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悪女のフリした軟弱王女ですが、宰相令息が素を見抜いて溺愛してきます

深森ゆうか / 著
鈴ノ助 / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2024/01/26

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内容紹介

僕は何よりも君のナカを吸いたい。
王女アルティーナは国でも評判の“悪女”だけれど、中身は極度の人見知りであがり症。実は“悪女”の仮面をつけなければ人前にすら出られないのだ。おまけにこっそり大好きなぬいぐるみを吸わなければ平静を保てず——「いい気になるんじゃなくてよ」スーハー「この国にわたくしより上の“悪女”はいらないの」スーハー そんなアルティーナの前に現れた縁談相手は、かつて初恋をこじらせた末に彼女の心をひどく傷つけた宰相令息ファンゼルだった!?「もう、僕の口は貴女への愛の言葉しか囁かない。僕の身体は貴女を喜ばせる物を作り続ける。僕の心は貴女以外の女性を映さない」かつての罪を猛省し、ひたすら彼女好みのぬいぐるみ作るマンへと変貌した彼の溺愛ぶりに、アルティーナは身も心も溶かされていき……

立ち読み

『きつくて意地悪そうな外見なのに、理想の王子様? 現れるわけないじゃないか。優しい顔の王子様と二人で並んでみなよ。ぜんっぜん似合わない』

 からかいを含んだ少年の言葉。
 その表情は侮蔑と怒りを滲ませており、明らかに私のことを嫌悪しておりました。
 容姿と中身は、表裏一体として認識される。
 私は十歳の春、そんな現実を知りました。
 泣いてもこの顔は溶けません。
 意地悪な顔の女の子は、泣くだけ無駄——少年の目はそう語っていました。
 私には可愛(かわい)い物が似合わない。
 私の顔は“悪女”面(づら)。
 ヒロインを虐(いじ)める側。
 素敵な王子様は、私には手を差し伸べない。
 他者からハッキリと言われ、現実を認めざるを得ませんでした。
 泣くだけ泣いて私は悟りました。
——なら、容姿に相応(ふさわ)しい態度を取ろうと。
?



   一章 王女は悪女様


 王宮で開かれている春の祝祭は、今まさにたけなわ。
 音楽を奏でている管弦楽隊に、それに乗って踊る紳士淑女。
 鈴の音を転がしたような笑い声に、贅(ぜい)を尽くした食事。
 燦々(さんさん)と輝くシャンデリア。会場を華やかに彩る花々。
 春の花にも負けぬとばかりに色とりどりのドレスを身に着けた淑女たちは甘い香りを放ち、紳士たちは誘われた蝶のごとく群がる。
 その中で、一際目立つ令嬢がいた。
 ドレスはサテン生地のワインレッド色と黒のレースで仕立てられ、細い腰の左には赤い薔薇を幾つも縫い付けて、さらに華やかに装っていた。
 腰まである、緩やかに流れる黒髪にも小さな赤い薔薇と真珠がちりばめてあり、はっきりとした顔立ちによく似合う。
 加えて彼女の持つ緑色の瞳は鋭い光を放ち、人を圧倒させるほどの迫力だ。
 アルティーナ・ライナ・ブレクト——この、ブレクト王国第一王女である。
 口元を隠している扇は、透かし彫りを施した象牙造りで、ドレスと同じワインレッドのシルク生地が張られている。
 軽く揺らすと、縁取った黒い羽毛が踊るように揺れた。
 彼女の登場により、会場にいた全員に緊張が走ったが、そこは鍛え上げられた社交術と笑顔で隠す。
 アルティーナ王女はいつものように、王妃の妹の娘で、従姉妹(いとこ)のイレーネ・アダ・ドレッセルを引き連れての登場だ。
 プラチナブロンドに緑色の瞳で、アルティーナとは対照的な柔らかな美しさを持つ彼女は、その容貌から『妖精姫』と呼ばれている。
 イレーネの父は昔国王の護衛をしていた。現在は騎士を総まとめする職に就いている。
 今でも家族同士の交流が深いせいか、こうしてアルティーナの傍(そば)にいることが多い。
「お可哀想にイレーネ様。またアルティーナ様の侍女扱いなんて」
 同情の念の籠もった呟(つぶや)きがどこからともなく聞こえるが、それに対し「いやいや」と反論する者がいる。
「イレーネ様は自ら進んでアルティーナ様についていらっしゃるそうだよ。ああして、アルティーナ様の行動を監視して、いざとなったら制止されるのさ」
「なるほど」と皆、納得する。
 アルティーナ王女の評判はすこぶる悪い。
 傲慢、我(わ)が儘(まま)、嫉妬深い、欲望が強くて男好き、口を開けば理不尽、悪口雑言、依怙贔屓(えこひいき)——と嫌な女性の特徴のオンパレードだ。
 それゆえに『悪女』と呼ばれている。
 かつて、アルティーナの生母であり、ブレクト国王妃であるリイジアも『悪女』と呼ばれていたが、後に彼女はある事情でそういった人物を演じていたことが判明し、今は『努力の人』であったと尊敬されている。
 しかしアルティーナは違う。
 ——とにかくアルティーナ王女は、母王妃と比べようもない真性の“悪女”なのだと皆、口々に言い合う。
 それは社交界で出される話題の一つでしかない、他愛のない世間話だ。
 しかし明らかな悪意が籠もっている。
 とはいうものの、舞踏会の主催者の一人であるブレクト国王女であることに変わりはない。
 彼女が目の前を通る際には踊りもお喋(しゃべ)りもやめて、正式な礼を忘れない。
 アルティーナと、後ろを歩くイレーネ。その他にもう一人後ろを歩く令嬢がいることに人々は気付く。
「あのお方は?」
「確か……ペルメール伯爵のご息女で、ヴェロニカ様だったかしら?」
「新しい取り巻きよ」
「いつまでもつかしらね?」
「今夜でおしまいでしょう? だって、アルティーナ様にお付きになっている理由って……“あれ”でしょう?」
「そういうことね」
 若い令嬢たちの間でふふふ、と悪気の籠もった笑いが起きた。
 扇をひらめかせながらアルティーナは王座に向かって進んでいく。今はそこに父も母もいない。
 春の祝祭に乗じて行う舞踏会は夜通し二日間行われるので、王家の者たちは交代で会場に出向く。
 国王、王妃、王太子、王女の四人家族全員が揃(そろ)うのは最初と最後だけ。
 そんなとき、必ず「よく似ていらっしゃる家族だ」と賞賛される。
 四人ともそれだけ威風堂々たる、支配者に相応しい輝かしい姿なのだ。
 特に眼光の鋭さが際立つ。
 そして——その中でもアルティーナ王女は、特にキツい人物とされていた。
 そう言われるのは、単に眼光だけの問題ではない。“悪女”としての印象が加わって、さらにキツい印象を人々に与えているのだ。
 王座まであと十歩ほど、というところでアルティーナは止まった。
 開いた扇で口元を隠したまま、他の貴族たちに交じって頭(こうべ)を垂れる一人の若者を見下ろす。

「いつまで逃げるおつもりなのかしら? フランク様」

 アルティーナの一言で舞踏会の会場がシン、と静まった。
 王女の登場により軽やかな音楽を奏で始めていた管弦楽隊の手も止まった。
 無音の状態の中、さらなる緊張が走る。
 アルティーナの言葉に、フランクと呼ばれた青年は身体(からだ)を震わせた。
 きっと顔を上げれば、蒼白になっているに違いない。
「オーベル伯爵のご子息のフランク様、でよろしかったですわよね? わたくし、間違ったかしら?」
「い、いいいいえっ! そうです! 私がオーベル伯爵子息のフランクです!」
「そろそろ結婚すると聞いていましたのに、婚約そのものを解消するとかしないとか……わたくし、貴方(あなた)のご結婚を楽しみにしておりましたのよ」
「そ、そそそれは! ありがたく! 私めのような貴族の末端に名を連ねているだけの者を、覚えていてくださっているとは恐縮至極にございます……!」
「もちろん、覚えていてよ。だって、わたくしの耳にも届きましたもの。なんでも『真実の愛を見つけた』とか。それで十年間婚約していたヴェロニカ様との婚約を破棄なさったと」
「……っ!?」
 フランクが思わず顔を上げる。アルティーナの後ろにヴェロニカがいたからだ。
 ヴェロニカと目が合う。彼女の瞳は涙でゆらゆらと揺れてはいたものの、怒りの表情をフランクに向けていた。
「凄いわぁ、『真実の愛』! どこでそう思ったのかしら? 是非(ぜひ)知りたいの。——あっ、隣にいるお方が『真実の愛』のお相手かしら? 確か最近カペル男爵の養女になったコリンナ様よね?」
 アルティーナと、コリンナと呼ばれた女性の目が合う。
「……ひっ!」



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