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パーフェクト鬼上司にもどうやら下心があるようです!?

木下杏 / 著
上原た壱 / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2021/10/29

内容紹介

可愛いし守ってやりたくなる
「お前がこんなにエロいなんて予想外なんだけど……。くそ可愛いな」
アウトドアメーカーのマーケティング部に異動したばかりの悠里は、「マーケの帝王」と恐れられる鬼上司・不破に呼びつけられては怒られる日々を送っていた。仕事以外で関わりがなかった不破と、会社が手掛けるグランピング施設でのイベントで急接近。よく「部活の後輩みたい」と言われ、男性から女として見られないことばかりの悠里は、ハイスペックな不破にまさか下心があるなんて思わなくて…? 「水着姿、普通に見たいけど」意地悪エリート上司に迫られる、リアルすぎる疑似恋愛的オフィスラブ!

立ち読み

(あーー全然終わらん。これ今日中いけるかなあ)
 梅雨もそろそろ終わりそうな気配漂う七月のある日、倉(くら)田(た)悠(ゆう)里(り)は、デスクトップパソコンにかじりついて必死にキーボードを叩いていた。
 朝から雨が降っていたのでブラインドが下がる窓の外はどんよりとしている。時刻は十一時を過ぎたところだった。昼休憩までにきりがいいところまでは終わらせたい。そんな気持ちで悠里はデスクに向かっていた。
(こことここが終わればあとは……)
 目を細めて画面を凝視する。その時、だった。
「倉田ちょっと来い、この資料作ったのお前だろ」
 開いた扉から入ってきた人物がまあまあ大きい声で発した言葉がフロアに響き渡った。悠里の肩がびくっと震え、同時に忙しなくマウスを動かしていた手が止まる。
 それは普通だったら少しぴりっとなる光景だったかもしれない。しかし、悠里の周囲は誰もその声に反応しなかった。むしろ、またか、といった空気がフロアに漂う。それもそのはずで、それは三日に一回は繰り返されている、このフロアにいるメンバーにとっては、もはや見慣れた光景だった。
「はいっ」
 ほとんど条件反射で椅子から立ち上がって、悠里は一直線にその人物の机まですっ飛んでいった。
「お呼びでしょうか」
 びしっと背筋を正して緊張の面持ちで上司の顔を窺(うかが)う。悠里は今までにこの上司が笑ったところをほとんど見たことがない。目にしたことがある笑顔と言えば、いつだったか参加した部署の飲み会で遠目から目にしたものぐらいだ。砕けたところも、冗談を言っているところも見たことがない。悠里以外には穏やかな顔をしている時もあるみたいだが、悠里の前にいる時は大体、厳しい顔をしている。おそらく、穏やかな心境でいられる状況がないのだろう。
 いつもの如く、不機嫌そうな色を宿した瞳が悠里を見る。
「お呼びでしょうかじゃねーよ。なんだこの資料。俺はファミリー層のレジャー意識調査のデータを入れろって言ったんだよ。対象が全年齢になってんじゃねーか」
「えっ」
 悠里の顔からさあっと血の気が引く。
 ずいっと突き付けられた資料の上を視線が泳ぐ。じわりと嫌な汗が額に滲んだ。
「このブランドのターゲットはファミリー層をメインにしてるんだから、二十代から四十代の既婚子持ちだけで絞って作れって言ったよな?」
 一切の反論も許さないような容赦のない声だった。
「しかもお前が作成するのが遅いからチェック入れる時間もなかった。もう少し早くあげてくれれば事前に気付いたかもしれないのになあ」
「す、すみませんっ」
 悠里は勢いよく頭を下げた。その上からはあ、と大きなため息が降ってくる。
「しかも誤字が多いんだよ。なんだこの『ペンチマーク』ってのは。『ベンチマーク』だろ」
「あっ……」
「見直してないんだろ。必ずチェックの時間までを入れて時間配分しろ。間に合わないと思ったら早めに報告、相談。基本だろ」
「はいっ。すみませんっ。すぐに直しますっ」
「それはもういい。まあでもお前はそれ以前の問題だけどなあ」
「う、も、申し訳ございません……」
 悠里はしどろもどろで謝罪の言葉を口にした。
「あと、このデータの羅列はなんだ? もっと見やすくしないとこんなの誰も見ないからな」
 それが口火だったのか、その後も怒(ど)涛(とう)のダメ出しが続く。悠里はもうただ真剣な声で相槌を打つことしかできなかった。
 ――そして数十分後、悠里はトボトボと自分の席に戻り項(うな)垂(だ)れたまますとんと椅子に腰を下ろした。
(ようやく慣れてきたと思ったのにやってしまったあ……)
 重い息を吐いて己の不甲斐なさに肩を落とした。

 ここは悠里が勤める大手アウトドアメーカー、第一マーケティング部のフロアである。悠里は今から四ヶ月前に、それまで所属していた購買部からこちらに異動になった。
 突然の辞令。今まで担当していた業務とはまるで違う慣れない仕事。一から業務を覚えるべく、この四ヶ月間、必死でやってきた。その甲斐あって何とか資料作成ぐらいは任されるまでにはなっていたが、やはり悠里の乏しい知識ではわからないことが多く、毎日手探りで四苦八苦していたところのミスであった。
 なんでちゃんと確認しなかったんだろうという後悔が悠里の胸に渦巻く。
「悠里ちゃん、大丈夫?」
 そこに隣から声がかかり、悠里は反射的にそちらに顔を向けた。
「私も確認してあげればよかったね。声かけてあげられなくてごめんね」
 右隣のデスクに座る須(す)山(やま)だった。須山は悠里の三歳年上で、仕事の上でも第一マーケにもう四年在籍している大先輩だ。悠里が異動してしばらくは指導役としてついて色々と教えてくれた。
 ふわふわした髪と可愛らしい顔立ち。優し気な雰囲気そのままに、とても丁寧に指導してくれて、悠里が基本的なことは一通り覚えた今でも何かあったら気に掛けてくれる、悠里には大変にありがたい存在だった。
「いやいや、そんな。私の確認ミスで私が悪いことなので。須山さんは一ミリも謝る必要ないですよ。逆にすみません」
 悠里が力強く否定すると須山は優しい顔で笑った。
「悠里ちゃん、まだ数ヶ月なのに覚え早いと思うよ。ミスは誰でもあるから」
「えっ、本当ですか? 須山さん優しすぎる……。励ましありがとうございます」
 須山の優しさに胸打たれた悠里は眉を下げて感謝の言葉を述べると、きりっとした顔を正面に戻した。
(そうだ。やっちゃったことは仕方がない。大切なことはこの反省をどう生かすかだよね)
 うん、と力強く頷(うなず)くと、デスクの引き出しを開けた。そこから一冊のノートを取り出し、キーボードを避けてページを開く。
 そしてぎゅっとボールペンを握ると、勢いよくそこに文字を書きつけ始めた。
(えーと、まず日付。そんでミスの内容、反省点、今後の防止策……)
 眉(み)間(けん)に皺(しわ)を寄せながら考え考え書いていき、あらかた書き出したところでふうと息を吐いた。
「うわ、お前なにこれ」
 持っていたボールペンを一旦横に置いたところで、今度は左隣から声がかかる。と同時に目の前のノートがすっと奪われた。
「あっ」
 悠里の口から驚きの声が漏れる。
「反省ノートお? やべ、びっしり。お前こんなの書いてんの? すげー」
「羽田(はだ)さんっ」
 左隣のデスクに座る羽田だった。伸びた前髪をうざったそうに手で払っている。第一マーケは基本的に男性社員が多い。そしてなぜか、みんな遠慮がない。良く言えば気さく、コミュ力が高くてモテそうなタイプが多いため、フランクに接してくれて悠里も馴染むのは早かったが、その分、扱いは割と雑だ。
 悠里を雑に扱う代表格の羽田は、いつもかったるそうに仕事をしている。けれど、仕事はできて独特な雰囲気のある人物だった。容姿も決して悪くはない上に、切り替えがすごくて、ここぞという時はびっくりするほど愛想が良くなるので他部署の女子社員からは意外とウケがいい。しかし、悠里に対しては、全くと言っていいほど、気遣いも愛想もなかった。
「もー、返してくださいよ。忘れないように書いておくの大事なんですよ!」
 羽田は伸ばした悠里の手をひょいっと避けると、パラパラとノートをめくった。
「はは、わかってたけど、お前、すげー不破(ふわ)さんに怒られちゃってんじゃん」
「何言ってるんですか。怒られてるんじゃないですよ。ご指導です」
「変わんないじゃん。不破さん厳しいし怖いからなー。新人は大体びびりまくって一ヶ月ぐらいで不破さんの半径一メートル以内に近寄らなくなるのに、お前メンタル強いよな。毎回毎回ダメ出しされてさ。さっきもあんなに怒られてたのにもうけろっとしてるし」
「けろっとしてなんて失礼なこと言わないでくださいよ。私はちゃんと反省しているのに、邪魔してきたのは羽田さんじゃないですか」
 悠里は口を尖(とが)らせた。
「それに不破さんは確かに怒ってる……いやご指導の時は鬼のようですけど、それ以外はけっこう優しいところもあるんですよ。そんな言い方失礼です。ほら、このお土産だってお願いしたら特別に二つくれたんですよ。ね、優しくないですか?」
 言いながら悠里は机の上にのっている個包装のお菓子を指差した。
 ――第一マーケティング部、統括マネージャー、不破遥(はる)人(と)。
 先ほど悠里に鬼のようなダメ出しをした、第一マーケを統(す)べる、悠里の直属の上司だ。
 ものすごく優秀で、彼が市場調査を主導し、そのデータを元に企画立案を行って開発やリニューアルを担当した商品やブランドはほとんどが成功を収めているらしい。「成功請負人」と言われ、会社から多大な信頼を寄せられている。社内の有名人物なので、悠里もマーケに配属になる前からもちろん知っていた。
 そんな不破は、その優秀さから言えば当然と言ってあるべき姿なのか、仕事にめちゃくちゃ厳しい。悠里も配属になってから何度となく指導されていた。その様子を表しているのか、それともその仕事ぶりがもはや統率者とでも言いたいのか、陰では、「マーケの皇帝」とか「エンペラー」と言われていた。
 悠里が肩を竦(すく)めると、羽田は、はあ? と呆れたような声を出した。
「あの出張土産? おま、想像以上に図太いな。いっつもあんだけ怒られててよくそんなこと言えるわ」
「だって余ってたんですよ。不破さんもどーぞって感じだったし。私、このお菓子好きなんですよね。とっておきの時食べようと思って一つ取ってあるんです」
「うわあ」
 羽田の悠里に向ける眼(まな)差(ざ)しが残念なものを見る目に変わる。そんな羽田に向かって、悠里は「隙ありっ」と声を出しながら、その手にあったノートを奪い返した。

「はあ……」
 無事昼休憩を迎えた正午過ぎ。悠里は社内にある食堂で同期の友人、一(いち)ノ(の)瀬(せ)真(ま)尋(ひろ)と向かい合って昼食を食べていた。
「ため息、どうした。あんたにしちゃ珍しいじゃん」
「いやあ、午前中にやらかして。不破さんに二回もご指導いただいちゃってさ……さすがにね」
 実は悠里はあの後もまた別のことで不破にダメ出しをくらっていた。
「ああ、不破さんにね。いつものことじゃん」
 真尋がふんふんと頷く。悠里はぐっと眉間に皺を寄せた。
「そうなんだけど、短時間に二回はさすがに落ち込む。少し立ち直ったと思ったらまたドン……! だよ」
 言いながら悠里は渋面で宙に浮かした手をひゅっと下げてテーブルにとんと置いた。
「マーケって仕事覚えるの大変そうだもんね。みんな能力高そうだし」
 真尋の言葉に悠里は力強く頷く。
「そうなの。わかってくれる? そうなのよ。レベルが高すぎる。ついていくのに必死だよ。なんで私なんかが配属されたんだか」
「そりゃあんた」
 そばを食べようと箸を持ち上げていた真尋は上目遣いで悠里をちらっと見た。
 それから言葉が途中にもかかわらず、ずずっとそばを啜(すす)る。
「なによ」
 焦(じ)れたような表情になった悠里に向かって、真尋はちょっと待ってと言うように手を突き出すと、そばを飲み込んでから口を開いた。
「あんたの評価ポイントなんて一つしかないでしょ。ガッツだよ。それにその打たれ強さ。マーケの皇帝、不破マネージャーの下に置いてもこいつなら大丈夫そうって思われたんじゃないの」
「えー……仕事への評価じゃないんかい」
 芝居がかった仕草で悠里はがくっと頭を下げた。真尋が淡々とした眼差しをこちらに向けてくる。
「そんなズバ抜けた能力もないでしょ。実際、不破さんにどんなに怒られてもへこんでないじゃん」
「今、へこんでる」
「本当にへこんでいる人はそんなに食べないでしょ」
 呆れたような顔で真尋は悠里の目の前に置いてあるトレイの上を指差した。
「だってお腹すくんだもん。ちゃんと食べないと午後がもたない」
 悠里の目の前には唐揚げ定食がどんと置かれていた。ちなみにご飯は多めによそってもらっている。悠里は箸で唐揚げを摘まむとぱくっと口に入れて、味わうように咀嚼(そしゃく)した。
「うま」
「そういうところだよ。私だったら不破さんの下は無理だもん」
「え~、そんなに? 確かに気安い感じではないけどさ、ミスした時以外はそんなに怖くもないよ、普通。それに目の保養させてくれるし」
 不思議そうな顔で首を傾けると、悠里はご飯を口の中に運ぶ。
「確かにイケメンだよね」
 そこで真尋は悠里の顔を見て何かに気付いたように、ああ、と笑った。
「タイプの顔なんだっけ?」
「ドストライク」
 もぐもぐと口を動かしながら神妙な顔で頷いた。
 不破は仕事ができる上に、かなりのイケメンだった。おそらく誰が見ても整っていると感じるだろうが、悠里にとってはそれだけではなかった。めちゃくちゃ好みの顔だったのだ。
 はっきりした二重瞼(まぶた)の目は目尻が下がっていてそこだけ見れば優し気な印象なのだが、高い鼻(び)梁(りょう)と薄い唇、シャープな輪郭のせいなのか冷たそうにも見える。そのバランスが絶妙なのだ。凛々しさの中に甘さもあって、女性が思わずくらっときてしまう顔立ちをしていると悠里は思う。
 背も高く、身体も引き締まっているように見える。筋肉もついていそうだ。おそらくくせ毛なのだろう。襟足やサイドは短くカットされているが前髪だけを軽く伸ばしていて、そこが少しウエーブがかっている。そのヘアスタイルがとても似合っていてまた悠里のツボだった。
「正直、指導されてる時もたまに見惚れちゃう時あるんだよね。気付かれたらやばいから絶対顔に出さないようにしてるんだけど。だからまだやってけるのかも」
「幸せなヤツ。その生き方見習いたいよ」
 呆れたように笑った真尋は丼の中を箸で掻き回していたが、不意に何かを思い出したようにぱっと顔を上げた。
「そうだ。今週末合コンあるんだけど行かない? 気晴らしになるかもよ」
「……店舗の子たちと?」
 真尋は店舗管理を行う部署に所属している。悠里の会社には直営店舗がいくつかあってそのバックアップをするのが真尋の部署の役割だ。店舗に出向くこともあり、真尋は店舗スタッフに何名か仲の良い女子たちがいるらしいのだ。そのメンバーで合コンを度々行っており、悠里も何度か誘われたことがあった。
「そうそう。今回はキャンパーだよ」
「キャンパー?」
 合コンのお相手としては、あまり出てこないカテゴライズに悠里は語尾を上げる。そして妙に感心した。おそらく店舗スタッフが幹事になって集めてきたメンバーだろう。さすがアウトドアショップに勤めているだけある。
「……私はいいや」
 けれど悠里は少し考えて、断りの言葉を述べた。すると、真尋の右眉がくいっと上がった。
「なんで? 行こうよ」
「最近連日残業だから時間までに終わるかわかんない。それに……」
「それに?」
 テーブルの上に肘をついて心持ち前屈みになった真尋を悠里はじろっと睨(にら)む。
「わかってるでしょ。行っても意味ないからだよ! 合コンでいい雰囲気になったことなんてないし。大体後半は女扱いされなくなってくるし」
「今までの人たちとは違う男が来るんだから、そんなのわかんないでしょ。あんたの良さに気付いてくれる人がいるかもよ?」
「そういう期待して何度打ち砕かれたか。知ってるでしょ。仲良くなっていい感じになったと思った男に私が何て言われるか」
「お前ってノリが部活の後輩みたい」
 間髪容れずに真尋が言葉を発した。びしっと悠里は真尋を指差す。
「それ。一緒にいて楽しいし、気を遣わなくていいからラクだけど、女としては見れない。よく言われるセリフナンバーワン。だからって、友達とかだったらまだわかるけど、部活の後輩ってなんだ」
 言われた時のシチュエーションを思い出した悠里は、ふんっと鼻息を荒くさせた。
 大学時代、同じ学部で悠里に何かとちょっかいをかけてくる男友達がいた。他の女子たちとは明らかに扱いが違っていたし、群を抜いて仲が良かった。それを見ていた他の友人たちからもいける、絶対に悠里のことが好きだよと後押しされてその気になって告白したことがあった。しかし、結果は惨敗で、その時もそのようなことを言われて振られた。
 それはダメージが深かったパターンだが、他にも、高校の同級生、サークルの先輩、バイト仲間など、仲良くなった男性たちがちょっと距離が近くなると口を揃えたように言ってくるセリフだった。
 真尋が苦笑いを浮かべる。
「わからんでもないけどね。なんかあんたって、語尾に『っス』をつけかねない雰囲気。『先輩こんちはっス』とか」
「んなこと言ったことないわ。確かにずっと運動部だったけど」
「ちらちら体育会系のノリ出ちゃってるんじゃん?」
「うそ」
 がーんとでも言うかのように悠里は天を仰ぐ真似をした。全くもってありがたくない情報だった。
 ――その時、悠里の横で誰かが立ち止まった。
「お前まじかよ。メシ大盛りじゃん」
「羽田さん」
 見れば羽田がトレイを持って立っていた。
「俺より食べるかも。すごいな」
「またまた。羽田さんだってけっこうがっつりいってるじゃないですか。私はちょっと多めによそってもらっただけで、そこまでではないですもん」
 伸び上がるようにして羽田のトレイにのっているものを確認した悠里は、笑い飛ばした。
「俺からすれば同じ量だわ」
 自分と悠里のトレイを交互に見ていた羽田がはっと笑う。
「体格差考えろよ。お前の胃袋どうなってんの」
「もう、いいじゃないですか。絡まないでくださいよ」
 このままだと延々絡まれそうだなと判断した悠里は不(ふ)貞(て)腐(くさ)れたような顔で文句を言った。
 すると、さすがにトレイを持ったままで長話をする気はなかったのか、羽田は笑いながら「腹壊すなよ」と言い置いてあっさりと別のテーブルへと去っていった。その後ろ姿を見送って真尋が口を開く。
「安定のポジショニングだね」
「ふぁにが?」
 ご飯の量を突っ込まれて急に恥ずかしくなった悠里は、そそくさとご飯を口に運んでいた。箸を動かしながら上目遣いで真尋を見る。
「あんたの立ち位置。どこ行ってもいじられキャラっていうか。やっぱりマーケでもそうなるんだって思って」
「ああ。いじられキャラならまだいいよ。あの人たち遠慮なさすぎなんだもん。もうグイグイ、ズケズケ。いいように言われっぱなし」
 口の中のものを飲み込むと、悠里はさっきまで羽田がいたところを見ながら肩を竦めた。
「確かにマーケって不破さん筆頭にイケメン揃いだけど全員クセ強そうだもんね。やっぱりあんたぐらいハート強くないとやっていけないわ。女子人気もすごいらしいから第一マーケの一員ってだけで嫉妬とかもされるみたいだけど、今んとこそれもなさそうだし」
「えっ、そうなの!?」
 驚いた悠里に向かって真尋は手をひらひらと振った。
「ほら、気付いてない。あ、そっか。合コンとか行かなくても悠里はマーケの中から彼氏候補を見つければいいんだ」
 いいこと思い付いたと言わんばかりの真尋に、「はあ?」と声を上げた悠里は胡(う)乱(ろん)な眼差しを向けた。
「今の見てた? 羽田さんだけじゃないからね。私のことあんな風に扱うの。あの人たちこそ、私のこと女として見てないから。まだ合コンの方が望みあるわ」
 大げさに顔を顰(しか)めてみせる。その反応を見ていた真尋が噴き出すようにして笑った。
「マーケ入って余計縁遠くなった気がする。彼氏ほしいけど、道は遠そう」
 悠里は現在二十六歳。三年前に彼氏と別れてから一向に彼氏ができる気配がなかった。その三年前の彼氏も実はたった四ヶ月ほどで別れている。今まで付き合った人は二人。友人の紹介と同じサークル内で、知り合ったきっかけはそれぞれだったが、二人とも別れた理由は同じだった。
 兄と弟の男兄弟の中で育ち、学生時代は運動部に所属していた。だからなのか悠里はそもそも、女らしさというものがあまりないらしい。と言うのも、先ほど、真尋に訴えた通り、周囲の男性たちからことごとく女扱いをされないのだ。
 見た目も、目だけは大きいが鼻が低く、その他のパーツも全体的にこぢんまりとしているので、華やかさがない。せめて女子感を出そうと髪を伸ばしているが、寝癖を直すのが面倒で一つに結んでしまいがちだった。女らしさを出そうとして挫折している部分がところどころある。
 けれどそんな悠里でも、ごくまれに一緒にいて楽しいと言ってくれる男性が現れ、恋人関係に発展することがあった。それが歴代の二人の彼氏たちだ。けれど結局、やっぱりもう少し女の子らしい子がいい、とか、ノリが友達と一緒だと言って振られるのだ。
「その内いい人が現れるよ。頑張れ」
「本当にそう思ってる? なんか心が入ってないんだよなあ」
 真尋の言葉に悠里は目を細めながらぼやくように言った。


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