられて、ひとまず元気に過ごしている。
 けれど、僕が間違いを犯せば罰の矛先はすぐにでも末の妹に向くだろう。
 それだけは何としてでも阻止しなければならないのだ。
「おはようございます」
「はいはいおはようさん。今日もアンタは早いのねぇ」
「そりゃあアンタと違って若いんだもんよぉ」
「なーに言ってんよ。アンタだって最近夜中に何度も目が覚めるって言ってたじゃないよぉ。歳よ歳」
「それよりあのーほら、アレ! アレってどうなったんだい」
「あーあのー、アレね! アレはほら、警備の坊やがアレしたからさぁ」
 食堂に顔を出すと、馴染(なじ)みの顔が今日もマシンガントークを飛ばしている。食堂で働くおばちゃん達は僕に構っているのか構っていないのか、ひとまず勝手に楽しそうだ。
 僕は毎朝、その日に講義で使われる教材の整理、掲示物の貼り替えを終えてから食堂に来る。学生達の朝食の下ごしらえを任されているからである。
 そして今日も、いつものように山盛りの芋(いも)の前に座り、もくもくと皮を剥(む)いていく。
「アンタ、もう朝ご飯食べたのかい?」
「あの――」
「どうせ今日も食べてないんだろう。アンタいっつも仕事してんだから」
「私だってそう思ってたよぉ。だからサンドイッチ作ったのさ」
「そんな事言ってアンタは自分で食べる分が多いじゃないか。さっきまかない食べたくせにさぁ」
「違いないねぇ。ほらアンタ、学生達が来る前に早くお食べ」
「――ありがとうございます……」
 こちらが口を挟む間もなく話が進み、今日はサンドイッチを食べさせてもらえる事になった。
 おばちゃん達は罪人である僕にも変わらず接してくれる。初めこそ少し警戒されていたが、共に仕事をするうちにすぐ仲間として認めてくれたようだ。
 ちなみに、おばちゃん達からの妹のリットの心証は、学園内では珍しく悪くない。
 いつも気持ちよく完食していたそうで、おまけに学園での話題を提供してくれる面白い子と位置づけられていたらしい。だからこそ僕への風評被害も少なく済んで、あっさり受け入れられたのだろう。
 おばちゃん達の豪快な優しさに今日も感謝し、目の前に置かれたサンドイッチをありがたくいただいて本日の活力とした。
 僕が食べている間もおばちゃん達のトークは途切れず、喋りながらも手は動いていて次々仕事を終えていく。これがプロってやつなのか。
「そーいやルットちゃんよぉ、あの人とはどうなんだい? そろそろアレしたかい?」
「あの人? とは誰でしょう」
「そーんなのアンタ! 次期宰(さい)相(しょう)の坊ちゃんに決まってるじゃないさぁ! んで、どうなんだい?」
「アンタそんな急(せ)かすんじゃないよぉ。若者には若者の事情ってもんがあんのよ」
「なぁに言ってんのさ。結局やる事は一緒だろぉ? ぐあっはっはっは!」
「やだよぉアンタそんな大声で」
「……」
 一人が話を始めると、どこからか人が集まってよもやま話が始まる。僕を囲んで話し出した彼女らは、やはり口と同じぐらい手の動きも速く、芋がどんどん減っていった。
「で? どうなんだい、ルットちゃん」
「え? あー……ジャッジ・ヴァゾットレム様の事、ですよね」
「そーだよぉ。そろそろアレなんじゃないかってみんなで話してたのさ」
「みんなってアンタがいっつも話し出すだけじゃないか」
「そんな事言ってアンタ達も興味津々なの知ってんだからね!」
「はいはい」
 ジャッジ・ヴァゾットレム様。第二王子の側近の一人で、おばちゃん達の言う通りであれば次期宰相なのだろう。僕の罰が言い渡される時も王子のそばに仕えていた。
 銀髪をセンター分けにした、紫色の瞳を持つ鋭い目つきの眼鏡の青年である。
「……っ」
 あの時の光景を思い出してしまい、身震いをする。
 あの日、僕を見下ろす彼は、まるでヘドロでも見ているような目だった。
 その場に居た誰よりも冷たい視線を向けてくる彼の紫の瞳を、今でも忘れられない。
「……ヴァゾットレム様には、なるべくお手を煩(わずら)わせないよう気をつけてます……」
「……おんやまぁ」
「そりゃあアンタ、次期宰相様もアレだねぇ」
「違いないねぇ」
「でもたまには良いさね。いっつも澄ました顔してんだからさぁあの坊ちゃん。だぁっはっはっは!」
「……はぁ、まぁ?」
 会話をアレで済ませてしまうおばちゃん達の会話にいまいちついて行けないが、口を挟まずとも勝手に話が進む。
 僕は曖昧な返事をしながら、与えられた仕事を粛々(しゅくしゅく)とこなしていった。

 学生達の朝食時間が過ぎ、後片付けまで終わったら食堂を出て次の仕事場に移る。掃除や洗濯、備品の補充や会計まで、やる事は様々だ。
 今は折れそうな枝があると依頼を受けたので、ハシゴを抱えて切りに行っている。
 ガゼボの隣に生い茂る木の伸びすぎた枝を切るためにハシゴに登り腕を掲げた時、左手首の腕輪が日の光に反射しキラキラと輝いた。
「……」
 一見すると宝石の埋め込まれた綺麗な装飾品に見えるが、この腕輪は監視道具だ。
 いつ、どこで、何をしているかがすべて記録されているし、勝手に取り外しもできない。
 プライベートも何もあったものでは無いが、それはそうだ。罪人にそんなモノがあるわけない。
「おはようございます。ルット・ミセラトル」
「……っ、お、おはようございますヴァゾットレム様……っ」
 腕輪をじっと眺めていた僕の名を、ハシゴの下から知った声が呼ぶ。その声に無意識に体が強(こわ)張(ば)って、危うく落ちそうになった。
 なんとか体勢を立て直し、僕は慌てて降りて彼と向かい合う。すると彼は今日も変わらず紫の鋭い目つきで僕を見て、不機嫌そうにシルバーフレームの眼鏡を指で押し上げた。
「何度注意しても覚えられませんね。私の事はジャッジと呼ぶようにと伝えているでしょう」
「あ……申し訳ありません、ジャッジ様……」
 周囲から次期宰相と謳(うた)われるジャッジ様は、その呼び名にたぐわぬ凛(りん)とした姿で僕を見据える。
 僕の監視役だからなのか、僕らは毎日顔を合わせていた。
 彼はエドワード殿下やもう一人の側近である青年より年上だ。
 制服を着ていないからか殿下達とかなり年齢が離れてみえるが、なんと年の差は一つらしい。去年学園を卒業している。
 そのため講義も無く、殿下から任されている公務や学園の管理業務が一段落つくと、その都度僕を監視しに来るのだ。
 最初の頃は遠目で睨(にら)まれていたが、日が経つにつれて距離が近くなっていき、今では言葉を交わしながら睨まれる毎日になった。それこそ食堂のおばちゃん達が話題にあげるほどに。
「今のところ丁寧な仕事をしているようですね」
「はい……」
 腕輪のはまった手首を無意識に握りしめ、視線は足元に固定させる。
 ジャッジ様の言葉は褒(ほ)めているように聞こえるが、そのままの意味で捉えてはいけない。なんせジャッジ様は、心底、僕の事が嫌いなのだから。
 ここで「ありがとうございます」なんて言おうものなら、鼻で笑われ図に乗るなと説教が待っているだろう。
 だから最低限の返事だけをしたが、ジャッジ様はなかなか帰ってくれなかった。
 まだ何かあるのだろうかと視線を泳がせると、渡り通路で第二王子、エドワード殿下が面白そうな顔をしてこちらを見ているのに気づいた。
 学生は皆制服を着ているが、同じ服装でも目立つのがエドワード殿下という人だ。
 気づいてしまえば、見世物みたいで少し居心地が悪い。いや、エドワード殿下が居なくとも、ジャッジ様が目の前に居るだけで居心地は悪いのだけれども。
「――じに……」
「え?」
 そんな事を考えていたら、ボソリと、小さな声が届いて僕は思わず顔を上げる。


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