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婚約破棄されたモブ令嬢ですが、大公殿下の契約愛人として愛し尽くされることになりました

うすいかつら / 著
千影透子 / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2024/07/26

電子配信書店

  • piccoma

内容紹介

ようやく君を手に入れた
【推しの行く末を陰から見守りたかっただけなのに!?】巻き込まれ令嬢×悲惨な運命から解放された勇者、溺愛と執着の契約愛人(?)ライフの幕開け!? ファンタジー漫画の世界に転生したモブ令嬢・ミルテ。婚約破棄を告げられ途方に暮れていたところへ、大公で漫画の主人公でもあるマクシミリアンがやってきて突然の求愛!? 好条件で彼の“契約愛人”となる。大公家にて、漫画における推しでありマクシミリアンの育て子にも会えたミルテ。しかし、これまで“漫画”だと思い込んでいた物語についての衝撃的な事実が徐々に明らかになっていく。「ようやく君を手に入れた」マクシミリアンが最愛の人を愛人としてしか受け入れられなかった理由も明かされて……。

立ち読み

   ◇プロローグ~予言の咎人(とがにん)は彼女を見つめている

 神殿への階段を上りながら、考える。
 こんな、神殿での礼拝に意味があるのかと。この世界を救うのは、神への祈りではないと。
 神の存在を信じていないというわけではない。だが、私は……私がマクシミリアンと名乗るようになってからは辛うじてあった信仰心も失われ、心の中では神に背を向けている。
 それでも神殿を訪れるのは、彼女も礼拝に来るからだ。彼女を求めてもよい立場ではないことは重々わかってはいるが、無事な姿をこの目で確認して、息災と幸せを祈ることくらいは許してほしい。
 彼女は誰よりも守られなくてはならない人なのだ。この世で最も高貴な血を享(う)けた者よりも、聖なる力を持つ者よりも……。
 大切に大切に、守られなければならないのに。
 多分、今日もアルフォンス――彼女の婚約者であるオステルベルグ家の子息と来ているはずだ。だがアルフォンスは神殿に着くと、決まって彼女を放置する。聖女アンシェラのところに行ってしまうからだ。
 アルフォンスが彼女の価値を知らないことは、わかっている。だがそれを抜きにしても、婚約者を放置するなど許されるだろうか。
 いつも、それに憤(いきどお)りを感じる。
 アルフォンスとは幼馴染のように付き合ってきた。アルフォンスがアンシェラに想いを寄せていることは知っている。にもかかわらず別の人と婚約させられて、不満を抱いていることも。
 それでも……彼女がそれらの犠牲になっていいことにはならない。
 憂鬱(ゆううつ)な気持ちで階段を上り切ると、大扉がある。
 開放された扉を潜ると正面には、大きな宗教画がかかっている。とても古い絵だ。天井近くのステンドグラスを通して入る赤い光に照らされ、全体が燃えているように見えた。
 いつも、酷く不吉だと思う。
 宗教画とされているが、作者は不明。勇者と世界を滅ぼす魔物の戦いの様子が描かれている。戦う男が二人、祈る女が一人……。神官に問えば「伝承の勇者の戦いの絵です」と、答えが返ってくるだろう。
 だけど庶民は誰も、その伝承の存在を知らない。貴族とて、この絵以上の詳細は知らない。
 それどころか、そんな過去の伝承は神殿にすら伝わっていない。
 これは実は、未来に起こると予言された光景の絵だからだ。登場人物も敵も、予言の言葉からの想像だけで描かれている。この予言は重大な機密であり、パルヒアラの王家と、神殿のある程度上層の一部、そして予言に深く関わる家の人間が知るだけだ。
 その絵の前に……彼女がいた。ミルテ・デ・ラト。ラト子爵家の令嬢だ。薄茶の長い髪が降り注ぐ赤い光を受けて、夕暮れの輝きを発している。
 彼女も絵を描くのだと聞いている。じっと絵を見上げていた。
 この絵のなにを見ているのだろう。
 戦う男、アルフォンスか。
 祈る女、アンシェラか。
 ――それとももう一人の戦う男、マクシミリアンか……。
 だが、あの絵の中で『マクシミリアン』とされている男は、遥か昔に想像で描かれたものだからか、現実でマクシミリアンを名乗っている私とは姿形がまるで違う。
 それに、この予言の出来事が未来において、本当に起こることは――ないはずだ。
 私たちは戦わない。そのはずだ。
 そうなるように長い時と、幾人もの人生をかけて準備されてきたのだから。
 絵画を見つめる彼女は、やはり一人だった。アルフォンスはもうアンシェラのところに行ってしまったのだろうか。
 後ろから来る者たちは、既に疎(まば)らだ。季節ごとの大礼拝の時に王都の大神殿に入れるのは貴族だけ。庶民は町に別にある礼拝堂に集ったり、家で祈ることになっている。そして貴族の中で身分が低く席次の決まっていない者は、席を確保するために早い時間に着くからだ。
 ミルテも家族と訪れていたなら、もっと早くに着いていたはずだ。この時間にこの絵の前にいるのは……侯爵家のアルフォンスと来た証拠だろう。
 こんなところで置いていかれたのか。彼女一人で礼拝堂に踏み込むと、人目を集めるだろうに。アルフォンスの仕打ちに歯噛みする。
 そもそも婚約者だからといって、神殿に必ず一緒に来なくてはならないということはない。私にも婚約者がいるが、彼女とは一緒に来ない。
 少し事情は違うけれど、婚約者がいる身で別の者に想いを寄せているという意味では、私もアルフォンスと同じなのだろう。そう思うと気が滅入った。
 彼女の少し後ろで、足を止める。絵を鑑賞しているふりで、ミルテを見つめる。
 もうじき礼拝が始まる時間だ。そろそろ行かねばならない。
 だが、もう少しこのまま……。
 そんな邪(よこしま)な気持ちを感じ取ったかのように、ミルテが礼拝堂のほうに歩き出した。当然、私が後ろに立っていたのには気づかないまま……。
 彼女を追うように礼拝堂の扉へ向かった。
 中に入ると、もう皆着席していた。
 先に入った彼女は、礼拝堂の後ろのほうに座れる場所がないか、見回していた。だが、席はない。前のほうは空いているが、今日のような大礼拝では高位貴族の席と決まっているので、彼女一人では向かうことはできない。誰かが連れていってあげなくては。
 ここからなら――私が彼女を連れていってもいいだろうか。
 オステルベルグ家の席までだったら……。
「こちらだよ」
 彼女の横に出て、そっと声をかける。エスコートのための手を差し出す。
「マクシミリアン様」
 彼女が、戸惑いの表情を浮かべるのがわかった。
「アルフォンスと一緒に来たのだろう?」
「ええ……でも」
 いつものことだけれど、置いていかれたのだとは言えないのだろう。彼女は言葉を濁した。
「お連れしよう。後ろのほうには、もう座れる席は見当たらないようだし」
「そうですね……」
 彼女はもう一度辺りを見回して、諦めることにしたようだった。
「ありがとうございます」
 ようやく彼女が私の手を取ってくれた。少しだけ、ホッとする。そして少しだけ、嬉しさに胸が鳴る。……同時に、やるせなくなる。彼女を守る立場が、私に与えられなかったことが悔しい。
 私にはサンドラがいるから? サンドラと婚約しないという道は選べなかったのか。そのほうがよかったのではないか。サンドラと婚約していなければ、私が彼女と……ということもあったのではないのだろうか。
 そんないくつかの選ばれなかった道が、胸に去来する。
 ミルテをエスコートして、最前列まで歩く。サンドラのいるリール家の前を澄ました顔で通りすぎ、彼女を我がクリステ家に割り当てられた席とオステルベルグ家の席の間に座らせた。
 その隣には、既にアルフォンスが座っていた。
「アルフォンス、婚約者殿は最後までエスコートしなくては」
 文句の一言くらいは言ってもいいだろう。彼女の代わりに、せめて私が。
「それは……」
 アルフォンスは顔を顰(しか)めているが、本人を前にして嘘はつけまい。
「アルフォンス……ミルテ嬢は今日は来ないと言っていなかったか」
 彼の向こうから、オステルベルグ侯爵も顔を顰めて問い質してきた。アルフォンスは黙り込んでいる。
「途中で置いていかれてしまったようだ」
 責め立てたい気持ちに、蓋をすることができない。
「アルフォンス……!」
 オステルベルグ侯爵の声がさらに険しくなる。オステルベルグ夫人は心配げだが、それは多分ミルテを思う気持ちからではないのだろうと思う。
「私が言うのもなんだけれど、婚約者の務めを果たさないのはどうかと思うよ」
 自分もサンドラの婚約者としての務めを果たせているとは言い難いが、それは……ある意味、仕方のないことだ。
 逆側をちらりと窺うと、案の定リール侯爵も苦虫を噛み潰したかのような顔をしていた。そこには私がミルテを連れてきたことと、ミルテが放置されていたことの、両方への非難が込められているのだろう。どちらも気に入らないに違いない。
 その向こうにいるサンドラだけが声を抑えながらも楽しげに笑っていた。……きっと叶わぬ想いを持て余して無様に足掻(あが)く私のことを笑っているのだろうと思う。お互い様だと言いたい気持ちを呑み込む。
 どちらにしろ、今ここに、心からミルテを思いやる者はいない。
 ミルテが俯いているのを見て、居づらくなるようなことをしてしまったと少し後悔する。
 苦い顔で皆が黙り込む中、祭壇に大主教が立った。
 大主教は、大礼拝の始まりを告げ――

   ◇◇◇

 大礼拝のあと、私は一人、小部屋で大主教の説教を聞いていた。予言の勇者であると同時に予言の咎人でもある私には、その義務があると神殿の者たちは考えている。婚約者サンドラを裏切り、悪行に走らせる男を戒めねばならぬと。
 そもそも世界を守りたいなら、この婚約はしなかったほうがよかっただろう。婚約破棄さえしなければ世界が滅びないなどと考えるのは、滅びの理由の上辺しか見ていない証拠だ。
 サンドラの気持ちを蔑ろにしたことこそが、予言の滅びの原因だというのに。
 予言をなぞるためだけの愛のない婚約を押しつけて、サンドラの気持ちを蔑ろにしていないとどうして思えるのか、私には理解できない。
 そのうえ、神殿内で予言の扱いが割れているのも問題だ。予言の示す被害を知っているにもかかわらず、一部の――特に聖女アンシェラの周りの者たちの間には、完全に予言を実現させるべきという一派が存在する。そしてそれに乗せられて、アンシェラもその気になっている。
 つまり、サンドラの怒りを意図的に引き起こそうとしているのだ。そういう者たちは、私とアンシェラの仲を取り持とうとする。サンドラと添い遂げよという者以上に気色が悪い。
 しかも彼らはアンシェラとアルフォンスの仲も取り持っている。それゆえにアルフォンスがミルテを虐げるのだ。ミルテと婚約する前ならまだしも……婚約から五年が経つというのに。
 それが世界に災いをなすのだと叫びたい気持ちを、もう五年も耐えてきた。
 礼拝の小部屋から出た時には、もう大神殿は静まり返っていた。
 アンシェラやその側仕えの者に見つかって面倒なことになるのを恐れ、行きにも通った大神殿の大扉のほうへ足早に向かうと、扉から入る光に人影が浮かんでいた。あの絵の前だ。
 また――彼女だった。
 また彼女一人だ。絵を見上げていたかと思えば、私の視界の中で一度諦めたように俯き、そして踵(きびす)を返して大扉を出ていこうとする。
 帰りの馬車はあるのだろうか。彼女はアルフォンスと来たはずだ。帰りまで――置いていったのか、あの男は。
 もう、迷わなかった。そこから走って神殿の大階段を駆け下りて踊り場で追いついて彼女の手を掴んだ。
 彼女は酷く驚いて、振り返った。その驚きを浮かべた顔に、申し訳ない気持ちになる。
「すまない、その……」
 言葉が詰まったのは、今更躊躇(ためら)ったからではない。ただ彼女に乱暴な男だと思われたのではないかと、少しだけ恐れた。
「……私の馬車に乗っていくといい」
 これはもう譲れない。眼下には、やはり既に我が家の馬車しかない。彼女は歩いて帰ろうとしていたのだ。貴族の令嬢を歩いて帰らせるだなんて、とんでもない暴挙だ。
「自宅まで送ろう」
 どうして、アルフォンスは彼女を危険に晒すのか。
 どうして、アンシェラはアルフォンスまで誘惑するのか。アルフォンスがアンシェラに心を奪われていなければ、ミルテをここまで蔑ろにはしないだろうに。
 ――彼らはどうしても、予言の通り私にサンドラを裏切らせたいのだとしか思えない。

   ◆婚約破棄されたモブ令嬢ですけど、これは予定調和ですか?

「ミルテ・デ・ラト……君との婚約は、今日ここで破棄する」
 いつか、こんな日が来るとわかっていた。だから婚約破棄自体に驚きはなかったのだけれど、今日ここで告げられたことには、ちょっとだけびっくりした。
 だって絶対、オステルベルグ侯爵閣下と夫人の許可を得ていない。これは彼が癇癪(かんしゃく)を起こしただけで、正式な婚約破棄にはならないのでは……?
「……わかりました」
 でもここで口答えしても拗(こじ)れるだけ。いずれ彼とは婚約破棄になるのだ。ずっと、それはわかっていた。
 何故ならここは、わたしが前世で読んでいたファンタジー漫画の世界だからだ。そして目の前にいる彼は、そのサブヒーローだったアルフォンス様。彼にはストーリー中で婚約者なんていなかったから、いつのことかわからないが……あの話が始まるよりも前に、この婚約はなくなるものだとわかっていた。
 それ以前に、婚約した当初から、アルフォンス様はわたしを見てくれたことがない。婚約した頃からずっと聖女アンシェラを想っていた。それこそ彼女がまだ幼い頃から、感心するくらい一途だ。
 あんなに一途なのに、どうしてオステルベルグ侯爵閣下はわたしと婚約させようなんて思ったのか。そこからしてもう、意味がわからない。
 オステルベルグ侯爵閣下はお父様とアカデミー時代のお友達ではあるけれど、お父様にとっても突然の申し出だったらしい。実は酔った勢いの約束だったんじゃないのかな……と、今でも疑っている。そうでなければ、理由がまったくわからないからだ。
 わたしから了承を得て満足したのか、アルフォンス様は「ふん」と鼻を鳴らして、踵を返して行ってしまった。
 ――あ、帰りどうしよう。きっとアルフォンス様は一人、馬車で帰ってしまうに違いない。
 アルフォンス様はあんなに身勝手なキャラクターではなかったと思うんだけど、聖女アンシェラには誠実で優しいんだろうか。わたしがモブだから、冷たいんだろうか。
 漫画で自分勝手なところがあったのは、クールなマクシミリアン様のほうだった。主人公だけど、冷徹で無表情で身勝手だった。そんなところが人間味があって素敵、なんて思っていた。
 でも現実のマクシミリアン様は、わたしにも優しいんだよね。礼拝の始まりの時にも助けてくれたように、困っていると手を差し伸べてくれる。
 それはそうと、とうとう婚約破棄になるのか……。
 目の前の「帰りどうしようかな」と、今後の「どうなるのかな」問題を散漫に考えながら、出口へと向かう。とりあえず辻馬車を拾うにも、神殿の門は出ないといけない。
 大扉の前まで来て、足を止めた。
 行きにも見た、禍々(まがまが)しい伝承の戦いの絵を見上げる。描かれている二つ首の黒く燃え上がるドラゴンのような魔物は、漫画に出てきたラスボスとほぼ同じ特徴を持っている。だけど神官に訊くと、この絵は過去の戦いを描いたものだって言われる。
 過去にも同じ魔物と戦ったことがあるんだろうか? と、初めて見た時にも、すごく不思議に思った。それ以来、この絵の前に立つたびに考えてしまう。
 過去のことなの? 未来のことなの?
 不思議なことは他にもある。この絵に描かれた勇者二人と、聖女一人。漫画で見たキャラの姿とは、そこまで似ていない。
 一方で、わたしの記憶の中の彼らと現実の彼らはそっくりだ。聖女アンシェラだけは近くで見たことはないけれど、似ていると思う。少なくとも、髪や瞳のカラーリングは同じだ。わたしの知る漫画の三人は、やっぱり今を生きるマクシミリアン様とアルフォンス様と聖女アンシェラで間違いないと思うのだ。
 本当に過去の戦いを描いたものなのであれば、この絵の三人は漫画のキャラとも、現実の三人とも別人だ。やっぱり過去にも同じ戦いがあったって考えるのが自然なのかな。でも腑(ふ)に落ちない。だって、あれは過去の魔物が復活したという話じゃなかったはずだから。
 ――わたしが前世のことを思い出したのは、かつて、この絵を見たのがきっかけだった。
 王都の子どもは皆、十歳の時にこの神殿で洗礼を受ける。わたしも十歳で、この絵を初めて見た時に「違う」と感じたのだ。わたしが読んでいた漫画のマクシミリアン様は輝くような金髪で、朝焼けみたいな朱金の瞳をしていた。こんな暗い色の髪ではなかったと。
 実はそれまでも前世で読んだ物語のことは、うっすらと意識にはあった。しかし、なんの本で、どこで読んだのか一向に思い出すことができなかった。
 それもそのはずだ。わたしが読んだのは漫画で、この世界には、そもそも存在しないものだったのだから。


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