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冷酷参謀の夫婦円満計画※なお、遂行まで十年

戸瀬つぐみ / 著
yuiNa / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-745-1
サイズ 文庫本
定価 880円(税込)
発売日 2025/02/25

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内容紹介

誰がなんと言おうと、君は私の妻だ

 

母国滅亡の混乱の中で「鉄の参謀」と恐れられるラウノに拾われたベアトリス。以来十年間、秘めた思いを抱えながら、保護者代わりでもある彼に仕えていた。ある時、完璧な独身主義だったラウノが結婚すると言い出し「君が一番まともそうだから」とベアトリスを指名してきて!? 目的は、ある任務の遂行と彼のイメージアップのため。愛妻家を演じるべく作戦を立てるラウノだけど、その内容は到底夫婦円満とは言えない。夫婦円満の道のりは遠いと思いきや、初夜では優しい手つきに翻弄されて!?

人物紹介

ベアトリス

保護者でもある鉄の参謀・ラウノに仕える。密かに彼に想いを寄せていて…

ラウノ

鉄の参謀と恐れられている。生涯独身を貫くつもりだったが、そうも言っていられなくなり…

立ち読み

 1 君が一番まともそうだから

 止まっていた歯車が、何かの拍子で急に動き出す。――それは大抵、何気ない日常を送っていた時に前触れなくやってくる。
 この日がまさにそうで、ベアトリスはいつも通りの休日を過ごしていたはずだった。
 給金が支給されたあとの休日は、決まって町の本屋に足を運ぶ。気になった数冊の本を購入したあと自分用の菓子を買い、最後はお気に入りの見晴らしのよい公園に立ち寄るところまでが、毎月の習慣となっていた。
 芝生の上に座り目下に広がる景色を眺めながら、ゆっくりと流れる時間に浸る。心地よい風が吹いて、肩にかかる長さでそろえられた金茶色の髪とリボンを揺らした。
 丘の中腹にある公園からは、このカルタジア王国の首都の町並みを眺めることができる。
 ベアトリスは間違い探しのように、町並みから新しい発見をすることが好きだ。
 建築中の時計塔についに大きな時計が取り付けられたこと、サーカスがやってきてテントが張られたことなど……どれも平和が訪れた証拠だと思える。
 大陸のこの百年間は「暗冬時代」と呼ばれ、どこかで絶えず戦争が起きていた。
 カルタジア王国は建国から十五年の新興国で、昨年ついに隣国との和平が成立し、曖昧だった国境が定められた。戦禍に見舞われる心配がなくなった首都では新しい建築物が次々に建てられ、町は賑(にぎ)わいをみせている。
 そんな町の様子を前に誇らしい気持ちになるのは、平和をもたらした功労者の一人が、ベアトリスが仕えている主人だからだ。
 ベアトリスは気難しい主人の顔を思い浮かべながら、芝に寝転んだ。まだ夕暮れまでは時間があるから、昼寝をするのも悪くない。でも空は青く、眠るには日差しが強すぎた。
 まぶしさに目を細めていると、ベアトリスの頭上に突然日陰ができる。
「――ベアトリス、こんなところで何をしている?」
 足音も気配もなかったのに、前触れなくベアトリスの視界に入ってきた人物がいたのだ。
「ご主人様!」
 ベアトリスは地面に寝そべっていたことを恥ずかしく思い、慌てて起き上がる。
 そこにいたのは、とても不機嫌そうな顔をしたベアトリスの主人――ラウノ・ルバスティだった。
 年齢は、ベアトリスより十歳年上の三十二歳。この国の軍で参謀長を務めている人物だ。ベアトリスは十二歳の時に、奴(ど)隷(れい)として売られそうになっていたところを彼に助けられ、生きる場所を与えてもらった。
 もし主人がいなかったら、ベアトリスは家族を失った悲しみと復(ふく)讐(しゅう)心を抱えながら、きっと今頃奴隷として酷(ひど)い生活をしていただろう。
 主人はベアトリスの恩人だが、この国にとってもなくてはならない人物だ。国王の右腕であり平和の立て役者でもあるが、どうもその功績と世間の評判には差がある。
 彼の銀色の髪は鉄の色と似ている。
 緻(ち)密(みつ)で容赦のない行動と相まって「鉄の参謀」などと呼ばれている彼は、カルタジア王国の闇の部分を背負ってきた人物としても有名だった。
「どうしてご主人様がここに?」
 彼は滅多に徒歩で町を歩かない。ましてわざわざ丘を登らないとたどり着けない公園に、用事があるとは思えなかった。それに今日の予定では、夕方まで軍の任務で帰宅しないはずだった。予定通りを好む主人が、休暇でもないのに昼のうちに帰宅するのは珍しい。
 ベアトリスが質問をすると、主人は凍えるような瞳でじっと見下ろしてくる。
「こちらが質問している。君はここで何をしているんだ?」
 老若男女問わず、大抵の人はこの冷たい瞳に睨(にら)まれるとひるんでしまうが、ベアトリスは慣れのせいか気にならない。
 世間では冷酷と恐れられている人だが、ベアトリスは知り合ってから十年間、一度も彼を怖いと思ったことがない。
「町を眺めたあと、昼寝をしようとしていました」
「一人の時に外で昼寝などするな。危険で愚かな行動だ」
 注意を受けてしまうが、確かに主人が正しい。いくら平和な世になったとはいえ、眠っていたら財布を盗まれることもあるだろう。
「……はい。次からは、気をつけます」
「わかればいい。……戻るぞ。下で馬車を待たせている」
 主人は短く告げ、さっさと踵(きびす)を返そうとする。
「あの……」
 態度から、ベアトリスにも同行しろと言っているのだとわかった。でも、素直についていってよいのか迷う。使用人は主人と一緒の馬車に乗ったりしない。ベアトリスだけでも、歩いて帰るべきなのだ。
 ベアトリスはまだ少女と言える年齢だった頃から彼に仕えている。そのため主人はベアトリスのことを子ども扱いし、保護者のように振る舞う時がある。それは他の使用人と平等の扱いとは言えないので、成長してからは甘受しないよう、ベアトリス自身が戒(いまし)めていた。
 しかし、主人の意思を無視するのも抵抗がある。どうすべきかわからず戸惑っていると主人は振り返り、ついてこないベアトリスに呆れたような視線を向けてくる。
「急ぎの用があるから言っている。あまり待たせるな」
「……では、お言葉に甘えて」
 理由があるのならしかたない。そもそもここは、彼が偶然通りかかることのない場所だ。わざわざ迎えにきてくれたのだと理解した。
 ベアトリスが立ち上がり主人のあとをついていくと、彼の言った通り丘を下ったところに馬車が待機していた。
 馬車に乗り込む時、ベアトリスの身体は硬くなる。主人が手を差し出してきたからだ。
 女性が馬車を乗り降りする時に手を貸すのは、男性のマナーとして一般的なものだが、主人から貴婦人のように扱われることに関してベアトリスには苦い思い出がある。きっと主人もそのことを忘れてはいないだろう。
 自然と馬車の中は気まずい空気になり、主人がどうして迎えにきたのか、その用件を話してくることもなかった。
 間もなく見えてきた建物は、主人が身ひとつで手に入れた、功績の象徴のような立派な建物だ。
「ご主人様、乗せていただいてありがとうございました。荷物を置いてすぐにご用をうかがいに参ります」
 ベアトリスは馬車を降りて、そのまま屋敷の裏手から使用人専用の扉を使って中に入っていく。
 荷物を置いて、土や埃(ほこり)がついてしまった服から支給されているお仕着せに着替えて、主人の書斎へ向かう。
 急な用件とはいったい何のことだろう? 怒られるようなことをしてしまった記憶はない。
 考えながらも、ベアトリスは騒音を嫌う主人の機嫌を損ねないよう、軽く扉をノックしたあと静かな足取りで入室した。
「遅い」
 主人は椅子に座りもせずに、書斎机の奥にある窓際に立っていた。
 西に傾いている光を背負った主人の銀髪は、今、太陽をそのまま溶かしたような色に見えとても綺麗だ。
「ご主人様、ご用とは何でしょうか?」
 ベアトリスが問いかけると、主人はなぜか身体の向きを変えて窓のほうを向いてしまった。それから咳(せき)払(ばら)いをひとつして言い出す。
「仕事を理由に人からの誘いを断るのはやめろ。おかげでルバスティ家はどれだけ使用人を酷使しているのかと、悪評が立っている。男という者は勘違いしやすい。今度からは完(かん)膚(ぷ)なきまで叩き潰せ」
 まるで自分の行動すべてを見てきたような口ぶりに、ベアトリスは冷や汗をかく。
 カルタジア王国は今、空前の結婚ブームとなっている。戦いにかり出される心配がなくなったことで、家庭を持とうとする者が多い。政府もそれを推奨していて、大規模な祭りを開催したり、新婚夫婦に対して税の免除を行ったりしている。
 その流れからか、ベアトリスもここ最近男性に言い寄られることがあった。
 十代で結婚する女性も多い中、二十二歳で恋人もいないベアトリスにはお手頃感もあるのか、今日もよく立ち寄る商店の男性から「一緒に祭りに行こう」と誘われた。
 主人が言うように、無難に躱(かわ)そうと仕事を理由に断ってしまったのだが……それがルバスティ家の評判を落とすことになるとまでは、考えが至らなかった。
 確かに遊びにも行けないほど労働環境が劣悪だという噂(うわさ)が流れたら大変だ。主人の評判をさらに落としてしまうし、新しい使用人を雇いにくいという問題も発生する。
(でも……)
 彼には「鉄の参謀」だけではなく、「千の耳と目を持つ男」というふたつ名があった。
 かつて暗部に所属し、今も影の者達を支配下に置く主人の情報の多さと速さは恐るべきものだということはベアトリスも知っているが、いくらなんでも一介の使用人に過ぎない人間のことを、把握しすぎではないだろうか。
 不満はあるが、反抗しても勝てないことはわかっている。
 ベアトリスは主人の視線がこちらを向いていないのをいいことに、一度口を尖(とが)らせてから、反発を隠して謝罪する。
「……それは申し訳ありません。次からは別の理由を使えるよう考えておきます。それにこの屋敷はとてもお給金がよいという噂も流しておきますね。あと、支給されている備品も素晴らしいです。おかげで私の髪も肌もサラサラです」
 ベアトリスは、得意気になって自分の髪に触れた。年齢と共に濃い色になっていった髪だが、庶民にしてはよく手入れが行き届いていて、今でも褒められることが多い。これもルバスティ家から支給されている高価な洗い粉や整髪油のおかげだ。
 主人が冷酷で気難しい人物だということで使用人の応募は少ないが、実際に働いてみれば待遇はよく、皆快適に過ごしている。
「今は使用人の数は間に合っているから、無駄なことはするな。ところで……」
 用件は他にあったのか、主人は話題を切り替えてきたが、時間を惜しむ彼にしては珍しく間を持たせてきた。
 ベアトリスはただじっと待つだけだ。背筋を伸ばして待ち構えていると、主人は背を向けたまま再び口を開く。
「私は今度、結婚することになった」
「……ご結婚ですか? ご主人様が?」
 ベアトリスは耳を疑う。
 主人はかつて「結婚とは終わりのない拷(ごう)問(もん)だ」と平気で口にしてしまうほどの、完全なる独身主義だったはず。急にどうしたというのだろう。
「そうだ。その準備を君に任せたい」
「…………!」
 ベアトリスは動揺を悟られぬよう、平常心を装う。でも、自分の中で長らく封印してきたはずの感情が、湧き出ているのがわかった。
 使用人として忠誠心を見せることができるか、ベアトリスは今、試されているのかもしれない。
(まさに鬼畜の所業ですね……ご主人様。人の気も知らないで……)


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