書籍詳細

白猫は宰相閣下の膝の上
定価 | 1,320円(税込) |
---|---|
発売日 | 2025/06/13 |
電子配信書店
その他の書店様でも配信中!
内容紹介
ずっと一緒にいてほしい
森の魔法使いの弟子・スピカは、白い耳と短い尻尾を持つ猫の獣人だ。誰もが彼を子どもと言うけれど、ちゃんとした大人である。そんなスピカはある日、優秀だが王さまと不仲だと噂の若き宰相・シルヴィの秘書官として働くことになった。働き詰めで苦労性な宰相閣下を幸せにするため、今日もスピカは奮闘中!――だけれど、実はスピカには誰にも言ってはいけない、お師匠さまからの任務があって……。「スピカは人間になって宰相閣下の伴侶になります」「……うん?」不憫なエリート宰相が天然な猫獣人に振り回される、ファンタジックなほのぼのラブストーリー!
人物紹介

スピカ
シルヴィの秘書官に任命された猫獣人。魔法が使え、姿を変えることも出来る。シルヴィの伴侶になると言い出して…!?

シルヴィ
王の執務まで押しつけられている多忙で不憫な宰相。突然現れたスピカの世話まですることになり、困惑していたが…。
立ち読み
生まれた時はたくさんの兄弟がいたのに。
気が付くと母も兄弟もいなくなっていて、スピカはたった一人でないていた。
けれどもいくらないても誰も助けてくれず、いじめられてはないてばかり。
お腹が空いて我慢できずに、とうとう売られていた食べ物に手をつけた時、店の主人に箒(ほうき)で叩かれた。体が小さかったスピカは、いとも簡単に壁へと弾き飛ばされて動けなくなってしまった。
もう死んじゃうのかなと思いながら、最後に小さくなき声を上げると、誰かがそばで立ち止まったのがわかった。
「……こんな小さな子が、なんてことだ。……大丈夫?」
優しい手が、スピカに触れる。人の手が温かいものだと、初めて知った。
***
昔のことを夢で見ていると、とても幸せな気分になる。暖かい陽だまりの中で昼寝をしていると、スピカのことを呼ぶ声がした。
「スピカ、そろそろ起きて準備しなさい」
呆れたような声色でスピカを起こしに来たのは、お師匠さまだった。
「お前、今日が何の日だか忘れてはいないでしょうね」
お師匠さまは、とんがり帽子に夜の空をうつしたようなローブを羽織っている、森の魔法使い。顔は布で隠していて、スピカはその素顔を見たことがない。
お師匠さまの名前を聞いた時、森の魔法使いという名称以外はないと言われた。だからスピカはお師匠さまと呼んでいた。
「まったくお前ときたら、いつも寝てばかりで。はぁ、お城でやっていけるのか、心配だ……」
お師匠さまがたくさんの腕を生やして、櫛(くし)や歯ブラシを持ってくる。お師匠さまが何本もの腕を器用に動かしたことにより、スピカの身支度が完了した。服を着替えさせられたスピカは、お師匠さまに言った。
「大丈夫、ちゃんとお仕事できます」
「……できる気がしない。いいですか、お城に行ったら全部一人でやらなきゃいけませんよ。そもそもお前、私の弟子としてお城に召し抱えられるのですから、しっかりなさい」
「はあい」
「……不安だ。不安すぎる」
憂わしげな様子のお師匠さまは、スピカに言い聞かせるように言った。
「空にある三つの月が、一つに重なる日はわかりますね。その日までに、お前がやること、決して忘れないように」
お師匠さまが指し示した空には、三つの月が浮かんでいる。まだそれぞれが離れていて、一つに重なる日までは、いくつもの昼と夜を繰り返さなければならないだろう。
つまり時間はまだ、たっぷりあるということ。
「もちろんです、お師匠さま」
スピカの返事に、お師匠さまは肩を落とした。不安は拭えなかったらしい。なのでスピカは、お師匠さまがあつらえてくれたローブを羽織り、準備万端な姿を見せた。
「なんでちょっと自慢げなのです」
「ローブ、一人で着ました」
「あ、はい。……本当に大丈夫かな、この子」
ため息を吐いたお師匠さまは、気を取り直したように魔法の杖(つえ)を手にして、では行きましょうかと言った。キラキラとした光がお師匠さまとスピカの周りに集まったかと思うと、一瞬で景色が変わった。
――お師匠さまの家から、とても広いホールに移動したのだ。鎧(よろい)を着た人間や、綺麗な服を着た人間が、ずらりと並んでいる。
「も、森の魔法使い……!?」
「突然現れたぞ!」
「あれが、森の異形の化け物」
ざわつく人間達の声が、スピカの耳に届いた。その不愉快な空気が嫌で、思わずお師匠さまのローブを握りしめる。ざわめきを鎮めるかのように、お師匠さまは手に持っていた杖を床に音を立ててついた。
「こんにちは、王さま。森の魔法使いが参りましたよ」
広間の立派な椅子に座っていたのは、王冠を被った若い男性だった。周りにいっぱいいる人間達の中で、一番若くて一番高い場所に座っている。それから、一番目立つ。
真っ赤なマントにキラキラの服を着て、髪の毛も金色ですごく眩(まぶ)しい。
お師匠さまが話しかけると、王さまは思い切り顔を歪めたので、お腹でも痛いのかなとスピカは思った。お師匠さまのお薬、後で分けてあげよう。
「余の戴冠式の招待を無視したくせに、来る時は突然なのだな。……それで、森の叡(えい)智(ち)たる魔法使いが、わざわざ城に来られるとは、一体何用か?」
「はい、この子をお城に置いてもらおうかと思いまして」
お師匠さまのローブに隠れるようにしていたスピカの背中を、ぐいと押して前へ出した。スピカの姿が見えた瞬間、周囲のざわめきがまた大きくなった。
「じ、獣人の子供だ」
「なんでこんなところに?」
獣人との言葉にスピカは首を傾げた。そういえば自分は他の人間とは、耳の形がちょっと違う。尻尾もついている。でもそれ以外は、人間と同じなのだけれども。
王さまが目を細めてスピカを見た後で、口を開いた。
「それを? 余の側仕えにでも召し抱えろというのか」
「いいえ、宰相閣下のそばに置いてあげてください」
なんで宰相閣下にとざわめきが大きくなった。こんなにもたくさんの人間がいる場所は久しぶりだったため、スピカの白い耳がピンと立ってしまう。ローブに隠れている尻尾も、ぶわりと毛が逆立って大きく膨らんでいた。
そんなスピカの様子に気付いたお師匠さまは、優しく頭をなでて落ち着くようにと小さな声で言った。
「この子は私の弟子です。とても役に立ちます。スピカ、ちゃんと王さまと宰相閣下の言うことを聞くのですよ。それでは、王さま。あとはお願いしますね」
もう行っちゃうのかと寂しく思ったその時には、お師匠さまの姿は消えていた。
広間に残されたのは、スピカのみ。
どうしたらよいのかわからず、立ち尽くして王さまを見ていると、苛(いら)立った様子で帰るのも突然かと怒っていた。
「一体なんなのだ、あの魔法使いとやらは! 何が古(いにしえ)の盟約だ、そんなものっ……!!」
王さまの言葉に、周りの人間達が必死に諌(いさ)めている。
そこに新たなる人物がやってきた。王さまと同じくらい若い男性は、とても慌てた様子だった。スピカは鼻をピクピクとさせ、男性を見た。
「王よ、一体何の騒ぎなのですか?」
「……ふん、今頃来たのか。お前も森の魔法使いも、どこまでも余を馬鹿にする」
そんなつもりはないと男性が言い募ろうとするのを制止して、王さまはスピカを指差して言った。
「新しい秘書官を探していたな。ソレをお前に付けてやる」
「じ、獣人の子供ですか? なぜこんなところに」
「ただの獣人の子供ではない。あの森の魔法使いの弟子だ。大層優秀なのだろう」
連れて下がれと王さまは言うと、奥の扉から出ていってしまう。
王さまはスピカのことを優秀と言っていた。褒められたと思ったスピカの尻尾は、上機嫌にブンブンと揺れている。
王さまが秘書官にしてやると話していた相手。きっとこの人間が、お師匠さまが言っていた宰相閣下だ。スピカは、王さまが消えた扉を見たまま立ち尽くしている男性のもとへ、尻尾を上向きに伸ばして駆け寄った。
「宰相閣下?」
深くため息を吐いていた男性は、スピカを見下ろした。なんだかすごく疲れているようだ。これはスピカが面倒を見てあげねばと意気込んだ。
「……ああ、ええと。はい、そうです。とりあえず私の執務室へ来なさい」
「はあい」
宰相閣下は青いローブを羽織っていた。背中には大きな紋章が刺繍されている。スピカが着ているローブも青色だったので、お揃いのようだと嬉しくなった。
それに薄く透き通った紫色の長い髪を緩く背中の方で結んでいる。歩くたびに毛先が揺れて、スピカは触ってみたくて仕方がなかった。
宰相閣下は歩くのが速いので、スピカはその背中を追いかけるので精一杯だった。なので立ち止まったことに気付かず、そのままぶつかってしまう。
「ちゃんと前は見ましょう」
「見てました」
「…………」
宰相閣下は困ったような顔をしてから、扉を開けて中に入るようにとスピカを促す。人間が仕事をする場所を見るのは初めてだったので、スピカは興味深く部屋の中を観察した。
するといつの間にか椅子に座っていた宰相閣下が、スピカに座るようにと言ってくる。なのでスピカはそばまで行くと、その膝に乗った。
じっと間近で宰相閣下の目を見る。目も服と同じ青色だった。青がいっぱいだなと尻尾を振っていると、宰相閣下は目をつぶってしまう。
「……椅子に座ってください」
そう言ってスピカの脇に手を入れると、体を持ち上げて向かいの椅子に座らせた。ぶつぶつと、常識のない獣人の子供をどうしろと、とか言っている。
首を傾げて宰相閣下を見ていると、スピカの視線に気付いたのかこちらを見た。
「私はシルヴィ・ロワ。この国で宰相をしています。あなたのことを聞いても?」
「スピカです。お仕事がんばります。シルのお手伝いします」
「……私のことは宰相閣下と呼ぶように」
名前で呼んじゃダメだったのか。お師匠さまと似たような感じなのかなとスピカは思った。わかりましたと返事をすると、宰相閣下シルヴィはこめかみのあたりを押さえている。
「いきなり愛称で呼んでくるとは。ううん、獣人とはこうなのか? ええと、あなたはスピカというのですね」
「はい」
「獣人は南の大陸に住んでいると聞きますが、あなたはそこから森の魔法使いのもとへ、修行に来ているのですか?」
シルヴィの話がわからなくて首を傾げてしまう。お師匠さまは寝る前に本を読んでくれたけど、そういうお話は聞かなかったからだ。
「話せない事情があるなら、無理には聞きませんが……。それで、あなたは何ができますか。秘書官という仕事は大変なので、どういったことができるか教えてほしいのです」
「お師匠さまから魔法を教わりました。スピカは魔法が使えます」
魔法という言葉を聞いて、シルヴィが驚いた顔をした。お師匠さまが人間の中で魔法を使えるのは、極めて特殊な才能のある者だけだと言っていたのを思い出す。お師匠さまは人間なのかと聞くと、人間は私を見て人間だとは思いませんから違うのでしょうと答えられた。なんだか難しい。
シルヴィからどんな魔法が使えるのか聞かれたので、スピカは自信を持って言った。
「スピカを抱っこすると、ちょっとあったかくなって幸せになります」
「…………うん?」
「それから、スピカはちょうどよい大きさのお洋服が着れます。あとは美味しい木の実がわかります」
「…………そ、そうですか。すごいですね」
「はい!」
それからもっといろいろとできるけれども、お師匠さまがあまり一度に教えるのはよくないと言っていたのでスピカは黙った。自分の価値を上げるには小出しにするのが一番なんだとか。人間に気に入られるには、少しずつ価値を上げていきなさいと言われているのだ。
「おっきな魔法は、お空の三つの月が輝いた時しか使えません。お師匠さまが、これだけはちゃんと人間に教えておきなさいと言ってました」
「空の三つの月? 月はそもそも一つしかありませんけど……」
空には三つの月がいつもある。時々強く輝いて、時々真っ黒に塗りつぶされる。日によって動いたりして位置も色も違うから、魔法を使う時は注意するようにと、お師匠さまは何度もスピカに言ったのだ。
腕を組んで悩んでいるシルヴィを見ていたら、しばらくすると肩を落としてため息を吐いた。なんだか疲れていそうだったので、スピカはシルヴィのそばへと駆け寄ると、ローブを引っ張った。
「なんでしょうか」
「スピカを抱っこしてもいいですよ」
「いや私はそういう趣味は、……ちょっと、こら」
膝に乗るとスピカは、そのままシルヴィにくっついた。お師匠さまと違って、人間のシルヴィは思っていたよりも温かい。お師匠さまにくっつくと陽だまりの木陰みたいな匂いがする。シルヴィはお師匠さまとは違う匂いだけど、いい匂いだと顔を擦り寄せた。
「…………これは、どうしたら」
「頭なでてよいですよ」
「いや、そういうことじゃなくて。……はあ、もういいか」
シルヴィは諦めたような表情で、スピカの頭をなでた。大きくて優しい手に、スピカは思わず目を細めたのだった。
この続きは「白猫は宰相閣下の膝の上」でお楽しみください♪