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助けた彼は次期国王? ベビーと一緒に愛されています

佐倉紫 / 著
小路龍流 / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2022/07/29

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内容紹介

君を妃に迎え一生大事にすると誓う
天涯孤独のパトリシアは、森で怪我をした青年・リックと出逢い、介抱して匿うことに。実は貴族という端整な顔立ちのリックの優しさと誠実さに惹かれるパトリシア。叶わぬ相手に恋してはいけないと自分に言い聞かせるが、熱い眼差しに蕩かされ、純潔を散らされる。しかしリックが突然去った後、お腹に彼の子を授かっていることを知り!? 持前の明るさで大切に赤子を育てていると、突然、王宮から王太子殿下が訪ねてきて!? 健気な乙女と謎の多い青年との赤子が縁を繋ぐベビーラブ。

立ち読み

第一章 幸運な出会い


 王国の北にある小さな町、テラッサ。
 パトリシアはその町外れの、森の入り口あたりに住まいを構えていた。
 と言っても猟師が使っていた小屋をパトリシアの母がもらい受け、母亡き後は彼女が引き続き住んでいるという状態だ。
 まだ二十歳にもならない若い娘が町外れに一人で住んでいるなど危険な気もするが、幸い彼女は町の人間と仲がよく、町人も彼女のことをさりげなく見守っていた。
「パトリシア! 今日はうちの鶏が卵を六つも産んだんだよ。ふたつ持って行きな」
 隣町から帰ってきたパトリシアを見るなり、近くの家の女将(おかみ)さんが声をかけてくる。
 今日の晩ご飯はどうしようかしらと考えながら歩いていたパトリシアは、ぱっと笑顔で飛びついた。
「わぁ、すごく立派な卵ね。リンダおばさん、ありがとう! あっ、さっき街でお芋をもらってきたの。卵と交換ね。あとこっちは頼まれていた繕(つくろ)い物よ」
「おや、もう繕ってくれたのかい? ——おやまあ! きれいな刺(し)繍(しゅう)まで入れてくれちゃって」
 裾の破れていたシャツを広げた女将は、たちまち笑顔になった。
「本当にありがとうね! 助かるよ」
「うふふ、またなにか繕うものがあったら言ってね」
 リンダ女将と別れると、今度は反対側から「おーい!」と声をかけられる。
「パトリシア〜! 今日の首(しゅ)尾(び)はどうだった?」
「あ、ゴードンおじさん! 聞いて、わたしの刺繍を仕立屋のデザイナーさんが気に入ってくださって、また新しいお仕事をもらえたのよ!」
「そりゃよかったな。あんたの刺繍の腕は死んだお母さん譲りだなぁ。よかったなぁ」
「ええ! 安定してお仕事をもらえるように、もっとがんばるわ」
「おう、その意気だ!」
「……パトリシアー! 今朝しぼった牛乳があまってるんだが、持ってくかい?」
「モイおじさん! ありがとう!」
 ——こんな感じで、町人たちはパトリシアをなにかと気にかけてくれるのだ。
 それは十年前に幼子の手を引いてやってきた亡き母が、ハッとするほどの美人で話題を集めたこともあるだろうし、その母が意外とたくましく働き者で、町人たちとよい関係を築いてきたこともあるのだろう。
 よそ者だった自分たちを明るく迎え入れてくれた町の人々に、パトリシアも親しみと愛情を抱いている。
 そんなわけで、パトリシアは母を亡くし天涯孤独となった今も、町外れの家で安心して暮らすことができているのだった。


「卵と牛乳をいただけるなんてめったにないわ。確かバターが少しあまっていたから、今日は奮発してオムレツを作ろうかしら」
 帰宅したパトリシアは卵と芋、牛乳が入った籠(かご)を台所に置いて、よそ行き用のドレスから着古したワンピースに着替える。
 とはいえ日はまだ高く、夕食を作るには早すぎる時間だ。中身を空にした籠を今一度腕にひっさげ、パトリシアはすぐそこの森へ入っていった。
「いつものところにキノコが生えているといいんだけど……あ、あった!」
 さっそく目当てのキノコを見つけて、パトリシアはスカートその裾をさばいてしゃがみ込む。先週雨が続いたせいか、食用として買い取ってもらえるキノコがあちこちに生えていた。
「今日は運がいいわ。午前中は食堂で芋の皮むきの仕事をもらえたし、昼に立ち寄った仕立屋では刺繍を褒(ほ)められて、新しい仕事ももらえた。卵と牛乳をゆずってもらえたし、売れそうなキノコまで見つけられるなんて!」
 パトリシアは基本的にその日暮らしだ。
 半時ほど歩いた距離にある街にほぼ毎日通って食堂の皿洗いや食事の下ごしらえ、給(きゅう)仕(じ)などを請け負い、それが断られれば孤児院へ出向いて子守を引き受ける。仕立屋にも週に二回通い、刺繍やレース編みを請け負う。
 上手く仕事が入ればいいのだが、そうでないときは日銭を稼げない。
 そのため暇さえあれば森に入って、食用のキノコや、街の医者が重宝する薬草などを採って売りに行くのだ。
(決して裕福な暮らしではないけど、食べるぶんには困らないし、町のひとも親切にしてくれる。三年前にお母様が亡くなったときはどうなるかと思ったけど、こうして暮らしていけるのはありがたいことだわ)
 そんなことを考えながら、パトリシアはせっせとキノコを集めて回った。
 ほんの少しだけのキノコ狩りのつもりが、思った以上に生えていたこともあり夢中になってしまった。ふと気づくとあたりは暗くなりかけており、彼女は「いけない」とあわてて立ち上がった。
「狼が寄ってきたら大変だわ。早く帰らないと」
 気づかぬうちに、いつもは入らない奥のほうまできてしまっている。
 母と自分に家を譲ってくれた猟師ならまだしも、料理用のナイフ程度しか扱えない自分では、森の獣を相手にするのは無(む)謀(ぼう)すぎる。急いで帰らなければ。
 裾をパンパンと叩きながら立ち上がったパトリシアは、道に戻ろうとした瞬間、ドサッ、パキパキ……という音を聞いて、思わず跳(と)び上がった。
 森の生き物が出すにしては奇妙な音だ。茂みの向こうから聞こえてきたが……。
(き、木の上に住んでいるような生き物が、寝ぼけて足を踏み外したとかかしら……?)
 茂みの向こうをおそるおそるのぞき込んだ彼女は、思わず悲鳴を上げそうになった。
 そこに倒れていたのは森の生き物ではない——人間だった。
 それもどうやら、若い男のひとだ。パトリシアは仰天して、キノコの入った籠を取り落とした。
「だ、大丈夫ですか!?」
 あわてて茂みを飛び越え駆け寄ると、うつ伏せに倒れたそのひとは「うぅ……」と小さくうめく。どうやら意識はあるようだ。
「どこか痛いの? どうしてこんな森の中に……うっ」
 とっさに彼の身体に手をかけたパトリシアは、右手にぬるりとした感覚を覚えてあわてて手を引く。見れば手のひらに、べったりと赤黒い血が付着していた。
「ひゃあ……っ!」
 恐怖のあまり思わずあとずさる。真っ青になって男を見れば、彼はわずかに身体を起こして、なにかを言いたげに口をパクパクさせていた。
 パトリシアはあわてて彼に近づき、その口元に耳を寄せる。
「なに? どうしたの?」
「……」
 声が小さすぎて聞こえない。パトリシアは顔を上げ、覚悟を決めて彼の全身に目を走らせる。
 彼の右の二の腕当たり……そこがべっとりと血で汚れていた。びくびくしながら再びふれると、彼が「うぅっ……!」と痛そうにうめく。
「怪(け)我(が)をしているのね。出血もひどい……。待っていて、助けを呼んでくる」
 自分一人では運び出すのは難しそうだ。パトリシアはすぐに立ち上がろうとしたが、その腕を彼ががしっと掴んだ。
「……よぶな……だれも……」
 痛みのせいか、あえぐように口にする彼に、パトリシアは「でも……」とおろおろする。
 だが彼はかたくなに首を振り、なんとか自力で立ち上がろうとした。
「誰にも……知られたく、ない。……君も、見なかったことに、して……」
 そう言いながら、這(は)うように動き出そうとする彼を見て、パトリシアは思わず悲痛な声を上げた。
「見なかったことにするなんて、できるわけないじゃない……! さ、まだ動く力があるなら、わたしの肩に腕を回して。わたしの家は森の入り口にあるの。手当のための薬も、休むための寝台もあるわ。さぁ」
 彼の傷がないほうの腕を掴み、自分の肩に強制的に回す。
 彼はしぶっていたが、怪我の度合いがひどいことは自分が一番わかっていたのだろう。ほどなく観念して、パトリシアに体重を預けてきた。
 大量の出血で意識がもうろうとする彼を担いでいくのは、これまでのどんな仕事より重労働だった。
 おかげで家に帰り着く頃にはパトリシアは汗だくになり、ぜいぜいと肩で息をしている有様だった。
「さ、こっちに座れる? 少しだけ待ってて」
 青白い顔でぐったりと目を閉じている男を、ひとまず椅(い)子(す)に座らせて、パトリシアは大急ぎで井戸で水を汲(く)み、湯を沸かす。
そしてぐったりした男から、汗と血で張りついたシャツをなんとか脱がせた。
「すごい出血……。身体を拭くからね」
 男はかすかにうなずく。
 お湯で絞ったタオルを彼の肌に滑らせる。なんとも白い肌だ。それだけに染みついた血が痛々しい。
 幸いなことに傷を負っていたのは右の二の腕のみのようだ。
 止血のため、彼の腕の高いところに、ねじった布をきつく縛りつける。
傷口に酒をかけて消毒し、かつてここに住んでいた猟師が残していった薬草を両手でよく揉(も)み込んで傷口に当てた。
 清潔な布を貼り包帯をぐるぐる巻き付ければ、ひとまず手当は完了だ。
「お水を飲める? 血がいっぱい流れたから、少しでもなにか口に入れないと……」
 大量の出血で気分が悪いらしく、彼は水を一口二口含むと、もういらないとわずかに首を振った。
「さ、寝台に移動するわよ。また肩に腕を回して」
 パトリシアは力を振り絞って、背にのしかかる彼を寝台に連れて行く。
 彼が寝台に上がり気を失うように寝入ったのを見るや、パトリシアは疲労のあまりその場にへなへなと座り込んでしまった。
 しばらくぼうっとしてしまったパトリシアだが、あたりが真っ暗であることに気づき、のろのろとランプに火を入れる。
 明かりをかざして見ると、彼は規則正しい寝息を漏らしていた。
「よかった。出血は多かったけど傷自体は広範囲じゃなかったし、これなら手持ちの薬でなんとかなりそうね」
 きっとこのあと熱が出るだろうから、解(げ)熱(ねつ)の薬も用意しておこう。
「でも先に腹ごしらえね。ああ、彼のぶんの食事も用意しないと……」
 ——どうやら彼は、自分がここにいることを多くの人間に知られたくないようだ。
 薬や包帯は猟師が残していったぶんがあるから大丈夫とはいえ、食料や着替えなどをどうにかしないと……。
「あ、そうだ、シャツをその辺に置きっぱなしだったわ」
 床に放られたシャツを拾い上げたパトリシアは、胴(どう)の部分までべったりと血が広がっているのを見て、手遅れになる前に助けられてよかったと心から思った。
 が、血で汚れた袖口になにか刺繍がしてあるのに気づいて、彼女はハッと息を呑(の)む。
「こんなところに刺繍が……。手が込んであるのがさわってわかるだけに、血で汚れて肝心の絵柄が見えないのが残念ね」
 どのみち、これだけ血で汚れているのだ。このシャツは処分するしかないだろう。
「そういえば、彼の靴を脱がせていなかったわ。——やだ、足首も腫(は)れているじゃない!」
 熱を持ってパンパンに腫れた彼の左足首を見て、パトリシアはあわてて薬を取りに行く。
「どうやら、やることがいろいろありそうだわ」
 疲れ切って座り込んでいる場合ではなさそうだ。
 パトリシアは腕まくりして、てきぱきと足の手当をはじめるのだった。


 翌朝、パトリシアは夜明けより早い時間に起きた。
 隣の寝台で寝ている彼をそろそろと見てみる。昨日よりは血色が良くなったようだ。
 というより……。
「うそ。すっごくきれいな男のひと……」
 パトリシアは驚きのあまり、思わず声に出してつぶやいていた。
 窓から差し込む朝日の中で改めて見た彼の顔は、こんな田舎町にはそぐわないほど美しく整っていた。
 パトリシアの母も華やかな美(び)貌(ぼう)の持ち主だったが、彼の寝顔からは美しさ以上に、気品というものが感じられる。
(彫りが深くて鼻が高いし、睫毛(まつげ)もとっても長いわ……。ふわふわの髪も、ずいぶん薄汚れているけれど、きっと洗ったら目を惹(ひ)くような明るい金髪ね)
 どう見ても、田舎の森をふらふら歩いていていい身分のひとではないような気がする。
 ひとまず新しい衣服に着替え洗濯を終えたパトリシアは、昨日採ったキノコと戸棚に隠していたへそくりを手に街へ出かけた。
 机の上には「出かけてきます。昼には戻ります」と書いたメモと、水の入った瓶(びん)、野いちごを残していく。
 外はいい天気で、畑仕事や羊の放牧に向かう人々がすでに動き出していた。
「おはよう、パトリシア。今日はずいぶん早いね」
「ええ。キノコがたくさん採れたから、朝のうちに売りに行きたくて」
「そうかい。高く売れるといいな」
 町人とそんな会話をしつつ町を抜けて、隣の大きな街まで歩いていく。
 街の中心部には早朝の市(いち)が立っていて、すでに多くの人々が行き交(か)っていた。
 顔見知りの野菜売りのところでキノコを売り、いくらか野菜を買ったあと、馴(な)染(じ)みの仕立屋のところに顔を出す。
「あれ? 次のぶんの仕事は昨日渡したよね?」
「ええ。それとは別に、布を売っていただきたくて」
「夏物の服でも仕立てるのかい?」
「そんなところです」
 そうして布を手に入れたあともあちこちを回って、パトリシアは昼前に家に帰った。
 ちょうど鍵を開けて家に入ったとき、目を覚ましたらしい青年が起き上がろうとしているところだった。
 痛そうに顔をしかめていた彼は、パトリシアを見るなりほっとした様子で相(そう)好(ごう)を崩す。
「ああ……昨日、助けてくれたひとだよね? ありがとう。おかげで命拾いした」
 男のひとにしては高めの、甘く柔らかく響く声だった。
 パトリシアは妙にむずむずした気持ちになりながら「気にしないで」とほほ笑む。
「それより、まだ起き上がらないほうがいいわ。あれだけ血が流れたんだもの。貧血でつらいはず……ああっ、大丈夫?」
 起き上がった彼がふらぁっと倒れ込んだのを見て、パトリシアはあわてて駆け寄った。
「うん、これは大変だ……世界がぐるぐる回っているよ……」
「でも、しゃべれるようになっただけ昨日よりマシね。めまいが治まったらお水を飲んで。今スープをこしらえるわ」
 青年は言われたとおり少ししてから水を飲み、あとはおとなしく横になっていた。
 買ってきた野菜をこまかく刻みながら、パトリシアはちらちらと青年を盗み見る。
「ええと、あなたの名前を聞いていい?」
「リック、だよ。君の名前も聞いていい?」
「パトリシアよ」
「パトリシア……。いい名前だね。もう一度お礼を言わせてほしい。昨日は本当にありがとう。森に逃げ込んだはいいけど、道がわからなくなっちゃって。あのままだったら獣に襲われて死んでいたかもしれない。本当に助かったよ」
 パトリシアはまたちらっと青年を見つめた。
 寝顔は高貴な感じだったが、こうしてしゃべっていても、その気品は損なわれない。
ゆったりとした話し方や、少し眠そうに瞼(まぶた)を下げているところにアンニュイな雰囲気が滲(にじ)んでいて、浮世離れした雰囲気すら醸し出している感じがした。
「……一応聞くけれど、腕と足はどうして怪我してしまったの? 一人で森をさまよっていたのはなぜ? 面倒な追い剥(は)ぎにでも遭ったの?」
「うん……そんなところ。腕の傷は、逃げようとしたところを矢で射かけられたせい。足の捻(ねん)挫(ざ)も、たぶん逃げる途中でグキッとやっちゃった感じかな」
「矢を射かけられた?」


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