書籍詳細

死んでから気づく、冷酷魔法騎士の溺愛
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2025/02/14 |
電子配信書店
内容紹介
あなたは、俺だけを見ていればいい
亡国の王子ウィルビウスは、命の危機を救ってくれた魔術師の少年アバスに出会ったその場で求婚される。それから五年、アバスが結婚できる歳になるも、騎士団長かつ国一番の魔術師に成長した彼は、戦に明け暮れ冷淡な態度。冷え切った関係に結婚は諦めていると、アバスのいる戦地が魔王に襲われたという知らせが! 彼を助けたい一心でとある魔術に手を出したウィルビウスは、なんと氷漬けにされ、幽体離脱してしまう。仮死状態となったウィルビウスを見たアバスは、絶望の涙を流し「絶対にあなたを諦めません」と凍った身体を抱きしめてきて!? 初めて見る婚約者の姿に戸惑うウィルビウスだけれど、身体は元に戻るのか? ヤンデレ最強魔法騎士×健気な亡国の王子の後悔から始まる執着ラブ!
人物紹介

ウィルビウス
五年前、魔王に滅ぼされた国の王子。アバスにプロポーズされ、恋に落ちる。

アバス
婚約後、なぜかウィルビウスを避けるように。しかし、氷漬けになったウィルビウスを見た彼は、絶望の涙を流し……。
立ち読み
アバスと出会ってから、五年。
本陣での結婚指輪事件から二年。
今年、ついにアバスが結婚可能な年齢となる。
(でも……連絡もない……帰ってもこない)
最近ではもう、結婚を半ば諦めている。
(そもそも、同性同士だし)
最近では、同性同士の結婚も増えてきたと聞く。とはいえ、あまり一般的ではない。同性同士だと子をなせないとあって、血筋を重要視する層に広まっていないからだ。あれほど優秀なアバスだ。自分の血筋を残したいと思い直したとしても、不思議ではない。
(そもそもプロポーズ自体、本気じゃなかった、とか。僕が自暴自棄になっていたから、踏みとどまらせるために言っただけで)
そう思うと、妙に納得した。
だって、アバスとはあの夜、あの場所で初めて出会ったのだ。
結婚を申し込まれる理由はない。
(――そういえば。ルッソ卿の言ってた、アバスの言いたいことってなんだったんだろう……。結婚の約束はなかったことにしたいとか、そういう話なのかな……そうなんだろうな、きっと)
考えれば考えるほど、絶望的な気がしてきた。
「――はあ。やっぱり、もうおしまいなんだろうなあ」
「何が終わりなんですか?」
作業を手伝ってくれていた少年魔術師が顔を上げる。
「ごめん、ただの独り言だから気にしないで。ラルンダ君」
ウィルビウスが答えると、ラルンダの猫目がジト目になった。
「ふーん?」
まだ十代半ばだというラルンダは、年齢以上にしっかり者で気が利く。本来は彼の業務ではないはずなのに、ウィルビウスが魔塔に魔導具や薬の納品に訪れるたびに、声をかけてくれるばかりか納品作業まで手伝ってくれる。今もまさにそうだった。
「なんだか、ぼんやりしてますね」
ウィルビウスの顔をラルンダが覗き込む。
「やっぱり、いつもより顔色が悪いような……」
「大丈夫だよ」
笑みを浮かべたウィルビウスに対して、ラルンダはなぜか渋い表情になった。
「ウィル兄の言う『大丈夫』ほど、信用できないものはないって、リカイオス魔塔主が言ってたんですよね」
「えっ! いつのこと? ていうか、アバスって僕のこと、皆に話すの?」
「まー、有名ですしねえ。聞くつもりはなくても耳に入ってくるっていうか」
「ど、どういうこと……?」
有名、という単語が気になる。自分の知らないところで噂になっているというのは、あまりいい気分はしない。
居心地が悪くなって顔をこすったウィルビウスを見て、ラルンダが「そうですよねえ」とうなずく。
「眠いですよね。朝早くから来てもらって、本当にすみません」
ラルンダが小さく頭を下げた。ぼんやりとしていたのを眠いせいだと思ったらしい。
「朝早くから働いているのはお互い様でしょ。作っている側としては、使ってもらえることが一番の幸せなんだから、気にせずいつでも呼んで。これからも、どうぞご贔(ひい)屓(き)に」
謝るラルンダの目の下にも、隈(くま)がくっきりと出ている。そのことに気づいたウィルビウスが答えると、ラルンダが疲れたように笑う。
「そう言ってもらえると、ありがたいです。――それで、これで全部でしょうか、今回の納品は」
「うん、今回はこの箱で最後だよ」
一つだけ残っていた箱を手渡す。
(でも、確かに眠い)
ウィルビウスは、窓の外を見た。
ガラス越しに見える空は、藍色と曙(あけぼの)色(いろ)が入り混じっている。夜も明けきらない時分だ。
こんな朝早くから魔塔に品物を納めに来たのには、理由がある。
事の始まりは、夜中を過ぎた頃に来た、魔塔からの連絡だった。
急ぎで必要になったため、在庫として抱えている全ての魔導具と薬品を納めてほしいという。こんなことは、初めてだった。
「突然連絡したのに、たくさん持ってきていただいて助かります。ウィル兄の品物は、質が高いから余計に」
「役に立てたのなら、よかった」
「あ、そうだ――これ」
ラルンダが宙に描いた魔法陣から、綺麗に包装された箱を取り出した。
「いつもの、魔塔からのプレゼントです」
ウィルビウスは礼を言って、プレゼントを受け取った。
いつからか、納品のたびにもらうようになったプレゼント。懇願に負けて、一度受け取ってしまってからは、当然のように毎回渡されるようになってしまった。
「ラルンダ君、あのね。品物の代金はもらっているから、プレゼントはもう」
いらないよ、と続けようとしたウィルビウスを、え、というラルンダの声が遮る。
「今回のプレゼント、何が駄目だったんですか」
「え、いや。駄目とかではないよ。中身だって、まだ見てないし」
「じゃあせめて、見てから決めてください。見もせず断られたなんて伝えづらいので……選んだ本人の必死さを知っている立場からすると」
「わ、わかったよ」
プレゼントは、誰かが必死に選んでくれたものらしい。
(担当者とかが、いるのかな?)
それなら確かに、中身を確認もせず断るのは申し訳ないような気もする。勢いに押されるようにして、包装を解く。箱の中から出てきたのは、見るからに高級そうなフラスコと羽根ペンだった。プレゼントの中身を見たウィルビウスは、軽く目を見開く。
「すごいね。ちょうど先日、愛用していたものが壊れたところだったんだ」
「ですよね!」
「え?」
「な、なんでもないです」
ラルンダが、なぜか慌てて口をつぐんだ。
「なんでいつも、僕の欲しいものがわかるの?」
ウィルビウスは、かねてから思っていた疑問を口にした。
伝えてもいないのに、必要だな、欲しいな、と思ったものが魔塔から贈られるのは、これが初めてではない。最初から今回に至るまで、全てのプレゼントがウィルビウスの必要とするものだった。
「それは、ほら……魔術師の秘密っていうやつです、うん」
ラルンダの目が泳いだ。次の瞬間、深く頭を下げる。
「詳しいことは聞かないでください! かん口令が敷かれてて、言えないんです」
個人へのプレゼントを魔塔で用意するのもおかしいうえに、かん口令が敷かれているというのも腑(ふ)に落ちない。とはいえ、ラルンダの様子を見ていると、これ以上追及するのは可哀想な気もする。
「いつも助かってるから、少し気になっただけだよ。これ、ありがたくもらうね」
ウィルビウスがプレゼントの箱を抱えると、ラルンダはあからさまに安堵のため息をついた。そして魔法陣から小さな袋を取り出し、ウィルビウスに渡す。
「これが今回の代金です。無理を聞いてもらったので、今回はいつもより多めにしてありますからね」
「……何か、あったの?」
代金の入った袋を受け取りながら尋ねる。
着いたときから魔塔内の空気が、ぴんと張り詰めているのは感じていた。打診が夜中で、納品が同じ日の明け方、というのも気になった。
それが、と言って、ラルンダが眉をひそめる。
「昨日の夜、本陣が魔王の襲撃を受けたらしくて」
「――え」
お金の入った袋とプレゼントの箱が、ウィルビウスの手からこぼれ落ちた。
「リカイオス魔塔主のおかげで、壊滅はまぬがれたそうなんですけどね……被害が思ったより甚大で。それで急きょ、援軍と支援物資を送ることになったんです」
前のめりになったウィルビウスは、ラルンダの腕を思わず強くつかむ。
「みなさんは――アバスは、無事なの?」
「そんなに身体を強く揺らされたら、喋(しゃべ)れな――」
ウィルビウスの勢いに驚いたラルンダがのけぞった。
「教えて、アバスは……っ」
「ちょっと、ウィル兄――うわっ」
ラルンダの身体が、突然後ろに向かって傾いた。
部屋の奥から走ってきた先輩魔術師に肩をつかまれ、半ば強引に方向転換させられたらしい。
「馬鹿! ウィルビウス王子には、伝えるなってあれほど言われただろ!」
後からやってきた先輩魔術師が息を切らしながら、
「申し訳ありません。今の話は忘れてください。ウィルビウス王子が気になさる必要はありませんから」
それだけを言うと、ラルンダを引きずるようにして走り去ってしまった。
二人の後ろ姿を見つめながら、ウィルビウスの心は動揺したままだった。
「忘れるなんて……そんなの、絶対に無理だよ」
屋敷にある研究室に戻ると、ウィルビウスは本棚にかけていた秘匿魔術を解除した。
隠されていた希少性の高い研究書や魔導書の数々が、空中から溶け出すようにして姿を現す。
「あの魔導書が使えるかも」
パズルのように積み重ねられている本の背表紙を、ウィルビウスは指先でなぞっていく。
(今回は、手紙が来なかっただけの二年前とは違う)
魔塔からの帰り道にも情報収集をしてみた。
他の魔術師に話を聞いたり、騎士団の詰所に寄ったりもした。結果、やはりラルンダの話――昨日の夜、本陣が魔王の襲撃を受けた――は、本当らしいという結論に行き着いた。
(危険な状況になったという話は、これまでも何度か聞いたことがある。でも、本陣が襲撃されたというのは、初めて聞いた)
本陣は、補給部や軍医部の他に司令部も置かれる、いわば軍の心臓部だ。もっとも守るべき場所が甚大な被害を受けた今の状況は、かなり切迫しているということは簡単に想像できる。
(僕も、何かしたい)
魔王を倒すことは難しいだろう。アバスたち討伐軍が数年かかっても、成し得ていないのだから。
――でも。
軍が態勢を立て直すまでの時間を稼ぐことなら、できるかもしれない。
「……あった」
黒地に金色の文字が書かれた本を手に取った。ところどころに、焼け跡や煤(すす)の汚れが残る本。
焼け落ちるキュベレーの城から持ち出すことができた、唯一のもの。王家に代々受け継がれている魔導書だった。分厚いページを開き、ぱらぱらとめくっていく。
(広範囲に展開できて、敵の動きを止めることができる魔術。そんなものが、あれば)
「これなら……!」
あるページで、ウィルビウスの手が止まる。それは、最上位の氷結魔術について記したページだった。
「この魔術の大きな特徴は、二段階にわけて、効果が現れること。第一段階は、吹雪での足止めと氷結による対象の捕捉。第二段階は、対象の破壊。第一段階から第二段階への移行にかかる時間は、数分。広大な範囲に強力な効果をもたらすことができる魔術……か。これなら、ぴったりかも」
この魔術の対象を魔王と魔獣のみに絞れば、討伐軍を巻き込むこともない。効果範囲も、一国まるごと氷漬けにできるほど広いと書いてある。これなら、魔王に加えてキュベレー全土に散らばっている魔獣も一網打尽にすることができそうだ。
――でも。
一つだけ気になることがある。
氷結魔術について書かれているページの半分が、燃え落ちてなくなっていたのだ。
「後半には、なんて書いてあったんだろう」
後半部分が読めない。そのことが、少しだけ引っかかる。魔術はランクが上がれば上がるほど、術者にかかる負荷も大きくなる。場合によっては、何かしらの代償を払うものもあると聞く。最上位の魔術ともなれば、術者が寝込むほどのダメージを負ってもおかしくはない。しかし、そういった記述はない。そのことが空恐ろしく感じた。
(でも、他に最適な魔術はなさそうだし)
いくつかの魔術と比較し迷った末に、ウィルビウスは最初に見つけた最上位の氷結魔術を使うことにした。ページに書かれている魔法陣を水晶に刻み、必要な材料と一緒に鞄に放り込む。
(魔王や魔獣と遭遇するのは、極力避けないと)
自分自身が戦闘に不慣れな研究職の魔術師だから、ということもある。
民のために戦った五年前は、無我夢中だった。もし今回、魔王や魔獣に遭っても同じように戦える自信はない。
そしてなにより、遭えば思い出してしまう。
五年前の戦禍で、喪ったものの数々を。
そうなればきっと、身体がすくんで、魔術を発動するどころではなくなる。
(キュベレーに行ったら、できるだけ目立たない場所でこっそり氷結魔術を発動しよう。終わったら、すぐに帰ってくればいい。そうすれば、魔王や魔獣に見つかることもないだろうし、アバスたちの邪魔にもならない)
ウィルビウスは、肩にかけた鞄の紐(ひも)を握り締めた。
(今まで、アバスのことを助けられなかった、支えることができなかった。だから、今度こそ)
左手の薬指で光る結婚指輪を見つめ、
「今度こそ、アバスの役に立ちたい」
転移スクロールを勢いよく広げた。
キュベレーに着いてからは、全てのことが驚くほど順調に進んだ。
魔術を発動するのにぴったりな場所を見つけ、些(さ)細(さい)なトラブルはあったものの、氷結魔術も問題なく発動できた。
これなら、今度こそ――そう、思ったのに。
(やっぱり、僕は駄目みたいだ)
ウィルビウスは、目の前に広がる光景をただ呆然と見つめていた。
あらゆるものが雪に覆われ、真っ白に染まる景色。
その中に、ぽつんと黒い点が二つ。
「アバス、お前……」
銀色の長髪を片側に流した美丈夫――アバスの副官を務めているデルファイが、地面にうずくまっているアバスの肩をつかむ。アバスの腕の中には、固く瞼(まぶた)を閉じ、氷漬けになったウィルビウスがいる。
「……どうして」
アバスが口を開いた。
かすれた声だった。
「どうして、なんで」
涙の筋がアバスの頬を流れていく。
こぼれた涙の雫(しずく)が、ウィルビウスの顔に落ちる。涙すら凍らせるほどの厚く冷たい氷。その氷に覆われたウィルビウスを、アバスが震える手でなぞる。
「……なら俺は、死ぬしかない……」
虚(うつ)ろだったアバスの視線が一点に定まる――すぐ近くに落ちている自身の双剣へと。
のろのろとした動きで、一つを手に取った。
それを、喉元に押し当てる。
「ふざけるな! お前が死ぬのは、今じゃないだろ!」
デルファイが叫ぶ。
乾いた音がして、アバスの持っていた剣が雪の上を転がっていった。刃を引く直前で、デルファイが剣を叩き落としたらしい。
アバスの喉元には赤い線が横一直線に走っていた。
それは、ためらいもなく命を捨てようとした痕跡だった。
《アバス。どうして……》
傷口に触れようとしたウィルビウスの手が、アバスの身体をすり抜ける。
《いったい……》
何もつかめなかったウィルビウスの手の向こう側に、涙をこぼすアバスの姿が透けて見える。
《いったい、何が起こってるの……?》
氷結魔術の対象は、魔王と魔獣に絞った。だから、術者である自分自身には、なんの影響もない――はずだった。
《こんなことになるなんて……思わなかった》
霊体になったウィルビウスは、アバスと氷漬けになった自分の身体のすぐそばに座り込んだ。
こんな大事になるとは、予想していなかった――まさか。
《まさか僕が……幽体離脱するなんて》
ただ、アバスを助けたい、役に立ちたい。
そう思っただけだったのに。
――どうやら僕は、また間違えたみたいだ。
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