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生まれ変われなかった三年後の世界で、ヤンデレ公爵の溺愛が待っていました

戸瀬つぐみ / 著
ウエハラ蜂 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-788-8
サイズ 文庫本
ページ数 352ページ
定価 880円(税込)
発売日 2025/07/25

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内容紹介

ただ私に囚われているといい

 

夫となった美貌の公爵・ルーカスに、初夜をすっぽかされてしまったジュリエット。彼への恨み言を日記に綴り眠った翌朝。目が覚めるとなんと、三年分の記憶を失ってしまっていた!? 冷え切った夫婦仲のはずなのに、なぜかルーカスはジュリエットに異常に甘く、執着している様子。さらに記憶の手がかりに日記を読むと、過去に自分が悪口を書いた相手がことごとく消えていることに気づく。空白の三年間に一体何が……? 「ただ私に囚われているといい」ヤンデレ夫の昏い情欲に搦め捕られて――。

人物紹介

ジュリエット

目が覚めると、夫である公爵との結婚初夜から三年分の記憶を失っていて!?

ルーカス

美貌の公爵。ジュリエットが目を覚ます直前の馬車事故で、ルーカスは左目を失明した。

立ち読み

 ジュリエットは初夜をすっぽかされたのだ。
 こんな日に領地で問題が起きたなんて、にわかに信じがたい。これは初夜を回避するための言い訳なのではないか?
 ルーカスは、ジュリエットと真の夫婦になりたくないのでは? ……それはきっと、ほかに想う人がいるから。
 婚約期間中、周囲から嫌というほど聞かされたのは、セアラ王女との親密でいて複雑な関係だ。二人は好き合っていて、ルーカスは彼女を国王にするために泣く泣く恋心を捨て、家臣として忠誠を誓っている……などと。
(王女殿下のために、私とは白い結婚を望むのかしら?)
 侍女頭の前ではどうにか押さえ込んだ不満が、ふつふつと湧き出てくる。
 ジュリエットはその不満を抱えたままゆっくりと立ち上がり、机の引き出しを開ける。
 取り出したのは、一冊の黒い表紙の日記帳だ。かけてある鍵を解いて、そこに思いの丈を書き殴った。
『くそったれ! 地獄に落ちろ!』
 誰にも見せる予定のない日記帳に、普段は絶対に使わない言葉を綴(つづ)る。
『――神様、どうかお願いいたします。明日、夫の美貌を奪ってください。私はきっと彼の性格を慈しむでしょう。もし彼が平凡な顔だったら、もう高慢ちきな令嬢たちに虐(いじ)められなくなります。王女殿下と奪い合いをしなくても済むでしょう。それが叶わぬなら、私を生まれ変わらせてください。国主の娘でもなく、公爵夫人でもなく、できればパン屋の娘がいいです。明日目覚めたら、私にとって優しい世界になっていますように!』
 みっともなく叫んだり、怒ったりすることができないジュリエットは、こうやって嫌なことを日記帳に書きつけて気持ちを整理する。
 書いた直後は鼻息が荒くなっているし気分が晴れるわけではないが、数日たち冷静になれば、実は子どもっぽい自分のことが恥ずかしくなり、書いた愚痴は黒歴史として封じられる。
 ジュリエットは気の済むまでペンを走らせたあと、しっかり鍵をして引き出しに戻し、一人寂しく寝台に戻った。
 領地に向かってしまったという夫。もしかしたら、新婚初夜にそれはなかったと思いとどまり、引き返してくるかもしれない。それか明日の朝には問題を解決して……。
(いいえ、絶対に無理よ)
 彼の領地まで何日かかるのか正確にはわからないが、一日では往復できないことだけは確かだ。
 最悪これからしばらくのあいだ、初夜をすっぽかされた花嫁として、屋敷で一人過ごさなければならない。
 ジュリエットは消えた夫を恨みながら、布団をかぶる。
 怒りでなかなか眠れそうにないと思っていたのに、花嫁として朝早くから気の休まることない一日を過ごしたせいか、疲れで瞼(まぶた)が重くなっていく。
 そうしてこの夜は、とても深い眠りについた。

 夢を見ていたような気もするが、意識の覚醒に伴ってすべてが消えていく。
「――ジュリエット……。ジュリエット。頼むから目を覚ましてくれ」
 誰かがジュリエットの手を握っていた。
 まだ眠たいのに、どうして起きなければならないの? 不満を口にしようとしたところで声の主が誰だかわかり、早く目覚めなければと心が騒ぎ出す。
 どうにか目を開けると、ぼんやりと浮かんでくるシルエット。白金色のさらさらとした髪の持ち主は、間違えようがない、夫のルーカスだ。ジュリエットの願いが叶い、彼が戻ってきてくれたのだ。
「おはようございます、公爵様。……いつ、お戻りになったのですか? 初夜のすっぽかしはさすがの私でも傷つきます。でもよかった……目覚めたとき一人だったら、悲しくて泣いてしまうところでした」
 きっと昨日は本当にどうしようもないことが起きていたのだろう。今こうして申し訳なさそうな顔で、手まで握ってジュリエットに寄り添ってくれている……それなら許すしかない。
 でもなにかがおかしい。
 ルーカスの美しい顔に、包帯が巻かれている。それは昨日なかったものだ。それに髪も。……昨日までは短かったはずなのに、今は飾り紐でまとめることができるほど、襟足が長くなっている。風貌までどこか違って見え、悲壮感さえ漂っている。
「大変! 公爵様、どうしてお顔にお怪我を?」
 包帯は、ルーカスの左目を覆うように巻かれている。
 まさか目を負傷してしまったのだろうか? 視力に関係する怪我だったら大変だ。
 無意識に、震える手をルーカスに向けて伸ばしていたが、その自分の手にも違和感を持つ。
「あれ? 私も手が……」
 はっきりとした痛みを感じる。その手首には、ぐるぐると包帯が巻かれていた。
「ジュリエット、あなたもかなり酷い怪我をしている。手だけではなく、足やほかの部分も。すまない、痛むだろう……急に動かないほうがいい」
 言われてみると、身体のあちこちが痛くて気分はとてもだるい。もしかしたら熱があるかもしれない。
「私、いつ怪我をしたのかしら?」
 わからないことだらけだ。
 だって昨日は結婚式で、二人とも怪我なんてしていなかった。ジュリエットはそれより何日も前から傷などできないよう心がけ、磨かれた身体を維持していたはずだ。
 結婚式が終わったあとルーカスは姿を消して、ジュリエットは一人で眠っただけ……。
 そのあいだに、大暴れした人のようになっている。……そう、たとえば夜中に戻ってきたルーカスにブチ切れて、はじめての共寝ではなくはじめての夫婦げんかを勃発させてしまったとか?
「まさか……私がやってしまったんですか? そのお顔」
 武器はどこだろう。護身用の木剣などなかったから、燭台で殴ったのだろうか? それとも素手で? それならジュリエットの手が痛いのも頷ける。
 しかし国宝級の顔に傷をつけたとしたら、それは重罪だ。ジュリエット個人が責任を負えるレベルではない。国同士の問題になり、故郷のクラシュア公国は今度こそ滅ぼされてしまうかもしれない。
 ジュリエットは最悪の予見を膨らませ、顔を青ざめさせる。
「ジュリエット、あなたは……」
 そんなジュリエットに、ルーカスは険しい視線を向けてきた。これはなんだろう? 困惑、悲痛、戸惑い……それに怒り? いろいろな感情がひしめき合っている。
 彼はなにかを言いかけてやめた。互いに状況の整理がついていないので、二人は自然と沈黙してしまう。
 そうしているあいだにノックの音が響き、別の人物が部屋の中に入ってきた。
「失礼いたします。お薬をお持ちいたしました」
 どうやら侍女がやってきたらしい。まだ、公爵家の使用人の顔と名前を覚えきれていないジュリエットは、彼女のことを知らなかった。
「ジュリエット様! お目覚めになられたのですね。ああ、本当によかった……。そうだ、水分をとられたほうがよろしいですね。お食事はどうしましょう? あと、お着替えや入浴も……」
 ジュリエットが起きていることを知った侍女は、興奮している様子だった。うっすら涙さえ浮かべている。
「ええっと……あなたは、誰だったかしら?」
 まだ若い彼女は知らないのだろう。初対面で紹介も済まないうちに話しかけたり、気安く女主人の名前を呼んだりしてはいけないと。それでもこの使用人からは、ジュリエットに対しての溢れんばかりの思いやりを感じ、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
 彼女がルーカスに叱られてしまわないとよいのだが。……心配になってルーカスの表情をうかがったが、彼は片方の目を大きく開いて、ジュリエットを見つめていた。
「エマがわからないのか? あなたのお気に入りの侍女だ。もう随分長い期間、あなたのそばにいるじゃないか」
「私の侍女? だって私は昨日ここに来たばかりで、王宮でも専属の侍女はいませんでした。すべて公爵様が用意してくださるっておっしゃって……。私、なにがなんだか……」
 ルーカスが言っていることが理解できない。彼もこのエマという若い侍女も、ジュリエットのことを珍獣でも見つけたときのような目で見てくる。この場でおかしな言動をしているのは、ジュリエットなのだと言われている気分だ。
「ジュリエット……あなたの中では、私たちは結婚したばかりなのか?」
「そうです。昨日結婚式を挙げたじゃないですか……それで」
 ルーカスは領地に行ってしまい、ジュリエットは寂しく一人で夜を過ごした。その翌朝が今日だ。どう考えても間違いない。それなのに、ルーカスは首を横に振る。
「私たちは、結婚してもう三年になる」
「それはさすがに嘘でしょう?」
 現実離れした話に、ジュリエットはきょとんとした。するとルーカスは、考えを巡らせているように片方の瞳をさまよわせる。
「そんなことがあるのか? ……いや、でもこれは……」
 なにやらぶつぶつとつぶやいたあと、一度うつむいたルーカスが再び顔を上げる。
 すると、さっきまでの沈痛な面持ちはどこかへ消え去って、ジュリエットが惹かれずにいられないキラキラとした笑みを、惜しみなく向けてくる。一気に意気があがったようだった。
「ジュリエット……どうやらあなたの記憶は混乱しているらしい。そうだエマ、悪いが今すぐ新聞を持ってきてくれ」
 ルーカスが命じると、エマは一度部屋から出ていって、言われた通り新聞を抱えて戻ってきた。
 ジュリエットはルーカスの意図を汲み取って、手渡された紙面に載っている情報を見つけ出す。
「新暦112年? ……そんな!」
 新聞に記載されていた暦は、確かに結婚してから三年後の日付だった。ルキハルス王国現王朝成立と共に改められた新暦で言えば、ジュリエットがルーカスと結婚したのは109年の出来事だったのだ。この新聞を信じるなら、確かにルーカスの言い分が正しい。でも――。
「……公爵様は、実はとてもいたずら好きな人だったのですか?」
 ジュリエットは、ルーカスが手の込んだ冗談を言っているのではないかと思いかけた。
 しかし、口にしてすぐにそれはありえないと理解する。新聞を偽造するくらいのことは、彼なら簡単だろうが、ジュリエットの身体の痛みは本物だし、きっとルーカスの怪我も同じ。
 突然の怪我は冗談では説明できない。
 彼のすべてを知っているわけではないが、意味もなく、質の悪い嘘を吐く人ではないということくらいわかっている。
 現にルーカスは笑い飛ばすでも馬鹿にするでもなく、申し訳なさそうにまた首を振って、ジュリエットの言葉を否定した。
「今は間違いなく、新暦112年。でも大丈夫、なにも心配いらない。実は……私たちは馬車の事故にあったんだ。それで今、二人ともこんな状態だし、記憶の混乱もきっと事故が原因だろう。あなたの怪我は治るものだから安心してほしい。傷もほとんど残らないという見立てだ」
「私のことよりも……公爵様のお怪我は?」
 ジュリエットの足や手に痛みはあるが、動かすことができる程度だとわかる。だから、大した問題ではない。それよりもルーカスの左目の状態が気になってしかたなかった。
「多少の不自由はあるが、問題ない」
「不自由とは?」
 ジュリエットはおそるおそる尋ねる。
「左目の視力は失われた。元には戻らないだろう。傷痕も残る」
「そんな!」
「どうでもいいことだ。むしろ好都合」
「いったいなにが好都合だというのですか?」
 片方とはいえ、視力を失うことがどれほど大変なことか。ルーカスがそれを軽んじる理由がわからず、思わず強い口調で問いかけた。
 するとルーカスは平然と言い放つ。
「以前から、この顔が煩わしいと思っていた。傷があるくらいがちょうどいい」
「――!」
 ジュリエットは驚きのあまり言葉を失う。
 ルーカスが自分の美しすぎる顔を厭うような発言をしたことにも驚きだが、なによりそれはジュリエットが直前の記憶で、密かに願ってしまったことでもあったからだ。
(私は確かに、夫の美貌を奪ってくださいって……神様にお願いしちゃったのよ)
 どっと、罪悪感が押し寄せてくる。嫌な汗が滲んだ。
(まさか、私が願ったから?)
 そんな魔法のような力、ジュリエットは持ち合わせていない。でも現実として、おかしな出来事が起こっているのだ。
「ジュリエット、大丈夫か? 顔色が悪い。すぐに医師を呼んでこよう」
 ルーカスのほうこそ大怪我をしているのに、彼は自分のことなどそっちのけでジュリエットを気遣ってくれる。
「いいかい? あなたはそこから動かないように」
 ルーカスは医者を呼ぶためだと、寝台の脇から立ち上がり、部屋から出ていった。
 彼を見送ったあと、ジュリエットは考え込む。
(本当に? 三年後……なの? だったら私は二十一歳?)
 ジュリエットを見つめるときのルーカスの瞳は、確かに大切な家族に向けられるもののようだ。しかし自分の記憶の中の二人は、いがみ合ってはいなくとも、愛し合ってもいなかった。
 この三年間、二人はどんなふうに過ごしてきたのだろう? 想像を膨らませてみるが、どうもうまくいかない。
(いいえ、それより今は日記よ!)


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