書籍詳細
君にたまらなく恋してる Sweet words of love
ISBNコード | 978-4-86669-739-0 |
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サイズ | 四六判 |
ページ数 | 312ページ |
定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2025/01/29 |
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内容紹介
立ち読み
仙川は満里奈の手を離さなかった。ずっと繋いだまま彼は指さしたマンションへと連れて行き、エントランスに鍵を入れて自動ドアを開け、エレベーターの前に立つ。
「何階に住んでいるんですか?」
満里奈はうつむいたまま聞いたが、彼はそれには答えなかった。だから眉根を寄せて問うように見上げると、彼はやや目を泳がせてから満里奈と目を合わせる。
「本当は住んでないとか、そんなこと言いませんよね?」
「いや……住んでるよ? 一番上の階にね」
「はぁ!?」
一番上と言ったら結構な値段ではないのか。賃貸でも、分譲でも、とにかくお金がかかる物件なのは違いない。
「ローン、払っている最中ですか?」
自分の親がまだそうなので、仙川の年齢を考えて言ったのだが、彼の答えは違った。
「いや……その、ローンは、ないよ?」
上に行くボタンを押すと、すぐにエレベーターのドアが開いて乗り込む。彼は迷いなく最上階のボタンを押し、エレベーターが上に向かって動き出す。
「え? なんで?」
「あー……なんでって……えーっと……」
仙川は言葉を濁す。はっきり言ってよ、とばかりに胡乱げに目を向けられ、うん、と言ってにこりと微笑む。
「これ、賃貸マンションなんだけど……一棟まるごと、相続で俺のものになったんだ。だから、最上階に住んでるんだけど……」
いっとうまるごと、の意味がすぐにはわからず、満里奈はしばらく首を傾げていた。その間に最上階に着いて、エレベーターを降りた。
すると眼前にドアがあった。周囲を見るとそのドア一つしかなくて、あれ? と思う。でも、共有スペースには、きちんと窓がいくつかある。
ドアが一つしかないのに、窓を数えると四つあった。しかもよく見るとドアと思っていたそれは引き戸だった。
「変な作りですね……まるで、ここには一部屋しかないみたい。なのに、いっぱい窓がある」
「……ああ、まあね」
ようやく仙川が満里奈の手を離し、ボディバッグから鍵を取り出して、引き戸を開けた。
「どうぞ」
どうぞと言われても、と満里奈は目を見張る。
満里奈のマンションと比べると、玄関スペースがかなり広かった。妹たちがよく靴を脱ぎっ放しにするのだが、いつも足の踏み場がなくなるくらい、満里奈のマンションの玄関は狭い。
なのに、そんなことをしても有り余るくらい広くてびっくりする。
「あの……」
「ん?」
「ここは、なんですか?」
玄関に足を踏み入れずにいると、仙川が再度満里奈の手を掴んで中に引き入れ、ドアのカギを閉めた。
「どうぞ、上がって」
顔をこわばらせて彼を見上げれば、彼はとりあえず笑顔を浮かべてみた、という顔をする。
「……お邪魔します」
少しヒールの高い靴を履いていたから疲れていた。脱いでホッとしたところで、スリッパを出された。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「あ……リビングこっちだから」
そうやってスタスタ歩いていく背中を見ながらついていく。ステンドグラスみたいなドアを開けると、目を見開いてしまうほど広い空間が目の前に広がっていた。
「ああいう、合コンっているだけで疲れるよね? あ、適当に座ってね」
適当に、ってどこに? そう聞きたいくらい、どこにでも座れる。だって、見る限りソファーは三つあるし。
目の前の窓から見える夜景はすごくキレイでピカピカ輝いているし、ガラス窓もお洒落だ。夜景を見ながらくつろげるようにしているのか、窓の前にもソファーがある。
テレビも大きいし、その前にある白いソファーはバカデカくて、フカフカしてそう。っていうか、高そう。三つ目のソファーは備え付けらしい本棚の前にあって、テレビの前にあるやつと同じだ。
それに、明らかに高そうな広いキッチンにはカウンターもあり、スツールが二つある。
仙川に視線を移すと、ボディーバッグを無造作に高そうなソファーの上に置き、上着も脱いでいた。そんな適当に上に置いたら、ソファーが悪くなると言っていつも満里奈は親に怒られるのだが。
「いろいろソファーの上に物を置いたら悪くなるって、言われたことがあるんですが……」
控えめに言ってみると、ああ、と言って笑った。
「確かに無造作にボンボン置いたらスプリングが悪くなるソファーもあるみたいだけど、これは大丈夫。すぐだめになるようなもの買わないから。それより、何が食べたい? でも結局パスタかなぁ……最近、買い物してないから、適当に作るね」
そう言いながらキッチンへ行き、シャツの腕をまくって冷蔵庫を開けた。冷蔵庫もバカデカいものだった。仙川は帰宅していつも通りの調子なのだろうが、満里奈にはこの現実が受け入れがたかった。
「あの……」
「んー?」
「仙川さんって、パイロット以外の収入があるんですか? いっとうまるごと、ってこの賃貸のマンションの全部まるごと、仙川さんのもので、家賃は収入になってるとか?」
「うん、まぁ……正直に言うと、ほかにも相続で、三つ物件持ってる。俺の家、建設会社と不動産会社を経営していて……管理は、実家の会社に任せてるけどね。駅近で便利って思ってここに住むことにしたけど、提案されて、部屋を二つ分くっつけたら、かなり広くて持て余してる」
サラッとすごいことを言われ、満里奈は唖然とするしかない。
ひとまず適当に、と言われたので、テレビの前の白いフカフカソファーに座った。身体がいい感じに沈んで、背を預けると包み込まれ、気持ちよすぎて抜けられない沼のようだ。
「仙川さん、パイロットしなくても別にいい身分なんですね……」
満里奈の言葉を聞いて、仙川は冷蔵庫のドアを閉め、困ったように笑う。
「身分なんて……そんなことないよ? パイロットの仕事は好きだからね。ずっと続けたいと思ってる」
「私ってば、最終的にお金持ちの人の家についてきちゃって、なんだかバカみたい」
満里奈はかつて、安定を求めて結婚がしたいからパイロット狙いをしていた。家を出たいからそう思っていたし、目標にしていたが、今はそうじゃない。
幼稚な考えを捨て去ろうと決心した。なのにその途端、なんで目の前にいる仙川はお金持ちでパイロットなのだろう。
食事に誘ってほしいし、彼の隣に女の子が来るとムッとした感情を持つくらいには惹かれている相手だ。
きちんと仕事をしよう、地道に頑張ろうと思っていた矢先に、こんなことを知ったら決心が鈍りそう。
今の自分は結局、高収入のパイロットで実家も自分もお金持ちの仙川の家にちゃっかりいて。これがバレたら矢口の標的になるだけではすまない。
いろんな思いがグチャグチャになって、なんだか自分がバカみたいだ、と満里奈は思った。
「もうやだ……何でここに来たんだろう……」
泣きそう、と思ったら涙がポロリと零れて頬を伝う。
「……え? どうした? マリー?」
仙川が焦った顔で慌てて近づいてきて満里奈の隣に座る。
「さっき言われたことが悔しいし、仕事頑張って家も出るって決めたっていうのに……」
「マリー?」
座った拍子に少しだけソファーが沈んだが、二人座っていても居心地は変わらない、素晴らしいソファー。
「パイロットでお金持ち設定だったら、もっと早く言ってくださいよ! 私ってば、バカみたいに仙川さん誘って、狙っているように見えるじゃないですか。こういうのとは、さよならしたいんです!」
満里奈が喚くと、仙川は手近にあったティッシュの箱を満里奈の前に置く。
「えっと……こういうの、って俺みたいな男、ってこと?」
「そうですよ! 私の方から何回も誘って、まるで仙川さんに気があるみたいじゃないですか! 今は一人暮らしを考えてるのに、こんな目の前に美味しい肉みたいなものをぶら下げられても、私はムリなんです!」
仙川を肉呼ばわりするのもなんだが、それはモノの例えだ。この前まで、パイロットと結婚して、円満退職して、専業主婦になるのが一番だと思っていた。
だけど、やっぱり違うから、これからもう少し社会人として頑張って、自分の内面も見つめ直したいと考えている。
なんなら、寿々のように信頼されるスタッフになって、教育も任されちゃったりして、と将来を考えていた。そのためにまず、家を出たい理由が結婚になっていたのをリセットした。そして自分の力で家を出たいと思うのに、仲が良くて、優しい年上の男性が目の前にいる。
しかも、今日は珍しく誘ってくれたかと思えば、まさかの自宅訪問で、ちょっとドキドキしてしまった。
彼のスペックを考えたら、前の自分に引き戻されてしまう。
「もう、仙川さんのせいだ! 私、帰んなきゃ!」
立ち上がろうとすると、手を掴まれる。その手は大きく包み込むようで、ドキリとした。
そうだ、この人は喋り方が軽いくらいなだけで、別に内面が軽いわけじゃない。
仙川はイイ男なのだ。信頼に値する、大人の男性だ。
「マリー、ちょっと落ち着いて。ごめんね、君の言う設定、っていうの? 言い辛くてさ……頑張るって決めてるの知ってるし。家の事情がそうさせるのもわかってるよ?」
「だったら初めから言ってくださいよ! 私は玉の輿に乗るのはもうやめたんです!」
「うーん……それもなんとなくわかってた」
とりあえず、満里奈は仙川の隣に座り直す。
彼は満里奈にとって、理想の男性にはなるだろう。何しろみんなが憧れるパイロットだ。なぜもっと早くに知れなかったのか。
というか、仙川にはパイロットを狙って森に失恋した話とか家を出たいから結婚したいとか恥ずかしい話をいっぱい言ってきたし、どう思われていたのだろう。変な正義感振り回してキレちらかしたりもした。
「もう、もう! パイロットには恋をしないって、決めてるんです!」
満里奈が下唇を噛んでキッと彼を睨むと、仙川は驚いたように瞬きをした。それから足を組み、クスッと笑った。
「そんなことまで考えてるってことは、俺のこと男として見てるんだね?」
なんだか余裕そうにそう言う仙川に、少し視線をずらして、ムッとした顔のまま返事をする。
「最初から男の人じゃないですか。これじゃあ振り出しに戻っちゃう!」
自分ばかりが気があるようなことをしてしまったが、彼は一切満里奈を口説いてもいないし、誘惑もしていないのだ。
「変に思わせぶりに手なんか握らないでくださいよ。ドキドキしたくないんです!」
一気にまくしたて、肩で大きく息を吐き出す。しかし仙川といえば手を繋いだまま、満里奈の吠える声を笑顔で聞いていた。
なんでそんな余裕そうな顔を、と唇を尖らせてしまう。
「ねぇ、マリー……パイロットの俺はダメ? ドキドキしていいじゃないか」
「ドキドキしたら、決心が鈍ります。楽したいわけじゃないんです。仙川さんみたいな人掴んだら、ああやっぱりね、仕事よりそっちよね、とか陰口言われて終わりなんですから……」
満里奈なりにプライドだってある。失恋したが、寿々が森の相手でよかったし、むしろ先輩でよかったと思っている。
できればこれからは順風満帆に生きたいけれど、人生そればかりじゃないって、本当はわかっている。
「別にパイロットと恋人になったからって楽になるわけじゃないよね? 俺も顔がいいからってマリーを選ぶわけじゃないし、きちんと自分を持って頑張ってる女の子は……好きだけどなぁ」
目を見張ると、新しい涙がポロリと出てきた。それを手元にあるティッシュで仙川が拭う。
まるで満里奈のことを好きだと言っているような仙川の言葉にびっくりする。ただの話の流れで、そういう意味の好きじゃないし、と自分を落ち着かせながら彼から顔を背ける。
「君が言う通り、俺だってきちんと仕事をしたいし、やりがいもあるから働いてるんだよ? 外見がいいのは、もちろん人生において、得をしていると感じる人が多いと思う。でも、それはそれでしょ? 持って生まれたものは変えられないし、自分がブレなきゃいいんだよ」
そうはいっても、彼が相当な資産家であることは間違いなく。そのことに決して驕らない今の言葉も、満里奈の胸に刺さり、やっぱり仙川はイイ男だと思ってしまう。
気持ちが引っ張られていることがヤバい。
こんなんじゃ、パイロットと結婚したい! と常々言っていた前の自分と同じだ。
「でも、私は仙川さんじゃ、ダメです……いえ、それ以前に、私と仙川さんはそういう仲にはならないと思います!」
「何でそう思うの?」
首を傾げて聞いてくる。満里奈よりも十四歳年上とは思えない若々しさと、整った外国人寄りの顔がどうにも女心を疼かせ、ドキドキさせる。
「とにかく、仙川さんといたら、パイロットと結婚したい、って言ってた前の自分に逆戻りです」
「それ、どうしていけないの?」
こんなことでグラついたらいけない。質問で返されるのはいけない。
「どういうことなんですか? そっちこそ」
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