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七瀬くんは「一途」に目覚めました

戸瀬つぐみ / 著
カトーナオ / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2024/02/22

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内容紹介

意識してもらわないと困る
「俺達、そろそろ友達からステップアップしてみる?」勤め先の同期で上司で、さらには御曹司でもある七瀬からそう軽い調子で提案され、断る有沙。そもそも七瀬にとって自分は、恋愛対象外のはずなのだ。大学からの知り合いだが、当時から目立つ彼との接点はほとんどなかった。ある雪の日、帰れなくなった有沙を七瀬が泊めてくれることに。手が早いと噂の彼と一夜を過ごしたが、何かが起こるわけもなく。以来、うずく恋心を抑えながら友人関係を続けてきたはずだったのに…。「十分待った。もう一秒だって待てない」近くて遠い恋が今、動き出す。

立ち読み

 プロローグ

 七(なな)瀬(せ)駿(しゅん)のことを好きになってはいけない理由なら、すぐにいくつも答えることができる。
 移り気な彼とは、付き合ったとしても長続きしないこと。
 女性同士のトラブルに巻き込まれること。
 ハイスペックな彼と並んで歩くと、劣等感に悩まされそうなこと。
 経験値、レベル0と100の差が受け入れられないこと。
 そして、最後に泣くのは間違いなく自分になるということ。
 だから長いあいだ友人ポジションで過ごしてきた私は、彼の思わせぶりな言葉に、思い切り怪(け)訝(げん)な顔をしてしまった。
「えっ? ……今、なんて言ったの?」
「俺達、そろそろ友達からステップアップしてみる? ……って言ったんだけど」
「ステップアップって……なに?」
「友達をやめて、恋人になろうか。……ちょうどいい機会だし」
 彼はたぶん酔っていて、しかもこれから海外に赴任というタイミングで、しんみりとした雰囲気になった直後のことだった。
 もしかしたら当分会えないという状況が、彼から冷静さを奪っていたのかもしれない。でも私からすると、いい機会どころか最悪のタイミングだと思えた。急にどうした? と……。
 遠距離は無理だ。きっとすぐに私のことなど忘れて次の恋に向かうだろうと、毎日不安でしかたなくなるから。
 ここ一年くらいでも、「なんか合わなかった」という曖昧(あいまい)な理由で短期間で彼女と別れる、ということを何度か繰り返していたのを私は知っている。歴代の彼女が、タイプは違えど美人揃いだったことも。
 世の中の多くの男性が崇拝するレベルの女性でもだめなら、平凡地味目の私なんて付き合ったら最後、秒でポイ捨てされるに決まっている。
 ……私は石橋を叩いて渡りたいタイプだから。
「酔ってるの? 酔ってるんだよね? どうして急に、そんなことを言い出すの?」
 これまで七瀬くんが私に、そういう雰囲気で接してきたことはなかった。大学で出会ってから七年……ただの一度も、だ。
 同じ歳の私達だけれど、七瀬くんは私のことを「なんか頼りない」と言って、気にかけてくれる。たぶん妹分として見ている。
 過去には「絶対に手を出さない」宣言や、「一生の友達」宣言をされたこともある。
 私が彼の恋愛対象から外れていることを思い知らされ、本当は苦い思いもしてきたのだ。
 なのに、いまさらどういう風の吹き回しか。
 私が単純な疑問を問うと、彼は「うーん」と考え込んでしまった。
「…………なんでだろう? 俺がいないあいだ、有(あり)沙(さ)が変な男に騙(だま)されて泣かされないか心配になったからかな?」
 なんの心配をされているの?
 それにまるで思いつきで言ったような曖昧さは、彼らしくない。
 そして私は、自分の行く末が心配になった。
 もともと、私に彼氏ができない原因の半分は七瀬くんにある気がする。
 ルックスよし、頭よし、性格よし(ただし、女性関係を除く)の強者が近くにいるから、男性に対する基準が完全に狂ってしまっているのだ。
(よし、彼のいないあいだ、私は“七瀬くん離れ”をしよう)
 そう心に決めて、目の前のジョッキを手にする。そしてぬるくなったビールを一気に飲み干してから告げた。
「私、これまで言ってなかったけれど、理想の彼氏像があるの」
「へー、それは知らなかった。教えてよ」
 七瀬くんは余裕綽々(しゃくしゃく)で頬杖をつきながら、下がりぎみの目を細めて私を見つめている。
「まず、浮気しない人」
「うん。俺も浮気は許さない。だから絶対自分もしない」
「真面目で、優しくて、気が利いて……」
「当然だ。じゃあ、顔は?」
「顔は……そうね、そりゃできればイケメンがいいけど」
 七瀬くんは、自分がしっかり当てはまっていると主張するように、ツンと澄まし顔をした。
 でも残念。私は七瀬くん離れを心に誓ったばかりだ。
「あと、これが一番重要。移り気で軽薄な人は無理。一途じゃないと」
「一途って?」
「何年も、何十年も私のことだけを好きだと言ってくれる人。それに……できれば、はじめて同士がいい!」
 故意に、彼とは真逆の理想像を口にした。
 七瀬くんは以前から浮気、二股はしないと言っていた。でも、歴代の彼女と長続きしたことはない。少なくとも私が知っている範囲では……。
 本人が言うには、価値観の違いが頻繁に発生するせいらしいが、ポイ捨てなんてされたら立ち直れない。
 だから彼が絶対に満たせない理想の基準を持ち出した。
 これで引き下がってくれると思ったのだけれど、それを聞いた七瀬くんは、ぽかんと口を開けて固まってしまう。そうして数秒後……
「あははははっ!」
 お腹を抱えて笑い出す。すぐにわかった。これは人をばかにしている笑いだ。
 私も夢見がちなことを言った自覚はある。
「……有沙は一生、彼氏できない。安心した。イケメンハイスペック童貞くん、本当に見つけたらすぐ教えてよ」
 絶対いないから――。あきらかに最後にその言葉を続けたそうだった。
 よほど彼の笑いのツボにはまってしまったのか、耐えられないとうっすら涙まで流している。
 結局、友達からステップアップする話はどこかに消え去った。
 ほら、真に受けなくてよかった。彼には真剣な気持ちなんて、きっとなかったのだから。
「もう! そんなに笑うことないでしょう。そもそも七瀬くんが人のことをからかうから……」
 私がむっとすると、七瀬くんは「あー」となにやらもどかしそうに、額に手を当てて自分の前髪をかき上げる。
 そうして顔を上げた彼は、さっきまでのおどけた表情を消して、まるで切実な思いを告げるような真剣な表情に変わっていた。
「ごめん。でも有沙のことを心配してるのは本当なんだ。時差なんて気にせず、なにかあったらすぐに連絡して。……約束」
「うん、わかった」
 私達はこの日、指切りをして別れた。
 途中の告白めいた提案は冗談だったのかもしれないが、私は別のことも考える。もし私が本気にして、「付き合う」と言ったらどうなっていたの?

 私の心に疑問を残したまま、七瀬くんはニューヨークに向けて旅立ってしまった。
 それが今から三年前の話。
 おかげで私、月見里(やまなし)有沙は、まだ一度も彼氏ができたことがない。 
 一章 三年ぶりの彼のこと

『有沙、元気? 駿が日(に)本(ほん)に帰ってきたんだってね』
 貴重な休日も終わりかけの時間、大学からの友人である由香(ゆか)からのメッセージを受け取った。
 家でくつろいでいた私が、すさまじい速さで通知に反応してしまったのは、待ちわびていたものがあったから。
 そして由香から届いたメッセージは、期待していた情報を知らせるものではあったけれど、私が望んだものとは違う形で届いた。
 普段なら楽しいはずの由香とのやりとりも、今日は別。
『そうなんだ。私はなにも聞いてないけど』
 罪のない由香に、そっけなく返してしまってすぐに後悔する。だから慌てて事情を説明する次のメッセージを送った。
『実はね、本人から一週間以上連絡ないんだ。帰ってくるなんて聞いてない。社内メールの人事異動のお知らせで知ったくらい』
 涙マークのスタンプも送って、今の気持ちを素直に表す。そしてドキドキしながら由香にある質問をした。
『由香には、七瀬くんから連絡があったの?』
 私も七瀬くんも由香も、同じ大学の同じサークル出身だ。
 大学の頃は、七瀬くんと由香には繋(つな)がりがあった。でも、社会人になってからは私が七瀬くんと同僚兼友人の関係なだけで、二人のあいだではもう個人的なやりとりをしていない。そう思っていたのだけれど……、違ったのだろうか?
 大好きな友人に嫉妬(しっと)めいた感情を持ってしまい恥ずかしくなるが、すぐに否定するメッセージが送られてきた。
『違うよ! 宮本(みやもと)がSNSにアップしてたから。今日さっそく遊んだみたい』
 宮本くんは、大学時代からの七瀬くんの親友だ。
 すかさず由香が、宮本くんのSNSのリンクを送ってくれる。
 由香から送られてきた宮本くんのSNSには、カフェらしき場所で重ねられたパンケーキを前に、結婚式のケーキ入刀のセレモニーをまねてナイフを持つ、イケメン二人の姿が映っていた。
 さらに続けて、食べさせ合いをしている写真まで。……とても楽しそうに笑っている。投稿のタイトルは「再会」だ。
 そしてたくさんのコメントも。
『駿、帰ってきたの? 会いたい!』
『何年ぶり? おかえり』
『宮本、抜け駆けずるいよ。うらやま~』
 ……女の子からの反応が目立つ。そのうち何人かは私も知っているサークルが一緒だった知り合いだ。
 大学の頃から、王子様みたいな容姿で明るく優しい七瀬くんと、スポーツが得意で精悍(せいかん)な顔立ちの宮本くんコンビは大の人気者で中心的存在だった。
 そして私は、陽気な彼らとは違って目立たない、名前もちゃんと覚えてもらえないような会計係だった。
 宮本くんとはほとんど話したことがなく、彼のSNSはフォローもしていないし、この輪にはもちろん入っていけない。でも――。
「ああ、もうなんかもやもやする!」
 私は愛用の大きなビーズクッションの上で脱力した。
 三年の海外赴任を終えた七瀬くんが、日本に帰ってきている。
 七瀬くんの帰国については、一週間ほど前の人事異動の知らせから把握していた。
 でも私は、本人からはなにも聞いていない!
 この三年間、SNSで繋がっていて、週に一度程度連絡を取り合っていた。
 土曜日か日曜日の朝……時差のあるニューヨークでは週末の夜に、七瀬くんが「おはよう、元気? 変わりない?」とダイレクトメールをくれて、そこから近況を報告し合うのが毎週末の約束のようになっていた。
 直接会うことはなかったけれど、それまでと変わらない良好な友人関係を保っていたはずだ。
 それが先週末から、ぱったり途絶えている。
 ちょうど七瀬くんが戻ってくることを知ったばかりだった私は、連絡がないのは引っ越しの準備で忙しいからだと、そのときは深く考えなかった。
 彼のSNSを見ると、最後の投稿は五日前。なんのコメントもついていない空の写真がアップされたところで止まっている。この日に飛行機に乗ったのかな? と勝手な推測をして、到着の知らせを待っていた。
 それから連絡もないまま翌日になり、ニューヨークと東京(とうきょう)を結ぶ航空便に欠航や遅れが出ていないことを無駄に確認したあたりから不安になった。さらに時差ぼけも解消していそうな三日後には、その不安は戸惑いに変わる。
(……私、なにかしてしまった?)
 ここ一ヵ月の七瀬くんと私のやりとりを読み返しても、おかしいところはなかった。
 今になって後悔しても遅いが、先週末の時点で「日本に戻ってくるんだね!」と、自分から連絡すればよかったのだけれど……。一度相手に避けられているかもしれないなどと考えたら、行動を起こすことをためらうようになった。
 結局週の後半は、七瀬くんのことばかり考えていて、私は三年のあいだにまったく“七瀬くん離れ”ができていなかったと思い知らされてしまった。
 貴重な週末を鬱々(うつうつ)とした気分で過ごし、望んでない形で彼の帰郷を知った次第だ。
 ……と、これまでの経緯を説明する長文を由香に送りつけると、彼女からの返信が届く。
『てっきり有沙には一番先に連絡あったんだろうと思ってたのに。どうしたんだろうね?』
『わからないけど、七瀬くん出世して、私の上司になるし……なんだか気まずい』
 七瀬くんは明日から、私の直属上司になる。人事異動の通知にはそう書いてあった。



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