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「頼むから君を守らせてくれ」と懇願されましても 拗らせ社長の前世からの百年愛

戸瀬つぐみ / 著
うすくち / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2025/02/28

電子配信書店

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内容紹介

ずっと君しか見ていない
採用面接でIT企業を訪れた莉世。そこで顔を合わせた社長の龍臣が、莉世を見るなり「君は前世の恋人の生まれ変わり。ずっと探していた」と言い出す。その上、莉世は一年も経たず死ぬ運命だから守らせてほしい、と懇願までされる。若くして会社を起ち上げた地位も名誉も持つ男が、妄想激しい変わり者だったなんて!? 到底信じられないが、初対面の龍臣が知るはずのない莉世の過去を指摘される。これまでずっと、自分の中に違和感を抱えて生きてきたのは事実だった。彼が莉世の孤独を埋めてくれる存在なのだろうか……? 「今度こそ守らせて」ハイスペなのにどこかおかしい(?)社長の通算百年超えの一途愛。

立ち読み

 第一章 運命の人……?

 最初に違和感を持ったのはいつだろう?

「はい! では皆さん。今日は自分で物語を作って、その一場面を絵に描いてみましょう」
 小学校低学年の図工の時間。絵を描くことが好きな莉世(りせ)は、わくわくしてクレヨンを握っていた。
 下描きもせずに、思いのまま画用紙の上でクレヨンを滑らせていく。
「莉世ちゃん、これはなに?」
 隣の席に座っていたクラスメイトの女の子が、莉世の絵を不思議そうに覗き込んでくる。
「馬だよ!」
 莉世は胸を張って答える。
 これまでの図工では、絵の具の使い方を覚えましょうとか、校庭の木を描いてみましょうとか、決められたものを描くことが多かったが、今回のテーマは人それぞれだ。
 好きなものを好きなように描くのは、莉世の得意とするところ。でも……。
「角が生えてるなんて変な馬! こっちの黒い服を着た人は、悪い魔法使い?」
「ううん。かっこいい騎士様」
「それじゃ怖い人に見える。かっこよくないよ」
 はっきりそう言われてしまい、莉世はショックを受けた。自分ではよく描けていると思ったのに、どこがおかしいのか。
 戸惑っていると、その子は莉世に自分の描いた絵を見せてくる。
「莉世ちゃん、ほら見て、私のお城やお姫様はかわいいでしょ? 特別にマネしてもいいよ」
「ううん……いいよ。大丈夫」
 つい莉世がそう言ってしまうと、その子は口を尖らせた。親切のつもりだったのだろうから、断られ機嫌が悪くなってしまったようだ。
 そこに、ちょうど教室を回っていた教師がやってきて、「どうしたの?」と声をかけてくる。教師は、その子に友達の絵に介入しないように注意をしてくれた。
 そうして、中立の立場として莉世にも一言。
「黒川(くろかわ)さんも、もっと綺麗な色を使ってみたらどうかしら?」
「でも……」
 自分の中ではこれが正しい。どうしてか、素直に教師の助言を受け入れられなかった。
 ふと視線を落とすとクレヨンのケースが目に入ってくる。自分だけ黒や茶色の減りが早く、周りとは違うことを実感させられた。
 それは翌週、教室の後ろに一斉に絵が飾られたときに、余計に思い知らされる。
 この頃の莉世は、父の仕事が順調だったこともあり、有名な女子大学付属の初等部に通っていた。幼少期から熱心に様々な教育を受けている子が多く、皆お手本のような上手な絵を描いていた。
 綺麗なお姫様。かわいい動物。近未来の建物。虹、花、星……。並べると一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。
 自分の絵だけ、暗くておどろおどろしい雰囲気を放っている。
「莉世ちゃんだけ、違うね」
「莉世ちゃんって、ちょっと変わってるよね」
 それは絵だけの話に留まらない。
 日本人らしい名前、日本人らしい顔つきをしているのに、髪の毛が茶色であること。心臓に疾患があっていつも体育の授業を見学していること。長距離走に参加しないでいたら、ずるいと言われてしまったこともある。
 それでも莉世に優しくしてくれる子も、たくさんいた。
 ある日の朝、莉世が目元を赤く腫らして学校に行くと、心配した友達が声をかけてきた。
「どうしたの? 泣いてたの? お母さんに怒られちゃったの?」
「ううん。とっても怖い夢を見たの」
「やだ、莉世ちゃんってば、赤ちゃんみたい! かわいい」
「普通は、怖い夢を見て泣かないの?」
「たまに嫌な夢を見ることはあるけど、もう泣いたりしないよ」
 莉世は驚いてしまった。頻繁に怖い夢を見て、泣きながら目覚めるのは、もしかしたら自分だけ?
 友達は「変だ」とまでは言わなかったけれど、これも皆と違うらしい。
(気をつけなきゃ……)
 皆に変に思われないように。
 普通であるように。いろんなことに鍵をかけて閉じ込めて。
 そうやって莉世は成長するにつれて、「ごく普通の子」と言われるようになった。

   §

「おはよう。お母さん、おばあちゃん。今日も元気に行ってくるね」
 仏壇の前で手を合わせて、決して返ってはこない朝の挨拶をする。それが黒川莉世の一日のはじまりだ。
 両親の離婚を機に移り住んだこの祖母の家で、楽しく暮らしていたのはわずかな期間。母と祖母を相次いで亡くし、莉世は一人になってしまった。
 しかし家族を失っても、いつまでも泣き暮らしているわけにはいかないし、勤めていた会社が倒産してしまったとしても、人は働かなければならなかった。
「よしっ!」
 上着とバッグを持った莉世は、玄関前の姿見に向かって気合いを入れ、出際の最終チェックをする。
 今日は再就職のための大切な採用面接の日だった。
 莉世の茶色い髪や瞳は、欧米系のハーフだった母から引き継いだもの。残念なことに目鼻立ちがさっぱりとした日本人顔だから、明るく染めているのかと勘違いされやすく苦労した経験がある。学生時代の就職活動では髪を黒く染めていたが、もう新卒でもないからと今回は素のままの自分で挑むことにした。
 メイクはほどよくナチュラルに仕上がったと思う。残念なのは目が腫れぼったくなってしまっていることだ。
 莉世は子どもの頃から、涙を流しながら目覚めることが頻繁にある。
 以前はどんな夢を見ていたのか多少は覚えていた気もするが、いつしか夢で見ていたことを考えるのはやめた。
 泣き腫らした目で目覚め、顔を洗ってそれを冷やすのは莉世にとっての慣れた日常で、特別なことではなくなっていた。

 新卒で入社し、二年と少し働いた会社が倒産してしまったのはつい二週間前のこと。
 再就職するにしても、二十四歳という年齢を考えたら失業ついでにキャリアアップを狙いたいところだった。しかし莉世の個人的な事情により、失業手当をもらいながらゆっくり次の人生を考える余裕はなく、早く新しい職場を見つけたかった。
 今日莉世が面接を受けるのは、急成長中のIT企業だ。業種自体は勤めていた会社とは違っているけれど、事務職の募集を見て応募を決めた。
 電車に乗り込んで目に入ってきたデジタルサイネージには、偶然にもその会社の広告が表示される。
『企業を守るセキュリティーシステム――ブラック・ソード――』
 ブラック・ソードとは、その会社の主力商品であるセキュリティーシステムの名前であり、社名でもある。
(株式会社ブラック・ソード……社名が中二病っぽいのよね。でもこのロゴ……)
 広告動画の最後に表示されたのは、中央に剣、両サイドにくるくると巻かれた角が描かれた黒のエンブレム。ファンタジー世界のゲームや漫画で、騎士団の旗印にでもなりそうなデザインだったが、このロゴに妙な既視感を覚えていた。
 懐かしささえ感じているので、子どもの頃に見たアニメか、漫画の影響だろうか?
 ネット上に溢れるたくさんの求人広告の中で、目を留めた理由でもある。
 経営者は、学生時代に自分で開発したシステムをひっさげて会社を起こし成長させたやり手らしいが、その人の趣味なのかもしれない。
 現在アルバイトを含めた従業員は百名にもなっているようで、事務職希望で面接を受ける莉世が会えるとは限らないが、どんな人なのか興味はあった。
 地下鉄日比谷(ひびや)線を使って降り立ったのは、再開発の進む一帯。できたばかりの複合施設のオフィスゾーンに、その会社は入っている。
「採用面接で一時にお約束させていただいております。黒川と申します」
 受付で応じてくれたのは、優しそうで感じのよい女性社員だった。
「まずはこちらの部屋でアンケートと、簡単な試験を受けていただきます。私もこの部屋に控えておりますから、困ったことが発生したら遠慮なく。わからない問題は飛ばして結構です」
 ミーティングルームと表記されていた部屋に通され、緊張しながら、パソコンを使ったアンケートと試験を受ける。
 試験は言われたとおり難しいものではなく、莉世はサクサク問題を解くことができた。
 時事問題、ビジネス漢字、基本的なIT用語の意味、それに割引率など簡単な計算だ。
 これは能力を問うようなものではなく、一般常識のテストということだろう。
 特に最後に出てきた問題はユニークなサービス問題だった。
『当社のロゴマークに描かれているのは、剣ともう一つはなんでしょう?』
 採用試験を受けに来た者が、どれくらい会社に興味を持っているかの確認だろうが、もう何度も目にしている。
(えっと、「馬の角」……っと)
 タイピングで直接入力して、終了画面をクリック。立ち会ってくれた女性社員に「終わりました」と声をかける。
「お疲れさまです。人事担当者がチェックしているので少々お待ちくださいね。このあと、別室で面接がはじまります」
 急に外が騒がしくなったのは、それから数分後のことだった。
 部屋のドアがノックされ女性社員が対応にあたるのを見て、莉世は移動するのだろうと立ち上がりかける。……が、なぜだか様子がおかしい。
「え? 社長が?」
「そうだ。最後の質問……はじめての正解者が出た」
 扉の隙間から、男性の姿がちらりと見えている。
「……あのおかしな問題に?」
 会話を聞いてしまい、莉世はなにかよくないことでも起きたのだろうかと不安になりかけた。
 ちょうど振り返った女性社員と目が合うと、彼女は動揺を隠して笑みを向けてくる。
「黒川さん、このまま弊社の社長が面接いたします」
「え……?」
 ついさっき、別室に移動して人事担当者と面接と言われたばかりだ。どうして社長自ら?
 莉世には理由がわからないが、正解者がどうのと言っていたことだけは聞き取れていた。受けたテストと関係があるのだろうか? 理解が追いつかないうちに、部屋には二人の男性が入ってくる。
 一人目は、よくあるクールビズの半袖ワイシャツスタイルで社員証を首に下げた男性。さっき、女性社員と話していた人だ。莉世と目が合うと笑みを見せ、こちらの警戒を解いてくれる。
「座ったままでいいですよ。あ、私は副社長の木(き)元(もと)です」
 木元副社長は、莉世がテストのために使ったノートパソコンを片づけると、斜め向かいに座る。
 そしてもう一人……。
 ほかの社員がラフな服で仕事をしている中、ジャケットは着ていなくともスラックスとベスト、それにネクタイを着けた背の高い男性が正面に座る。
 年齢は三十代半ばだろうか? 黒髪のその人は、無言で莉世の向かい側に座ると、「柳(やな)木(ぎ)だ」と簡単に名乗り、じっと食い入るように見つめてきた。
(なに……?)
 見つめる……というより睨(にら)まれている? 知り合いだっただろうか?
(濃いな……顔が……)
 意志が強そう……強面(こわもて)と言っていい。太っているわけでもないのに、シャツがややきつそうで、格闘家みたいな体(たい)躯(く)をしている。
 そして鼻は高く、目元の彫りは深く、一度見たら簡単に忘れられないほど眉目秀麗な容姿の持ち主だった。
 でも記憶にないから、間違いなく知り合いではない。
 莉世が緊張と警戒で構えていると、目の前に座った人物が、キリッとした眉尻をふにゃりと下げる。
「ああ、信じられない……」
 そう言って、なぜか涙まで流しはじめた。その光景こそ、莉世は信じられなかった。出会い頭に人に泣かれた経験なんて、これまでなかったから。
「やっと見つけた。アーシャ、会いたかった……!」
「はい……?」
 瞳を潤ませている程度ではなく、堰(せき)を切ったように涙を流しているものだから、戸惑いしかない。
(……なに? なんでこの人いきなり泣き出したの? アーシャって?)
 まるで生き別れの家族にでも会ったかのような態度。
 でも謎のニックネームは、莉世の名とは似ても似つかない。いったいなんの勘違いをしているのか。
 男性はこの会社の社長……つまり学生時代に起業して会社を急成長させたやり手の経営者、柳木龍臣(たつおみ)本人のはずだが、あまりの奇行に疑いを抱く。
「あのう、申し訳ありません、私……」
 そっと席を立ち、逃げの体勢に入る。なにかの間違いで面接を受けに来てしまったのだと、頭をフル回転させて取ってつけた理由を捻り出そうとした。
(だめだ、なにも思いつかない!)
 それに立ち上がった瞬間から、目がチカチカとしはじめた。
 どうにも身体がふらふらしている。
(…………あれ? なんだろう、私)
 視界が狭くなっていき、感覚が鈍っていく。
「アーシャ!」
 机の向かいにいた推定、社長の顔を認識すると、突然そこにいくつかの幻覚が重なった。頭が痛い。
 立っていられないと悟ったとき、ガタンと大きな音がした。
「アーシャ、しっかりしてくれ!」
 人に支えられているとわかる。伝わる声に安心感を覚えたが、それにしたって……。
(だから、アーシャって誰なのよ……)
 意識が薄れていく中で、しつこく自分とは違う名前を呼ばれる奇妙さだけは、いつまでも残っていた。

   §

 莉世は絵の世界にいた。
 荒いタッチは、自分の描く絵そのものだったが、平面ではなく空間として広がっていく。
 気づけばヨーロッパのお城のような建物が出来上がっていた。
 夢の中の莉世はどこかに寝そべっていて、金縛りにでもあったかのように身動きが取れない。なにか周囲が騒がしく悲鳴のような声が聞こえてくる。
「アーシャ……」
 柳木社長の声が響く。また違う名前で呼びかけられたので「おい、いいかげんにしろ」と、莉世は文句を言いたくなった。このおかしな夢は、おかしな彼のせいで見てしまっているのだろう。
 ぼんやりと天井を見上げたままでいると、この夢を作り出している元凶の顔が見えてくる。どうしてかさらに顔が濃くなっている、血だらけの社長……らしき男性だ。
 彼はこのヨーロッパ風のお城の夢に相応しく、騎士か戦士のような黒い鎧(よろい)姿だった。
 莉世のことを、まるで自分の所有物であるかのように抱きかかえてきた。顔にまとわりついているのは返り血なのだろうか? 険しい顔は凶悪そのものだ。
「今……楽にしてやるから」
 彼は黒い剣を掲げる。そうしてそれを振り下ろして――。

   §

(――私、死んだ!)
 変な夢を見てしまった。まだその夢から抜け切れず叫んでしまった気がしたが、実際には声になっていなかったはず。
「あれ、私?」
 目を開けて大きく空気を吸い込む。ちゃんと現実世界にいた。ただ、夢と妙に重なるのはここでも社長に抱きかかえられていたことだ。
「ああ、よかった……」
 彼は莉世が意識を取り戻したのを見て、心底ほっとしたようにため息を吐き出す。よほど心配をかけたのか顔が真っ青になっていた。
「大丈夫か? 今、救急車を! 木元、頼む」


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