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紳士な若頭は可憐な彼女を手折りたい

寺原しんまる / 著
藤浪まり / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2024/01/26

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内容紹介

君は悪い子だね。私を揶揄って
店の案内がきっかけで美貌の紳士・富樫のマッサージをすることになった陽菜。優しい口調と優雅な物腰、日本人離れした容貌の彼に淡い思いを抱くが、実は彼は有名なヤクザの若頭だった。元刑事から極道の世界に入ったという辛い彼の過去に心を痛め、惹かれていく気持ちが止まらない。富樫もまた、汚れなき陽菜の純真さに心を奪われ——「君の淫らな姿を私以外の者に見せては駄目だよ。いいね……?」美しい彼の獰猛な獣欲に何度も絶頂を刻まれる。大人気極道シンデレララブ『野獣な若頭はウブな彼女にご執心』のスピンオフ作品登場!

立ち読み

第一章、隣の薔薇は赤い


 朝と言うには日が昇りすぎている時間帯のオープンカフェ。竹(たけ)田(だ)陽(ひ)菜(な)は、慣れない手つきでテーブルとチェアを並べていく。
 床のゴミを拾おうと下を向くと、後れ毛がサラッと視界を隠した。
 肩までのミディアムヘアを一つに結んでいるが、長さが足りない毛が頬に触れている。髪を耳にかけ、ふと視線を横の花屋に向けた。
 既に客足の多い店の前には、今が旬のチューリップや水仙の切り花が陳列されている。フワッと漂う春の匂い。家に飾りたくなり購入を考えたが、値札の数字は一般的な花屋の倍はしていて驚いてしまう。
 陽菜が勤めている自然派雑貨店『ボスケ』は、オーガニックカフェもある。最近では、カフェの方が売り上げのメインとなりつつあった。
 この通り一帯の購買層は、無添加に気をつける『意識高い系』と言われる人々が多い。隣の花屋は農薬を一切使用していないと宣伝しているし、その隣はオーガニックコットンを一〇〇%使用した服を販売しているアパレルショップ。そのまた隣は最新設備のヨガスタジオ。芸能人が通っていると評判だ。
「竹田さん! そこが終わったら、店内の砂糖の補充をお願いしますね」
「は、はい……」
 同僚が冷たい視線を向けてきた。年下の彼女は、SNSでかなりのフォロワーがいるインフルエンサーらしい。一五五センチの小柄な陽菜と違って長身で華やかな容姿だ。着ているもの全てがブランド物。決して高給取りではないショップ兼カフェ店員の月給で、どのようにやりくりしているのか謎だった。そして聞こえよがしに店長に話しかけている。
「澤(さわ)井(い)店長〜! どうしてあんな地味な竹田さんを雇ったんですか? シュシュなんて、ダサい百均のものですよ」
 陽菜はその声を耳に入れ、使っていたシュシュを咄嗟に髪から取る。どうしてコレが百円均一で買ったものだとバレたのか分からない。着ていたギャルソンエプロンのポケットに、そっと隠すように仕舞った。
「ここは雑誌でも取り上げられる話題の店! 働いている店員もイケてるって評判なのに! 澤井店長だってこの間、イケメンカフェ店長ってテレビに出たでしょ」
「いや〜。亜由美(あゆみ)ちゃん結構キツいねえ。地味でも、彼女の顔は可愛いじゃない」
 亜由美は、「はあ?」と大袈裟に口を大きく開けた。それを無視して澤井は言葉を続ける。
「陽菜ちゃんはね、アロマセラピストとして本部が雇ったんだけど、この一帯では予想に反して需要がなくってさあ……」
 澤井は慣れた手つきでエスプレッソマシーンをセッティングしながら、陽菜の方に視線をチラチラ向けてくる。そして若干声の音量を下げた。
「彼女のお祖母(ばあ)さんが有名なアロマセラピスト『新(しん)宿(じゅく)の魔女』だったって。俺はよく知らないけれど、本部のお偉方にはファンが多いんだよ。もう亡くなってしまったけどね」
「はあ……? 新宿の魔女? 亜由美、そういうの信じないんで。うさんくさいし——」
「ハハハ……。お祖母さん絡みで本社が彼女を採用したそうだけど、暇なアロマコーナーに立たせるだけでは給料泥棒だってことで、ホールもやってもらっているんだ」
 納得がいかないと言いたげな亜由美が、陽菜に冷ややかな目を向けてきた。学生時代から地味だのダサいだの言われ慣れているが、それでも傷つかないわけではない。お洒落だって興味がある。しかし、この店の収入だけでは生活していくのがやっと。
 祖母から相続した遺産は相続税を徴収され減り、中でも自宅の固定資産税は毎年かかる。将来のためになるべく貯金もしたい。贅沢など決してできない。大量生産のセール品しか買えないのだからしょうがない。
 陽菜はチクッと痛む胸をそっと手で押さえた。いつものように聞こえない振りのまま、各テーブルの砂糖を補充していく。
(私だって、折角取ったアロマセラピストの資格を使いたい……。お婆ちゃんのように)
 陽菜がアロマセラピーに興味を持ったのは、亡くなった祖母のお陰。小学生のときに両親を事故で同時に亡くし、行き場をなくした陽菜を引き取って育ててくれた。祖母は新宿区にある古い自宅でお客を迎え、エッセンシャルオイルを使った施術と健康へのアドバイスをしていた。顧客には一般人は勿論のこと、財界の有名人が顔を並べていた記憶がある。別名——新宿の魔女。
 細くてカラフルな砂糖のスティックをガラス容器に補充しながら、そんな祖母のことを思い出し、陽菜は深い溜め息を吐く。周りに慕われ、太陽みたいに明るい祖母のようになりたかったが、今では真逆の立ち位置かもしれない。そう思えば思うほどに、顔からは笑顔が消えていく。
 二年制専門学校を出て、エステ勤務一年。この店に来て二年。祖母直伝のエッセンシャルオイルを使ったトリートメントがしたくて勤めだしたが、やっぱり他を探した方がいいのかもしれない。
 しかし、一般的なコマーシャルエステサロンで働けば、祖母の知恵を活かせないだろう。
 自分の持っている知識を全て陽菜に伝えたあと、健康だったはずの彼女は、眠るように息を引き取った。陽菜は当時高校三年生で、春から大学に進学することになっていたが、急(きゅう)遽(きょ)進路を変更。美容専門学校でアロマセラピストの資格を取得した。卒業後、エステサロンで実務経験を一年積んで、エステティシャンの資格も取った。そして全てが活かせる今の職場を見つけたのだが……。
(全く知らなかったコーヒーの名前にも詳しくなっちゃったわ……)
 祖母に褒められた『人を明るくさせる笑顔』は、最近はすっかりと影を潜めていた。活気のない顔でテーブルを拭いていると、カフェの方から亜由美の大きな声が聞こえてくる。
「見てくださいよ。あの暗い顔! イヤイヤやっているのが目に見えてますよ。ここはみんなが憧れるカフェで、私の友達だって働きたがっているんですよ。役立たずなアロマセラピストなんて、辞めさせれば……」
「ハハハ、そうはいかないんだ。一応、雑貨エリアでエッセンシャルオイルの取り扱いがあるからね。資格を持っている人を店舗に置いておかないと。ほら、何かあったときに、ねえ……?」
 澤井は優しい笑みを浮かべて、亜由美の肩をポンポンと叩く。イケメンと評判なだけあり、甘いマスクで微笑まれると彼女も何も言えなくなるのだろう。彼は少し長い癖毛を一つに結び、耳にはシルバーのピアスが並んでいる。年齢は三十代前半。この容姿を利用して、お客や従業員に次々と手を出していると職場で噂されているのを聞いた。
「もう〜。澤井店長ってば」
 クスクスと笑う亜由美の耳元で何かを小声で話す澤井だが、視線は陽菜に向けられたままだ。
 人が自分のことを話題にしていると、ゾクッとしたものが背中を通り過ぎていくような気がする。寒気を感じた陽菜は、手をギュッと握って視線を下に向けた。黒くモヤモヤしたものが、徐々に体内を支配していく感覚が湧き上がり、何だか人の目が怖くて下を向いてしまう。そして小刻みに震える身体は冷たい。会話も真面(まとも)にできなくなっていく。
(怖い……。もう、こっちを見ないで)
 克服したと思っていた過去のトラウマは、復活してしまった。この店舗での業績不振のせいで自信喪失し、追い打ちをかけるように同僚からの悪口で人間不信。ダブルパンチだ。
「ちょっと、竹田さん! 店の前の掃き掃除は終わったんですか?」
 時計を見ると開店時間十分前。オープン前には掃き掃除を終わらせないといけない。今までは午後勤務だったので、開店時の段取りが頭に入っていなかった。この店舗では午後シフトが人気で午前シフトを嫌がる店員が多く、そのしわ寄せが立場の弱い陽菜に向けられていた。これからは午前シフトメインになると、朝一番に澤井に告げられたことを思い出す。
「す、すみません! すぐに始めます……」
 転げるように陽菜は店の外に出ていく。足が縺(もつ)れて、もう少しで転びそうになった。
(危なかった……! いくら運動音痴だからって、開店前に転(こ)けるのは避けたいわ)
 慌てて掃き掃除を始めていると、隣の花屋の前に黒塗り高級車が数台、次々にやってきた。少し物々しい雰囲気が辺りに漂い、車からダークカラーのスーツを着た屈強な男たちが俊敏に降りてきた。そして一台の車を守るように左右に立ち、その内の一人が車のドアを丁重に開ける。
 陽菜はゴクリと喉を鳴らした。この状況は、テレビドラマなどで観るアレだと察知したからだ。きっと世の人々が思うことは十中八九同じ。
「や、ヤクザ……?」
 陽菜の視線は開けられた車のドアに向けたまま釘づけになる。そこからきっと、強面(こわもて)のギラギラした男が出てくるだろうと考えながら固唾を呑んだ。
 すると流れるような所作で、車の中から人影が現れた。瞬時に辺りの空気が変わっていく。
 男性が視界に入った瞬間、陽菜は息が止まったような気がした。いや、息をするのを忘れたのかもしれない。「ゴホゴホ」と少し咳き込んだあとに、小さく口を開けて空気を思いっきり吸い込んだ。
 その人物は背が高く、細身だがガッチリした体型の男性だ。キラキラと光る日光を反射した柔らかそうなライトブラウンの髪には、所々金髪が見えている。冷たい陶器を連想させるような白い肌と、遠目でも分かる長い睫毛に優しい眼差し。長く伸びた手足は日本人離れしているように思う。そして上質な光沢を放つ、肌触りが良さそうな黒っぽいスーツを着ていた。
 男性は周囲の男たちが深々と頭を下げる中、大きく薄い唇を横に引き微笑みを浮かべていた。そのまま背筋をスッと伸ばし、優雅な足取りで花屋に向かって歩いていく。
(え? ヤクザじゃない? 紳士な人……よね。もしかして、どこかの国の貴族的な……?)
 期待していた屈強なヤクザではなく、対極の人物だ。年の頃は三十代後半から四十代前半だろう。
(あの人、もしかして王子様? いや、年齢的に王様? そんなわけないか……)
 まるで男性を取り囲むように、眩しい光が放たれていた。吸い寄せられるように見つめてしまい、目を離せない。
 目映い光を放つ男性と比べると、自分はどこか正反対の場所にいるようだ。彼を羨望の眼差しで見つめてしまう。天と地。セレブと庶民。だが、彼と自分だけがこの世界にいるような錯覚を起こす。
(す、素敵な人……! とても眩しいな)
 すると、男性の側に立っている若く目つきの鋭い男がこちらを睨んでくる。現実に引き戻された陽菜は、すぐさま視線を外して掃き掃除に戻るが、視界の片隅で男性を追った。店先で切り花を見ている彼を観察し続けてしまう。
(外国人っぽいけれど、薄(うっす)ら日本人っぽさも垣間見える。きっとハーフ? コンビニで見かけるレオンかラオンって感じの名前の雑誌のモデルっぽい。アレよね、流行(はや)りのイケオジ!)
 距離があるので絶対に分からないが、男性からはとても良い匂いが漂っていると想像してしまう。無意識に鼻をスンスンと動かせば、フェロモンがここまで届いている気がした。そう、周囲の人々の全てが、彼の放つ色気の虜になりそうな艶やかな大人の男性だ。
「……陽菜ちゃん、顔が赤いけれどどうした?」
「え? いや、な……何でもないです」
 開店準備が整っているのかを確認するために、澤井が店の中から出てきたようだ。
「あ〜、また来てるんだ。あの人」
「え……? 澤井店長は御存じなんですか?」
 すると躊躇いがちに頷き、陽菜の背中に手を回してきた。抱き寄せるような仕草だ。彼の馴れ馴れしい態度はいつものことだが、今は何だか側に寄りたくないと少し身をよじる。そんな陽菜の態度にもお構いなしな澤井に、そのままカフェ店内へと連れていかれた。
「陽菜ちゃんは基本、今まで午後勤務だったから知らないだろうけれどね。あの人は、毎月十二日の午前に隣の花屋に来るんだよ。あんなふうに得体の知れない奴らを引き連れてくるからいい迷惑だ!」
 澤井は完全に店内に入ってから声を荒らげ話しだす。辺りに漂う、ゆったりとしたジャズピアノと正反対な声色は、開店前の店舗内で響いていた。
「え〜! でも澤井店長。あの人、外国人っぽい顔のイケオジで格好良いですよ。何度か微笑まれたことがありますけれど、とても良い人そうだし。きっとどこかの大使館で働いている要人なんじゃないかな。あんなに沢山ボディーガードを連れてるんですから」
 突然、会話に参加してきた亜由美は、ウットリした顔で外の強面集団を見ている。そして彼女の空想は、段々と大袈裟になっていった。
「亜由美、思ったんですけど。日本人女性がイギリスの貴族と国際結婚して、生まれたのがあの人なんじゃないかって! それでお母さんの母国で大使をしていますとか?」
「……亜由美ちゃん。大使とかならあんな強面集団だけを連れていないでしょ。それに、彼以外はみんな純日本人って感じだよ」
「澤井店長〜! 夢がない! 絶対に亜由美が正しいですって。今度、花屋の店員さんに聞いておいてくださいよ。澤井店長が手をつけたレジの子がいるでしょ!」
 最後の一文に少しの怒りを込めたような彼女の発言に、澤井は面倒臭そうに頭を掻きながら「はいはい」と返事をする。
 陽菜はそんな会話を軽く耳に入れ、チラチラとボディーガード集団を見続けた。すると、大きな赤い薔薇の花束を持ったあの男性が出てくるではないか。大輪の薔薇を持っても一切引けを取らないどころか、益々周囲にフェロモンを垂れ流しているようだ。
 花屋のレジ係の女性店員が、店先まで出てきて頭を下げている。そんな場面など、過去に一度も見たことがない。そして彼女の顔は、彼が持っている薔薇のように赤かった。
「わ……私、まだ掃き掃除が残っているので——」
 陽菜は色気を振りまく男性を近くで見たくなり、ドアに立てかけてあった箒(ほうき)を握る。こんなミーハーな気分になったのは生まれて初めてだ。自分でも驚くほどの機敏な動きで外に飛び出した。
 彼は物々しい警備に囲まれながら、既に高級車の後部座席に乗ろうとしていた。
(や、やだ! 待って〜! イケオジさん——)
 小走りになった陽菜は、なぜか身体がグルッと回転したことに気がついた。そしてドンッという音と共に、天を見上げる体勢になる。唖然とする間もなく背中がズキズキと痛み出し、肘もヒリヒリと痛い。どうやら店先の小さな段差に気がつかず、前のめりになって回転するように転けてしまったようだ。
「君、大丈夫? 見事な受け身だったけど……?」
 陽菜を包み込むように、フゼア系のミステリアスな匂いが漂う。逞しい手が、陽菜の手を引いて身体を起こしてくれた。そのまま抱きかかえられ、魅惑的な匂いにふんわりと包まれていく。



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