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クールなCEOは囚われの社畜令嬢を愛し尽くしたい

小出みき / 著
氷堂れん / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2023/10/27

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内容紹介

仰せのままに。俺の大事なお姫様
「俺が見合いしたかったのはあなただ」隠し子の一ノ瀬桜愛は、北本家の豪奢な邸宅の小部屋で爪に灯をともす生活をしていた。しかし、突然泉田悠介との見合いの席に呼び出される。引き締まった体躯の悠介は、泉田ホールディングスの敏腕CEOで、北本家との政略結婚かと思われたが、跡取り娘の異母妹ではなく、桜愛がいいと告白されて!?「身も心も、全部俺のものにしたい」熱い想いに、優しく組み敷かれ純潔を散らされる。しかし、悠介の過去の出来事を知ってしまい……!?有望株のイケメンCEOと孤独な乙女の、たっぷり甘やかされる溺愛ラブ!!

立ち読み

第一章


 いつもと変わらない土曜日だった。
 洗濯と掃除を終えた一(いち)ノ(の)瀬(せ)桜愛(さくら)は、自室の古ぼけた置き時計に目を遣(や)って眉根を寄せた。すでに十一時を過ぎている。
 洗濯機が空くのを待っていたら遅くなってしまった。北(きた)本(もと)家の人々の分が終わらないと使わせてもらえないのだ。
 仕方がない。桜愛は『家族』と見做(みな)されていないのだから。
 十四で母親を亡くして以来、中途半端な居候生活は今年で十一年目になる。いいかげん独立したいのだが、現在の貯蓄額では心(こころ)許(もと)ない。
 桜愛は高校を卒業すると父が社長を務める会社に就職し、庶務課に配属された。それからずっと同じ仕事をしている。
 仕事が変わらないので給与は入社時からほとんど据え置き。しかもその半分を『扶養費』として義母に渡さなければならないのだ。
 いくら住居費や食費がかからないと言っても、その他生活に必要なものをまかなうだけでほとんど手(て)許(もと)に残らない。
 高級住宅地の豪壮な邸宅の一角、物置同然の北向きの小部屋で、桜愛は爪に灯をともすような生活を送っていた。
 それでもコツコツ貯金をして、もう少しで目標額の百万円になる。そうしたらこの屋敷を出て一人暮らしをするつもりだ。住まいも探しているが、なかなか見つからない。
(古いのはかまわないんだけど、女の一人暮らしとなると防犯上どこでもいいとはいかないのよね。会社からあまり遠いと交通費がかさむし……)
 桜愛は溜め息をつき、ともかく出かける支度をしようと押し入れを開けた。上段に突っ張り棒を張って服がかけられている。
 どれも量販店で買ったものだが、吟味に吟味を重ねて購入したので気に入っている。今日は初夏の季節にマッチした、水色のふわっとしたシャツワンピースにしよう。
 前売り券を購入しておいた美術展を見て、どこかのカフェでランチをする予定だ。美術展では歩き回るから歩きやすいスニーカーがいい。
(ついでに気になるお店を見て回って書店を覗いて……そうそう、不動産屋の店頭広告もチェックしないと)
 桜愛は土日でも義母からあれこれ用事を言いつけられることが多い。たまたま今日は妹の美(み)咲(さき)がお見合いで、義母も付き添いで出かけたので、気ままに外出できる滅多にないチャンスだ。
 身なりを整えて部屋を出ようとした瞬間。何やら不穏な気配を感じると同時に、ノックもなしに勢いよくドアが開いた。
 上品な訪問着をまとった義母、北本玲(れ)奈(な)が息を荒らげて立っている。ぽかんと見返すと、彼女は眉を吊り上げて怒鳴った。
「桜愛!」
「は、はい!?」
 反射的にしゃちこばってしまう。
「すぐに来なさい! ぐずぐずしないで!」
 むんずと腕を掴まれ、桜愛は目を白黒させた。何かヘマでもやらかしたかと焦っていると、後ろから家政婦の木(き)田(だ)敦(あつ)子(こ)がやんわりと制した。
「奥様。そのままお連れするのはいかがなものでしょう」
 その言葉に、頭に血が上っていた玲奈も我に返ったらしい。
「そ、それもそうね……」
 敦子は桜愛が引き取られる前からこの家の家事全般を監督しているベテラン家政婦だ。玲奈は掴んでいた桜愛の手首をやにわに離すと傲(ごう)然(ぜん)と顎(あご)を反(そ)らした。
「確かに、こんな恰好(かっこう)ではいくら先(さき)様(さま)のご要望とはいえ失礼だわ。あなた、もっとましな服はないの?」
 玲奈は勝手に押し入れを開けると舌打ちし、突っ張り棒に吊るされた衣服を乱暴に掻(か)き分けながら毒づいた。
「何よ、安物ばっかり」
 さも軽蔑したように言われ、黙って唇の裏を噛む。
 給料の半分を取り上げておいてそれはないんじゃないかと思っても口には出せなかった。ほんの少し反抗的な態度を取っただけで、罰として給与を全額取り上げられたこともあるのだ。
 玲奈にとって桜愛は夫が他の女に産ませた子であり、ただの厄介者だ。
 そのくせ成人しても家から追い出そうとしないのは、何かと理由をつけては給料を差し引き、女中代わりにこき使うために違いない。
「仕方がないわ。美咲の服を──いいえ、だめね。この子はノッポだから。着物にしましょう。そのほうがきっと似合わない」
 意味不明の科白を吐いて、玲奈はふたたび桜愛の手首をむんずと掴んだ。
「あ、あの、わたし、これから出かけるところで……」
「お黙り」
 有無を言わさず引きずられながらささやかな抵抗を試みるも、ぴしゃりと言われて口を噤(つぐ)む。憎い継(まま)子(こ)の予定など義母が考慮してくれるはずもなかった。
 玲奈は桜愛を自分の部屋に連れて行き、桜愛の自室よりも広いくらいのウォークインクローゼットから畳紙に包まれた着物を出してきた。
 それは花鳥風月が優美にデザインされた華やかな柄の赤い京友禅の振り袖だった。美咲が四年前の成人式で着たものだ。
「これでいいわ。赤は絶対似合わなそうだし」
 またもや意味不明の言葉を呟き、玲奈は当惑している桜愛を急き立てた。
「ほら、早くそれを脱いで。こっちを着るのよ」
 家政婦の敦子が肌(はだ)襦(じゅ)袢(ばん)や長襦袢を出してきて、てきぱきとベッドの上に並べる。同情の混じった目顔で促され、仕方なく桜愛はシャツワンピースを脱いだ。
 敦子の手伝いで下着をつけている間に義母が帯を出してきて、ふたりがかりで振り袖を着付けられた。なにしろ着物を着るのは初めてで、とにかく言われるままにするしかない。
 それにしても、どうして自分が異母妹の振り袖を着させられているのか。確かに小柄な美咲はSか7号だから洋服は借りられないとしても……。
 着物なので丈は調節できたが、やはり裄(ゆき)が足りなかった。
 襟を調節しながら敦子が呟く。
「襟を抜いて、半襟も大きめに出しましょう」
「いいわよ、そんなの。借り物だとわかったほうがいいわ」
 義母の冷笑に、おとなしい桜愛もさすがにムッとした。
(どういう意味?)
 さっきからいったい何を言っているのか、さっぱりわからない。
 敦子は玲奈の言葉に従うふりをしつつ、さりげなく調節してくれた。
「着崩れしやすくなりますから、気をつけて」
 そっと耳元で囁(ささや)かれ、桜愛は感謝を込めて頷(うなず)いた。とにかくなるべく動かないようにしよう。
 帯は文(ぶん)庫(こ)結び、ストレートロングの髪はハーフアップにして、やはり美咲が成人式で使った造花の髪飾りをつける。玲奈はじろじろと桜愛の全身を眺め、不本意そうに鼻を鳴らした。
「……洋服のほうがよかったかしら」
 義母は桜愛には着物が似合わないと予想していたらしいが、期待どおりにはいかなかったようだ。
 憮然とする義母の後ろで敦子がニコニコしながらサムズアップした。それには気付かず、玲奈は邪険に促した。
「さぁ、早くなさい。タクシーを待たせてるんだから」
 ふだんは使わない表玄関へ追い立てられていくと、そこにはクリーム色のシフォンのワンピースに真珠のネックレスをつけた美咲が待ち構えていて、肩を怒らせ怒鳴った。
「なんであたしの振り袖着てるのよ!? そんなのダメ、絶対許さないんだからっ」
「時間がないの。我慢してちょうだい」
 娘に甘い玲奈だが、今は本当に焦っているらしく、玄関脇の天井まで届く巨大なシューズボックスを開けた。
「草履(ぞうり)は……これでいいかしら」
「あたしのよ!」
 またもや美咲がわめいたが、玲奈は相手にしなかった。靴のサイズは同じ23・5センチなので、草履はぴったりだ。
 早く早くと急き立てられ、桜愛は玄関前に待機していたタクシーに乗り込んだ。
 北本家は車を三台所有し、運転手も一人いるが、運転手は基本的に北本グループの会長を務める祖父の専属だ。会社が休みでもゴルフ場への送り迎えなどがあって使えないことが多い。
 父の伸(しん)司(じ)は渓流釣りが趣味で、こちらも休日は大抵一人で出かけている。
 今朝は玲奈と美咲がハイヤーで出かけるのを、たまたま廊下の窓から見た。お見合いだということは敦子から聞いて知っていた。
 しかし玲奈はともかく当人の美咲まで、出かけて一時間と経たないうちに戻ってくるとはいったいどういうことだろう。
 まさかすっぽかされたとか? それにしたって桜愛に振り袖を着せて引っ立てる意味がわからない。
「あの、伯母様」
「なに」
 走り出したタクシーの中でおそるおそる問いかけると、並んで後部座席に収まった玲奈は窓を向いたままぶっきらぼうに応じた。
「どこへ行くんですか……?」
「決まってるでしょ、ホテルに戻るのよ」
「どうしてわたしが──」
「仕方ないでしょう、あんたがいいって言うんだから!」
 腹立たしげに吐き捨てられ、桜愛はぽかんとした。
「わたしが、いい……? どういうことですか、それ。美咲さんのお見合いじゃ──」
「あんたは黙って言うとおりにしてればいいの」
 取りつく島もない態度に黙り込む。わけがわからないが、ともかく従わなければどんな制裁が下されるかわからない。
 父が庇(かば)ってくれることも期待できなかった。父は婿(むこ)養子で、会社はともかく家庭内では妻に遠慮がある。さらに、昔の恋人とのあいだにできた桜愛を引き取っているので、ますます頭が上がらない。
 だが、桜愛を避ける理由はそれだけではない気がする。最初に顔を合わせたときは、とまどいつつも気にかけてくれていると感じた。それが、しばらくするとひどくよそよそしくなった。
 遠慮がちに『お父さん』と呼びかけると怒ったように睨まれたので、以来ずっと『伯父様』と呼んでいる。
 それすらも滅多に口にすることはなく、会話らしきものを交わしたのがいつだったか思い出せないくらいだ。
 北本家にとって自分はなんなのだろう?
 家族の一員になることは、とうの昔に諦めた。玲奈と美咲にとって桜愛は最初から目障りな邪魔者で、父にとってさえ厄介者にすぎない。
(やっぱり早くあの家を出よう)
 そうすれば扶養費の名目で給料を削り取られることもない。豪邸住まいと言ったって桜愛にあてがわれているのは小さな窓がひとつだけの四畳半で、出入りも裏口からしなければならないのだ。
 なんの関心もないのに放っておいてはくれない。会社でも家でも雑用を押しつけられ、たまの休みに好きなことをしようと思っても勝手な都合で妨害される。
 なんだか泣きたくなってきた。
 豪華な振り袖を着させられても全然嬉しくない。桜愛の成人式は地味なスーツで、記念写真さえ撮っていない。
 翌年の美咲の成人式は、親戚一同を呼んで高級ホテルでパーティー。もちろん桜愛は呼ばれなかった。
 タクシーが停まり、制服姿のドアパーソンがにこやかに出迎える。桜愛は慣れない着物の裾さばきに苦労しながら降りた。
 玲奈は相変わらずなんの説明もなくホテル内に入っていく。広々としたロビーからは全面ガラス張りの向こうに風情のある和風庭園と、滔々と水の流れ落ちるモダンな造りの滝が見えた。
 せかせかと辺りを見回した玲奈は、ホッと息をつくと点在する重厚な革張りのソファのひとつに歩み寄った。
 そこには仕立てのよいスーツ姿の男性が長い脚を組んで英字新聞を読んでいた。ガラスのテーブルには空のコーヒーカップが載っている。
「泉(いずみ)田(だ)様。お待たせして申し訳ございません」
 玲奈が愛想笑いを浮かべると男性が顔を上げ、桜愛はドキッとした。
 端整でありながら精(せい)悍(かん)さの漂う、どことなく野性的な顔立ちだ。かといって粗野な感じはしない。年齢は三十代の前半……だろうか。
 彼は新聞をラフにたたむと皮肉っぽく唇をゆがめた。
「あと五分したら帰ろうと思っていましたよ」
「支度に手間取りまして……。この子がどうしても振り袖を着たいと言うものですから」
 わざとらしく笑う玲奈に桜愛は唖然とした。
(無理やり着せておいて、わたしのわがままだって言うの?)
 いくらなんでもあんまりだ。玲奈には桜愛を『着飾る』つもりなど毛頭なかったことが、これではっきりした。むしろ、いかにも借り物といった、ちぐはぐな山出し感が出ればいいと思ったのだ。
 玲奈の思惑とは裏腹に、赤を基調とした振り袖は桜愛にとてもよく似合っていた。おそらくは本来の持ち主である美咲よりも、ずっと。
 赤字に金の束ね熨斗(のし)、刺繍を施した牡(ぼ)丹(たん)や菊、藤、桜を散らした豪華な振り袖は、調ってはいるもののおとなしい顔立ちの桜愛に絶妙な華やかさを加えている。
 泉田という男性は、桜愛に視線を向けながら悠(ゆう)然(ぜん)と立ち上がった。予想以上に背が高い。一八〇は軽く超えているだろう。
 彼は桜愛をじっと見つめ、ゆったりと微笑んだ。
「お美しい」
 あながちお世辞とも思えぬ口ぶりに、急に恥ずかしくなる。足りない裄がにわかに気になって袖口をまさぐった。
 玲奈は複雑そうな表情で口端を引き攣(つ)らせている。泉田の好意的な反応が気に食わないのだろう。
「──それでは、わたくしはこれで」
 玲奈は会釈した顔を上げざま、すごい目つきで桜愛を睨んでそそくさと去っていった。
「場所を変えましょう。席を予約してあります」
 泉田が穏やかに言い、おずおずと桜愛は頷いた。
(やっぱりこれはお見合い……?)
 お見合い話は美咲に来たはずだ。どういうことか、さっぱりわからない。
 促され、ロビーの隣にあるティーラウンジに入る。
 すぐさまスタッフが出迎え、案内されたのは天井まで届くガラス窓が交差する角席で、庭園を見渡せる絶好のポジションだった。予約なしでは絶対座れそうにない。
 女性スタッフが注文を取りに来て、桜愛は迷った。紅茶にしようと思うのだが、どれも桜愛の基準からするとギョッとするほど高いのだ。
「遠慮せず、どうぞ」
 優しく言われて頬が熱くなる。
「……アールグレーを」
「かしこまりました。ミルクはおつけしますか」
「お願いします」
 泉田はキーマンを頼んだ。知らない銘柄だ。
 女性スタッフが去ると沈黙が落ちた。彼の視線を感じ、思わず目を伏せる。背に冷や汗を浮かべつつ白いテーブルクロスを見つめていると、泉田がやわらかな笑みを洩らした。
「着物、よく似合ってますよ。本当に」
「あ、ありがとうございます。その……こういう恰好をするつもりは……なかったんです……」
 ああ、と彼は苦笑した。
「詫びのつもりだったのかな? 思い込みで別人を連れて来られたからね」
「別人……? あの、美咲さんのことですか?」
 泉田は頷いた。
「俺が見合いを申し込んだのは、桜愛さん、あなたのほうだ」


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