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異世界トリップして、元帥閣下から求愛されました 〜最愛の姫への寵愛〜

佐木ささめ / 著
すがはらりゅう / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2022/09/30

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内容紹介

最愛の人、二度と離さないと誓う
「おまえはこの国を救う光だ」侯爵令嬢マリアローズという異世界前世の記憶をもつ久我山凜は、突然その王国に引き戻されるように異世界トリップしてしまう。そこはマリアローズの死後10年後の世界で、凜は27歳で今も独り身の元婚約者ヴォルフレイン元帥閣下に再会し、驚愕の表情で凝視される。「その美しい瞳を見せてくれ」魅力的な蕩ける声で甘やかされ、熱い腕に抱かれ貫かれる——。彼は身代わりで人を愛する人ではないと信じていても、身分違いのせいで愛妾になるしかない!? でもこれって正妃の宣言では!? 最奥を更に愛され翻弄される。クールな国王軍元帥閣下と、祝福の乙女の異世界トリップラブ!!

立ち読み

プロローグ


 そのときの久(く)我(が)山(やま)凜(りん)はしこたま酔っていた。飲みすぎて吐いた方がいいぐらい、やけ酒をあおっていたのだ。しかも終電を逃したためタクシーからスルーされ、人通りが少なくなった夜道を千鳥足で帰る途中だった。
 ——うう、泣けてくる。
 今日は人生最悪の日で間違いない。何しろ職と恋を同時に失ってしまったのだから。
 大学卒業後、私立学校の専任教諭に採用されたが、四年目となった今年、職場が有名進学校と合併して非常勤講師に格下げとなった。
 非常勤になると年収がガタ落ちになるうえ、理想とする教育は難しい。子どもたちと関わるのは担当授業のみとなり、細かいケアもできない。
 非常勤として働くか自主退職かを迫られたとき、迷いながらも後者を選んだ。自分はただ授業をしたいのではなく、子どもたちの成長の礎(いしずえ)となる教育全般に関わりたかったから。
 そして退職日となる今日、愚痴ろうと彼氏を飲みに誘ったところ、四年も付き合ったその男に振られた。
『——おまえはしっかりしすぎて、俺がいてもいなくても大丈夫じゃんって寂しくなったんだ。付き合うならもっと俺のことを頼ってくれる子がいい』
 居酒屋で乾杯した直後に告げられ、凜は手に持っていたビールジョッキを落としてしまった。幸い、中身は一気に飲み干したので空だったが。
 目の前に座る男は空のジョッキを見て、『女が一気飲みするなよ。そういうガサツなところも嫌だった』と、言い捨てて逃げるように席を立った。
 放心する凜のもとに注文した料理が運ばれ、テーブル一杯に並べられる。凜は湯気が立ち上る美味しそうな料理を眺めていたら、猛然と腹が立ってきた。
 ——なんで注文してから別れ話をするのよ! こういうときは飲む前にカフェとかで話して! それならコーヒーしか頼まなかったのに!
 と、やや斜めにずれた悪態をついて箸を取る。残すなんてもったいない以前にありえない。特殊な事情の中で育ったため、食べ物を残すなど天罰が下ると本気で考えている。
 それでもしばらくすれば、恋人に振られたショックがじわじわと胸に広がってきた。涙を零(こぼ)しながら食べて、それ以上に飲んだ。……個室でよかった。
 そしてはち切れそうなほど膨らんだお腹をさすりながら帰路についたのである。
 とぼとぼと家までの道を歩く凜は、酔いと疲れと心労で脚を止めたときに夜空を見上げた。
 ——つらい。もうどこかへ逃げ出したい……
 はあぁーっと肺の中の空気を空にする大きな溜め息を吐いたとき、どこからかクスクスと笑う声が聞こえてきた。まるでこちらを憐(あわ)れむような、嘲(あざけ)るみたいな不愉快な声で。
 いつもなら無視するのだが、酔っているうえに心が荒(すさ)んでいるのもあって、カッと頭に血がのぼった。
 勢いよく振り向くと——
「……は?」
 眩(まぶ)しいほど明るい一面の草原が広がっていた。
 暗い夜道に慣れた目が、あまりの眩しさに瞼(まぶた)をギュッと閉じる。しばらくして開けば、やはり青々とした草が生える大自然が地平線まで続いていた。
 自分は夜道を歩いていたはずだと、慌てて背後を振り返る。やはり日差しが降り注ぐ草原がどこまでも続いていた。
「ここ……どこ……?」
 ぐるりと周囲を見回せば、遠くに街らしきものが見える。それを意識した途端、理由の分からない懐かしさを覚えて胸がドキドキした。
 郷(きょう)愁(しゅう)がこみ上げるこの風景は、まさか。
「……カーディナイル王国……?」
 前世の自分が生きた異世界ではないかと気づいた。
?





「先生ー! リーン先生!」
 修道女(シスター)たちと礼拝堂の掃除をしていた凜は、手を止めて入り口へ視線を向ける。大扉から何人かの子どもが顔をのぞかせており、全員、凛の教え子たちだった。……街にいる子どものほとんどが自分の生徒になるが。
「どうしたの?」
「大公が呼んでる!」
「こら、言い直し。『大公殿下がお呼びになっています』でしょ」
「はいっ。大公殿下がリーン先生をお呼びになっています!」
「よろしい。ではこれをどうぞ」
 飴玉を差し出すと、その子は歓声を上げて跳びはねた。他の子どもたちがぶうぶうと文句を言い出したので、凜は残りの子どもたちに簡単な単語を覚えさせてから同じ飴を与える。
 シスターたちに中座することを詫びて、簡素なグレーの修道服から、若草色の裾の長いワンピースに着替えた。さらに足首まである黒いローブを羽織って教会を出る。
 門の外に停められている、大公家の紋章が入った立派な馬車に乗り込んだ。
 大公が住まう公城(こうじょう)まで、公(こう)都(と)の端(はし)にあるここからだと時間がかかる。凜はぼんやりと窓の外から街の景色を眺めることにした。
 季節は春。この世界に転移したときは初夏だったので、この世界に飛ばされてから、もうすぐ一年になろうとしていた。
「あっという間だったなぁ……」
 着の身着のまま、手に持っていたバッグも消えて、いきなり前世の自分が生きていた世界にトリップしていた。
 ……そう、前世。凛には前世の記憶があったりする。
 幼いときに大きな怪我をして入院した際、こちらの世界で生きていた自分を思い出した。最初はリアルな夢を見たといった認識だったが、成長するにつれて、これは別の世界にいたかつての自分ではないかと疑うようになった。
 とはいえ前世を思い出したところで、生活が劇的に変わったわけではない。自分と同じように前世持ちの人間と会ったこともないので、ちょっと変わった個性だととらえていた。
 ようするにどうでもいいのだ。前世の記憶があっても役に立つことなど、何もなかったのだから。
「……まさかその前世の世界にトリップしちゃうなんて、思いもしなかったけど……」
 思わず独り言を呟(つぶや)いてしまうほど転移のショックは大きく、今でも忘れられない。
 
この世界へ飛ばされたとき、前世の故国とはいえ地図も持っていない凜は現在位置が分からず、遠くに見えた街の方へ川を渡って歩いていった。
 後から知ったのだがこの川はカーディナイル王国の国境で、知らないうちに隣国のベルランド公国へ入ってしまい、国境警備兵に不審者として捕まってしまった。
 最初は彼らが何を言ってるのか分からなかったが、『***、身分証**?』と聞かれて一つの単語を理解できた瞬間、前世の記憶が濁流のようによみがえってきた。
 ——あっ、言葉が分かる!
 こちらの言語は元の世界の言語とかなり違っていたが、前世の記憶がある自分は意思の疎通ができた。さっそく異世界から来たことを答えたのだが……
 このとき、凜は上流階級の言語となるヴェール語を使ったため、貴族かと勘違いされて公城へ送られてしまった。……まあ、間違いではない。なにせ前世の自分は貴族のお姫様だったから。
 名前はマリアローズ・ハルブレア。ハルブレア侯(こう)爵(しゃく)家の一人娘だ。カーディナイル王国において古い歴史を持つ名門の家に生まれ、貴族の令嬢が受ける教育はみっちりと叩き込まれている。それでヴェール語も話せるというわけだ。
 この異世界では、大陸の共通言語であるヴェール語のほか、各国で使われる民族言語がある。
 ベルランド公国だと国民の大多数はベルランド語を使い、カーディナイル王国だとカーディナイル語を話す。しかしヴェール語はやや発音が難しいうえ平民が習う機会もないので、ヴェール語を操ることができるのは王族と貴族、一部の富裕層のみである。
 それで公城へ送られ、お偉いさんから丁寧な尋(じん)問(もん)を受けることになった。
 とはいえ、「一度死んだ人間が違う世界で生まれ変わり、再びこの世界へ戻ってきたんです」なーんて荒(こう)唐(とう)無(む)稽(けい)な話を信じてはもらえなかった。今思えば当たり前のことだが、当時は焦って頭が働かなかったのだ。
 話を聞くお偉いさんは、かわいそうな子を見る目つきで眺めてきたものだ……
 しかも今の自分には身分を証明するものがない。
 ——どうしよう……密入国者とみなされたら、えぇっと……罰金か労役だったわね。それならまだマシだけど、他国の工作員だと思われたら牢(ろう)に放り込まれて出られなくなる。
 それどころか下手をすれば処刑だ。
 焦りまくる凜はない知恵を絞り、「実は記憶を失くして、気づいたら国境を越えていました」という記憶喪失設定にしておいた。尋問するお偉いさんは、もっとかわいそうな子を見る表情になるから心が痛かった……
 できれば罰金か労役でお願いします。と、心の中で祈っていたら、とりあえず保留ということで、牢ではなく小さな客間で軟禁となった。
 おそらく凜がヴェール語とベルランド語とカーディナイル語を完璧に話せるため、不審者なのか貴族令嬢なのか判断できなかったのだろう。
 ——前世の私、貴族でよかった! 一言語しか話せなかったら牢屋行きだったかも!
 その後は十日間ほど尋問が続けられたが、ひょんなことからこの国の君主(トップ)に気に入られ、拾われることになり現在のシスターの職に就いて今に至っている。
 
……とのことをぼんやりと思い返していた凜は、馬車が速度を落としたことで我に返った。いつの間にか公城にたどりついていたようだ。
 兵士にうながされて、壮大な城の最奥にある大公の執務室へ向かう。凜はここへ来るたびに、質実剛健との言葉を脳裏に思い浮かべた。
 ベルランド公国はカーディナイル王国の北に位置する、厳しい冬が長く続く小国だ。作物の収穫量は民を飢えから守るのに足りず、カーディナイル王国からの輸入で成り立っている。おまけに西と東の隣国からちょっかいをかけられることが多く、軍事費が財政を圧迫していた。
 そのため大公家も貴族たちも華美な生活を送るより、国を守り、領民の暮らしをいかに向上させるかが最大の課題だ。それで君主の城も、飾り気がなく武骨で強固といった国民性が反映されている。
 ——カーディナイル王国の王宮とは本当に違う。
 前世の自分が知る王族の住まいは、優美かつ絢(けん)爛(らん)豪華といった趣(おもむき)だった。
 カーディナイル王国はベルランド公国と違って、農業に適した肥(ひ)沃(よく)な土地が広く分布し、南に行くほど気候も穏やかで国は豊かだ。
 カーディナイル王国との差異に、この国が抱える困難を目の当たりにして胸が痛い。
 そんなことを考えているうちに執務室にたどりつき、警備兵が開けてくれた扉から中に入る。山のような書類が積まれている机の向こうから、ペンを動かしている男が顔を上げずに言い放った。
「すまん、しばらく待っててくれ」
 凜は声をかけて集中力を乱すのは申し訳ないと思い、無言のままソファに腰を下ろした。侍女が紅茶を入れてくれたので遠慮なくいただく。美味しい。
 ほぅ、と満足そうな息を吐いて、横目で部屋の主(あるじ)を観察することにした。
 ベルランド公国の君主、ラルフ・ベルランド大公。たしか年齢は四十歳と聞いているが、顔の下半分を覆う髭(ひげ)のせいか、もうちょっと老けて見える。
 ——それか徐々に後退している前髪が原因かしら。苦労してそう……
 かわいそうに、と不敬なことを考えているが、凛なりにちゃんと敬(うやま)っている。なにせ彼は自分の庇(ひ)護(ご)者だから。
 一年前、密入国と間(かん)諜(ちょう)の嫌(けん)疑(ぎ)で軟禁中の凜のもとに、ある日いきなり大公殿下がやってきた。君主がわざわざ罪人のもとに出張ってきたのは、城の誰もが凛のあつかいを決めあぐねて、とうとう大公の耳に入るまでになったのが理由らしい。
 凜は前世の記憶によって、貴族が受ける教養を身につけている。そのうえ肌艶はよくて陽に焼けておらず、平民には見えない。さらに当時着ていたものは、ライトグレーのひざ下ワンピースに黒のスリムパンツ、紺色のトレンチコートに黒のパンプスと、見たことがない服装で。
 さらに容貌が大陸の人間とあきらかに違う。
 この世界の人間は、元の世界風で言うとコーカソイド系の容姿で占められている。つまりヨーロッパや西アジアで生まれた人々の外見だ。
 それに対して凜は黒髪黒目のアジア人。スラブ系の血が入っているようで、一般的な日本人より彫りが深い顔立ちであるものの、人種の違いは一目瞭(りょう)然(ぜん)だ。
 異国から来たのだろうとの結論は出たが、記憶喪失と言い張っているため、ここに来た理由がいつまでたっても分からない。拷問で口を割らせるにしても、もし周辺国が差し向けた大使などが、本当に記憶を失っていた場合は外交問題になる。
 そこでとうとう大公自らが出向いた次第だった。小さな国だからできるフットワークの軽さである。
 このときの凜は彼を見てかなり驚いた。ラルフ・ベルランドといえば、前世のマリアローズの記憶だとベルランド大公の子息である。つまり代替わりしたのだ。
 それだけではなく。
 ——最後に見たこの人って、たしか三十歳ぐらいだったわよね。そこまで年老いてないってことは、前世の私が死んでからそれほど時間がたってない……?
 生まれ変わった自分が二十五歳なのだから、漠然と二十五年以上が経過していると思い込んでいた。そこで暦(こよみ)を聞いてみると、マリアローズの最後の記憶から、そのときはちょうど十年後だった。
 ——まだ十年しかたってない! じゃあ私が知っている人たちって、みんな生きているかもしれない……


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