書籍詳細

勇者の嫁候補だった負けヒロインですが、フラれたので婚活始めます!
定価 | 1,320円(税込) |
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発売日 | 2025/06/27 |
内容紹介
立ち読み
第一章「失恋したので婚活します!」
――今日は魔王を倒した勇者クルトと国王の末娘、リディア王女の結婚式だ。
レッツ王国の王都では大通りの両脇に所狭しと集った国民が、白馬に黒塗りの豪華な馬車に祝福の薔薇の花びらを投げかけていた。
「おめでとうございまーす! 王国に永遠の栄えのあらんことを!」
「勇者クルト様、リディア王女様バンザーイ!」
クルトとリディアも微笑みを浮かべて手を振っている。花婿、花嫁衣装に身を包んだ勇者と王女は、はたから見てもお似合いだった。
花びらがそよ風に乗って舞い上がることで、青い空の一部を薔薇の赤い花吹雪が染め、色鮮やかで希望に満ちた景色を描いている。
うち一枚の花びらが曲がり角から二人を見守っていたノエラの肩に落ちた。
「……クルト、おめでとう。どうか幸せに……」
ツバの広い青紫のトンガリ帽と同色のローブ、右手の魔石のあしらわれた杖から彼女が魔法使い、それも戦闘での攻撃に特化した黒魔法の使い手なのだとわかる。
ノエラの特徴はそれだけではなかった。
月の光を紡いだような腰まで流れ落ちるくせのない銀髪と、これまでに屠(ほふ)った魔物の血で染まったような真紅の瞳。その双眸を取り囲む長く濃い影を落とす煙(けぶ)る睫毛(まつげ)。完璧なバランスで配置された小さな鼻と赤い唇。
作り物めいた美貌にはぞくりとするほどの妖艶(ようえん)さがあった。
豊かな胸の谷間が見え隠れする青紫のハイレグさながらの衣装と、すらりと長い脚のラインを強調する黒タイツに編み上げブーツ。緋色のマントも嫌味なく似合っている。多少デザイナーの趣味が出すぎてはいるが、スタイル抜群の彼女を魅力的に見せていた。
そして、そんなノエラの真紅の双眸には今、恋を失った痛みで影が落ちていた。
「……さあ、行こうか」
誰にともなく語りかけて身を翻す。
ノエラは今までもこれからもクルト以外を好きになれるとは思えなかった。ゆえに、彼との思い出を胸に一人で生きていこうと決めている。
両親に捨てられたノエラは、家庭の温かさを知らなかった。クルトがリディアと結婚してしまった以上、これからも知ることはないだろう。
それでも、誰かを心から愛せただけ、幸福なのだと自分に言い聞かせる。
強がりに過ぎないのだとは自覚していた。
だから、翌朝城門から旅に出ようとしたところで、「ノエラ!」と呼び止められた時には心臓が大きく跳ね上がった。
まさかと思って振り返ると、そこには魔王を倒すためにともに二年戦った、仲間の勇者クルトが息せき切って駆けつけていた。
城門前はこれから旅立つ行商人や冒険者でごった返していたが、クルトの亜麻色の髪は一瞬で見分けられてしまった。
「クルト……どうして」
クルトはノエラの前に立った。
「どうしたはこっちのセリフだよ。昨日は結婚式にも出席してくれなかったし、どこに行くつもりだったんだ」
「……」
残酷な質問をすると苦笑する。
ともに魔王討伐の旅をする中でいつしかクルトに惹かれ、気がつくとどうしようもなく恋をしていた。
とはいえ、思いを打ち明けたことはない。人類に平和を取り戻すための戦いのさなかだったのだ。迷惑をかけたらと思うとできなかった。
いずれにせよ、クルトが褒美として貴族の身分を得、更にリディアを娶(めと)った今、告白する機会は永遠に失われてしまった。
ならばこの恋心は封印し、遠いところから彼の幸せを願おうと決めたのだ。リディアを愛するクルトのそばにいるのは辛かったから。
そんな嫉妬深い自分が嫌で嫌でたまらなくて、だからクルトにも他の仲間にも何も告げずに旅立とうとしていた。
なのに、引き止められるとやはり心が揺れ動いてしまう。
「クルト、ごめんなさいね。もうだいぶ前から魔王を倒したら旅に出るって決めていたの」
「いや、だからなんで? だってノエラは俺のこと好きでしょ?」
「えっ……」
クルトはヘラヘラと笑った。
「それくらいすぐにわかるって。俺、結婚と恋愛は別だって割り切ってるから安心しろよ。リディアには内緒で会えば大丈夫だからさ」
「……は?」
何を言っているのかがまったく理解できなかった。
「もう、わからないフリしないでくれよ。だからさあ、これからも仲良くしようってこと」
つまり、浮気相手になれと言うのだ。かつてともに命をかけて戦った仲間に。自分に恋をしていると知っている女にだ。
「……」
信頼していたクルトのクズそのものの言葉に数秒混乱し、次いで脳裏で強烈な怒りが渦を巻く。続いて体がカッと限界まで熱くなった。
「ノエラ? どうした?」
クルトが黙り込んだノエラの肩に手を置く。同時に、ノエラは魂の記憶の封印が弾け飛んだ音を聞いた。
「思い出したわ……」
地獄の底から響くような声で唸る。
そう、ここは人気RPGのシリーズの一作、「ソードサーガ」の六作目「聖剣と魔剣」の世界だったのだ――。
――「ソードサーガ~聖剣と魔剣~」は王道のファンタジーRPGにギャルゲー要素をふりかけ程度に足したゲームだ。
リリースされたのは平成も一桁代の頃だったが、家庭用ゲーム機からスマホに移植されたので、ノエラの前世であるゲーム好きOL乃(の)絵(え)もクリアするまでプレイした。
ストーリーは聖剣を引き抜き、神託を受けた勇者が仲間を集め、レベルを上げ、技を磨いて世界を脅かす魔王を倒す、というものだ。
そのエピソードの折々に三人のヒロインが登場する。全員登場時十六歳で、ゲーム終了時――つまり現在十八歳。
一人目は勇者が故郷の村でともに育った幼馴染みのエリカ。栗色のお下げがキュートな素朴で地味系の村娘ヒロインだ。性格は家庭的で料理好き。お嫁さんにしたいと言われそうなタイプである。
二人目が国王との謁見のために王宮に出向いた際、互いに勇者、王女だと知らずに知り合った王女リディア。こちらは波打つ金髪碧眼の文句なしの美少女だ。少々わがままなところはあるが、可愛いから許されちゃう性格だった。
三人目が旅の仲間となる魔法使い――そう、ノエラである。なお、お色気要員でもあり、ボン・キュッ・ボンの抜群のスタイル。加えて無駄に露出度の高い衣装だった。よく全年齢向けRPGでこのキャラデザが通ったものである。
いずれにせよ、勇者はラストでうち一人を花嫁として選び、結婚する。
乃絵は一番親しみやすいからと村娘のエリカを選んだ。
その後皆の祝福を受けて結婚式が開催されるのだが、勇者に選ばれなかったヒロイン二人の末路が問題だった。
そう、このRPGではフラれたヒロインたちのその後も、よせばいいのに語ってくれるのだ。
リディアの場合勇者以外の男を愛せずに、次から次へと舞い込む縁談を断り、最終的には勇者への愛を貫くため、修道院に入りシスターになる。
ノエラの場合、やはり未練を断ち切れずに、国王から宮廷魔法使いにならないかと誘われるも断り、ソロの冒険者に戻ってレッツ王国から去る。
その後取り憑(つ)かれたように魔物の討伐に励んでいたのだが、一瞬の油断から邪竜に食い殺されてしまう。今わの際に思い浮かべたのが勇者の笑顔だった……という最後だ。
つまり、残されたヒロインに新しい出会いはなく、死ぬまで勇者を思い続けるなどという設定なのだ。
恐らくどのヒロインを選んでも残る二人は生涯独身確定なのだと思われた。
乃絵はノエラの死亡エンドのムービーを見ながら、『何よこれ!』と本気で憤って叫んだ。
『あり得ない! えっ、何。この世界にはヒロインは勇者以外の男とくっついちゃいけませんって法律でもあるの!?』
スマホを叩きつけようとしたくなる衝動をどうにか堪え、『よし、飲もう』とベッドから体を起こして冷蔵庫に向かった。
怒りを鎮めるために何本のストロング系チューハイを呷(あお)っただろうか。
乃絵はベッドに身を投げて枕を抱き締めた。
『あ~、腹立つ~。このクソシナリオ書いたやつ誰よ~?』
乃絵としての記憶はそこまで。恐らく、うつ伏せになったまま寝入り、吐いて窒息死したのではないかと思われた。
なんともアホらしい最後である。その後まさかヒロインの一人、ノエラに転生するとは――だが、ノエラにとってもはや前世の死に方などどうでもよかった。触れられた肩の肌が気持ち悪さに粟立ち、一気に十メートル後ずさってクルトと距離を取る。
「お、おい、ノエラどうしたんだ?」
「じょっ、冗談じゃないわ! こんなのに操(みさお)を捧げて生涯独身とか!」
ゲームの強制力とは恐ろしいと身震いしつつ、前世の記憶を思い出してよかったと胸を撫で下ろす。
恐らくクルトへの百年の恋が一瞬で冷めたのはそれだけではない。シナリオに書かれたストーリーがすでに終了しているのもあるだろう。
つまり、ここから先は創造神(シナリオライター)の力の及ばない世界ということだ。
ならば、ヒロインを掻き集めてハーレムを作ろうとしている、全年齢向けRPGの主人公失格のクルトに構っている暇はなかった。一度死んで男性向け異世界転生ものかギャルゲーの世界へ転生しろと小一時間説教したかったが、拳を握り締めてぐっと堪える。
「……そうよ、今私がするべきことは婚活よ。もっとマシな、いい男と結婚してやるんだわ」
この時代の「ソードサーガ」の世界では結婚適齢期は十六歳から二十四歳と早い。そして、やはり女性の場合は若ければ若い方がいいとされる。
なお、ノエラは十八歳。グズグズしていればあっという間に二十代になり、気がつけばアラサーになっているということを、前世の乃絵の記憶からよく知っていた。
しかし、婚活をするといってもどうすればいいのか。
「あっ、そうだ」
名案が閃(ひらめ)き王宮に目を向ける。
国王にお見合い相手を紹介してもらえばいいのだ。何せ国で一番顔が広いのだから間違いない。
以前魔王を倒して帰国してのち、望みのままに褒美を取らそうと言われたが、当時ほしいものはクルトの愛(笑)だけだったので、『何もございません』と答えている。希望は後日でも構わないと告げられたので、今から申し出ても問題ないだろう。
「……よし」
ノエラは身を翻して城門内へと引き返した。
「お、おい、ノエラ、どこへ行くんだよ。待ってって」
置き去りにされ、慌てて追いかけてきたクルトが背後から肩を掴む。
ノエラはくるりと振り返ると、誰もが見惚れずにはいられない、絶世の美女に相応しい妖艶な微笑みを浮かべた。ただし、こめかみに血管がピキピキと浮いていたが。
「きったない手で触らないでくれる? 私、既婚者の浮気者っていうのが魔王以上に嫌いなのよ」
「えっ……えっ?」
クルトはノエラの激変した態度についていけないのか目を白黒させている。だが、女好きのサガなのかノエラから手を離そうとはしない。
「手、離してくれる?」
「い、いや、でもさ」
「……ったく」
ノエラは杖を振り上げるが早いか、無詠唱で黒魔法を発動させた。
――この世界の魔法は黒魔法と白魔法に分かれている。黒魔法は攻撃と防衛のための魔法で、白魔法は治癒に特化している。
そして、白黒問わず魔法には基本的に詠唱が必要なのだが、レベルの高い魔法使いはその制約に縛られない。詠唱の時間が必要ない分発動までの時間が早い上に、声を出さないので相手も攻撃を受けるまで気づかない。
二人の頭上で巨石が転がり落ちるのにも似たゴロゴロという不吉な音が聞こえる。クルトがようやくはっとして空を見上げた次の瞬間、眩く光る雷が二頭の竜となって絡み合いクルトめがけて落ちた。
「わわっ!」
しかし、さすが腐っても勇者。すんでのところで避ける。
だが、ノエラとの間に距離ができた。
地に落ちた雷は地と大気を揺らし衝撃の大きさを伝える。
「……」
クルトがごくりと唾を飲む。つい先ほどまで自分が立っていたところが、焼け焦げて陥没していたからだろう。
ノエラはそんなクルトに先ほどの妖艶な微笑とはまったく違う、すっきりさっぱりとした輝くばかりの笑みを見せた。
「じゃあね、クルト。王女様とお幸せに」
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