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執着魔術師は女王陛下を落としたい 〜魔法の媚薬は純愛仕立て〜

深森ゆうか / 著
成瀬山吹 / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2021/01/29

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内容紹介

そんな可愛いこと仰るのが悪い…!
若く美しい女王クローディアは、男も結婚も不要と豪語する男まさり。そんな彼女が、『庭園隠者』兼『薬師』として仕える幼馴染・デュークの家でうっかり彼お手製の媚薬を飲んでしまった!? 激しい情欲に襲われデュークに助けを求めるクローディアに彼は言う。「そんな態度をされたら私だってただの男に成り下がるしかない……」初めての官能の悦びと彼の思わぬ熱情に戸惑いつつも、すっぱりとなかったことにしようと決めたクローディアだけれど、その媚薬はとある陰謀によりまたもや彼女の口に。あわや騒動になりかけるも、どこからともなくデュークが現れ彼女をかき抱く。彼に深く貫かれ情欲を解放するたびに、クローディアはこの皮肉屋で少しイジワルな幼馴染の正体と、本当の想いに気づき始め……。神出鬼没、不思議な技を持つ彼との、素直になれない身分差ラブストーリー!

立ち読み

   プロローグ

 大陸の西北寄りに位置するアールデルス王国は広大な海に臨む貿易国家で、中央に進むにつれ丘陵地と低い山々が広がり、南には他国の侵攻を防ぐように高い山脈が連なっている。
 決して大きくない国だが、豊富な海産物と肥沃(ひよく)な低地帯から得る様々な農産物のおかげで、人々の暮らしは豊かだ。
 現在この国は王制で、頂点に立つのはクローディアという女性。
 腰まである癖のある豊かな黒髪は南海で採れる珍しい黒真珠のように艶(つや)やかで、青い瞳はいつも生き生きと輝いており、知性に満ち溢(あふ)れている。
 実際為政者としても秀でており、鋭敏な頭脳の持ち主である。
 女性として生きるより、統治者として生きることを選んだ女王クローディアは、アールデルス国はもとより、周辺各国からも常に一目置かれている存在であった。
 特にここ数年は、一層注目されている。
 ——というのも……
?



   ◇一章 女王は王配を望まない。だから男は不要である。

 クローディアは乱暴に執務机に紙の束と小さな肖像画を投げた。
 あからさまに不快な表情の彼女に向かい合うように立つ中年の男の名は、サーファス・ベーク。アールデルス国の宰相である。
 クローディアの右腕とも呼べる彼は、今の彼女の態度の理由を作った張本人である。
 傍らに控えている文官達は、戦々恐々としながらも必死に直立不動の姿勢を保っていた。
 クローディアが執務机に叩きつけたのは、幾人もの男性の肖像と出自や経歴が書かれた書類。
「何度言ったらわかるんだ、サーファスは? 私は王配などいらんと言っているだろう」
 いつものハキハキとした口調だが、こちらも明らかに不機嫌さを滲ませている。
 女性にしては背が高く、人目を引くなかなかに整った容姿のクローディアだが、キリリとした目元には女性とは思えぬほどに力がある。
 その眼力(めぢから)に押されて隣にいる秘書官は口を閉ざしたままだが、さすが親代わりの宰相は恐れを知らない。
「そういうわけにはいかないのです、陛下。陛下はとうに結婚適齢期を過ぎております。しかしながら未だにこうして『是非(ぜひ)に』と、王配として貴女(あなた)と共に国を支えていきたいと熱望している方が大勢いらっしゃいます。どうかその者達の声に耳を傾けてください」
 サーファスは眼鏡を掛け直しながら淡々と、しかしながら心をこめてクローディアを説得する。
「いらん。それに次期国王は私の異母弟のクラウスと既に決定しているだろう? ここで私が結婚して子でもできてみろ。跡目争いという面倒なものが勃発してしまう」
「それは無事に結婚してお子ができたら考えればいいことだと思います」
「先行きを示す有効な案がないなら、ますます結婚する必要はないな。それに私に夫は必要ない、というかそんな面倒な存在は欲しくない」
「王配を面倒な存在と仰(おっしゃ)るとは……。父君(ちちぎみ)である亡き前国王陛下が聞いておられたら、どうお思いになるか……」
 親不孝者と言わんばかりのサーファスの言い方に、クローディアは皮肉たっぷりに片方の口端を上げる。
「次期国王はクラウスと決めたのに、グズグズと私に子を作れ、作って跡目を継がせろと言うお前達の方がよほど国を蔑(ないがし)ろにしていると思うが? そんなにクラウスが嫌いか?」
「……陛下! 以前から申しているように私どもはクラウス様の才を侮(あなど)っているのではありません。理由は別にあるのだと——!」
 クローディアはサーファスの発言を遮るように椅子から立ち上がる。
「本日の執務はこれにて終了だ。そこに積み上がっている見合い用の肖像画と釣書は破棄しておくように」
 と、隣に控えていた秘書官に冷たく告げると、執務室から足早に出ていった。

   ◇◇◇◇◇

(全く……! 毎日のように見合いを持ち込んできて、サーファスは見合い婆(ばばぁ)か! いつまでも子ども扱いする乳母よりはマシだが……)
 いや、似たようなものか、とげんなりしながらクローディアは乗馬服に着替えると、厩舎(きゅうしゃ)に足を運ぶ。
 クローディアは乗馬が好きでほぼ毎日のように乗っているので、厩番(うまやばん)達はいつもの日課とばかりに慣れた様子で彼女を出迎える。
「陛下、今日もノーザムのご機嫌はよろしゅうございますよ」
 責任者のトムが、クローディアの愛馬である金毛の馬を連れてきた。
「うむ。いつもノーザムの体調を管理してくれて礼を言う。小姓や護衛が来たらここで待つよう伝えてくれ」
「かしこまりました。そのように」
 トムはノーザムの手綱(たづな)をクローディアに渡すと、帽子を取り深々と頭を下げる。
 女王を守るべき護衛達をこうして置いていくときは、大抵王領地内の、ある場所までの乗馬である。
 そして彼がこのように何も問わずに従うのは、これがクローディアのプライベートな時間であり、「邪魔をするな」と厳重に言い渡されているからでもあった。
 トム達厩番は、軽やかに駆けていく金色の馬と黒髪をたなびかせて去っていく女王を快く見送った。

 爽やかな風と共に鼻腔をくすぐる草木の香りを感じながら、リズムよく駆けるノーザムの背中に乗っていると、気分もよくなって知らず鼻歌が出てくる。
「やはり、こうしてお前と駆ける時が一番だな! ノーザム」
 と、金の鬣(たてがみ)を撫でてやると、ノーザムは答えるように「ブルルン」と鼻を鳴らす。
「ふふふ、デュークの小屋に着いたら水を飲もうな」
 クローディアの言葉にノーザムはヒヒンと鳴いた。
 それはまるで「他に楽しみがあるくせに」と言っているようで、クローディアは楽しそうに笑った。
「さすがノーザムだな、私のことをよくわかっている。サーファスより優秀ではないか? さあ、もう一駆けするぞ!」
 そう皮肉ると、鐙(あぶみ)で軽くノーザムの腹を叩いた。
 彼は心得たと言わんばかりになおも軽やかに走る。
 四半刻ほど駆けると石造りの小さな小屋が見えてくる。
 広い王領地内で森林を背にポツンと建っているその小屋は、屋根や壁は蔓(つる)で覆われ、一見廃(すた)れているように見えるが、実はそれこそが狙いである。
 敷地内に寂(さび)れたように装った塔を建てたり、築山(つきやま)に岩屋を造るなどして、そこに敬虔な『隠者』を住まわせるのがここ十数年来の近隣諸国での富裕層や貴族達の流行であった。
 そこで彼らから説教や助言をもらったり、物語の語り部をさせたり、あるいは彼らの生活を余興として眺めたりと——要するに生きた庭園装飾兼、娯楽である。
 そんな『庭園隠者』と呼ばれる者達を雇うのは金と地位と名誉を持つ証(あかし)、一種のステイタスであった。
 ここアールデルスもクローディアの父の代に、小国でありながらもこの流行に乗り、王領地内に庭園隠者を雇ったのだ。
『隠者』とはそもそも『俗世間との交わりや名誉を捨てた隠遁者(いんとんしゃ)』のことだが、実際に庭園隠者として雇われるのは『そういう設定で暮らす者』のことである。
 ——しかしながら、クローディアの父が雇った庭園隠者は少々、他の隠者とは違っていた。
 隠者、というと普通老人を想像するが、父は子連れの中年男を雇ったのだ。
 どうやら『隠者とその愛弟子(まなでし)』という設定だったらしい。
 本当のところは、二人は血の繋がった親子であったが。
 前任者の本来の職業は薬師(くすし)だと聞いている。
 そして現在、初代の隠者役の父親は亡くなり、残った愛弟子という設定の息子が跡を継いでいる。
 その新たな隠者の名は、デューク・イユールと言う。女王クローディアとは幼馴染(おさななじみ)でもある。
 二十七歳という男盛りでありながら庭園隠者を受け継いだ彼は、恵まれた容姿と長身、そして親から受け継いだ調薬の知識と謎めいた雰囲気が良いと、既婚未婚関係なく女性に大層人気だった。
 二、三日に一度は女性達に囲まれている彼を見てはやっかんだり、羨(うらや)ましがったり、「庭園隠者というよりあれは男娼だ」と悪意をこめて囁いたりする男達の声が聞こえてくる。
 本人は隠者らしくそんな悪評もどこ吹く風で、その飄々(ひょうひょう)とした態度も人気の理由になっていた。
 かく言うクローディアも、彼に会いに行くのはこの王宮生活の楽しみの一つであった。
 ただ、クローディアは彼の容姿や雰囲気に惹かれて会いに行くのではない。
 それとは別の、全く色気のない理由だ。
「うん、いい匂いがしてきた! 今日はパンを焼いたらしいな」
 緑の香りと共に、腹の虫を騒がせる匂いも風に乗って運ばれてくる。
 デュークは、やってくる客のために毎日パンや菓子を焼き、お茶のお供としてご馳走してくれる。
 それがまた王宮料理人達を唸らせるほどの腕前なのだから、ますます女性達の心を掴んで離さない。
 クローディアは、まさに彼の料理の腕に『胃袋を掴まれた』一人であった。
 幼い頃はよく遊んだものの、十四の年より薬師の修業という名目で旅に出ていた彼は、三年前に前任者である父親が病(やまい)に倒れたことを受けて戻ってきた。その長い旅の間にパンや菓子作りを覚えてきたらしい。勿論、薬師として得るべき新しい調薬法もだが。
(まあ、他にも色々と身につけた技があるみたいだがな)
 ああいうパンを自分でも作れるようになりたいとデュークに教えを乞うたが、
「女王なのだからそっちの仕事を全うしなさい」
 と、ごもっともな意見を言われ却下された。これも幼馴染ならではの気安さゆえだろう。
 けれど、クローディアにだって夢がある。
 一年後に異母弟のクラウスが王位を継いだら、デュークみたいに自分の好きなように自由に生きるのが目標だった。
 そして好きなパンや菓子を焼いて、田舎でのんびりと余生を過ごすのだ。
 自分の好きな物に囲まれて美味(おい)しい物を食べて——その夢の中に『男』という存在が現れたことなど一度もない。
「……私の人生に男は不要だ。いなくても何の不自由もないというのに」
 なのに、周辺の男達は自分をこのままにしておく気はないらしく、見合いの話がひっきりなしに来るという。
 どうせ王配の地位と権力を狙っているだけだろう。そもそも自分は一年後に譲位すると言っているのに——またサーファスのお小言を思い出し、クローディアはブツブツと愚痴をこぼす。
 ヒヒン、とノーザムが鳴く。まるで「自分も雄だ」と言いたげに。
「わかってる、お前は別だよ」
 笑いながらノーザムに言うと、もう一駆けと言わんばかりに鐙に力を入れた。
?




   ◇二章 アールデルスの庭園隠者と媚薬

 クローディアはノーザムから下りてたっぷり水を与えると、いつものように涼しげな木陰を作る樹に繋いでおく。
「ゆっくり休んでいてくれ」
 と鼻先を撫でてやると、彼は気持ちよさそうに目を瞑(つむ)り、鼻を鳴らした。
 そんなノーザムに慈愛の眼差しを向けてから、クローディアはデュークの小屋へ向かう。
 先客がいると、ここからでも華やかな女性の声が聞こえてくるのだが、今日は聞こえない。
 どうやら自分が一番乗りらしい。
(……と、いうか)
 遠慮せずに小屋の扉を開けるが、女性どころか小屋の主であるデュークの姿さえ見えない。
 あるのは長く使い込まれた質素なテーブルの上に用意された茶の道具一式と、籠(かご)いっぱいの焼きたてのパンだ。
「裏の森に薬草でも摘みに行ったのか?」
 デュークが戻ってきたら食べようとしばらく待っていたが、パンの匂いが鼻腔をくすぐり、お腹(なか)が鳴り出す。
 家主がいなくても食べられるように、日ごろからこうしてちょっとしたお菓子やパンを用意してあるのは知っている。
 とはいえ、無断で食べるのは不作法かと思いしばし待ってみるが我慢できなくて、一つパンを取ると行儀悪くかぶりつく。
 モチッとした生地の食感と、イチジクとチョコレートの組み合わせが絶妙なパンだ。
 咀嚼(そしゃく)したクローディアは、その味に感激して身体を震わせた。
「うーん、美味! 全然パサついていないし、かといって水っぽくもない。イチジクとチョコレートの相性は抜群だな!」
 女性でも軽く摘まめるように小さく形成して、焼き上げているのがまたいい。
 クッキーやスコーンも置いてあるが、焼きたてのこのパンの魅力には抗(あらが)えない。
 クローディアは二個、三個と摘まんでいく。
 いくらパサついてなくても、次から次へと口に運んだせいで喉が渇く。
 用意された茶を見るがティーコゼーに覆われた紅茶は熱々で、遠駆けして汗をかいた今は飲みたくない。酒を飲んで喉を潤すことにした。
 酒棚の場所だってクローディアは把握済みだ。この小屋には味を損なわないよう冷暗所のような部屋があって、デュークはそこに酒を並べてある。
 他国から輸入されるたくさんの酒は勿論、デューク自身も果実酒を作っているので彼の酒棚には豊富な種類の酒が並んでいた。
(勝手に入ってもいいだろう、あいつと私の仲だし)
 幼い頃に父親に連れられてきたデュークと出会って以来、彼とはよく遊んだものだ。
 修業の旅に出て十年ほど会っていなくたって、彼は自分にとって兄のような存在で、彼だって自分のことを妹のようだと思っている——そんな揺るぎない自信がクローディアにはあった。家族のように親愛のキスを交わしたのもいい思い出だ。
 共にこの近隣の森や川の浅瀬で遊んだ記憶は、いつ思い出してもキラキラと輝いている。だからこそこの家でこれだけ自由に振る舞えるのだ。
 酒を保管してある冷暗所は、魔法使い達が魔力を籠めた石材を壁に使用しているせいか、いつもひんやりと肌寒い。
 大昔には大勢いたとされる魔力を操る者——いわゆる魔法使いや魔術師は、現在はとんと見かけなくなった。
 しかし何かの拍子に魔力を含み、属性を保ったままの状態で発見される石材や木材、宝石等々は高値で取引され、こうして生活や軍事、交通手段の燃料などに利用される。
 この冷暗所の石壁は、デュークの父親がツテを使って手に入れたものらしく、王宮の利酒師(ききざけし)や料理人達が羨ましがり、「一面分譲ってくれ」と交渉を持ちかけてきたこともあると聞いている。ツテがあるとはいえ、よくそんな貴重なものが手に入ったものだと思う。
「気分的に果実入りの酒か、葡萄(ぶどう)酒(しゅ)か。スパイス入りではないのがいい……。あっ?」
 酒棚に並んでいる瓶を指さし確認しながら視線を走らせ、ふと動きを止めた。
 隠すように置いてある瓶がある。
「なんだろう……」
 クローディアは他の瓶を除けて、それを手に持つ。
 薄暗い場所なのに、中の薄いバラ色の液体は、キラキラと輝いている。
「綺麗(きれい)……何かの果物の酒だろうか?」


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