書籍詳細

一途な海上保安官の求愛からは逃れられません!?
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2025/07/25 |
内容紹介
立ち読み
【プロローグ】
「こら汐(しお)音(ね)。逃げるな」
いつもよりほんのちょっとだけ低い声が降ってきて、私は内心で悲鳴を上げた。だってもう、イかされすぎて苦しい。
いつもは優しすぎるくらい優しい彼が、今日はとても執拗に攻め立ててくる。絶頂して、イかされて、そこから降りてこられない。ずっとイってて、突き上げられると頭が真っ白になるくらい気持ちいい、私の弱いところをぐちゅぐちゅ何回もしつこく彼の昂ぶりで抉(えぐ)られ続けて、もうどれくらい時間が経ったのだろう。
身体が、悦楽で痺れている。
だから、少し休憩したくて、ほんのちょっと身体をずらして必死に快楽に耐えていた……ら、すぐに気が付かれたのだった。
「ふ、あんっ、逃げてなんか……っ」
揺さぶられながら精一杯に答える私を、洋(よう)介(すけ)さんは「ふ」と低く笑って、嗜虐心たっぷりの視線で見下ろしてくる。私の頭の横についた逞(たくま)しい腕に微(かす)かに力が入ったのがわかった。
ぞくぞくと背中になにか、電流のようなものが走る。いまから蹂(じゅう)躙(りん)されてしまう、とわかったから――彼の好きに、めちゃくちゃにしてほしい、という私のあさましい本能なのだろう。
「ナカ、きゅって締まったけどどうした?」
洋介さんが私の前髪をかき上げる。汗ばんだ頬にキスを落とされ、私は甘く息を漏らす。
「ん……っ」
大好きな恋人、洋介さんの住むマンションのソファ。すっかり慣れたはずのそこで、私は半泣きで首を傾げた。だって、今日の洋介さん、絶対に変。
いつもは丁寧に脱がされる服も、今日は着たまま。セーターはブラジャーごと胸の上までたくし上げられて、スカートは乱れて、タイツは片脚だけ脱がされて、下着だってクロッチがずらされただけ。私からあふれた液体で、下着がべっちょりと肌に張り付いていた。
洋介さんだって、ジーンズを寛(くつろ)げ下着をずらしただけ。その彼の下着も、私のせいでべちょべちょだろう。
「はー……気持ちよさそうな汐音、ほんと可愛い」
洋介さんはそう言って私に何度もキスを繰り返す。頬を両手で包まれて彼の大きな身体にすっぽりと覆われ、のしかかられ、口の中をべろべろ舐められる。
「ふう……う、っ」
うまく息ができない。なのに気持ちいい。
つい身体から力を抜き、ぼうっとしてしまった私から、ゆっくりと彼が離れる。
「洋介さん……?」
どうしちゃったんだろう、とおずおずと彼を見上げた。
いつもはとろとろの蜂蜜みたいに甘い視線が、獣みたいにぎらぎらしている。
いままでにも、彼がこんなふうに欲の片鱗を見せることは、時折あった。
でも……と、みっちりと彼の屹(きつ)立(りつ)でナカを充(じゅう)溢(いつ)させながら、内心首をひねる。
なんだろう。いつもと違う。
欲の片鱗なんてものじゃない、それそのものをぶつけられて、喘がされて、蕩(とろ)けさせられて、絶頂から降ろしてもらえなくて。
それは、焦りのようななにかに思えた。でも、なんで?
洋介さんはかっこいい。ひとつ上なだけだとは思えないくらいに余裕がある大人の男の人で、私なんかにはもったいないくらい、素敵な人。
なにか……あったのかな。
「なあ、汐音」
彼の身体にすっかり閉じ込められ、視界が彼の端整な顔でいっぱいの状態で、まつげさえ触れそうなほどの距離で、じっと瞳を見つめられる。
「――俺になにか隠してるよな」
私にのしかかる恋人の声に、びくっと肩を揺らす。低くて微かに掠れた、いつもとはまったく違う声音……。
覗き込んでくる精(せい)悍(かん)なかんばせは、整いすぎて付き合って数か月経ついまでも慣れそうにない。答えをせかすように肉襞をずるずると擦り上げられ、私はなんとか口を開いた。
「ん、っ。隠してない」
すらりと嘘が口からまろび出た。だって、“あんなこと”で手を煩わせたくない。洋介さんはいますごくすごく忙しいのだ。
面倒だって思われたくない。いや、洋介さんはそんなふうに思わないかもしれないけれど、私が嫌なのだ。
彼の邪魔をしてしまうのが、嫌なのだった。だってもうすぐ、彼の夢が叶うところなのに!
「隠し事なんてないよ」
もう一度繰り返した。快楽に蕩けかけた頭で、必死で笑顔を作る。安心させたかった。彼のやりたいことに、専念してほしかった。私が我慢すれば大丈夫なんだから。
「……ふうん」
そう言ってゆっくりと探るように目を細める洋介さんが、私の腰を力強く掴んだ。ハッとしたときにはもう遅くて、一番奥の、一番感じるところを肉張った先端でぐりぐり抉るように動かされる。
「あ、ああっ」
私は腰をくねらせ、少しでも快楽を逃そうとあがく。でも彼にソファに押し付けられているいま、そんなの無駄で、全然できなくて、私は無様にびくびくと身体を跳ねさせる。それさえ彼に押さえ込まれ、ただ最奥をこれでもかと苛(さいな)まれて。
ソファが軋んで床を滑り、音を立てる。
「あ、も、だめ、洋介さん、だめ、死んじゃうっ、壊れちゃうう……っ」
彼が動くたび、ぐちゅう、とあられもないヌルついた水音が立つ。ナカの粘膜がひどくうねって彼の昂ぶりを締め付ける。気持ちよくてたまらないって、身体が勝手に彼に甘えて、それが恥ずかしくてたまらなくて、なのに快楽には抗えず、イくことばかり考えて、頭の中がどろどろだ。
「大丈夫、死なない。気持ちいいだろ? 顔、すごくとろとろでかわいい。ほら、気持ちいい」
洋介さんの言葉が降ってくるけれど、内容は半分も理解できてない。最奥、子宮の入り口をぐりぐりと抉るように腰を動かされたから。
私はただこくこくと頷きながら反応して、唯一理解できた言葉を繰り返した。
「ん、気持ち、いぃ……」
もう、それしか言葉が浮かんでくれない。気持ちいい、壊れちゃう、壊れたい。
「そっか。かわいい」
洋介さんは穏やかな声でそう言って優しく目を細め、なのに抽送だけはひどく激しさを増す。腰を振りたくられるたび、腰と腰がぶつかる音がした。
「ああ、あ……っ」
暴力的な快楽に、身体を動かすことすらできず、洋介さんの逞しい腕の中でひとり絶頂してしまう。寄る眉根、そこに彼はキスを落とし「かわいい」と何度も呟いた。
「かわい、汐音」
絶対にかわいくなんかない。だって与えられすぎた悦楽で、きっとぐちゃぐちゃの顔を晒している。なのに洋介さんは「かわいい」と何度も繰り返しながら最奥を突き上げ、また私をイかせてしまう。
「ああ……あ……」
はー、と洋介さんは荒く息を吐き、今度はゆっくりと律動を始める。とん、とん、とん、ととても優しく、でも一番奥を丁寧に突き上げるように。
「ん、あ、あっ、あんっ」
彼が動くたびに、甘く高く媚びるような声が勝手に零れる。
ふとその動きが止まったかと思うと、バッと上半身を起こして洋介さんは着ていたトレーナーを脱ぎ捨てた。
「邪魔」
そう言って床に投げ捨て、私を探るような目で見てくる。ぎらぎらした欲を隠しもせずに。
――洋介さんの身体は、とても引き締まっている。誰かを助けるため、守るために鍛え上げられた身体だ。
洋介さんの仕事は海上保安官。三百六十度を海に囲まれた島国である日本で、海の安全と生命を守る最前線で彼は働いている。海での人命救助のスペシャリスト、潜水士としてだ。
そんな彼と私が交際するに至ったきっかけは、私が彼の“命の恩人”だったからだ。といっても、本当に幼いころの話。
洋介さんはそのおかげで潜水士になったのだというけれど、私はそれは違うと思う。洋介さんには十分な素質と正義感があった。決して努力を怠らない強い意志も――そんな彼はいま、ヘリコプターでの海難救助にあたる機動救難士として選抜され、四月の訓練開始に向けて日々努力を重ねていた。日々の訓練と業務の合間、休みの日だって分厚いテキストに真剣に目を落としていたり、ちょっとした暇を惜しんで筋トレをしているのを見ていると、「邪魔できないなあ」と強く思う。こんな私でも彼を支えていきたいって、そんなふうに。
「ぼーっとしてるな。なに考えてる?」
洋介さんに言われ、彼を見上げた。きゅ、と洋介さんは眉を寄せ、言葉を続けた。
「なあ、誰のこと考えてた」
私は不思議に思う。
だって、洋介さんの言葉に、声に、どこか……嫉妬のようなものを、独占欲のようなものを感じた気がして。
まさか、と笑う。快楽のせいで判断力がぐちゃぐちゃなんだろう。
洋介さんが嫉妬する必要なんてないもの。独占欲なんて抱く必要もないくらい、私は彼しか知らない。手を繋いだのも、キスをしたのも、それ以上のことだって、洋介さんしか知らない。
それに、実際問題として。
「……考えてたのは、洋介さんのこと」
本当のことを告げ、首を傾げた。
海のことしか興味がなくて、海のことばっかり考えていた私に、新しい感情を教えてくれた洋介さん。なのに彼は微かに目を細めた。
「……へえ」
洋介さんはそう言って、また私にのしかかり、さっきより激しい律動を始める。ぎっ、ぎっ、とソファが軋む。
「はあ、あっ、ああっ、あ」
激しく揺さぶられ、頭の中がさらにぐちゃぐちゃになる。「イっちゃう」とも言えず達し、ひどく痙攣しうねっているナカの粘膜を、それでも彼は大きな硬い熱で容赦なく擦り上げる。そのたびに聞くに堪えない淫らな水音があふれ、お互いの下生えと下着を濡らす。
「好き、好きだ、汐音」
洋介さんが私の唇にむしゃぶりつく。
口を塞がれ、嬌声がくぐもる。
すぐに離れたかと思うと、彼は両手をついて身体を起こし、ずる……と長く太い屹立を私から抜く。それすら気持ちがよくて、小さく喘いでしまった。
彼のものがすっかり出ていって、くてんと力を抜いた私を、洋介さんはくるりとうつ伏せにする。腰だけ上げられ、背後から一気に最奥まで貫かれた。
「ああ……あっ」
視界がチカチカする。私はソファの肘置きに抱き着き、彼が不規則に抽送するのに合わせ喘ぐ。
「はあ、ああっ、あ」
「はー……かわいい、またイってる」
はは、といつも通りの優しい笑い声が降ってきた。ホッと息を吐いた私の背中に、ぐっと彼がのしかかる。すっかり押しつぶされて、洋介さんとソファの間で息を吐いた私の耳を噛みながら、洋介さんは言う。
「汐音。俺にも言えないこと?」
「んっ、だから、なんにも……はあっ、ない……っ」
なんとか横を向くと、噛みつくようにキスが降ってきた。口の中を洋介さんの少し分厚い舌が這い回り、舌を絡め甘噛みしてくる。
「ん……っ、ふう……っ」
苦しくて出したはずの声は、ひどく甘く上ずっていた。ゆっくりと唇が離れ、洋介さんは拳で口元を拭う。その瞳は情欲でぎらぎらとしていて、胸がキュンと甘く騒いだ。
迷惑をかけたくない。面倒だって思われたくない。
脳裏に“あのこと”が浮かび胸が痛くなる。
本当はとても怖い。助けてとすがりたい。
でも、もしそれで彼が「心配だから訓練を諦める」なんて言い出したら? 辞退なんてしちゃったら? そんなことになれば、私は私が許せない。
私のことなんか優先しなくていい、洋介さんはすごい人なんだから、自分の道を進んでほしい。
「汐音……っ」
洋介さんの掠れた声とともに、ぐちゃぐちゃに壊されちゃうって思うくらい、力強く最奥を抉られた。快楽でわけがわからなくなっている私のナカに、皮膜越しに彼が欲を吐き出したのがわかる。同時に、私も達してしまって。
もう何回目かわからない絶頂に、半分泣いてしまいながら目を閉じる。
「――俺のだからな、汐音。絶対にほかのやつに渡さない」
そんな独占欲全開の言葉は、落ちかけた意識の中で聞いた幻だったのかもしれない。
【一章】
イルカの歌が聞こえる。
私は春の光が差し込む水槽を見上げた。ほの暗い空間で、プールだけが明るい。
たっぷりと満たされた水は青く透き通り、日差しが揺らめく。その中を二頭のイルカがゆったりと泳いでいく。ここはちょうど、イルカがショーをするプールの地下だ。
分厚いアクリルガラスには、この水族館の飼育員の制服を着た私がぼんやりと映り込んでいた。少し日焼けしていて、目ばかり大きい。玄(げん)界(かい)灘(なだ)で漁師をしている祖父には「金目鯛」とからかわれることもある。まったく失礼なおじいちゃんだ――なんて思い返していると、イルカの一頭が私を見つけ、頭を上下させてこちらを見つめる。小さく苦笑した。今日私がまだ顔を出してないから、少し怒ってるみたいだ。
あとで顔を見せに行かなきゃ。
小声で呟き、踵を返す――と、目の前に小さな男の子が立っていた。三歳くらいか。びっくりして一歩下がり、水槽に後頭部を軽くぶつけ、あまつさえこけかける。
「ひゃああ」
情けない声を上げた私を、誰かががしりと支えた。
「大丈夫ですか」
腕を掴む大きな手の持ち主を見上げる。なにやらとても端正な面持ちの男性が私を見下ろしていた。日焼けしていて、短髪で、背が高い。きりっとしているのに、少しだけ目が垂れがちなところが柔和な印象を与えていた。
「え、ああ、す、すみません」
モゴモゴとお礼を言いながら姿勢を正す。まったく、私という人間はいまいち地上と相性が悪い。水の中なら自由なのに。
「いえ」
穏やかに笑う男性の横で、さっきの男の子が「だいじょぶ?」と首を傾げた。男性のお子さんだろうか、とてもかわいい。目が少し垂れ気味なところがそっくりだ。
「大丈夫だよ、ごめんね。私のせいでイルカが見えなかった?」
「ううん。ちがうよ、おねえしゃん、しいくいんしゃん?」
少し舌足らずに聞かれ、笑顔で頷く。
「そうだよ。飼育員さん」
「いるかのこと、きいていい?」
「もちろん!」
男の子の前にしゃがみ、視線を合わせる。男の子は「あの、ちいさいこが」とイルカを指差す。
「おおきいこに、おかなをぐいって。おくちで」
「おかな……?」
「あ、すみません。おなか、です。まだうまく言えなくて」
パパらしき男性が横からフォローに入る。私は「ああ、お腹」と頷く。
「しょう。おかな、おくちで、ぐいぐいって。いじわるされてるんじゃない?」
男の子は眉を下げ、心配そうにイルカ水槽をチラチラと見上げる。正直なところ、私はめちゃくちゃキュンとしていた。
なんて優しい子なの……!
小さいイルカが意地悪されているのではないかと、心配してわざわざ私に伝えに来てくれたらしい。私は安心させるようににっこりと大きく笑う。
「大丈夫だよ! あのね、あの子たちはママと赤ちゃんなんだ」
「え? まま?」
男の子はキョトンと水槽を見る。イルカたちがすいー、と我関せずといった様子で通り過ぎていった。
「ね、君はママに怒られることってある?」
男の子は明確に目を逸らし、にやりと笑った。
「えー? ……ないよ?」
男性が吹き出し、男の子の頭をぐりぐりと撫でた。
「嘘つけ。さっきも走るなってママに怒られてただろ」
「えへへ」
私は仲睦まじい親子に目を細める。
「怒られたら、君、ママのこと嫌いになる?」
「ううん」
「ママも君のこと大好きだよね。大好きだから怪我してほしくなくて、走らないって怒ったんだよね」
「しょうねえ」
男の子ははにかんで笑う。可愛すぎてほっぺたつんつんしたいのを我慢しながら続けた。
「さっき、ママが赤ちゃんのお腹をお口でぐいっと押していたのはね、赤ちゃんがイタズラをしすぎて叱っていただけなの」
私は両手を使って男の子に説明する。影絵の狐の、耳なしバージョンみたいな感じだ。イルカをイメージして……と、伝わってるかな? 男の子が「ふんふん」と見ている。右手イルカで左手イルカをつつく。
「だからだいじ……あの?」
ふと視線を感じ顔を上げると、パパらしき男性が呆然と私の手を見つめている。
私の左手の甲親指側には、生まれつきのアザがある。結構くっきりとした、大きな濃い色のアザだ。
両親は『女の子だし』と何度か消すように提案してくれたのだけれど、私はこのアザが気に入っていた。だって――。
「シャチ」
そう、シャチに似ている。さっきみたいな手の形をすると、シャチの頭みたいになるのだ。アザの中に、ちょうどシャチの白い模様みたいに白斑が入っている。
海好きの私にとってこのアザはお気に入りで……と、あれ。
私は男性を見上げ首を傾げた。いま、シャチって言ったのこの人?
彼は男の子の横にしゃがみ込み、大きな手で口元を押さえ、私をまじまじと見つめる。
「えっ……と」
さすがにさりげなく手を隠すと、男性はハッと目を瞠(みは)った。
「失礼しました。突然不(ぶ)躾(しつけ)なことを聞くのですが」
男性は居住まいを正し、私を正面から見据えて口を開く。私ははあ、と曖昧に目を瞬いた。
「子供のころ。二十年近く前かと思いますが……その、福(ふく)岡(おか)の海水浴場で溺れていた同年代の子供を助けたことはありませんか?」
男性の眼差しはとても真摯なものだった。なんだかキラキラした瞳。その目にどことなく見覚えがある気がして、――そして私は思い出す。いま二十六歳の私がまだ小学一年生だった、あの夏の日のこと。
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