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「絶対に俺を好きになるなよ」と釘を刺してくる王子様があきらかに私のことを好きな件

マチバリ / 著
鈴ノ助 / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2024/03/29

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内容紹介

ようやく君は俺の妻だ
「俺を好きになるな。絶対だ」初夜の翌朝、クラリスは夫となったばかりの王子レオナルドから、そう告げられる。政務に真面目で国民の信頼も篤いレオナルドを尊敬してはいたが、もともと彼との親交はなく急に舞い込んできた縁談だったため、愛のない結婚を望んでいるということ? と思うクラリス。しかし、部屋の家具から日々の食事まで彼女の好みのもので揃えられ、公務で帰りが遅くなればレオナルドが馬車で迎えに来る始末。さらに閨では、あまりにも甘やかで情熱的な愛撫で蕩かされ、「もう絶対に、離さない」と切なげに見つめてくるなんて…この王子、どう考えても私のことが好きなのでは!?

立ち読み

 プロローグ

「俺を好きになるな。絶対だ」
 窓から差し込む朝日に照らされたベッドの上で、クラリスは昨日夫となったばかりのレオナルドと向き合って座っていた。
 お互いに薄い寝衣をまとっただけの無防備な姿だし、寝起きの髪はわずかに乱れている。
 とはいえ、レオナルドの美しさには一片の陰りもない。さらりとした艶やかな黒髪。切れ長の目元に男性らしいしっかりとした鼻筋。肉付きの薄い唇はきっちりと引き結ばれており、その表情はどこか沈痛さを感じる。
 わずかにはだけた胸元からのぞく厚い胸板がちらちらと視界に入り、どうも落ち着かない。
 衝撃の一言に固まっていたクラリスは、レオナルドの胸板から目を逸らすと必死に表情を取り繕い、言葉を選びながら口を開いた。
「えっと……どういうことでしょうか」
「そのままの意味だ。君は、何があっても俺を好きになるな」
 その声音はどこか苦しげだった。大きな手は彼の膝の上に置かれたまま、きつく握りしめられている。
「それは私と離婚をしたいという意味ですか?」
「離婚はしない」
「は?」
 好きになるなと言っておいて離婚はしないとはどういうことだろうか。クラリスは首を捻(ひね)る。
「つまり、いわゆる愛のない結婚ということでよろしいですか? 殿下は私を愛することはない、と」
「それはないっ!」
「……!」
 被せ気味に声を上げられてしまい、思わず息を呑む。
 レオナルドが勢いよく顔を上げたことで、ようやく彼の瞳が真っ直ぐにクラリスを見つめた。
 漆黒の瞳がゆらゆらと揺れて、何かを訴えているのがわかる。
「とにかく、君は俺を好きになるな」
「あ……」
 話をしようと手を伸ばしかけたクラリスを振り切るように、レオナルドはベッドから飛び降りると寝室から出て行ってしまった。
 残されたクラリスは行き場をなくした己の手を見つめたまま、しばらくその場から動けなかった。


 一章 絶対に好きになってはいけない結婚生活

「私がレオナルド殿下と結婚、ですか?」
 人は驚きすぎると逆に冷静な声が出るものだなと考えながら、クラリスは軽く首を傾けた。
「そうだ。殿下から内々に申し出があった」
 長い溜息を吐きながら頭を抱える父の姿に「まあ」とどこか他人事のように返事をしながら大きく瞬く。
 父の言う殿下、とはこの国の王子であるレオナルド・オルフェンのことだ。
 長い歴史を持つオルフェン王国は、冬こそ厳しいものの資源の豊富な国で、周辺諸国との関係も良好でとても平和な国だ。
 ただ平和な国とはいえ、問題がないわけではない。
 何もかもが王都に集中していることで郊外や辺境付近との格差は大きいし、王都の中にも貧富の差は広がりつつあった。
 そんな格差をなくそうと立ち上がったのがレオナルドだ。
 彼はさまざまな政策を立て、それを実行に移してきた。
 最も国民の支持が高かったのは、子どもたちへの教育支援だろう。
 これまでは貴族の子ども向けの学園しかなかったところを、国民の誰もが通える学園を設立した。すべての子どもが通えているわけではないが、これまで学びを諦めていた子どもたちの希望の場所となったのは確かだ。さらにこの学園の設立をきっかけに、教育の重要性が見直された。
 レオナルドは今後も子どもたちのための政策を増やしていきたいと宣言している。
 そしてこうしたことから才能豊かで人徳のある人物として、彼は国内外から熱い支持を得ているのだ。
 そんなレオナルドは今年で二十二歳。
 適齢期ということもあり、誰と結婚するのかと数(あま)多(た)の女性たちから注目を集めているのは、社交界にあまり顔を出さないクラリスだって知っていた。
「一体どういった経緯で? 私はレオナルド殿下にお会いしたことすらないのに」
 リブロン伯爵家に生まれたクラリスは、今年で十七歳になる。
 祖母譲りのアッシュブロンドに深いブルーの瞳。顔立ちは人並みだとは思うが、小柄なせいで年齢よりも少し幼く見えることが小さな悩みだ。
 楽観的で行動力のある祖父の気質を受け継いだこともあり、何事にも動揺せず前向きに動けることが最大の長所、だというのは五つ上の兄の談である。
 家族や友人からは十分魅力的だと褒めてもらうこともあるが、それはあくまで身内の贔(ひい)屓(き)目であって、人目を引く容姿でもないし、特に秀でた才能があるわけでもないことは、自分でも十分理解している。
 加えてクラリスはあまり社交界に興味がなく、よほどの理由がなければ舞踏会やお茶会などには顔を出さない。
 公的な集まりには家族揃って参加しているので、王子として人前に立つレオナルドの姿を見たことはあるが、直接言葉を交わした記憶は一切ない。
 だというのになぜ王子であるレオナルドから縁談が来るのか。
「うむ……それなんだが……」
 奥歯に物が詰まったような父の言葉に、クラリスは何かあるなと感じた。
「もしかして……どなたかの身代わりですか? レオナルド殿下が元々望まれていた方が出(しゅっ)奔(ぽん)したのでよく似た年格好の私が、とか」
「馬鹿を言いなさい! 本の読みすぎだ」
 心底呆れたように否定され、クラリスは唇を尖らせる。
「では、どうしてなのですか」
「私からはこれ以上話せない。とにかく一度殿下と話をしてみなさい。詳しい理由を聞かせてくださるはずだ」
 どうやら父は説明をしてくれる気がないらしい。
(何かとんでもない事情があったら、どうしましょう)
 拭いきれない不安を抱えながら、クラリスはその数日後には王宮に参じることになったのだった。
 てっきり家族同伴でと思っていたのに、クラリスはたった一人で椅子に座っていた。
 賓客用の応接間ではなく、王宮の奥にある王族専用の私的な部屋ということもあり、とても静かだ。調度品も豪華なものは少なく、落ち着いた色合いのものが多い。
 窓から見えるのはこれまた王族専用の内庭で、華やかで豪華な前庭とは違い、低木と淡い色合いの花々が植えられており、とても優しい雰囲気だ。
 とはいえ、どこもかしこも王家の気品を損なわない美しさと上品さが溢れている。
 クラリスは居心地の悪さを感じながら用意された紅茶を口に運ぶ。
 よい香りなのはわかったが、緊張のせいで味はさっぱりわからなかった。
「遅れてすまない」
 予定より少し遅れて室内に入ってきたレオナルドは、濃紺の正装に身を包んでいた。
 かっちりと整えられた黒髪に凛々しい顔立ち。
 その場にいるだけで光り輝いているような存在感に、クラリスは口の中で小さな悲鳴を上げる。
 これまで何度か遠目で見ただけの存在がどんどんと近づいてくる。先ほど紅茶を飲んだばかりだというのに口の中があっという間に乾いていくのがわかった。
「で、殿下にご挨拶申し上げます。クラリス・リブロンでございます」
 慌てて椅子から立ち上がり膝を折れば、頭上から小さな笑い声が聞こえた。
「そう緊張しないでくれ。君を呼んだのはこの俺なのだから」
「え……」
 想像していた何倍も優しい声だった。
 恐る恐る顔を上げれば、信じられないほどの綺麗な笑みを浮かべたレオナルドがクラリスを見下ろしていた。
「ようやく会えたなクラリス。俺は君に会えるのをずっと楽しみにしていたんだ」
「あっ、え……光栄で、ございます」
 ぎくしゃくと返事をすればレオナルドはますます嬉しそうに笑みを深めた。
 普段は表情を乱すことなく公務に就いている彼が、こんな顔をするなんてと驚きで心臓が奇妙な具合に跳ねている。
「立ったままではなんだ。座ろう」
「はい」
 促されふたたび椅子に座ったクラリスと向かい合うようにレオナルドも着席する。
 長い足をゆったりとした動きで組むと、穏やかな口調で話しかけてきた。
「さて、君には急な話で申し訳なかった。驚いただろう」
「ええ、とても」
 素直に返事をすれば、レオナルドが綺麗な顔をくしゃりとさせて微笑んだ。
 大人びた顔立ちなのにどこか少年のように見える表情に、心臓がドキリと高鳴る。
「まず誤解のないように先に言っておく。俺は正真正銘、君、クラリス・リブロンに婚約を申し込んだんだ。誓って他の誰かの身代わりなどではないよ」
(お父様ったら……!)
 婚約の話を聞かされた時に思わず口にしてしまった世(よ)迷(ま)い言を、まさかレオナルドに伝えているなんて。恥ずかしさで俯(うつむ)けば、レオナルドは小さく声を上げて笑った。
「そう疑いたくなるほどに急な話だったのは確かだ」
「……では、どうして私を望まれたのかお話ししてくださいますか」
「もちろんだ。そのために今日は来てもらったのだから」
 不意にレオナルドの声が低くなる。
 彼が周囲を確認するように視線を動かせば、室内に控えていた数名のメイドや執事たちが無言で退室していった。どうやら人に聞かれたくない話をするらしい。
 長い足を組み替えたレオナルドが、クラリスを真っ直ぐに見つめた。
「君はキュッセロー公爵家についてどこまで知っている?」
 唐突な問いかけに、クラリスはぱちりと目を大きく瞬いた。
 キュッセロー公爵家は先代国王の弟君が臣籍降下して立ち上げた家門だ。歴史は浅いものの、元王族ということもあり政治にも大きく関わっている。
 今の当主である公爵は確か宰相に次ぐ地位にいたはずだ。
 かつては王家が管理していた南の豊かな土地を拝領したため、財政も豊かであると聞いたことがある。
「人並みに、というところでしょうか。我が家とは交流もありませんし、皆さまが知っている程度のことしか存じ上げません」
「キュッセロー公爵家のカロリーネが俺の婚約者の筆頭候補だったと聞いたことは?」
「……耳にしたことがあったような気がします」
 ずいぶん前に参加したパーティで、レオナルドの婚約者には誰が相応しいかという話題で盛り上がっている一団の近くにいたことがあった。その時、真っ先に名前が挙がったのがカロリーネではなかっただろうか。
 カロリーネは艶やかな銀髪に紫がかった瞳をした艶(あで)やかな美女だ。口元にいつも笑みをたたえており、感情を人前で見せることは滅多にない女性だと記憶している。
 何度かパーティで顔を合わせたことがあるが、挨拶をしたくらいでまともな会話を交わしたことはない。
 婚約話にしても、あくまでもそれは憶測の域を出ない噂程度だったので特に気にも留めていなかったし、今の今まで思い出しもしなかったくらいだ。
 素直にそのことを伝えれば、レオナルドは少しだけ鼻の頭に皺(しわ)を寄せ、ふうと短い溜息を吐いた。
「それだけか……?」
「ええ、まあ。当時は、確かにお似合いだな、と思ったくらいで」
「そうか……」
 その表情が何かに落胆したように見えたのはなぜだろうか。
 一体この話がどこに着地するのかわからずクラリスが首を傾げていると、レオナルドがふたたび口を開いた。
「その噂を事実にしたがっている派閥がある。キュッセロー公爵家は血統意識が強く、貴族を優遇した政策を打ち出すことで有名だ。連中はカロリーネを未来の王妃に据え、俺を操りたいのだろう」
「そんな、恐れ多いことを……?」
「公爵にしてみれば俺はまだ青二才だからな。カロリーネを使って籠絡すれば操れるとでも思ったのだろう」
 どこか侮蔑を含んだ言葉遣いに、レオナルドとキュッセロー公爵家の遺恨を感じた。きっと、これまでにも何かしらの衝突を繰り返してきたのだろう。
「国とは国民あってこそのものだ。俺は、すべての国民に幸せになって欲しいと願っている。貴族ばかりを優遇する彼を容認するわけにはいかないんだ。それに、彼には嫌な噂が多い。このままにはしておけない」
 はっきりとした口調で告げるレオナルドは、王族としての誇りと責任に満ちている。
「公爵家に連なる面々は俺がはじめた教育支援に対してもいまだに反発している。貴重な税金を、平民の子どものために使うなど、とな。奴らは国を支える子どもたちの価値をわかっていない」
 彼がどれほどこの国と国民を愛しているのかが伝わってきて、クラリスは胸が熱くなった。
 しかし驚きだった。
 キュッセロー公爵家は確かに影響力のある家門ではあるが、そんな大それたことまで考えていたとは。
 不勉強だった自分を恥じながら、クラリスはレオナルドの言葉の続きを待つ。
「俺は彼らを政治の表舞台から追い出したいと考えている」
 話がかなりおおごとになってきた。
「もちろん、キュッセロー公爵家のこれまでの功績を無視するつもりはない。これ以上力を与えないというだけだ。そのためにも、これまでのような政略的な婚姻による権力の集中を避けたい。だからカロリーネとの婚約の話が持ち上がった時、俺は断った。しかし、公爵家は納得しなくてな」
 そこで言葉を区切ったレオナルドの表情が苦々しいものに変わる。
「公的な場所だけでなく私的な場所にまでカロリーネを送り込んできて、接触を図ってくる。先日など、視察先の宿にまで押しかけてきた。既成事実を作るつもりだったようだ」
「まあ」
 あまりのことに言葉が見つからず、クラリスは口元を手で押さえる。
 レオナルドもその時のことを思い出したのか、長く息を吐き出しながら肩を落とした。
「この状況を打破するためにも、早々に結婚して身を固めたいのだ」
 その言葉にクラリスは深く頷く。
 なるほど、と得心がいった気分だった。
「我が国は側室を持つことや不貞は固く禁じられている。王族ともなれば、よほどの理由がない限り離縁もできないからな」
「夫婦神の教え、ですね」
「ああ」
 このオルフェンを守護するのはエイブとカルムという夫婦神だ。その仲睦(むつ)まじさから愛情の神とも言われている。彼らを信仰する我が国では一夫一妻制しか認められていない。
 他国では王族や高位貴族などは側室を持つことも多いというが、オルフェンでそのようなことをすれば非難は免れないだろう。
「カロリーネとの婚約および結婚を回避する一番の手段は、彼女以外と早々に結婚することだ。それもキュッセロー公爵家と親密な関係でもなく敵対もしていない、中立の家門の娘と」
 どこか決意を秘めたレオナルドの言葉に、クラリスは頷く。
 確かにクラリスはその条件に当てはまる。
 リブロン家は歴史こそ長いが、政治に積極的に関わっていない。交流のある家もだいたいが同じようなもので、キュッセロー公爵家とは関わりもない。
「事情はよくわかりました。でも、だからといってその相手は私でなくてもかまわないのでは? 急に私を選んだとなれば不自然だと他の疑いが生じます。私と殿下は面識もございませんし……」


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