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君を取り戻すまで何度でも 最愛の妻を死の運命から救いたい

ナツ / 著
小島きいち / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2023/04/28

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内容紹介

約束しただろう? 私の人生は、君のものだ
「最後の異能はルーファスに現れる」――そんな先読みの力を持つ先々代の女王の予言によって、公爵家の嫡男であるルーファスと政略結婚した女王ミランダ。王城で不穏な火種がくすぶる中、孤独に耐え女王として時には非情な道を突き進む彼女に「強くあろうとするあなたこそ、誰よりも眩しく綺麗だ」そう言うルーファスの清廉で美しい魂にミランダは惹かれていく。二人は深い愛を育んでいくが、ある日彼女の前に現れたのは、反逆者によってミランダが殺された世界線からやってきた、ルーファスそっくりの男だった。

立ち読み

 序章

 王城内に広がる紅蓮の炎に、ルーファスは息を呑んだ。
 四方から降りかかる火の粉を払いながら、玉座の間を目指してひた走る。
 女王付きの騎士たちのうち幾名かは、途中の廊下で事切れていた。
 壁に飛び散った血しぶきが、彼らの懸命な抵抗を物語っている。
(――頼む、どうか間に合ってくれ!!)
 息を吸う度、肺が焦げるように痛んだが、構ってはいられない。
 ようやく辿り着いた玉座の間の扉は、大きく開け放たれていた。
 足を踏み入れるなり、血の匂いが鼻をつく。
 壇上の中央にポツンと据えられた豪奢な肘掛椅子は、空だった。
 玉座へと続く緋色の絨毯には、物言わぬ屍となった護衛騎士たちが転がっている。
 そして玉座の足元には、女王にしか許されていない禁色である紫のマントに包まれた女性が、力なく横たわっていた。
「ミランダ……ッ!」
 閨の中でも呼んだことのない最愛の人の名が、口から転がり出る。
 結婚してからは『陛下』と呼ぶよう気をつけていた。
 彼女は、特別だから。
 千年の歴史を誇る偉大なリナリア女王国の第三十八代女王である彼女は、ルーファスの妻である以前に一国の君主なのだから。
 夫が自身を常に陛下と呼ぶことについて、ミランダが特別な反応を見せたことはない。
 不本意ながらも仕方ないと割り切っていたのか、本当に何とも思っていなかったのか、確かめたこともない。
 踏み込むのが、怖かった。
 ミランダがルーファスを傍に置くのは、それが義務だからだと、改めて思い知らされるのが怖かった。
 ――愛していたのに。
 誰より何より大切で、かけがえのない唯一の人だったのに。
 全力で走っても、汗は滲んでこない。どれほど悲しくても、涙の一滴すら零れない。
 燃え盛る炎のせいで全身が乾ききっている。
 だが心は軋んだ悲鳴を上げ、狂気に落ちる寸前でふらふらとよろめいていた。
 もつれる足を必死で動かし、壇上へと駆け上る。
 触れる前から、もう手遅れであることは明らかだった。
 信じられない気持ちで、ぐったりとした身体を抱き起こし、乱れた髪を撫でつける。
 ミランダは微かに目を開き、ルーファスを見上げた。
 朦朧としたブルーグレーの瞳に、狂おしいほどの激情が湧き起こる。
 失うわけにはいかない。絶対に。
 他には何も考えられない。壊れかけた頭が、ただそれだけを思う。
「ど、……して……?」
 血で汚れた唇が、小さく動く。
 ミランダはルーファスが駆けつけてくるとは、思っていなかったのだ。
 視界がぐらりと揺れる。
 溢れる涙で、あっという間に彼女の輪郭がぼやけていった。
「助けに来たのです。襲撃があったと聞いて、それで――」
 もはや言い訳にしか聞こえない返答を、ミランダが首をゆるく振って遮る。
「……いいから、にげ、て」
「ええ、分かっています。一緒に行きましょう。もう大丈夫です」
 反射的にまくしたて、彼女を抱く腕に力を込める。
 途端、ボタボタ、と鈍い音を立て、ミランダの内側から命の欠片が零れ落ちた。
 拾い集めなければ、と焦るルーファスに、彼女は瞳を和らげた。
「こんな、……ことに……るのなら」
 声とはもう呼べないそれに、息を呑む。
 慌てて背中を丸め、彼女の唇に耳を当てた。
「……えば、よかっ、た……」
 一体何を? ごくりと喉が鳴る。
「……な…たを、あい、してる……」
 ルーファス。
 自分の名を呼んだきり、赤い唇は動かなくなった。
 死に顔はあどけなく、まるでただ眠っているかのようだ。
 震える手を伸ばし、唇の端から零れた血を拭う。
 肌の感触はいつもと同じで、ふっくらと柔らかかった。
 だが、いつもの温もりは消えていた。
 拒絶を孕んだ冷たさに、ここにもう彼女はいないのだと否応なく思い知らされる。
「う……、ああ……あああああああッ!!」
 狂気じみた声が喉奥から溢れ出す。
 声を限りに叫ばなければ、全身がバラバラになってしまいそうだ。
 火の粉に炙られた首が、背中が熱い。
 このままでは、ルーファスの命もここで潰えてしまう。
 自分が今なすべきは、この場から脱出し、反逆者を追うこと。
 女王亡き今、それができるのは自分だけ。
 分かっている。頭では分かっているのに、どうしても動けない。
 ミランダの死を受け入れ、前に進むことが、どうしても――。

 先読みの力を持つ巫女が興した、奇跡の国。
 それが、リナリア女王国だ。
 代々の女王は、初代女王から引き継いだ異能を最大限に利用し、リナリアの国土を拡大していった。
 未来を見通すことのできる、ある意味人知を超えた存在が国政を握っているのだから、戦に負けることはなく、天災の被害をまともに受けることもない。
 まさに『奇跡』としか言いようのない力で、女王はこの国を守り育ててきた。
 その力を失ったと宣言したのは、先々代女王グレイスだ。
『王家の力は消え去りました。最後の奇跡は、傍流のラウントリー家に一度だけ出るでしょう。それで全て終わりです』
 グレイスは異能消失宣言以降、対外姿勢の方針を大きく転換した。
 先読みの能力がない以上、戦争での常勝はない。
 国土拡大ではなく現状維持、もしくは属国との平和的な共存を目指すと決めたのだ。
 国民の大多数は戸惑いながらも、消えたものは仕方ないとグレイスの意向を支持したが、軍の一部は女王の決定に不満を抱いた。
 今更何を日和ることがあるのか。
 ここまで国土を広げられたのは、国防軍の兵士たちが文字通り命を懸けて戦ってきたからであって、女王の異能だけに依存したものではない。
 彼らの不満は、グレイスの代で一度爆発したあとは、消えたかのように見えた。
 だが、そうではなかった。
 グレイスの娘である第三十七代女王ジョスリンの時代に起きた王配暗殺事件も、もしかしたら同じ遺恨を根に持つものだったのかもしれない。
 当時は、外国人である王配に対する反発が原因だと思われたようだが、別の真相がひそんでいた可能性はある。
 不穏な火種はミランダの代まで密かに引き継がれ『女王弑(しい)逆(ぎゃく)』という最悪の形で燃え上がった。
 未来を読めないミランダに、彼らの暴走を止める術はなかった。
 反逆者たちはとてつもなく狡猾で、用意周到で、今日の今日まで反乱の兆しを見せることはなかったのだから。
 止められる者がいたとするのならそれは、先代女王ジョスリンが死の間際、娘の王配に指名したルーファスだけだった。

『――母の未来視によれば、最後の異能はあなたに出るそうよ。どうかミランダと結婚して、あの子の力になってあげて』
 病床に就いたジョスリン女王に呼び出され、そう告げられたのは、今から三年前のことだ。
 ルーファスは唖然として立ち尽くした。
 確かに自分は、先々代女王が予見したラウントリー公爵家の嫡男である。
 だが、先読みの力はもちろん、何の異能も持ってはいない。
 それにミランダの夫候補にはすでに、他の男の名が挙がっている。
 ブラッド・スターリッジ――国防軍の現元帥・エイベルを父に持ち、自身も武芸に秀でている彼は、ルーファスの旧友でもあった。
 国防軍のトップに立つ女王の夫は、女王とこの国を守護する英雄でなくてはならない。
 文官のルーファスと、優秀な軍人であるブラッド。王配にどちらがふさわしいかは一目瞭然だ。
 そこまで考えたところで、胸がチクリと痛んだ。
(僕がもっと強ければ……)
 いくら鍛えても一向に厚みを増さない身体を改めて見下ろせば、心の奥に押し込めていた劣等感と旧友への羨望が、ドス黒い感情を伴って滲み出てきそうになる。
 ルーファスは懸命にそれらを振り切り、口を開いた。
『僕に未来視の力はありません。何かの間違いではないでしょうか』
『あなたに備わっているのは、歴代の女王が持っていた力ではないかもしれない。私が直接未来を見たわけではないから、詳細は分からないの』
 ジョスリンはか細くも芯のある声で答え、まっすぐこちらを見上げた。
『それでも、母が読み間違えたとは思えない。あなたが生まれたことを知った時、母はよかった、と零したのよ。これで最悪の未来は回避されると言って、安堵したように笑っていたわ』
『そんな……』
 すぐには信じられない話だが、異能を備えていた最後の女王の発言なのだ。
 ジョスリンが言うように、間違いだとは思えない。
 自覚できていないだけで、ルーファスの中には何かしらの力が眠っているのかもしれない。
 しかしそれならそれで、もっと早くに公表すべきだったのではないか。
 少なくとも、女王交代が間近に迫った今になって、私的な場で明かす事実ではない。
『では、グレイス様が僕をミランダ様の夫に、と指名されたのですか?』
『いいえ。母はそこまでは言わなかった。決めたのは、私よ』
 ジョスリンは一旦目を閉じ、ふーっと深く息を吐いた。
 掛け布越しにも分かるやせ細った身体が、更に薄くなる。
『王配候補としてブラッド・スターリッジが有力視されていることは、私も知っているわ。一度は了承しようと思った。本人に危ういところがあったとしても、エイベルが生きているうちは滅多なことにはならないだろう、と。でも、どうしても不安が拭えない。間違った道に進んでしまう気がしてならないの』
 ジョスリンが抱く不安については、ルーファスにも心当たりがあった。
 ブラッドには、自身を過大評価して調子に乗るところがあるのだ。
 だがそれは、優秀な若者であれば誰もが少なからず有している欠点ではないだろうか。
 歳を重ねるうちに落ち着きを得て、思慮深くなる可能性は高い。
 ここでブラッドを擁護しないという選択肢はなかった。
 たとえ心の底では別のことを思っていようと、友情を裏切る真似はできない。
『ブラッドは強いだけでなく、賢い男です。道を違えるとは思えません』
 ルーファスが反論すると、ジョスリンは小さく首を振った。
『賢いかどうかは置いておいて、強い男であることは確かよね。彼では駄目だという確固とした根拠はないわ。不幸な未来を見たわけでもない。ただの悪い予感で、これほど重大なことを決めていいのか、私も悩んで、結局ここまで引き延ばしてしまった』
『陛下……』
『ようやく決心がついたのは、今朝のことよ。やはりこんな不安を抱えたまま、娘を置いてはいけないと分かったの。血筋でいえば、ラウントリー家の方が格上だわ。あなたを王配に指名しても反対意見は出ない。それに――』
 ジョスリンは落ち窪んだ瞳を微かに煌めかせ、口角を上げた。
『ブラッドはあの子を次期女王という肩書きでしか見ていないけれど、あなたはミランダが好きでしょう?』
『そ、それは……』
 図星を言い当てられ、頬が熱くなる。
 ミランダと二人きりで話したことは、数えるほどしかない。
 しかしながら、十六歳の時に初めて彼女と会った時からずっと、ルーファスにとってミランダは、眩い太陽のような存在だった。
 女王の異能が消えてなお、屈指の大国であり続けているリナリアの次期女王。
 ミランダは己の肩書がもたらす重圧を理解した上で、しっかりとその身に背負っている。
 常に凛と背筋を伸ばし、正しくあろうと努力している。
 そんな彼女の矜持に、この国を守っていくのだという揺るぎない信念に、ルーファスは畏敬を抱いてきた。
 そこには憧れや好意も確かに混じっていて、初恋と呼んでもいいくらいだ。
 美しいブルーグレーの瞳が脳裏を過る。
 本当に自分でいいのか逡巡したのは、僅かな間だった。
『分かりました。私でよければ、全力を尽くします』
 ブラッドを失望させることになっても、憎まれることになっても構わない。
 ミランダの隣に立てる千載一遇の機会を逃したくない。
 先々代女王が予見したような異能があるという確信はないまま、女王の頼みに頷いたのは、私欲に負けたからだ。
 こうしてルーファスは新女王の夫となり、国防軍の頂点に立った。


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