書籍詳細
漆黒の貴公子は王太子妃侍女を溺愛する
| 定価 | 1,320円(税込) |
|---|---|
| 発売日 | 2025/11/28 |
内容紹介
立ち読み
1
いつもと変わらない午後のお茶の時刻。バルトリス王国王太子妃の私室では、筆頭侍女のエウラリア・ベネッリがお茶の支(し)度(たく)をしていた。そこへ王太子妃が突然、脈絡もなく、「あなた、お見合いしなさい」と告げてきた。
エウラリアは思わず紅茶のポットを落としそうになり、慌ててハンドルを強くつかむ。まじまじと王太子妃――オリエッタの美しい顔を見つめるが、冗談で言ったようには感じられなかった。
「理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ。まずは座りなさい」
オリエッタの白い指先が向かいの席を優雅に示す。エウラリアが後輩の侍女へ視線を向けると、彼女は心得たようにうなずいた。
職務中に侍女が主人と同じテーブルに着くなどありえないけれど、これが初めてではないので他の侍女たちも心得ている。
なにしろエウラリアはオリエッタの乳(う)母(ば)の娘――つまり乳(ち)兄(きょう)弟(だい)だ。エウラリアの方が五ヶ月ほど年上なのだが、オリエッタは姉のように振る舞い、エウラリアを妹としてかわいがっている。
しかも二人はこの国――バルトリス王国の出身ではなく、周辺国の一つであるペルフェリ王国の出身だ。オリエッタ第一王女がバルトリス王国に嫁(とつ)いできた際、乳兄弟であるエウラリアを連れてきた。そのためエウラリアは、王太子妃の無(ぶ)聊(りょう)を慰(なぐさ)める役目も任されている。客人さえいなければ、エウラリアがオリエッタとお茶を共にする機会は多かった。
周囲も慣れたもので、侍女たちは素早くエウラリアの席を整えてティーカップにお茶を注ぐ。
大人しくエウラリアが主人の正面に腰を下ろすと、オリエッタはにこりといい笑顔を見せた。
「お相手は外交官のクラウディオ・シルヴェストリさまよ。あなたも知っているでしょう?」
予想外の大物の名前に、エウラリアは飲もうとしていた紅茶をティーソーサーに戻した。
「シルヴェストリさまですか。……意外ですね。先妻を亡くした貴族から後妻に望まれでもしたのかと思いました」
「もう、あなたにそんな相手なんて紹介しないわ」
子どものように頬を膨(ふく)らませる主人がかわいい。エウラリアと同じ年の二十八歳で三人の子どもの母親だが、そんな印象は感じられないほどだった。
――でもお相手がシルヴェストリさまって、ものすごく良縁だわ。行き遅れの私に来る縁談とは思えないけど。
シルヴェストリ家といえば、バルトリス王国に五つしかない公爵家の一つだ。そこの令息であるクラウディオはとんでもなく眉(び)目(もく)秀(しゅう)麗(れい)で、スラリと背が高く文官にしては体格がよく、その割には威圧感がなくて物腰は柔らかい男前だ。とにかく格好いい独身男性で、淑(しゅく)女(じょ)の視線を集めまくっていた。
しかも黒髪黒目という大変珍しい色合いを持っていることから、“漆(しっ)黒(こく)の貴公子”なんて呼ばれている。
――あの方がいらっしゃると、侍女たちがそわそわして落ち着かないのよね。
まだエウラリアが下っ端の侍女だった頃、先輩侍女たちがクラウディオに迫っているところを見たのも一度や二度ではない。彼はやんわりと断っていたが、うっとうしく感じているのがよく分かったため、同じ職場の侍女として申し訳ないと思うことが結構あった。
「でもオリエッタさま。シルヴェストリさまは国外の大使館に駐在されているのでは?」
バルトリス王国の若手外交官は、周辺諸国の大使館に三年から五年の任期で駐在するのが慣例だ。その間、全く帰国しない人も多いようで、クラウディオもその一人だった。
「何を言ってるの。三ヶ月前に帰国したとき、ここへ挨(あい)拶(さつ)に来たじゃない。エウラリアもいたわよね」
「挨拶にいらしたのは覚えていますが、それ以降は一度も顔を見ないので、再び国外へ行かれたのかと思いまして」
「あなた、本当にシルヴェストリさまに興味がないのねぇ」
ほう、とオリエッタは物(もの)憂(う)げな表情でため息をついてから、話を続ける。
「あの顔に見とれたりしないの? わたくしはエルネストさま一(ひと)筋(すじ)だけど、彼ほどの美(び)貌(ぼう)なら目の保養だって思ったりするわ」
エルネストとは王太子殿下のことで、オリエッタの夫だ。二人は政略結婚ではなく、エルネストの一目惚れでオリエッタに求婚した経緯があり、彼は国一番の愛妻家と呼ばれている。
「シルヴェストリさまを美しいとは思いますが、個人的に話すこともなかったため興味はありません」
クラウディオが国外に出る前、休みの日になると図書館でばったり会うことが多かった。とはいえ図書館はおしゃべりするところではないし、彼も静かに本を読んでいたため、話すことはなく親しいわけでもない。
――それに外見のいい貴族男性って、女性に不自由してないから多情なのよね。浮気性の男なんてごめんだわ。
そう思った瞬間、ここ数年ほど忘れていた元婚約者を思い出して気持ち悪くなり、慌てて話を変えた。
「だいたいシルヴェストリさまなら、すでに婚約者さまがいらっしゃるのではないですか?」
「それがいないのよ。あの方、結婚相手にちょっと変わった条件を出しているのよね」
「どのような条件でしょう」
「まずは年齢。二十二歳以上の女性じゃないと駄目なんですって」
「それは、かなり珍しいですね」
貴族女性の結婚適齢期は十六歳から二十歳ほどで、遅くとも二十二歳までには婚(こん)姻(いん)するのが常識だ。もちろんすべての女性が二十二歳までに結婚するわけではなく、エウラリアのように二十八歳になっても独身の女性だっている。
しかしその場合は、結婚しないことに対してよほどの理由があってのことだ。
エウラリアは王太子妃に忠誠を誓い、生(しょう)涯(がい)仕えると決めている。結婚したら王宮から下がらねばならないため独身を貫いていた。
けれど、より好みしているうちに結婚相手がいなくなった女性もいる。そのため二十五歳を過ぎても婚姻歴がない淑女は、白い目で見られることも少なくなかった。
「オリエッタさま、二十二歳以上の女性といっても、さすがに私の年齢では難しいと思われます」
「それがねぇ、あの人、年齢だけじゃなくって、就業経験がある女性って条件までつけているのよ」
「花嫁修業を済ませたとかではなく?」
「きちんと労働して給金をもらった経験がある女性、ですって」
エウラリアは意味が分からなくて目を白黒させる。
基本的に貴族令嬢は働かない。もちろん家庭教師(カヴァネス)や、王宮で侍女になる令嬢もいる。しかしそういった女性は下位貴族だったり家が没(ぼつ)落(らく)していたり、と働かねばならない理由があるものだ。
――それだとシルヴェストリさまとは身分がつり合わないわ。
そこまで考えた途端、自分に縁談が持ち込まれた理由に気がついた。
「なるほど。私はシルヴェストリさまの出す条件に合致するうえ、身分がつり合いますね」
エウラリアは伯爵令嬢だ。公爵家に嫁ぐには低い身分だがギリギリ許される。そして奉職している二十二歳以上の独身女性。自分のような淑女はなかなかいないだろう。
だがしかし。
「それでも難しいと思いますよ。私は二十八歳の行き遅れで、しかも天(てん)涯(がい)孤(こ)独(どく)のようなものですから、実家の後援を望めません。さすがにシルヴェストリさまも私では断るのではないでしょうか」
「あなたの後見人はわたくしよ。もっと誇りなさい。それにこの縁談はシルヴェストリさまの方から持ち込まれたのよ」
「……本当ですか?」
「本当よ」
にっこりとほほ笑むオリエッタから、嘘を言っているようには感じられない。だからこそエウラリアは戸惑う。
自分はオリエッタのように一目惚れされるほどの美女ではない。艶(つや)のあるハニーブロンドは自慢だけれど、仕事中はひっつめ髪にしているのでそれほど目立たず、瞳はダークブラウンで大した特徴もない。エウラリアの容姿は悪くはないが優れてもいないのだ。
――シルヴェストリさまは、私の何がよかったの? 年(とし)増(ま)好きなの?
しかもエウラリアは結婚する意欲が全くないので、クラウディオとの縁談は良縁だと分かっていても困惑しか覚えなかった。
どうやってお断りするべきかと額を手のひらで押さえたとき、ものすごく重要なことを思い出した。
「待ってください。シルヴェストリさまと言えば嫡男ですよね」
「そうよ。三ヶ月前に帰国したのは、お父上の公爵閣下が倒れたせいなの。その直後に閣下は亡くなられて、今はシルヴェストリさまが襲(しゅう)爵(しゃく)して当主になっているわ」
どうりで帰国してから顔を見ないわけだ。おそらく葬儀や爵位継承の慌ただしさで外務府を休職しているか、もしかしたら退職したのかもしれない。
「オリエッタさま、私には無理です。シルヴェストリさまと結婚したら公爵夫人になってしまいます。お断りしてください」
「いいじゃない、公爵夫人。名誉なことだわ」
とてもうれしそうにほほ笑むオリエッタに、エウラリアの困惑は全く通じていない。
――これは何を言っても無駄ね。
この表情のオリエッタはもう決めている。彼女の決定を覆(くつがえ)すのは至難の業(わざ)だと、物心ついたときからそばにいるエウラリアは熟知していた。
がっくりとうなだれ、「かしこまりました……」と受け入れるしかなかった。
◇ ◇ ◇
貴族が結婚することは、明確に法律で決まっているわけではないが義務である。
婚姻によって家同士の結びつきを強くして派閥を作り、子を産むことで家を存続させて爵位と領地と財産を後継に受け継がせる。
貴族の政略結婚には、家門の歴史と誇りを後世に残す重い意味があった。血統の断絶は絶対に避けねばならないことである。
特に貴族社会の最高位となる公爵家は、バルトリス王国で五つしか興(おこ)せないと国法で定められている。
そのうちの一つであるシルヴェストリ家には、子どもがクラウディオしかいなかった。しかも親戚は姻(いん)族(ぞく)しかおらず、シルヴェストリの血統でない彼らには継承権がない。
つまりシルヴェストリ家を継ぐ資格を持つ者は、クラウディオ一人という状況だった。なのに彼は婚約者を決めず、今までのらりくらりと縁談から逃げ続けていたらしい。
そんな彼も爵位を継承した以上、早急に婚姻する必要があった。国王からも、「一刻も早く結婚すること」と命令が下っているそうだ。
――だというのに、結婚相手への奇妙な条件を変えようとしないなんて不思議。本当は結婚する気がないのでは? まあ私にはその方がいいけど。
お見合い当日、エウラリアはそんなことを考えながら馬車に揺られていた。本日は午後のお茶の時刻に合わせて、公爵邸でクラウディオと会う予定になっている。
ちなみにドレスも靴も宝飾品も、すべてオリエッタが用意してくれた。申し訳なくもありがたい。もうずっと長い間、おしゃれをして出かけることがなかったから、社交用のドレスなんて持っていなかったのだ。
その原因となった過去を思い出しそうになり、慌てて手袋越しに手の甲をつねっておく。
「いたた……」
痛みを感じるほど力を込めていたら、嫌な記憶も消えていく。そのことにホッと息を吐いたとき、馬車が減速するのを感じ取った。
窓から外を見ると、シルヴェストリ家の王都邸(タウンハウス)に着いたところだった。あらかじめエウラリアの来訪は伝えられていたようで、すぐに重厚な門が開けられて敷地に入る。
――公爵家の邸宅に入ったのは初めてだけど、広いのね。
整備された美しいアプローチは、大庭園と呼んでいいぐらい広大で整然としている。実家のベネッリ伯爵家とは雲(うん)泥(でい)の差があり、権威の差に気後れした。
自分はオリエッタの侍女になって、もう十年になる。その間、ずっと使用人の宿舎で暮らし、令嬢らしい生き方から遠ざかっていた。この国の社交界に出たこともない。そんな人間が公爵家の当主に望まれてお見合いをするなんて、たちの悪い冗談としか思えなかった。
憂(ゆう)鬱(うつ)な気分でいたらエントランスに到着し、外側から扉を開けていいかと声がかけられる。
エウラリアは深呼吸をしてから了承の返事をした。面倒なお見合いではあるが、自分の粗(そ)相(そう)はオリエッタの恥にもなるから、油断はできない。
しかし馬車を降りようとした途端、ギョッとして目を剥(む)いてしまう。
エスコートのために差し出された手は従僕のものではなかった。そこにいた男性は、光沢のある濃紺のフロックコートに同色のトラウザーズ、淡いグレーのウェストコートという貴族服を着用しており、容(よう)貌(ぼう)は息を呑(の)むほど端整で美しい。
この邸宅の主(あるじ)でお見合い相手である、クラウディオ・シルヴェストリ本人だった。
――嘘。公爵閣下が馬車寄せまで下りてくるなんて。
家族の出迎えでもここまで来ることはない。馬車寄せなんて、貴族社会で頂点に立つ貴人が下りてくる場所ではないのだから。
あまりの事態に放心していたら、クラウディオが爽(さわ)やかな表情で口を開く。
「レディ、どうぞ、お手を私に」
帰国したクラウディオが王太子夫妻に挨拶に来たときも、エウラリアは部屋の隅に控えていたので彼の声を聞いている。でもそのときと違ってやけに甘く聞こえるから、胸がドキドキして顔が火(ほ)照(て)るようで落ち着かない。
恐る恐る左手を差し出すと、クラウディオは流れるように馬車から降ろしてくれた。しかもエウラリアの指先へ軽く口づける。
手袋越しの感触だというのに、彼の唇と触れた部分が小さく痺(しび)れた。
「久しぶりだ。会いたかった」
「はい……」
差し出された肘(ひじ)に軽く手を添え、導かれるがまま足を動かす。ゆっくりと歩く彼の歩調が自分に合わせてくれていると悟って、紳士ならば当然のことだけれど戸惑う。
どこの国でもそうだが、公爵の身分は本当に高い。王家の血族であり、さまざまな特権と莫(ばく)大(だい)な富を有しており、王族に次いで尊い方だ。
臣下の中で最高位とされるが、公爵位と、すぐ下にある侯爵位の間には越えられない壁がある。公爵は臣下でありながら完全な臣下ではなく、君主にもなりえる特別な位なのだ。
だからこそお見合い相手を、馬車寄せまで来て出迎えたことが不思議だった。
ソワソワしていたら庭園に出る。そこは一面に美しい花々が咲き誇り、そよ風に花弁を揺らす見事な空間だった。
「綺麗……」
王太子夫妻が暮らす宮殿にも広い庭園があるけれど、オリエッタの好みで色の濃い花が集められている。
だが公爵邸は薄紅色や淡い黄色といった、優しい色合いの花々がそろえられていた。エウラリアはこちらの方が好みである。
「気に入った?」
頭上から落ちてくる穏やかな声にハッとする。見上げれば頭一つ分以上も高い位置から、クラウディオが見つめていた。……そのまなざしがやけに優しいような甘いような気がして、どうしてそんな目で見てくるのか分からなくて動揺する。
「その、とても美しい庭園で、見とれてしまいました」
「よかった。君は柔らかい色が好みと聞いたので、今日に合わせて花を全て植え替えたんだ」
「え?」
「気に入ってくれてうれしいよ」
クラウディオが柔らかくほほ笑むから、反射的にエウラリアも曖(あい)昧(まい)にほほ笑んだ。
――公爵家流の冗談(ジョーク)よね? この広い庭の花を全部植え替えたって、嘘よね?
先ほどクラウディオに感じたドキドキとは違う鼓動を感じながら、導かれるがまま庭園の奥へと歩く。向かった先には大きな白いガゼボがあった。
石造りの建築物だが、柔らかそうな敷物やたくさんのクッションが用意されており、ベンチに腰を下ろしても硬くないし冷たくもない。
夏が終わって秋風が心地よく感じるこの季節、談話室(サロン)で向かい合うより庭園の方が緊張感がほぐれてくる。クラウディオの心遣いがありがたい。
メイドがお茶の準備を整えてくれるのを、なんとなく見つめているうちに、ひどく懐かしい香りが漂(ただよ)ってくることに気づいた。
――これって、まさか。
提供されたティーカップには、紅茶と違う淡い緑色のお茶が注がれている。
メイドたちが下がるとクラウディオが口火を切った。
「こうして会うのは七年ぶりだな。本当に久しぶりだ。再会が叶(かな)ったご褒(ほう)美(び)に、名前を呼ぶ許しを与えてくれないか?」
名前呼びは家族や親しい相手にしか許さないものだが、公爵閣下の願いを断るほど神経は太くない。
「閣下のお好きなようにお呼びください。こちらこそお招きくださいまして、ありがとうございます」
クラウディオは小さくうなずくとティーカップに口をつける
「今日のお茶は君の故郷のものを取り寄せたんだ。試してくれないか」
「お心遣いに感謝いたします」
故国は寒冷な土地なので茶葉の栽培には適さない。しかしガラスの温室で作られる緑茶と呼ばれるお茶は、紅茶とは違う工程を経て爽やかな香りの茶葉が出来上がる。色も淡い緑色から薄茶色、褐色と種類が豊富だ。
とはいえ生産量が少ないため国内消費分しか作られず、輸出品目に加わっていない。年に一度、故国のペルフェリ王国から特使が訪れる際、献上品として持ち込まれるぐらいだ。
お茶を飲むと、懐かしい味に胸が温かくなってくる。
――オリエッタさまもそうそう飲めないのに、申し訳ないわ。
もうバルトリス王国で暮らして十年になるため、故郷の記憶はだんだんと薄れてきている。それでも味覚は覚えていたようだ。
「おいしいです。まさか王宮以外で緑茶を飲めるとは思いませんでした」
この一杯のお茶だけで、エウラリアをもてなしたいと、喜んでもらいたいとのクラウディオの心遣いを感じられる。それがうれしい反面、苦い過去と比べてしまうから、胸の奥底にどろりとした黒い感情が湧(わ)き上がった。
かつて自分には婚約者がいた。でも、このような心のこもったもてなしを受けたことは一度もない。雑に扱ってもいいと思われていたのだ。
もう十年も前のことなのに、いいかげん忘れるべきなのに、こうして何かの拍子に思い出しては自分で自分を苦しめている。
ただ、クラウディオをあの最低男と比べては失礼だと思い直し、考えるのをやめた。気を紛(まぎ)らわせようとお見合い相手へ視線を向ける。
――本当に綺麗な人。私より二歳年上で三十歳になったそうだけど、これだけ容貌が整っているとあまり年齢を感じさせないわ。もっと若いような気がする。
その割に、雰囲気や物腰から円熟味を感じさせるから不思議だ。王宮で出会う若い男性官(かん)吏(り)のような、高慢さや気位の高さがないせいだろうか。
――すごく不思議。公爵閣下なんだから、どれだけ尊大で高圧的でも、誰にも文句は言われないでしょうに。
人格の優れた方なのかもしれない。……だからこそ、彼の隣に立つことなどできなかった。自分ではあまりにもつり合いが取れなくて。
身分が下のエウラリアから縁談を断るのは無礼になるが、これ以上、クラウディオの時間を浪費させるわけにはいかない。爵位を継いだばかりで忙しいだろうし。
エウラリアが勇気を出して口を開こうとした直前、クラウディオがクスッと小さく笑う。
「どうやって縁談を断ろうかって考えていそうだな」
図星を指されて指から力が抜ける。ティーカップをソーサーに落としてしまい、かしゃんっと眉をひそめる音が鳴った。マナー違反も甚(はなは)だしい行為に青ざめる。
「失礼しましたっ」
「気にしないでくれ。大した交流もない男から縁談を申し込まれて、迷惑だと思っただろう」
「はい」
思わず本音を漏(も)らしてしまい、「あっ、いえ、うれしかったです」と慌てて訂正したが後の祭(まつり)だ。
クラウディオがおかしそうに噴き出した。
「うん、正直でいいね」
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