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呪われ公爵と契約婚することになりまして ~ラッキースケベの呪いって何ですか!?~

まつりか / 著
鈴ノ助 / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2026/05/29

内容紹介

伯爵令嬢のメイベルは「呪い」が見える体質が原因で婚約破棄を言い渡されてしまう。新たな婚約者探しに難航していると、人嫌いで噂の公爵家の当主ギルベルトと出会う。彼は呪いに悩まされており、それは「ラッキースケベ」が起こるという呪いで……!? 見える体質のメイベルは、呪いを払うためギルベルトと契約結婚を結ぶことに。しかし呪いという名の強制スケベハプニングに、二人はどうやっても抗えず――!? 「私は今までずっと君に対して不埒な想いを抱いていたんだ」破廉恥の幸運から始まる二人の恋と呪いの行く末は……!?

立ち読み

第一章 ラッキースケベって何ですか?


 ――冗談じゃないわ。
 込み上げる怒りに、手にしていた封書を握り潰しそうになる。
 便(びん)箋(せん)の端を持つ手にぐっと力を込めながらも、正面に座る父から向けられる視線に気付いて、なんとか踏みとどまった。
 呼び出しを受けて父の書斎に伺(うかが)ったのは少し前のこと。
 渡された封書の差出人を見た時点で嫌な予感はしていたものの、その内容は予想以上に酷(ひど)いものだった。
「トリスタンからの手紙には、何と書いてあった?」
 父の口から出た元婚約者の名前に、ぴくりと口(こう)端(たん)が引き攣(つ)る。
 耳に入れたくもないその名前に不快感が込み上げてくるものの、なんとか笑顔を取り繕(つくろ)った。
「……条件を呑(の)むのであれば、先日の婚約破棄を撤回してもいいと」
 私の回答に、父は小さく息を吐くと、指先で眉(み)間(けん)を押さえる。
「条件とは、金銭で解決できることか?」
「いえ、私の体質に関するものです」
「……一応、その条件を聞いておこうか」
 その問いかけに答えようとして、一瞬声が詰まった。
「……復縁の条件としては、『呪い』が見える体質を改善するか、生涯口外せず秘密を守り切ること、と記されています」
 私の読み上げた内容に、父はぎゅっと眉間に皺(しわ)を寄せると深い溜(た)め息を溢(こぼ)す。
「そうか。その条件を呑めば、一方的に突き付けてきた婚約破棄を撤回してやると……」
 そう呟いた父は、机の上に置いていた手をぐっと握りしめた。
「馬鹿にしおって。メイベルが望んで『呪い』が見えるようになったとでも思っているのか!」
 相手への苛立ちをぶつけるかのように強く机を叩く。
 温厚な父が憤(いきどお)りを露(あら)わにしている姿に、申し訳なさからぎゅっと口を引き結んだ。
 事の発端は数日前、長年婚約関係にあった相手から婚約破棄されたことだった。
 私は、幼い頃から人に取り憑(つ)く『呪い』が見えた。
 それは大抵身体にかかる靄(もや)のようなもので、それが『呪い』だと気付いたのは、過去に肩についていた靄を払ったときに相手から「肩が軽くなった」とお礼を言われたことがきっかけだった。
 人の身体に悪影響を及ぼす靄、それが私の見える『呪い』だ。
 このことは家族だけの秘密にしていたし、他人に言いふらすつもりもなかった。
 しかしあの日、トリスタンと参加していた夜会で、具合の悪くなった令嬢の胸元に靄がかかっていることに気付き、その苦しみようを見て慌てて払ってしまった。
 その行動を不審に思ったらしい彼から理由を問われ、近い内に夫婦となる相手なのだからと正直に自分の体質を打ち明けた。
 それが間違いだったらしい。
 私の話を聞いたトリスタンは、冷ややかな態度でこちらを見下ろした。
『気持ち悪い』
 悪意の込められた言葉に硬直していれば、彼は踵(きびす)を返すとすたすたとその場を去っていく。
 呆(ぼう)然(ぜん)と彼の後ろ姿を見送った私は、翌日婚約破棄の通達が届いたことで、ようやく事の次第を理解した。
 自分の体質が、人に受け入れられ難(がた)いものであることくらいわかっていたつもりだった。
 しかし、六年も婚約していた相手から侮(ぶ)蔑(べつ)されるほどのものだっただろうか。
 婚姻の話も進んでいたし、親密な間柄とは言えなかったが、昔から絶え間なく交流も続けていた。
 何でも言い合える関係だと思っていた。
 それは確かに私の思い込みだったのだろう。
 しかし、だからといって一方的に婚約破棄をした挙句に、こちらを馬鹿にするような条件をつけた復縁状を送ってくる行為はあまりに度が過ぎている。
 込み上げてくる苛立ちに、ぐっと拳を握った。
「一応聞いておくが、メイベルはどうしたい?」
 父の問いかけに、姿勢を正す。
「正直に言えば、突き返したいですわ」
 先方の出してきた条件は、どちらも実現不可能なものばかりで嫌がらせとしか思えない。
 ――そもそも突然撤回したいと言い出すなんて、どうせ碌(ろく)なことにならないわ。
 呪いが見える体質を改善できるのならば既(すで)にやっているし、生涯秘密を隠し通せる自信なんてどこにもない。
 なにより、こんな勝手な条件を突きつけてきた相手と関係を修復するなんて絶対に嫌だった。
「私も同意見だ」
 父の返答にホッと胸を撫で下ろしながらも、しかしと続けられた言葉に身体が強(こわ)張(ば)る。
「メイベルの気持ちは理解できるが、一度婚約破棄をされた令嬢は、どうしても次の縁談を探すことが難しくなる。見つかったとしても格段に条件の悪いものばかりだ。今回のことで、先方は侯爵家という立場を利用して、自分たちにとって都合のいいような噂を流してくるだろう。そうすると更に次の縁談は見つかりにくくなるだろうし、お前が辛い思いを――」
「つまり、次の縁談を見つけてくればいいのですね?」
 私の発言に、父は目を瞬く。
 伯(はく)爵(しゃく)という立場上、父は侯(こう)爵(しゃく)家である先方に強く言うことはできないだろう。
 だったら、私が自分で相手を見つけるしかない。
 覚悟を決めて、真っ直ぐに父を見据えた。
「一週間ほど猶(ゆう)予(よ)をください。もしその間に縁談が見つからなければ、婚約破棄の撤回も受け入れますわ」
 そう告げると、一礼をしてさっと踵を返す。
 父の書斎から飛び出すと、急いで自室に向かった。
 ――机の上に、招待状がいくつかあったはずだわ。
 男女の出会いがある場所なら何でもいい。
 とにかく父に頼らず、私自身が縁談を見つけられれば婚約破棄撤回は回避できるはずだ。
「片っ端から参加してみるしかないわね」
 そう呟きながら足早に廊下を進んでいれば、ふと窓硝子(ガラス)に自分の姿が映る。
 波を打つ金色の髪に、念入りに手入れをしてきた白い肌。
 貴族令嬢として恥ずかしくないようにと、気を使ってきた見た目はきっと戦力になってくれるだろう。
 硝子に映った自分に頷き返しながら、真っ直ぐ前を向く。
「絶対に婚約破棄の撤回なんてさせないわ!」
 そう宣言すると、長い廊下を駆けるように自室に向かったのだった。

   *・*・*

 扉の向こうへ足を踏み入れると、硝子照明の眩(まぶ)しさに目を細める。
 煌(きら)びやかな会場は、色とりどりの衣装に身を包んだ人々で溢れかえっていた。
 鮮やかなドレスに身を包んだご婦人方も、葡(ぶ)萄(どう)酒片手に談笑している紳士たちも、皆が派手な仮面を付けている姿に、いつもの夜会とは違うことを実感して雰囲気に圧倒されてしまいそうになる。
 ――仮面舞踏会ってこんな感じなのね。
 そんな感想を心の中で呟きながらも、周囲に気(け)取(ど)られないようにと冷静を装って場内へと進んでいく。
 自分で縁談を見つけると父に啖(たん)呵(か)を切ったのは五日前のこと。
 何度か夜会に参加したものの、どこからか広がっていた婚約破棄の噂のせいで遠巻きにされるばかりで、まともに会話すらできなかった。
 昨夜の夜会でも同じ状況で、このままでは縁談など見つかるはずもないと頭を悩ませた結果、私が誰だかわからなければいいのではないかということで、この仮面舞踏会に参加するに至っている。
 周囲をちらりと窺(うかが)えば、夜会に比べてどこか人と人との距離が近く、大人びた雰囲気に見えた。
 ――一夜の相手を探すような方も多いと聞くものね。
 紳士淑女の遊びの場だと言われるこの場には、一夜限りの出会いを求める者もいれば、身分に関係ない交流を求める者もいる。
 だからこそ手っ取り早く縁談も見つかるのではないかと思いつつも、この独特な雰囲気に慣れていないせいか、なんだか周囲の視線が気になって壁のほうへと向かってしまった。
 一旦壁の近くに退避しながらも、気持ちを落ち着けるように深く息を吐く。
 どんなに自分に不相応な場所であろうとも、元婚約者の婚約破棄撤回を突っぱねるためには、なんとしてでも縁談を見つけて帰らなければならない。
 気合を入れ直すように頬(ほお)を叩くと、持参した扇(おおぎ)で顔を隠しながら、こっそりと周囲を見回した。
 会場には溢れんばかりの人々がいるが、この中から真面目な出会いを探している人を見つけなくてはならない。
 ――縁談を探しに来て、厄(やっ)介(かい)ごとに巻き込まれるわけにはいかないもの。
 婚姻の証拠である指輪の有無を確認してみるが、そういえばこういった場でわざと指輪を外す既婚者もいるらしい。
 やはり実際に話してみないとわからないかもしれないと考え始めていたとき、ふと妙な影が視界を過(よぎ)った。
「え?」
 小さく声を漏らしながら、自分の見間違いではないかと目を瞬く。
 広い会場の一角に、濃い紫色の球体が見えた。
 ――なに、あれ……?
 一瞬何かと思ったが、よく見てみると中心には人影らしき姿があり、彼を包み込むように靄が渦巻いているのがわかる。
 更にその靄をよく見てみれば、その一部が弦(つる)のようにうねうねと小刻みに動いていた。
 ――全身に、呪いが纏(まと)わりついているの!?
 これまで見たことのある靄は、インク汚れのように人の身体に付着しているものばかりだった。
 しかし今私の視線の先で渦巻いているものは、人一人をすっぽりと覆ってしまうほどの大きさで、付近を人が通るたびに、先端を弦に変化させて周囲を物色しているかのように見える。
「まるで、獲物を探しているみたい」
 ぽつりと溢れた自分の言葉に、ぞっと肌が粟立つ。
 靄が見えない人々は、何の警戒もすることなく周りを行き来している。
 該当の人物が人通りの少ない会場の端にいたことは不幸中の幸いだが、この人の多さでは誰かが巻き込まれるのも時間の問題だった。
 ――このまま、見て見ぬふりもできないわよね。
 緊張にごくりと喉を鳴らしながら、ぐっと強く拳を握ると静かに移動を始める。
 幸いここから相手の立っている場所までは、そう遠くない。
 壁伝いに相手に近寄り、呪いの様子を見ながら、そっと距離を縮めた。
 近くで見る呪いの塊(かたまり)は思った以上に大きく、呪われている本人は靄の向こうに薄(うっす)らとしか見えない。
 ――こんなに全身呪われていて、体調が悪くないのかしら。
 ふとそんな疑問が湧いてくるものの、過去にこれほど大きな呪いを目の当たりにしたことはなく、どんな影響があるのか想像もつかなかった。
 どうしたものかと考えあぐねていれば、不意に一人の女性が視界に映る。
 薄桃色のドレスに白いマスクをつけた年若そうな女性は、何の躊(ちゅう)躇(ちょ)もなく呪いの靄が渦巻くほうへと向かっていた。
 呪いの中心にいる人物に声をかけようとしているのか、彼女は真っ直ぐに靄へと突き進む。
 女性が手を上げかけた瞬間、呪いの靄がゆらりと揺れた。
 ――危ない!
 居ても立ってもいられず、気付けば女性の腕を掴(つか)んでいた。
「えっ?」
 突然腕を掴まれた女性は、こちらを振り返ると目を瞬く。
「あの、何か御用でしょうか?」
 戸惑っている様子の女性を前に、ハッと我に返った。
「あ、ええと……」
 説明するにも、いきなり呪いがなんだと言うわけにもいかない。
「あっ実は、あちらの黒い仮面の男性に頼まれまして! 貴女とお話ししたいそうですわ」
「まあ! そうでしたの。ありがとうございます」
 私のでまかせに頬を染めた女性は、私の指差した方向へと足取り軽く向かっていく。
 ――この会場の男性は半分以上黒い仮面だし、大丈夫よね……?
 ひとまず女性が呪いに巻き込まれなかったことに胸を撫で下ろしていれば、不意に視界が陰った。
 嫌な予感に恐る恐る振り向くと、びっしりと密集した呪いの弦がうねうねと迫っている様子が目に映る。
 ――ひぃっ!
 生理的嫌悪感から、反射的に手に持っていた扇を振った。
 扇の先が呪いの弦に触れた瞬間、確かな手ごたえと共に、眼前に迫っていた無数の弦が霧(む)散(さん)していく。
 その様子に、思わず目を瞠った。
 ――この呪い、大きいだけでいつもと同じだわ!
 通常の呪いと同じであれば、埃(ほこり)を払うように簡単に消し去ることができるはずだ。
 視界が開けた心地で、次々に伸びてくる弦を扇の先で払っていく。
 そんな私の反応に呪いも気付いたのか、しばらく経つとぴたりとその動きが止まった。
 先端の弦がするすると解けていくと、再び一体化した呪いは大きな靄の球状になる。
 ――まるで、呪い自体に意志があるみたい。
 予測不可能な呪いの動きに身構えていれば、不意にその中央から人影が出てくるのが見えた。
 全身を呪われた人物がこちらに近づいてきていることに、ごくりと喉を鳴らす。
 これほど大きな呪いを抱えている人物は、はたして人間なのだろうか。
 逃げ出したい気持ちを押さえつけながら、じっと相手を待ち構えていれば、徐々に紫色の呪いの靄が晴れていく。
 靄の中から姿を現したのは、目元を黒い仮面で覆ったごく普通の青年だった。
 あれだけの呪いを背負っていることから、瀕(ひん)死(し)の状態でもおかしくないと思っていたのだが、すらっと背の高い男性は健康そのもののように見える。
 その姿を唖(あ)然(ぜん)と見つめていると、不意に男性が口を開いた。
「……君は今、一体何をしていたんだ?」
 突然の問いかけに、思わず言葉に詰まる。
 事情を知らない相手からすれば、私は近くで妙な動きをしていた不審者に違いないだろう。
 貴方の呪いを払ってあげただなんて恩着せがましいことを言った日には、修道院行きを手配されてしまうかもしれない。
「ええと……」
 何か言わなければと焦れば焦るほど、うまい言い訳が出てこなかった。
 そもそも長身の男性に見下ろされているだけでも委(い)縮(しゅく)してしまいそうなのに、彼の背後の呪いのせいでその威圧感は更に増幅されている。
 黒い仮面の奥からは、まるでこちらを値踏みするような瞳が覗(のぞ)いていた。
「何をしていたのかと聞いている」
 責め立てるようなその言葉に、びくりと肩が跳ねながらも、つい眉根が寄ってしまった。
 相手の威圧感に委縮してしまっていたが、よくよく考えてみれば私は何一つ悪いことはしていない。
 そもそも先程私が呪いを払うことになったのは、彼の呪いが女性を巻き込みそうになったからだ。
 やましいことは何一つないと胸を張って言える今の状況で、こうも一方的に責め立てられるのは納得がいかなかった。
「……ご不快に思われたのであれば申し訳ありません。しかし、私は決しておかしな真似をしていたわけではございませんわ。貴方の呪いが彼女に伸びていったために仕方なく――」
「『呪い』だと?」
「あっ」
 慌てて口を塞いでも、後の祭りだった。
 苛立ちからうっかり口を滑らせてしまった私は、口元を押さえたまま固まることしかできない。
 向かい合った私たちの間に、気まずい空気が流れた。
 ――言い間違えだと誤(ご)魔(ま)化(か)す? いや、冗談として流してしまったほうが……?
 正直『呪い』だなんて口走った時点で、おかしな人間だと思われていることは間違いない。
 実際こちらを見つめる相手の視線には明らかな警戒が滲んでいるし、返答次第では会場を追い出されてしまう可能性だってあるだろう。
 ――余計な手出しをするんじゃなかったわ。
 心の内で溜め息を溢しながら、なんとかこの場を収めようと、にっこりと相手に微笑みかけた。
「何でもありませんわ。戯(ざれ)言(ごと)ですので、どうぞお忘れになってください」
 余(よ)所(そ)行きの声で優雅に告げると、礼儀作法の講師にも褒められた礼を披露する。
「それでは、ごきげんよう」
 相手に微笑みかけ、踵を返す。
 何事もなかったかのように優雅にその場を去――ろうとした瞬間、ぐっと何かが私の手を掴んだ。
 その感触に、嫌な予感を覚えながらも振り返る。
 振り返った先には案の定、禍(まが)々(まが)しい呪いを背負った彼が私の手を掴んでいた。
「あの……?」
 私の問いかけも虚(むな)しく、彼は無言のままじっとこちらを見つめている。
 その代わりと言わんばかりに、彼の背後の呪いの靄が、ぶわりと膨らんだかと思うと、大きな炎の塊のようにゆらゆらと立ち昇り始めた。
 ――ひぃっ!?
 身を引こうとしても、腕を強く掴まれたままでは逃げようがない。
「……話がしたい。こちらへ」
 短くそう告げた彼は、半ば強引に私の腕を引っ張ると、ぐいぐいと会場内を進み始めた。
「え、あの……ちょっ――」


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