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騎士団長は全力発情中 これは契約結婚のはずですが!?

すなぎもりこ / 著
みずきひわ / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2024/03/29

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内容紹介

諦めろ奥さん。俺たちは新婚なんだ
上司であるバツイチ騎士団長ファビアンを庇い、騎士を続けられないほどの重傷を負った女騎士フランカ。彼への憧れを隠し、潔く辞表を出そうとしたら、なんとそのファビアンに求婚されてしまった!? 思わずときめいた直後、彼の言葉に心が凍る。「責任はとる」――と。彼は傷を負わせた責任感と、彼の娘のために再婚したいと言ったのだ。ショックから一転、怒りと今後の生計への打算から彼に夫婦生活なしの契約結婚を叩きつけるフランカ。ファビアンは何故か大いにうろたえながらも承諾するが、結婚後はなんとか彼女との仲を深めようと画策する。そして3年後、娘の結婚を機に二人も夫婦らしくなるべく、性生活を開始することになるのだが、その時ファビアンの秘めた欲情も暴走し始めて!?

立ち読み


   ◆1.プロローグ

 フランカは立ち止まった。右手に握られた辞表を左手に持ち直し、分厚い木の扉に向かって手を上げる。
 その刹那、扉の向こうにいるであろう上司の顔が浮かんだ。何とも言えない想いが胸に押し寄せ、鼻の奥がツンと疼(うず)く。
 しかしフランカは、その感覚を振り払うように首を振る。動きに合わせ、高い位置で結んだモカブラウンの髪が揺れ、励ますように背中を叩く。フランカは唇を引き締めた。
 もう、決めたのだ。
 そう、それこそ、十八の年に試験に合格し、騎士となる夢が叶った時から決意していたことだ。
 弱き者を守る、武器を持たない者の代わりに剣を振るう。それができてこその騎士。あれから六年の月日を経(へ)ても、フランカの中の理想は揺らがないままだ。
 今や尊敬するあの人の背中を守ることも叶わない自分には、傍にいる価値などない。資格がないのだ。
 フランカは琥珀(こはく)の瞳をぎゅっと瞑(つむ)る。そして、深呼吸をした後に顔を上げ、扉に拳を打ち付けた。
「フランカ・キルシュです。団長、よろしいでしょうか」
 腹に力を入れ、めいっぱい声を張れば、すかさず入室の許可が下りた。
 相変わらずの美声である。この声に聞き惚れないよう己を戒める努力ももう必要ないのかと思うと寂しい気もする。
 またもや陥ってしまう感傷的な想いに、未練がましい自分を思い知る。
 そんな自分に呆(あき)れながら、フランカはノブを押した。
 執務室の中はシンと静まり返っていた。早朝であるせいか、いつもならば方々から漏れ聞こえる騎士たちの野太い声もなく、冷えた静謐(せいひつ)な空気が部屋を満たしている。
「どうしたフランカ。今朝はやけに早いな」
 扉と向き合うように配置された重厚な机の前に、この部屋の主である第一騎士団長ファビアン・ルーベンス、その人は掛けていた。深いエメラルドの瞳がじっとこちらに向けられている。
 何度見ても、それこそ毎日見ても飽きない美丈夫、凝視できないほどの色気を湛(たた)えた伊達男(だておとこ)だ。
 艶やかなシルバーブロンドはゆるりと整えられ、知的な額を縁取っている。気高く伸びる鼻筋、引き締まった顎、切れ長で大きな瞳。それら全てが精悍(せいかん)に整っているのに、どこか甘い。
 さすがは“恋人にしたい騎士様”一位の座を十数年不動のものとし、ついには殿堂入りした男である。その魅力は御年三十三の現在とて、いさかかも衰えることはない。
 この外見に加えて王国では右に出る者なしの剣士なのだから、モテない方がおかしい。
「身体(からだ)はもういいのか? 辛(つら)ければ遠慮なく俺に言え。くれぐれも無理はするな」
 豪胆な行動力と鋭敏な判断力を持ち合わせた彼は、王宮からも厚い信頼を得ている。
 しかし、周囲の人間が彼に惚れこむのは、その深い包容力によるところが大きい。ファビアン団長のためなら命を捨てることも厭(いと)わない志高く優秀な騎士が自然と彼の下(もと)に集まる。
 つまり、男女問わず、いや、老若男女がこぞって認める良い男、カリスマ、それがファビアン・ルーベンスという人物なのである。
「は、日常生活にはなんら差し支えありません」
 フランカは前へと踏み出した。このようなお方に五年もの間、傍で仕えることができたのだ。身に余る光栄というものだろう。できれば定年までお供したかったが仕方がない。
 フランカは、左手に握っていた封書を掲げ、右手を添えてファビアンへと差し出した。
「団長、ご査収ください」
「なんだそれは」
 ファビアンは眉を寄せ、フランカを窺(うかが)う。両手は机の上から動かない。
「退職願です」
 絶句し、唖然(あぜん)とした表情で見上げてくる美形を、フランカは見返す。
 このような表情をするファビアンは珍しい。こんな時ではあるが、してやったりという優越感がフランカの胸にほのかに宿る。
「な、な、なぜ!」
 ファビアンは勢いよく立ち上がり、その弾みで跳ねた椅子が壁にぶつかり、ガコンと鈍い音が鳴る。
「落ち着いてください団長」
「馬鹿者! 落ち着いてられるか! いきなり何を言い出すんだお前は! 朝っぱらから心臓に悪いだろうが!」
「団長は日中お忙しいので、お渡しするのは朝が最適と判断しました」
「そういうことじゃなく! 理由を言え、理由を! 何が不満なんだ? 女子便所が遠いことか? 更衣室が狭いことか? ズボンの股上が浅いことか?」
「今更そんな不満が理由で辞職を決意しませんよ」
「じゃあ、何だ――! 何なんだ――!」
 机にのし掛からんばかりに身を乗り出し、大声で問い詰めるファビアンのその取り乱した様子に半ば引きながらも、フランカは背筋を伸ばした。
「ご存じでしょう、例の戦闘の際に受けた傷が深く、私はもう剣を使えないのです。自分が取った行動に一切の後悔はありませんが、戦えぬ者は騎士ではありません。よって辞職させていただきたく存じます」
「剣を使えなくとも仕事はできる! 俺の補佐ならば十分だ」
 ファビアンは机を回り込み、フランカの前に立つ。
「お前は……剣など持たなくてよい。俺の傍にいればそれで」
 フランカは目を逸(そ)らし、そっと告げた。
「私が嫌なのです。いざという時に団長をお守りすることができない補佐など意味がない。役立たずのまま団長の隣に立つことなど耐えられません」
「フランカ」
 朝日を背に受けたファビアンが落とす影が揺れる。フランカは、その厚い胸板に封書を押し付けた。
「団長、どうかご理解ください、受理を」
「……わかった」
 ファビアンの大きな手がフランカの手首を掴(つか)み、辞表を抜き取る。フランカはホッとして小さく息を吐いた。
「では、退職の手続きは私の方で進めておきます。すぐに職場と宿舎の荷物整理に取り掛かります。部屋が空くのを待っている騎士がいると聞いていますので、明日にでも業者を呼んで転居先へ送……」
「俺の屋敷に運べ」
 フランカは言葉を切り、目の前の男を見上げた。
「は?」
「お前の荷物は全て俺が引き受ける」
「いや、そんなことをしていただく理由がありません。たいした量ではないので一度で済みます。荷馬車の半分もありませんよ」
「お前も俺の屋敷に住めばよい」
「……えーっと? 何を言っていらっしゃるんですか? つか、手を離してください」
「駄目だ」
「ちょっと、団長、こんな時にまでふざ……」
 しかし、ファビアンは真顔であった。その演技とは思えない真剣な表情に、フランカは息を呑む。
 なんのこっちゃわからんが、冗談を言っているわけではないようだ。真意を探ろうと目の奥を覗(のぞ)き込んだフランカに、更に意味不明の言葉が告げられた。
「嫁に来い」
 よめ……。よめって、何だ? 
 フランカは首を傾げる。
「俺の妻になれ」
 つま……。つまって、何だ? 
 んん? よめにきてつまになる。
 嫁に行って妻になる――!?
「だ、だ、団長、何とち狂ったことを言ってるんですか――!?」
 フランカは掴まれた手首をファビアンの胸に打ち付けた。


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