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事情(わけ)あって私たち結婚することになりました!

橘柚葉 / 著
ことね壱花 / イラスト
本体価格 本体1,200円+税
発売日 2021/03/26

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内容紹介

契約破棄に承諾していただけますか
社内不倫だと濡れ衣を着せられた愛央は、「結婚が決まっているからありえない!」とその場を嘘で収めるが、居合わせたイケメン・紘が恋人のふりで応戦してくれた。ほっとするも、今度は彼から偽装結婚を提案されて!? 既婚者しか勤務できない海外赴任をすぐ手掛けたいので、結婚したことにしたいという。恩人でもあるし、彼が海外赴任の間は、高級マンションでの一人暮らしを満喫していい等の好待遇に、契約結婚を受け入れる。しかし、2年は帰ってこないはずの海外赴任は数か月で終了し、ふたりの同棲生活がはじまって!? 契約のはずなのに、恋が芽生えてしまいそう!! エリートイケメン×頑張り屋さんの溺愛ラブ☆

立ち読み

1 結婚のきっかけは、誰にも内緒です


 土曜の昼下がり。ランチ時も過ぎ、勤め先近くにあるカフェの店内にはゆったりとした時間が流れている。
 桃の節句を迎え、春本番といった様子で街を歩く人々は薄手のコートに変えて身軽になりつつある。
 すっかり春めいてきて、華やかな雰囲気を感じた。
 だが、一つのテーブルを除いて、という注意書きが必要だろうか。
 谷(や)嶋(しま)愛(あ)央(お)は、このカフェにとある人物から呼び出されていた。
 成人女性の平均的な身長、体型。大人しめのブラウンに染めたセミロングの髪は、毛先辺りで緩やかにウェーブがかかっている。しかし、癒やし系の顔と表情が今、緊張に固まっていた。
 相手は、会社の元後輩である郡(ぐん)司(じ)リリ。二ヶ月前、愛央の同期である旧姓木(き)村(むら)守(まもる)と結婚。今は退職をして専業主婦をしているはずだ。
 彼女の夫である守は、郡司家の婿養子になった。
 リリは、入社時から守が好きだったようで、かなり強引にアプローチしていたのを知っている。
 彼女の念願が叶って結婚できて、幸せの絶頂だろう。
 そんな彼女が、どうして今になって愛央を呼び出してきたのか。なんとなくだが、思い当たる節はある。
 しかし、予想が当たっていないことを祈りたい。もし真実を彼女が知ってしまったら、傷つくからだ。
 戦々恐々としている愛央に、リリは鋭い視線を向けて言い放つ。
「私の夫に、色目を使わないでくれませんか?」
 やはり、そのことだったか。愛央がこっそり息を吐き出していると、リリはキツイ口調で言う。
「愛央さん、この際だからはっきり言っておきます。私と守さんが婚約したときも、その前だって貴女(あなた)はずっと守さんを狙っていたのかもしれませんが、もうやめてください」
 これは完全に濡れ衣(ぎぬ)だ。慌てて首を横に振るが、リリの怒りはますますヒートアップしていく。
「私は、守さんと結婚した。それは、愛央さんだって知っているはず。それなのに、私が退社していなくなった途端に守さん……いえ、夫に近づくなんて。軽蔑します!」
 そんな勘違いをされては、堪(たま)ったものではない。
 慌てて反論しようとしたのだが、愛央の声をかき消すようにリリは畳みかけてくる。
「私の同期たちに頼んで、愛央さんを監視させてもらっていました。そうしたら、社内でよく二人でいるところを目撃すると言っていました」
「ちょっと待って?」
 愛央と守は営業部に所属している。同じオフィス、それもデスクは背中合わせだ。
 それに、愛央は営業事務をしているため、社外を飛び回っている守を始めとする営業の人間たちのバックアップをしている。
 必然的に仕事の繋(つな)がりも強くなるし、顔を合わせて話すこともあるだろう。
 そのことを指摘すると、彼女も理解している様子だ。しかし、攻撃の姿勢を崩しはしない。
「それに、うちのパパが言っていたわ。愛央さんと守さんは、妙に馴れ馴れしいって」
 リリの父親。それは、愛央の直属の上司であり、営業部の部長だ。彼がそんなことを言っているなんて……。
 そういえばと、ここ最近の不可解な当たりの強さを思い出す。
 リリが会社を去ってから二ヶ月が経ったが、その頃から仕事の量が極端に増えた。
 それも、時間がかかるような厄介なものばかりを部長に押しつけられ、残業三昧の日々。
 同情してくれた営業事務のメンバーが手伝ってくれようとするのだが、それを部長が遇(あしら)ってくる。一人でやるように、と仕向けてくるのだ。
 部長の不興を買うようなことをしてしまったのか。色々と考えたのだが、当初は何も思いつかなかった。
 だが、リリの話を部長が信じていたとしたら、これまでの理不尽な嫌がらせの数々にも理由が立つ。
 仕事のこともそうだが、会社でなぜか陰口を叩かれていることにも気がついていた。
 彼女の同期たちが監視役を引き受けていたとなれば、その子たちが噂(うわさ)を流して愛央を追い詰める作戦を立てていたのかもしれない。
 何もかもが繋がったが、その一件については愛央だって被害者だと主張したい。
 それなのに、目の前のリリは完全に愛央が悪いと思い込んでいる様子だ。
「証拠はいくつもあがっているのよ! パパも怪しいって言っているし、私の同期たちだって」
 言われっぱなしで、だんだん腹が立ってきた。
 愛央もここ最近の守に困惑していたので、いい機会だと彼の妻である彼女に言う。
「実は、郡司くんの方が言い寄ってきているの。こちらも困っていて」
「守さんは悪くない! 貴女がいるから、守さんが誘惑されてしまうのよ」
 興奮しているのだろう。リリの声が、だんだんと大きくなっていく。
 店の中は混んでいないとはいえ、客はいる。
 何事かとこちらのテーブルの様子をチラチラと見ている人たちがいた。しかし、その視線に彼女は未(いま)だに気がついていない。
「郡司さん、場所を変えない?」
「逃げる気ですか!?」
「そうじゃないよ。ほら、他のお客さんに迷惑が」
 全部を言う前に、リリが再び罵倒し始めた。
「体裁が悪くなったからって逃げるのは卑怯です! わかっているんですか? 愛央さん。守さんは私と結婚している。既婚者なんです。それなのに、守さんを誘惑してくるなんて。悪いとは思わないんですか?」
 肩を震わせ、真っ赤な目で愛央を睨(にら)んでくる。
 頭に血が上ってしまっていて、今の彼女に何を言っても通じないだろう。その上、愛央が否定すれば逃げたと叫ぶはず。
 火に油を注ぐようなことはできない。だが、興奮しきっているリリを抑える術(すべ)が思いつかず途方に暮れてしまう。
 修羅場か、と言う声が聞こえて羞恥心で居たたまれなくなる。
 それに、これ以上店で騒ぎを起こしたら迷惑をかけてしまう。
(何かないかしら? 彼女を落ち着かせる方法は……)
 とにかく愛央が守のことをなんとも思っていないと、彼女に伝えることができればいいはず。
 頭が真っ白になりながらも導き出した答え。熟考する前に、愛央の口からはとんでもない言葉が飛び出していた。
「私、今度結婚するの」
「え?」
「だから、郡司くんと何かがあるなんてあり得ないの」
 リリは、目を大きく見開く。そんな彼女の顔を見て冷静を取り繕っているが、愛央自身も内心驚(きょう)愕(がく)していた。
 口から出任せとは、こういうことを言うのだろう。背中は、冷や汗でビッショリだ。
 信じられないといった様子で愛央をジッと見つめてくるリリに、ニッコリと余裕の笑みを浮かべる。だが、内心穏やかではいられない。
 リリは少々納得がいかない様子で、顎を上げる。
「いつ、結婚をされるんですか?」
「……まだ、しっかりとしたことは決まっていないの」
 目を泳がせたくなるが、リリに不信感を抱かせてはダメだ。ますます拗(こじ)れてしまう。
 彼女に見られないように、膝の上に置いた手をギュッと握りしめる。
 すると、スマホの着信音が響く。どうやら、リリのスマホからのようだ。
 リリはイライラした様子で立ち上がると、「少し、席を外します」と言ってスマホ片手に外へ出て行く。
 そこで、ようやく愛央は息を吐き出す。
 自分の身に、まさかこんな災難が降りかかってくるなんて思いもしなかった。
 せっかくの休日だというのに、平日の仕事終わりより疲れることになるなんて。
 何より、口から出任せを言ってしまったことに、今になって不安が募ってくる。
「なんで嘘をついちゃったんだろう……。彼氏なんていないくせに」
 自(ヤ)棄(ケ)になって、グラスに入っていた水を飲み干す。空になったグラスをテーブルに戻し、肩を落とした。
「そもそも言い寄られて困っているのは、こっちなのに」
 思わず本音が零(こぼ)れ落ち、慌てて口を押さえる。
 独り言があまりに大きかったために慌てたが、周りは誰も気にしていなかった。
 それに安(あん)堵(ど)して、再び重い息を吐く。
 守はリリと婚約した頃も、そして結婚した今もなぜか愛央と二人きりになろうとしてくるのだ。
 社内では一人きりにならないように心がけているのだが、なかなか守は諦めてくれない。
 とはいえ、決定的な言葉を言われて口説かれたわけでもないので、完全拒否をすることもできないのである。
 守は狡(ずる)いのだと思う。妻であるリリがいるのに、愛央も我が物にしようとしているのだ。
 それも、拒否できぬように仕事だとほのめかして密室に連れこもうとしてくる。距離を取ろうとする愛央を逃がさないためだ。
 そんな夫である守を批判するのではなく、愛央が守の近くにいるのが悪いと考えるリリはいかがなものか。
 濡れ衣を着せられた身としては憤りを感じてしまう。
 だが、少しだけリリのことが羨ましく思った。
 こんなふうに恋敵――愛央は全然そんなつもりはないが――を呼び出し、牽(けん)制(せい)する。
 それは、自分の夫を他の女に取られたくはないから。そこには確かな愛があり、どんな形であれ夫は自分のことを愛していると信じているのだろう。
 そもそも、リリが押し切った結婚だったようだ。権力と今後の出世をチラつかせて守を誘惑したと噂で聞いた。
 それほどに、リリは守のことが好きなのだ。なりふり構ってなどいられない。そんな彼女の気概を感じる。
「……周りが見えなくなる恋かぁ。羨ましいかも」
 とはいえ、あんなふうに激しすぎるのも考えものだと思う。
(これから、どうしよう……!)
 電話が長引いているのか。リリは、戻ってこない。
 このまま帰ってほしいくらいだが、彼女は必ずもう一度ここに戻ってくる。そして、愛央が本当に結婚をするのかと探ってくるはずだ。
 冷や汗が背中を伝う。先程の口から出任せを誠にする方法はないだろうか。
 この状況に、絶望感を抱いたときだ。
「失礼」と言って、一人の男性がテーブルに近づいてきた。
 慌てて店内を見回す。相席をしなければならないほど、客が増えていたのだろうか。
 そう思ったのだが、店は先程と同様で混み合ってはいない。
 それならどうしてこの男性は、声をかけてきたのだろうか。
 もしかしたら、迷惑がって注意をしに来たのかもしれない。
 戸惑う気持ちを隠すことができなかったが、恥ずかしさが再び込み上げてきて何も言えなかった。
 そんな愛央に、その男性は柔らかい声で話しかけてくる。
「ああいう形で牽制された貴女は堪ったものではないだろうけど、確かにあれほどのエネルギーを使って恋愛ができるなんて羨ましいですよね」
「え……あ」
 どうやらイヤミを言われている訳ではないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。
 先程の独り言を、この男性は聞いていたようだ。
 そもそも、リリとのやり取りも全部聞かれていたのかもしれない。
 恥ずかしさに居たたまれなくなったが、愛央は男性に頭を下げる。
「お騒がせをして申し訳ありませんでした。私はもう帰りますので、どうぞごゆっくり」
 リリには、場所を変えて話そうと伝えよう。これ以上、この場で恥ずかしい思いをしたくない。
 伝票を手にしようとすると、その男性に手で押さえられる。
 ハッと驚いて顔を上げ、そこでようやく彼の顔をじっくりと見た。
 清潔感のある、優しい顔のイケメンだ。
 愛央と目が合うと柔らかくほほ笑む、その顔がとても印象的だと思った。
 スーツがとてもよく似合い、品良く見える。イケメン度が半端ない。
 黒髪はラフな感じに後ろに撫でつけられていて、とにかく大人の色気を感じる。
「失礼を承知でお聞きします。先程出て行った女性に言ったことは、真実で間違いないでしょうか?」
「え?」
「既婚者に色目を使っているという」
「使っていません! むしろ、こちらが困っているんです」
 思わずむきになって声を張り上げてしまい、慌てて口を両手で押さえる。
 周りにいる客からの視線を感じて、愛央は慌てて頭を下げてその場をあとにしようとした。
 だが、今も尚(なお)この男性に伝票を押さえられているために動けない。
 愛央は、涙目で彼に訴えた。
「もういいですよね? 質問には答えました。早く伝票を返してください」
 小声で言うと、彼はこちらを労(いたわ)るように、しかしなぜか興味深そうに見つめてくる。
「実は、ご相談があります。貴女にも損はない話です」
「え?」
 詐欺めいた誘いにムッとして眉を顰(ひそ)めると、彼に伝票を奪い取られてしまった。
「ちょっと!」
「シッ、先程の彼女が戻ってきそうですよ?」
「あ……!」
 はっきり言って逃げ出してしまいたい。これ以上、リリに追及されても何も答えることはできないだろう。
 彼女の姿を目で追いながら絶望感にうちひしがれていると、その男性は名刺を差し出してくる。
「私、蔵(くら)園(ぞの)紘(ひろ)と申します。食品雑貨メーカーで店舗開発部の課長をしています」
「え?」
 どうして、この男性が愛央に名刺を差し出してきたのか理解できない。
 名刺を手にして戸惑っている愛央に、蔵園紘という男性はニッコリとほほ笑んできた。
「愛央さん。私の名前は紘です。覚えてください。いいですね?」
 紘は、リリと愛央の会話を聞いていたのだろう。愛央の名前まで、しっかりと把握していた。
 突然の出来事に、愛央はただ慌ててしまう。そうでなくても、これからリリと対(たい)峙(じ)しなければならないのに。これ以上の厄介事はごめんだ。
 抗議しようとしたが、紘があまりに真剣な顔をして首を横に振るので口を噤(つぐ)んでしまう。
 そんな愛央に、紘は真摯な視線を向けてくる。
「愛央さん。貴女を助けてあげますよ」


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