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じゃない方の令嬢ですが嫁いだら大歓迎されたので、なにかの罠だと思う

マツガサキヒロ / 著
なおやみか / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2023/06/30

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内容紹介

君が思うよりずっと、愛している。
大失態を犯して魔法省を首になった上、多大な借金を抱えることになったロレッタ。そこに追い打ちをかけるように、忌み子公爵・ナイジェルから「貴家の娘を妻に迎えたい」と、望まぬ結婚の打診が実家に届く。大事なお姉様の幸せの邪魔はさせない! 求められていないことを知りながら、自ら公爵家に押しかけたロレッタだったが——待ち受けていたのは、美味しいご飯にふかふかなベッド、それに優しい旦那様!? 「逃げないで。君を妻にした証がほしい」まるで愛する人を妻に迎えたかのような態度のナイジェルに戸惑うばかり。…これは何かの罠ですか? 笑いあり涙あり、両片思いの夫婦が送るラブコメディ!

立ち読み

   序章 怒りの天啓

 仕事で大失敗した。
 それで仕事を辞めた。
 失敗した件の賠償金で、実家に大きな借金ができた。
 ……私の人生が終わったと白目むいてもしょうがない事件である。なのに、である。泣きっ面に蜂。弱り目に祟(たた)り目。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことと言わんばかりに、実家にお手紙が届いた。あまりに腹立たしいので意訳するが、要は『お前んちの借金肩代わりしてやるから、お前んとこの娘を嫁に寄越せ』ってやつ。
「しんっじらんない!」
 もはや怒り心頭である。首になってめそめそしていたあの頃の私はもういない。いまや怒れる一人の女戦士ロレッタと化して、お父様に食ってかかったのである。
「本気でお姉様をお嫁にやっちゃうつもりじゃないよね、お父様!? レオノーラお姉様がこれまでどんな思いで跡取り娘として過ごしてきたか、お父様ならよぉぉっく知ってるはずでしょ!? 好きな人のお嫁さんになりたいのに婿を取らなきゃいけないってすっごく悩んでたし、女伯爵として不足のないようにってすっごく勉強してたじゃないの! それがどうにか解決したってのに、今さら借金の形で嫁入り!? あり得ないわよ!」
 お姉様とは言ったが、従姉妹(いとこ)である。より正確に言うならば、父のお兄様の娘である。父のお兄様、つまりは私の伯父様こそが本来のケイヒル伯爵だったのだが、レオノーラお姉様を遺(のこ)してご夫婦共々病死された。それで父が代理の伯爵をやっていて、レオノーラお姉様が長じた暁には爵位を譲ろうとしていた。直系の正統なる跡取りとして、お姉様は女伯爵となるための勉学に、それはそれは励んでいたのだ。だが。なんとこのレオノーラお姉様。意外と恋に燃える情熱的な面もあったらしい。侯爵家の嫡男に恋をして、私の弟ロドニーに次期伯爵教育を施しつつ、二人の愛を深めていたのだ。その努力が実り、来年には結婚を控えていた、このケイヒル伯爵家の誇る薔薇(ばら)姫を……私の大好きな憧れのお姉様を、借金の形にする、だなんて……!
「いや、そのな、ちょっと誤解がある気がするんじゃよ」
 もぞもぞと言い訳をするお父様が情けない。
「そもそもアルドリッジ公爵なんて忌み子公爵で有名な方じゃないの! そりゃまぁ、聞いていたよりもずっと穏やかで紳士的な方だったけど、でもお姉様は長年の恋を叶えてようやく幸せになれるのよ! そんな時に、よりにもよって、借金の代わりに寄越せだなんて! 見損なったわ!」
 私の職場——元職場は、王宮である。そのせいでアルドリッジ公爵と話す機会も何度かあったのだが、その時の印象は悪くない。というか、実のところ素敵だなと思いもしたのだが、今となってはそんな感想など穴に掘って埋めてしまいたい。なんだその黒歴史。記憶にございませんわよ。そんな本性を隠してたなんて、裏切られた気持ちでいっぱいだ。
「まさかこんな根暗なこと考えてるだなんて思いもしなかったわ……なにかと話しかけてくださって、魔(ま)法(ほう)玉(ぎょく)のことだって興味ありげにたくさん質問なさるから、魔法騎士なのになんて気さくな方なのかしらって思ってたのに……これだから男なんて期待しちゃ駄目なのよ! 日頃世話してるからって少しは味方になってくれるかもって期待してた同僚だって、全っ然かばってくれなかったし……!」
 失敗した仕事を上司や同僚から責められた時のことを思い出し、目がどんよりと曇るのが分かる。
「あのな、ロレッタ……じゃからな、娘ってレオノーラじゃなくて……」
「そりゃあレオノーラお姉様はものすっごい美女ですけどね!? でも残念でしたぁ! もう売約済みですぅ!」
 薔薇姫と呼ばれるだけあって、私とは違う綺麗な金髪。しかもきらきらしてるのに、しっとり潤って見える奇跡の毛髪なのだ。目も美しい青色で、綺麗に澄んだ湖みたいな色。それに顔立ちが端正なのは言うまでもないんだけど、体型も素晴らしいのである。私は亡くなったお母様に似た低めの身長だが、お姉様はケイヒル伯爵家の直系にふさわしい、すらっとした長身の美女なのである。しかも。しかもである。出るとこは出てるのである……なんて羨ましい。ないわけではないが、零れるほどあるわけでもない私には、もはや別世界の住人を見つめる心地であるのだ。
 それだけの美貌の持ち主なら当然あると思われる陰湿な部分も、お姉様にはない。お姉様の性格を一言で表すとしたら……長女。まさにこれ。責任感があって芯が強くて、しかも謙虚。あと優しい。好き。大好き。外見だけでなく内面まで完璧なお姉様。薔薇姫という社交界でのあだ名に全く負けてない。
 実のところ、私はいつかこういう日がくるんじゃないかと不安も感じていたのだ。お姉様が幸せな結婚をする前に、どっかの悪徳貴族に横からかっさらわれるという事件をだ。誘拐とか拉致(らち)とか監禁とか。お姉様の美貌にとち狂った裕福な根暗男がそんな事件を起こすんじゃないかと不安だったのだが、その不安が的中したのだ。まぁお相手はアルドリッジ公爵だけど。私が想像していた根暗なもやし男じゃなかったけど。根暗は根暗でも脳筋男だったわけだ。
 そういえばなにか事件が起きた時、まさかあんな素敵な人が、なんて周囲が思うような人が犯人だったって聞いたことがあるけれど、アルドリッジ公爵はまさにそういうタイプだったというわけ。周囲の期待を裏切る内面の持ち主だったというわけだ。
 アルドリッジ公爵は不名誉な『忌み子公爵』という二つ名をお持ちだが、その二つ名がなんともいえず、ある種のロマンさえかき立てるような、そんな顔面威力をお持ちの方でもある。そんな公爵が、しかも魔法騎士団の団長でもある公爵閣下の嫁取りが、借金の形に妻を買うというお粗末さ。王宮にそこそこいる、公爵のファンに謝ってほしい。根暗で陰湿でごめんなさいって。脳筋のくせに根暗でごめんなさいって!
「いやあの、じゃからお前のことじゃ——」
「全人類に謝ってほしいわほんとに! 見かけ倒しってこのことよ全く!」
 根暗で陰湿で、皆さんがイメージしていたような素敵な男性じゃなくってごめんなさい。皆さんのイメージは僕とは全くの別人なんですごめんなさいって謝って——別人。うん? なんか今、天啓が降ってきた。魔法玉になんの魔法陣刻もうかなぁって考えてる時に降ってくるのと同じようなひらめきだ。魔法玉につられて職場の記憶まで思い出しかけて、ぐっとこらえる。今は天啓に従う時であって、辛い辞職の瞬間を思い出す時ではないのだ!
「……そうよ! 娘としか書いてないんだから、ここは裏をかいて私が乗り込めばいいんじゃない!? 娘って書いてあったからワタクシのことかと思いましたのオホホホ! って乗り込めば、借金も帳消しになるし、職も失って実家に埋もれるしかない私の使い道もできるし……ほかになにか別の稼ぎ方ってある? ……魔道具のためにひたすら魔力搾り取られる罪人みたいな稼ぎ方以外になにかある……?」
「ロレッタ」
 それまでもごもごと呟(つぶや)くだけだったお父様が、いきなりきりっとした声を出してきた。広くなったおでこがすがすがしく眩(まぶ)しい。
「お前がどんな問題を抱えていようが、わしはお前をこの家から追い出すつもりはないし、罪人と同じ作業をさせようとも思わん。それは前も言った通りじゃし、その話を蒸し返すのはやめるんじゃ」
「……お父様……」
 私にも息子が生まれたらハゲるのかなとか、でも中身はお父様みたいに、ハゲててもかっこよくなれるように育てられるだろうかとか、どうでもいいことが頭に浮かんでは消えた。
 そう、人間顔じゃない。髪でもない。
 アルドリッジ公爵の頭を思い浮かべる。滲(にじ)むような黒髪に、黒い瞳。毛髪面積はお父様より遙かに広い。だが人間髪じゃない。いくら髪があったって、お姉様の幸せな結婚を横から邪魔するような、根暗で陰湿で寝取り好きっていう厄介な属性の持ち主だ。そんな属性滅びればいいのに。アルドリッジ公爵の顔がいいだけに残念すぎる。顔というか、体も騎士というだけあって、それはもう王宮の手練れなお姉様方垂涎(すいぜん)の素晴らしい筋肉質な体型でもあるのに。それなのに残念な属性。お姉様方可哀相。男は外見だけじゃないんだぞって警告したい。
「お父様。大好き」
 少女だった時以来告げたことのない言葉を言うと、お父様の顔が赤らんだ。視線がうろうろと泳いでいて、なんともいえず残念な雰囲気を醸(かも)し出しているが、それでもお父様はそれでいいのだ。お荷物の私をかばおうと頑張ってくれているお父様。でも正直、あの借金はこの伯爵家にはかなりの重荷なのだ。だって王宮の調度品を色々……たくさん、とまではいかないが、まぁそこそこな量を壊してしまった賠償金なわけで。……中には国宝とかあったかもしれない。だって舞踏会の会場だったもんね……そんな場所で爆発起こしちゃ駄目だよね……本当に、ほんっとうに、死者も怪我人も出なくてよかった。王女殿下の成人祭を駄目にしちゃったのは申し訳ないし情けないし死んでお詫びしたいほどなんだけど、それでも儀式を血で汚すことがなかったのだけは、本当によかった。
「……お父様、やっぱり私がお嫁にいくわ」
 殿下は許してくださった。こんな私をかばってもくださった。でもやっぱり、賠償金だけで許されるようなものでもないと思う。
 ここはやはり、針のむしろのような結婚生活を送ってこそ、殿下や王族の皆様方へのお詫びを示すこともできるのではなかろうか。借金肩代わりしてくれるって言ってるし。お姉様の代わりに行って、お前じゃないんだよっていう視線に耐え続けるのが一つの贖罪(しょくざい)になるのでは。
 本当は、それこそ罪人のやる魔法玉への魔力充填(じゅうてん)の仕事を申し出ようと思ってたし、その書類も作ってたんだけど、でもそれだと借金がね……返せないのよ。そこそこのお給料は出るんだけど、無給の罪人が商売敵なわけで。ン十年計画を立てても、それまで生きてられるかどうかって問題が出てくるわけで。
 お父様やロドニーに未返済分の借金負担っていう迷惑をかけることを思ったら、ちょっとためらわれるものがあったんだけど、今回の公爵の申し出はチャンスだと思う。自分を罰せられるし、借金もなくなるし、さらにはもうすぐ長年の恋を叶えられるという美女を横からかすめ去ろうとする不届きな粘着男に天誅(てんちゅう)もくだせるわけだ。うん、四方八方丸く収まる、実に見事な結論では。
「あのな、やっぱり勘違いしてるんじゃないかと思うんじゃが……」
 またお父様の口調が、奥歯に物が挟まったようなものに変わってしまってる。
「大丈夫よ、交代を命じられたって、結婚誓約書にサインするまではなんとしても粘ってやるんだから!」
 お姉様の身はなんとしてでも守り抜いてやる。婚約先のノックス侯爵家にお嫁入りさえしてしまえば、あそこの領地は遠いからきっと守ってもらえるはずだ。
「いざとなったら寝室に侵入して、既成事実を作ってやるわ!」
 課は違うけど、王宮で働いてる女友達から色々そういう小技は聞き及んでいる。確か? 寝ている男の側(そば)に横たわって服を脱ぐとか? なんかそういうので夫婦関係に至ったという既成事実ができあがるらしい。なんてお手軽。
「ロレッタ、あのな……」
 もごもご言いさしていたお父様が、ついに晴れやかな笑顔を浮かべた。まるでこの世の真理でも発見したかのような笑顔である。
「……ま、行けば分かるじゃろ。行っておいで。そう悪いことにはならんじゃろうし」
 まだ中年なのに、老人言葉を使えば威厳が増すかもと言って、今ではその口調がすっかり板についてしまったお父様。私もそういうのにすっかり染まってるので、特に違和感は覚えてなかったのだが……この晴れやかな笑顔と老人口調がなんだかおかしくて笑ってしまった。
「うん、頑張るわ、お父様」
 追い出されそうになっても柱とかにしがみつこう。いざとなったら柱と自分の体をくくるロープを用意しておかなきゃ、と思いつつ、こうなるに至ったきっかけの出来事に思いをはせる私だった。


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