書籍詳細
帝国後宮録 ――閨教育係の騎士は、皇帝の側女に愛を乞う
| 定価 | 1,320円(税込) |
|---|---|
| 発売日 | 2026/02/27 |
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内容紹介
立ち読み
「もっと頬を窄(すぼ)めて。強く頭を振ってください。そんな口技では、陛下は満足してくださいませんよ」
「んぅ、んんぅ……」
絹の敷布が張られた豪奢(ごうしゃ)な寝台の上で、裸になった男の股間に顔を埋(うず)め、上下に頭を振る銀髪の女がいた。
女も男と同様、何も身につけてはいない。淡雪(あわゆき)のように白い肌をさらけ出していた。女のその小さな口からは、赤黒い肉棒が見え隠れしている。――いや、正確に言えば、肉棒は女の口におさまりきっていない。
それでも、女はじゅっぽじゅぽと音を立て、懸命に頬(ほお)や舌で昂(たかぶ)りを擦りあげる。口端(くちはし)からは、細かい泡が立った透明な液が滴(したた)り落ちた。
「そう、舌をねっとり這(は)わせて……あぁ、上手ですよ。……うっ、で、出る……!」
男は額にかかる黒髪をかき上げると、引き締まった腰をぶるりと震わせる。その刹那(せつな)、男の剛直を咥(くわ)え込んでいた女の顔がしかめ面(つら)になった。
「見せてください」
男の指示に、女はこわごわ口を開く。その赤い舌には白くてどろりとしたものがのっていた。
「呑(の)み込んでくださいませ、ジネット様。恍惚(こうこつ)とした表情で……そう、美味(うま)そうにね」
黒髪の男――フィンセントがそう命令すると、ジネットは言われた通り、笑顔で彼がはき出したものを呑み込んだ。だが、その表情にはどこかぎこちなさがある。
「まだ鍛錬が足らないようですね……。仕方ありません。もう一度頑張りましょう」
フィンセントの股間の剣は、精をはき出したばかりだというのに、もう吃立(きつりつ)している。彼の言葉に、ジネットのすべらかだった眉間(みけん)に皺(しわ)が寄った。
「……もう、今日は三回もフィンセントの精を呑み込んだわ。顎(あご)が疲れてしまって……。今度は胸で挟んでもいいかしら?」
「ええ、いいですよ」
ジネットは、豊満な乳房を両手で下からもったり持ち上げると、天を仰ぐ怒張(どちょう)を包み込む。
彼女は口を閉じ、唾液(だえき)を溜(た)めると、それを谷間にとろりと落とした。
ジネットが両手を動かして肉棒を刺激し始めると、フィンセントは小さく息をついた。
「……ジネット様の乳房は極上ですね。きっと、陛下もお悦(よろこ)びになる」
◆◇◆
ジネットはこの日、二頭馬車に揺られていた。薄曇りの空の下、馬車の窓から見える風景は、灰色の冬の景色が広がり、枯れた木々が枝をひらひらと揺らしていた。白く霜が降りた地はひっそりと静まり返り、遠くの山々は雪に覆われて冷たく輝いている。彼女の心もまた、凍りつくような静けさに包まれていた。
十八歳の頃から六年間暮らした婚家を出たジネットは、帝国の宮城へ向かっている。その足元の不安は、馬車の揺れと共に一層強く感じられた。
ジネットの夫は帝国の子爵(ししゃく)であったが、貴族の位は剥奪(はくだつ)され、国外追放となった。だが、その事実を彼女が悲しく思うことはなかった。夫は冷徹な男で、妻に触れることを忌(い)み嫌い、同じ寝台に入ったことすらない。婚姻(こんいん)はただ世間体を保つために結ばれたに過ぎなかった。彼女はその無情さに日々苦しんでいた。
夫は何の前触れもなく突然国外追放となったため、ジネットは宮城(きゅうじょう)からやってきた使者に促されるまま離縁の手続きをした。
離縁後、実家はすでに没落していたため、帰る場所もなく、彼女には行くあてがどこにもなかった。
自分はこれからどうしたらいいのか。不安に思うジネットに、宮城からやってきた使者が告げた言葉――それは、彼女にとって恐ろしいほどの驚きと混乱をもたらすものであった。
――私が皇帝陛下の側女(そばめ)になるなんて……。
震える手を組んでも、指先の震えは止まらない。
元夫が語っていた『皇帝陛下は、側女に性的な奉仕をさせているヒヒ爺』との言葉が、頭の中で繰り返し響く。
自分も性的な奉仕をさせられるのか。性交経験のない自分に務まるのかとジネットは不安を募らせる。
◆第一章◆
黒革のブーツの底をかつかつと鳴らしながら、大股で宮城内の広い廊下を闊歩(かっぽ)する、漆黒(しっこく)の騎士服に身を包んだ男がいた。
――絶対に、陛下に気に入られる側女を育てあげてみせる。
整えられた黒眉をきりりと吊り上げたフィンセントは、ふんと短く息をはく。その薄紫色の瞳にはやる気が漲(みなぎ)っていた。
フィンセントは帝国の名門貴族ストラグ侯爵家の生まれだが、母は下働きの移民。彼は侯爵の庶子(しょし)だった。彼の上には、正妻から産まれた三人の兄がいた。帝国の相続権は正妻の子が優先される。どう逆立ちしても侯爵になれそうもない彼は、騎士の道を選んだ。亡き母や自分を冷遇した、侯爵家を見返すために。
しかし、三十年前に大陸すべての国を制圧し属国とした帝国には、ずっと安寧(あんねい)が続いている。騎士として武功を立てようにも大戦が起こらないのだ。
いつしか騎士の昇進は家柄と出自重視となり、いくら勤務態度が良くともろくに出世できなかった。
日々悶々(もんもん)としていたフィンセントの元に、ある命令が下る。皇帝の閨番(ねやばん)に任命されたのだ。
閨番は、側女とまぐわう皇帝の警護を行う。また、きちんと種づけができたか、記録する係でもある。帝国は世襲制で、妃(きさき)や側女が孕(はら)んだ子が、皇帝の血を引いているかどうかそれを証明するために記録が必要なのだ。フィンセントは黙々と、その役目をこなした。
皇帝は六十歳。老いてもなお性豪で、好色家(こうしょくか)だが、自ら攻め手に回ることはほとんどなく、女達に奉仕させていた。
後宮に住う側女は、国内外から集められた美女ばかり。貴族や他国の王族出身者も多くいたが、高貴な生まれゆえに性的なことに疎(うと)かった。皇帝は、男に奉仕する術(すべ)を持たない側女達に苛立ちを募らせていた。
そこで騎士達に、側女に閨教育を施すよう命じた。
皇帝に寵愛される側女を育てあげた者は、側近に取り立てるという。
またとない出世の機会に、フィンセントも側女の閨教育係として名乗りを上げた。
皇帝に寵愛される側女を育て、側近になってみせると息巻くフィンセントだったが、二十二歳で未婚の彼はまだ女を知らぬ身であった。女癖の悪い父を反面教師としていた彼は、娼館(しょうかん)にすら近寄らなかった。
それでもフィンセントは自分に勝算があると考えている。閨番を務めていた彼は、皇帝の性癖を百も承知だったからだ。
――陛下の好みは分かっている。
若く、健康的で元気な娘だ。明るく屈託のない女を皇帝は好んだ。事実、皇帝に寵愛されている側女は、小麦色の肌に金色の髪を持つ、少々落ち着きのない者ばかり。外見だけでも、皇帝の好みに近い側女の閨教育係になれれば、それだけ出世に近づく。
大広間に入ったフィンセントは、首を巡らせる。そこには新しく後宮入りした女達がひしめき合っていた。また、担当する側女を選定する騎士の姿も見える。
出遅れてしまったかもしれないと焦る心を落ち着かせながら、側女の顔を一人一人確認する。
すると、一人の女が目に入った。
――あれは……?
白銀の癖のない長い髪に、透けるように白い肌。顔立ちが整った美人ではあるが、見るからに薄幸そうで皇帝の好みからはかけ離れている。肩からすっぽり厚手のストールを羽織っているので体型はよく分からないが、おそらく痩(や)せていると思われる。彼女は長椅子に腰かけたまま、ずっと俯(うつむ)いていた。
大広間にある暖炉(だんろ)にはすべて火が灯されていた。寒いどころか、汗ばむくらい暖かい。それでも彼女は肩を縮こませている。
――もしや、具合が悪いのでは?
救護室へ連れていこうと、フィンセントは白銀の髪の女に声をかけた。
「……もし、具合でも悪いのですか?」
フィンセントは女の前で片膝をつく。
彼の問いかけに、女は目を合わせることなく、首を左右に振った。
「いえ、あの……その……」
言い淀(よど)む女に、フィンセントは大広間に隣接した談話室に誘う。人前では言えぬ、困りごとがあるのかもしれない。
飾り気のない椅子が四脚と四角いテーブルがあるだけの簡素な小部屋に入る。フィンセントは奥にある椅子を引くと、女に座るよう促した。
椅子に座った彼女は、おずおずと事情を話し始めた。
「私には婚姻歴がありますが、実は……性的な経験がまったくないのです」
「えっ……」
降り積もった雪のように白かった頬を真っ赤に染めた女の告白に、フィンセントは思わず驚きの声をあげてしまった。
「白い結婚だった、……ということですか?」
「はい……。私の名前はジネットと申します。歳は二十四歳です。夫は貴号を剥奪されて国外追放の身となり、私とは離縁になりました……」
ジネットと名乗った女は目を伏せる。滑らかな頬に影ができるほど、まつ毛が長い。
「陛下は、男性を悦(よろこ)ばせる術に長(た)けた側女をご所望だと、使者から伺いました。私は若くもなければ、性的なことにも疎い……。どうやって、これから後宮で生きていけばよいのか……」
声を震わせるジネット。こぼれ落ちそうなほど大きな青い瞳には、涙の膜が張っている。背を丸め、細い肩を縮こませている彼女は、まるで捨て猫のようだ。
フィンセントは一度口を引き結ぶと、彼女に告げた。
「フィンセントと申します。あなたの騎士になるよう、命ぜられました」
彼の言葉に、ジネットは瞬きを繰り返す。
彼自身も、自分の発言に驚いていた。
――俺は何を言っているんだ。
目の前にいる女は、確かに顔立ちが美しく、声も鈴が鳴るようだが、皇帝のお目通りは叶わないだろう。
もっと皇帝が気に入りそうな女は大広間にいるだろう。だが、フィンセントはどうしてもジネットのことが放っておけなかった。
「……俺があなたの閨教育係を務めます。心配は無用です。必ずや、陛下に気に入られる側女に仕立て上げましょう」
側女は皇帝の妻である。騎士自ら閨教育をする側女を選んでも、上からの命令があって仕えることになったと側女に伝える規定になっていた。
「あなたが、私の……?」
「はい。今日からあなた様は私の主人です。どうぞ俺のことはフィンセントとお呼びくださいませ。……ジネット様」
◆◇◆
ジネットは後宮内に与えられた自室の中を落ち着かない様子で歩き回っている。日当たりが良く暖かな空間だが、彼女の表情は浮かない。
――どうしましょう……。
性交経験がないジネットは、男を性的に悦ばせる術を何も知らなかった。そんな自分が側女など務まるのかと心配していたところ、フィンセントと名乗る若い騎士が現れた。彼は自分を皇帝に気に入られるような側女に仕立ててくれるという。
何も知らない自分に閨事を教えてくれる騎士が現れ、その場ではほっとしたものの、今度は別の問題が浮かび上がってきた。
――私、あの人と性的なことをするの?
ジネットは自分の肌すら男に見せたことがない。それなのに出会ったばかりの騎士と性的な奉仕の練習をしなくてはならないなんて。
自分が肌を晒(さら)すのも、男の肌を目にするのも無理だと思う。お互いに裸になる姿を想像するだけで、恥かしさでどうにかなってしまいそうだ。
ジネットが頭を抱えていると、部屋の扉が叩かれる音がした。扉の向こうから人の声がする。
「ジネット様、侍女長です」
扉を開くと、白髪の混じる黒髪をきっちり結い上げた女性が立っていた。細い腕には分厚い装丁の本が抱えられている。
「あら、こちらは……?」
「閨教育の指南書でございます。課程に沿って進められるよう、こちらをお使いください」
指南書を読めば、少しは不安を払拭できるかもしれない。ジネットは指南書を届けてくれた侍女長に礼を言うと、早速渡されたものを読むことにした。
一体どんな卑猥(ひわい)な描写がされているのか――胸を高鳴らせながらジネットは装丁を開く。だが、彼女の予想に反し、指南書の内容は理路整然としたものだった。性的な奉仕の流れが図つきで解説されており、行為一つ一つに細かな注釈がついている。また、体格差がある場合の代替え案も載っていた。
何よりジネットがありがたいと思ったのは、『側女と騎士、どちらかが少しでも嫌悪(けんお)を感じたら、即座に閨教育を中止すること』という記述が毎ページにある点だ。閨教育をする側・される側に配慮した指南書の内容に、ただただ閨教育に対し漠然とした不安を感じていたジネットの心が和らいでいく。
夢中になって指南書を読み進めていたら、あっという間に最後のページまでたどり着いてしまった。最後のページにあった文章に、ジネットは手を止めた。
「『閨事は何よりも楽しむことが大切です。自分が楽しまなければ、相手を悦ばせることはできない』……閨事を楽しむ?」
ジネットにとって、性的なことは未知のものだった。男が好むものだと認識していた。だが、この指南書は、側女も閨事を楽しむことを肯定している。
――あの騎士の人……フィンセントも、私が楽しんで取り組んでいるほうがやりやすいわよね?
恥ずかしさに固くなるより、いっそ割り切って笑顔で臨んだほうが、きっと彼も気が楽だろう。
そもそも、閨教育を行うのはいつかあるかもしれない皇帝の渡りのためだ。
閨教育係である騎士相手に肌を晒すのは恥かしいと思うのは、間違っている感覚だろう。
――そうよ、割り切るのよ。割り切って……楽しむのよ。
思い返すのは、婚家での冷たく厳しい日々。夫の冷たい眼差し、息をひそめて過ごした針の筵(むしろ)のような夜。――あれに比べれば、閨教育などどうということはない。
婚家で過ごした六年間、味方が一人もいなかった。慰めも励ましもなく、ただ心の中で自分に言い聞かせることでしか日々を耐えられなかった。
ジネットは指南書をテーブルに置き、握りこぶしを作って胸の前でぐっと掲げると、ふんっと息をはいた。
◆◇◆
閨教育を行う初日。フィンセントは今までにないほど緊張していた。十六歳の時に迎えた、初陣(ういじん)よりも気負っているかもしれない。
――体毛の処理よし、口臭よし、髪も乱れていないな……。
新しい下着に、脱ぎやすい革靴。黒革のブーツを避けたのは、今日が特別な日だからだ。
姿見の前で何度も自分を映し、胸元の銀鎖を無意識に押さえる。速すぎる鼓動が、まるで暴れる獣のようにおさまらなかった。
――嫌がられたらどうしよう。
女に言い寄られることは珍しくなかった。己が人目を引くことも知っている。
だが、閨教育を前に、不思議なほど平常心が保てない。胸の鼓動は荒々しく、手のひらまで汗ばんでくる。
どうしてこれほど揺さぶられるのか――フィンセント自身にも答えはなかった。
ジネットの部屋は日当たりの良い場所に設けられた。
侍女長に一言頼んだだけで、快適な部屋があてがわれたのは――フィンセントの侯爵家の血と、帝国騎士団での地位ゆえだろう。
フィンセントは、撥(ばち)で胸を叩かれているような感覚を覚えながら、ジネットの部屋の扉を叩いた。
「フィンセント! いらっしゃい。待っていたわ」
フィンセントを出迎える、ジネットの表情は明るかった。三日前に大広間で出会った時よりも顔色がずっといい。きっと栄養のあるものを食べ、快適な部屋でゆっくり休めたのだろう。
「……どうですか? この部屋は」
「ええ、快適よ。お食事も温かくて美味しいし、少し食べすぎてしまったわ」
そう言って厚手のストール越しに腹を押さえてはにかむジネット。白銀の髪をゆるくまとめた後ろ姿にも、つい目を奪われる。
――だが、今日はただ様子を見に来たわけではない。
深く息をつき、胸元の銀鎖を指で押さえる。今日から本格的に、閨教育が始まるのだ。
――さて……どうやって、本題を切り出そうか。
ジネットは白い結婚だったとはいえ貴族の奥方だった。いつかあるかもしれない皇帝の渡りのために、性的な奉仕の練習をしなければならないと頭では分かっていても、心の整理はついていないかもしれない。
「それで今日はどうするの? 男性を気持ちよくする練習をするのよね?」
フィンセントが、どうやったらジネットが閨教育に応じてくれるか考えを巡らせていると、特に恥ずかしがる様子もなく、ジネットはさらりと言った。
「……大丈夫ですか?」
「ええ、私はもう皇帝の側女ですもの。腹は括(くく)っているわ」
ジネットは見た目や話し方はおっとりしているが、度胸はあるようだ。
うじうじ悩む性分(しょうぶん)でなくてありがたいとは思うが、少しだけ肩透かしを食ったような気分になる。
だがフィンセントは気を取り直し、本題に入ることにした。
「……今日のところは、まず男の身体を見慣れていただこうかと」
「男性の身体……?」
「ジネット様は、男の裸を直(じか)に目にしたことはございますか?」
婚姻歴はあっても白い結婚だったと知っているのに、この質問は意地が悪いだろうかと思いながらも、一応尋ねる。
「ないわね……。図鑑では見たことあるけど」
「図鑑、ですか?」
「私、動物が好きなの。実家にいた頃は馬の交配を手伝ったこともあるのよ」
ふふんとジネットは得意げにしている。胸を張る彼女に、フィンセントはどう反応していいか分からない。
「そうですか……。とりあえず、俺の裸を見て慣れてください」
フィンセントが剣帯に手をかけようとすると、ジネットは手を伸ばした。
「脱ぐなら私も手伝うわ。騎士服が皺になってしまうもの」
大広間で初めて会ったジネットは、淡雪のように儚くて今にも消えてしまいそうな雰囲気があったが、本来の彼女はどうやら度胸があって世話焼きな性分らしい。
フィンセントが脱いだものを、ジネットは手際よくクローゼットに仕舞っていく。
最後に、フィンセントは下着も脱いだ。人前で裸になるのは恥ずかしかったが、仕方がない。
フィンセントの肌を目にしたジネットは、恥ずかしがる様子もなく、神妙な顔をしてこう言った。
「……私も脱ぐわ」
「はっ……?」
「だって、フィンセントだけが裸になるだなんて。公平じゃないでしょう?」
フィンセントが止める間もなく、ジネットは近くにあった籠に厚手のストールをばさりと入れる。
ジネットは、ゆったりとした生成(きな)り色のドレスをまとっていた。彼女の胸元を目にしたフィンセントは息を呑む。
――大きい。
柔らかそうな布地を大きく押し広げるたわわがそこにはあった。丸く開いた胸元からはくっきりと谷間が覗いている。
皇帝が寵愛する側女は、慎ましい胸の者がほとんどで、フィンセントはここまで乳房が膨らんだ女を見たことがなかった。
フィンセントの視線に気がついたのか、ジネットは眉尻を下げる。
「……品のない胸でごめんなさい。元夫からも下品だって言われたのだけど、どうしても小さくならないのよ」
「下品だなんて……そんなことはありませんよ」
人の身体的特徴を下品と言うだなんて、その元夫のほうが品性がないとフィンセントは憤(いきどお)るが、ジネットを励ますような上手(うま)い言葉が何も浮かばない。
だが、彼女は安心したように微笑んだ。
「良かったわ」
ジネットの微笑みと、鈴の鳴るような声にフィンセントの胸がまたざわつく。
フィンセントが固まっていると、ジネットはするすると足元から裾(すそ)をたくし上げ、頭からすぽんとドレスを脱ぐ。
次にジネットは胸当てに手をかけ始める。
――止めなくては。
閨教育と言っても、ジネットは皇帝が悦ぶような攻め手側の手練(てれん)手管(てくだ)を学ぶだけ。受け身にはならないので、無理に肌を見せる必要はない。
だが、フィンセントはジネットが脱ごうとするのを止められなかった。
冬場とは思えぬほど、暖かな日の光が窓から注ぐ室内。ジネットの肢体は白く輝いて見えた。
全体に細いが、胸だけが大きく膨らんでいる。青い血管がうっすら透けて見えるほど白い肌、乳房の大きさの割に慎ましい乳輪はほんのり薄紅色だった。
脚の間には、髪の毛と同色の下生えがうっすらある。
「けっこう恥ずかしいわね……。大人になってから人に裸を見られることってなかったから」
頬を染め、視線を外すジネットの言葉からも、彼女の苦労が窺(うかが)い知れた。彼女が伯爵家の生まれだったことは、資料を見て知っている。婚家も子爵家だった。本来なら、自分で身体を洗うような身分ではない。
「……寝台に行きましょうか、ジネット様」
「ええ、よろしく頼むわね」
身につけていたものをすべて脱ぎ、部屋の中央奥にある寝台に移動する二人。
フィンセントは寝台の上に脚をやや広げて座った。
「ジネット様、閨教育の規定について説明しても良いでしょうか?」
閨教育にはいくつか規定がある。破れば厳罰に処されてしまうので、把握しておくことは大切だ。
「ええ、指南書を読んだわ。陰茎を膣(ちつ)に挿入する行為は駄目なのでしょう? 妊娠してしまったら大変だものね」
「は、はい……そうです」
ジネットはさらりと言う。フィンセントはこの生々しい規定をどう説明していいか悩んでいたのだが……。
気を取り直すために咳払いをすると、手のひらを逆さにして前に向け、腕を広げた。
「ジネット様、俺からあなたに触れることはありません。どうぞ、お好きなように触ってください」
「……いいの?」
ジネットの瞳が輝いたような気がした。心なしか嬉しそうだ。彼女も寝台の上に太ももを合わせて座った。
「練習だって分かっているけど、わくわくするわね。なかなか男の人の身体を見たり触れたりする機会ってないもの」
ジネットは興味津々と言わんばかりの顔をして、そおっとフィンセントに小さな手を伸ばす。そして、彼の二の腕にぽんと触れた。
――なぜ、そこに……。
一番初めにジネットが触れたのは、右腕だった。ちょうど、筋肉が浮き出ているところだ。
フィンセントは腕の立つ剣士でもある。今日もここに来るまでに演習場にて剣を振るっていた。右利きの彼の腕は特に筋肉がついている。
「フィンセントって着痩せするタイプなのね。すらりとして見えるから、こんなに逞(たくま)しいとは思わなかったわ。全身鋼(はがね)みたい。特に右腕の筋肉がすごい……でも、触るとけっこう柔らかいのね」
ジネットは感想を述べながら、楽しげに胸板へ手を滑らせた。指先で筋肉の硬さを確かめ、時に弾力を揉みしだく。最初こそ遠慮していた彼女だったが、どんどんその手つきが大胆になっていった。
フィンセントの肩に力が入る。触れられるだけでも熱が込み上げてくるのに、暴力的なまでに扇情的な肢体がすぐ目の前にあるのだ。
まだ、二十二歳のフィンセントが反応しないわけがなく……。彼の股間の雄はみるみる内に勃(た)ちあがっていく。
「あら……」
ジネットがその変化に気がつかないわけがない。フィンセントの胸板に触れていた彼女は視線を落とした。
「どうして大きくなっているのかしら? 私、まだ何もしていないのに……」
ジネットはこてんと小首を傾(かし)げる。
側女にはあらかじめ、男の性について詳しく記された指南書が渡されている。直接性器に触れてもいないのに、上向いているフィンセントのそれに疑問を抱いたのだろう。
――さすがにこれは恥ずかしい……。
フィンセントはジネットの閨教育係で、皇帝に悦ばれるような性技をこれから彼女に仕込まなければならない。それなのに、腕や胸に触れられただけで興奮していては閨教育係失格だ。
「……ジネット様の触れ方が上手いので、思わず興奮してしまいました」
ジネットの疑問に、フィンセントは淡々とそう答えた。
本音を言えば、ジネットの裸を目にしただけで陰(いん)嚢(のう)に何かが溜まるような感覚を得ていたのだが、それはあまりにも初(うぶ)すぎるので黙っておく。
「まぁ、そうなの? 嬉しいわ。私に性技の素質があったのね」
両手を合わせ、声を弾ませるジネットの笑顔が眩しい。
――押し倒したい。
寝台の上、目の前には今まで見たことがないぐらい美しい女がいる。しかも裸だ。抜けるように白い肌も、豊満な乳房も、蜂のような曲線を描く腰も、薄い下生えもすべてを惜しげもなく晒している。
フィンセントはごくりと生唾(なまつば)を呑み込む。
おまけにジネットは処女で、この魅惑的な肢体を他の男に晒したことがないのだ。
だが、ここでジネットに手を出せば、即座に天井裏から暗器が飛んでくるだろう。
この部屋の天井裏には帝国騎士団所属の暗部が潜んでいる。
皇帝の側女と閨教育係が不貞を犯さないか、見張っているのだ。
「ねぇ、これはどうしたらいいの? この状態を元に戻すのが私の役目でしょう?」
フィンセントが天井を見上げていると、ジネットは彼の股間を指さした。
「……今日のところは、自分でなんとかします」
さすがに初日から手淫(しゅいん)や口淫(こういん)をジネットにさせるのはあんまりだと思ったフィンセントはそう言ったが、彼女は首を横に振った。
「いいえ、私にさせて」
「ですが……」
「だって、いつ陛下がこちらにいらっしゃるか分からないのでしょう? もしかしたら今夜にでも渡りがあるかもしれない……。私、少しでも備えておきたいのよ」
フィンセントは己の判断を恥じた。ジネットの言うとおりだからだ。
普段の皇帝が、いくら小麦色の肌を持つ金髪のやかましい娘を好むと言っても、ジネットの噂を聞き、たまにはお淑やかで豊満な胸を持つ女に奉仕させたいと考えてもおかしくないのだ。
皇帝が、皺が寄った手でジネットの乳房を揉みしだく様を想像したフィンセントは、慌てて頭を横に振った。
「……フィンセント?」
「あ、ああ、そうですね……。ジネット様の仰(おっしゃ)るとおりだと思います。ではまず、軽く陰茎を握ってもらえますか? できる範囲でかまいませんので……」
フィンセントは額に汗を浮かべる。この閨教育は皇帝のためにしていることなのに、なぜか皇帝に触れられるジネットを想像したくないと思ってしまった。以前は皇帝の閨番をしていたが、こんなことを側女に対して思ったのは初めてのことだった。
陰茎がそっと握られる。フィンセントは娼館に行ったことがない。屹立した性器に触れられるのは初めての経験だった。
ジネットの顔をじっと見つめる。彼女は嫌がるどころか、瞳を輝かせていた。
「わっ、すごいどくどくしてる。……これ、確か握って上下に扱(しご)くのよね? でも、摩擦で痛くなりそう……」
「ああ、その場合は唾液を垂らして濡らすのです」
――今は閨教育に集中しなくては。
私念で、ジネットの練習の邪魔はできない。もしもジネットに皇帝の渡りがあり、不備があれば、困るのは他でもない彼女なのだから。
唾液を吃立した陰茎の上に垂らせとは言ったが、なかなかジネットは上手くできないようだ。
唇を尖(とが)らせるも、上手く唾液は落ちない。
「ジネット様、口の中で舌を転がすようになさってください」
「んっ、んんぅ……はぁ、上手くできないわ……。ねぇ、直接舐めては駄目なのかしら?」
ジネットの大胆な申し出に、フィンセントの胸が今までにないほど強く高鳴った。
「ジネット様さえ、よければ……」
自分でも情けなくなるほど、弱弱しい声だった。
「ええ、いいわよ。じゃあ……」
ジネットの白銀の頭が、股間に埋められる。通常ではけしてあり得ない光景だ。
彼女の頭で遮られ、その下で何が行われているのかはよく分からない。だが、何か生温かいもので自身の先が包まれていることだけは分かる。
――生温かい?
舐められているだけなら、このような感覚にはならないはず。
フィンセントが身を屈めて覗くと、なんとジネットは彼自身の先をずっぽり口に咥え込んでいた。
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