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魅惑の王子の恋愛指南 ~スパダリ紳士は姫を甘やかしたい~

結祈みのり / 著
すずくらはる / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2021/01/29

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内容紹介

誰もが見惚れる女性にしてみせる
仕事終わりに立ち寄った憧れのファッションブランド「ソーレ・カリーナ」の店員に、男性と間違われてしまう姫乃。いつものこと、と立ち去ろうとするところをデザイナー兼経営者の一条昴から「原石だ」と呼び止められ、彼の指導のもと、生まれ変わることを決心する。過去のトラウマのせいで失った自信をも取り戻していく。昴はなぜこんなにもよくしてくれるのだろう。真意がわからぬまま、一途に想う気持ちばかりが膨らみ…。「君を甘やかしたくてたまらない」丁寧で執拗な愛撫で蕩かされるうち、紳士な彼が理性の仮面を破って…。お人好しな地味系OLがハイスペック王子の手で花ひらく、シンデレララブ!

立ち読み

プロローグ

 平日の午後八時過ぎの電車内は、仕事帰りのサラリーマンやOLで混み合っている。
 姫(ひめ)乃(の)も例に漏れずその一人で、一時間ほどの残業を終えた後に帰宅の途についていた。
 天(あま)宮(みや)姫乃、二十七歳。
 東西信用金庫新(しん)宿(じゅく)支店に所属する姫乃は、現在社会人五年目のしがない金融職員である。
 そんな姫乃の日課は、もっぱら仕事終わりのジム通いだ。今日も今日とて一時間ほど汗を流した彼女は、上下ジャージに黒のキャップと完全リラックスモードで電車に揺られていた。
(夕飯、何を作ろうかなあ)
 扉付近に立ちスマホを片手に献立を考えていた姫乃は、ふと顔を上げる。
 すると視線の先にいた女子高生と目が合った。
 初めはたまたまだろうとすぐに目を逸らしたが、その後もやけに視線を感じる。
 不思議に思いながらも今一度顔を上げると、やはり彼女はこちらを見ていた。
 まるで、何かを訴えるように。
 涙を滲(にじ)ませてきゅっと唇を噛む彼女は、やたらとスカートの裾を気にしている。
(まさか……痴漢?)
 嫌な予感がしてよくよく目を凝らせば、彼女の足を撫でまわす手が視界に映った。
 彼女の背後にいるのは、やけににやついた顔をした四十代半ばくらいの男。そして彼女の周囲でSOSに気づいているのは、おそらく姫乃だけだ。
 立ち位置から見るに、触っているのは十中八九あの男だろう。しかしこの場所からでは確証は得られなかった。助けたい気持ちはあるが、犯人以外を痴漢扱いなんてことは絶対に避けたい。
(どうしよう)
 悩んだ、その時だった。電車が揺れた反動で一瞬、乗客同士の隙間が大きく開く。その最中、男の手が女子高生の太ももに伸びたのを姫乃は確かに見た。
 それだけではない。男のもう片方の手にはスマホが握られ、そのレンズがスカートの中を向いていたのだ。迷っている暇はなかった。助けられるのが自分だけなら、やるしかない。
 考えるよりも先に身体が動いていた。姫乃は女子高生と男の間に身体を割り込ませて手を伸ばす。シャッター音と姫乃が男の手を掴んだのは、同時だった。
「い、いきなりなんだ!」
 手を掴まれた人物――声を荒らげたのは、やはりあの男だった。
「放せ、警察を呼ぶぞ!」
 男の大声に呼応するように、混み合う車内の乗客の視線は一斉に姫乃の方へ向く。しかし、この状況に必死な姫乃は気づかない。
 今頭にあるのは、この手を決して放してはいけないということだけ。
「放しません。警察にはお付き合いします。でもその前に次の駅で私と一緒に降りてください。駅員さんに事情をお話ししましょう」
 口調こそ落ち着いているものの、本当は怖くてたまらない。しかし女子高生を背後に庇(かば)っている以上、男にそれを気取られるわけにはいかなかった。
「見ましたよ」
 声が震えそうになるのを気合で堪(こら)えて、男に厳しい視線を向ける。もちろん、腕は掴んだままだ。
「彼女に触っていましたよね。シャッターを切るところも確認しました」
「いい加減なことを言うな、俺はそんなことしてない!」
 なおも騒ぎ立てようとする男にだけ聞こえるように、姫乃は言った。
「証拠ならあなたのスマホに残っていると思います。これ以上の説明が必要ですか?」
 男の往生際の悪さに辟(へき)易(えき)しながらも、あえて淡々と事実を突きつける。すると男は逃げきれないと悟ったのか、悔しそうに唇を引き結ぶとがくんと項(うな)垂(だ)れた。
「もうおしまいだ……」
 腕を掴まれた上に決定的な場面を見られてしまったのだ。観念するしかないだろう。しかし姫乃の心に生まれたのは同情心ではなく、嫌悪感だ。
(自業自得でしょう)
 痴漢に盗撮なんて最低なことをしておいて、何を言っているのか。呆れた姫乃が溜息をつくのと同時に電車が駅に停車する。そして車両の扉が開いた、その時だった。
「あっ! 待っ――!」
 男は突然姫乃の腕を振り払ったのだ。不意を衝(つ)かれた姫乃はすぐに逃げる男へ手を伸ばすが、寸前のところですり抜けられてしまった。このままでは逃げられる――そう思った時だった。
「大丈夫」
 耳元でそんな声が聞こえた、次の瞬間。姫乃の後ろから電車を駆け下りた人物が逃げる男の腕を掴んだ。
「おっさん、往生際が悪いよ」
 そう言って茶髪にサングラス姿の男性は、男をホームに押さえつけたのだった。

『大事にしたくない』
 女子高生は警察を呼ぶことを拒(こば)んだ。一方、男性に捕まった犯人は土下座する勢いで女子高生に詫(わ)びた。そして女子高生、姫乃、男性立ち会いの下、端末・サーバー上共に画像データを消去し、最後に自らの名刺を差し出したのだった。
 学校帰りだという彼女のことは、この後仕事終わりの父親が迎えに来てくれるらしい。しかしこんなことがあったばかりでは不安だろうと、姫乃は父親と合流するまで付き添うことにした。
「それじゃあ、俺はこれで」
「あの、今日はありがとうございました!」
 その場を離れようとする男性を姫乃は咄嗟に呼び止めた。
「どうして君が礼を言うの?」
 振り返った男性はおかしそうに言った。濃い色のサングラスをしているから、その素顔は分からない。しかし形の良い唇は柔和な笑みを浮かべている。
「私一人なら逃がしてしまっていたと思うので……」
「君が動いてくれたから、俺も気づくことができたんだ。だからお礼はいらないよ」
 彼の低い声は、不思議と耳に心地よかった。
(……芸能人みたい)
 姫乃は去り行く背中につい見(み)惚(と)れた。モデルのように引き締まった身体も、軽く百八十センチは超えるだろう長身も、およそ一般人とはかけ離れたオーラを放っていたからだ。
(それに)
『大丈夫』
 そう言って姫乃の背後から颯(さっ)爽(そう)と現れ男を取り押さえる姿は、ドラマのワンシーンのように格好よかった。
「あの……すみません、一緒に待ってもらって」
 つい男性の後ろ姿に目を奪われていた姫乃は、はっと振り返る。未だ青白い顔をした彼女に姫乃は慌てて「大丈夫だよ」と伝えると、自販機でペットボトルの水を購入して差し出した。
「よかったら、どうぞ。お水でよかったかな?」
「はい。……あの、助けていただきありがとうございました。画像まで消させてくれて、なんてお礼を言えばいいのか……本当は自分で嫌だって言わなきゃいけなかったのに、私、怖くて声が出なくて……」
「あんなことされたんだもの、怖くて当然だよ」
 涙目の彼女をなんとかなぐさめたくて、姫乃はたまらず頭をぽんぽん、と撫でた。すると彼女は驚いたように目を瞬かせる。
「あっ、ごめんね。つい」
 姫乃は中高と女子校に通っていたこともあり、同性に対しての距離感が割と近い自覚がある。今も後輩の女の子に対するような感覚でいたのだが――
(馴れ馴れしかったかな?)
 一方の頭を撫でられた彼女はなぜかぼうっ……と姫乃を見つめている。涙で濡れた瞳に赤らんだ頬の彼女は同性から見ても可愛らしくて、このまま電車に乗せるのが不安になるほどだ。
「あのっ! お名前、聞いてもいいですか?」
「そっか、まだ言ってなかったね」
 名乗る機会もなくてすっかり忘れていた。
「天宮姫乃です」
 姫乃はにこりと笑う。しかし、名前を問うた彼女は違った。
 彼女はぽかんと呆(ほう)けたように姫乃を見つめる。そして、言ったのだった。
「え……女の人……?」

第一章

『お姫様のように可愛らしい女の子になりますように』
 母親のそんな願いを込めてつけられた名前。それが、姫乃だ。
 好きな食べ物は、いちごやケーキなどの甘いもの。好きな色は淡い色で、趣味は料理全般。
 反対に苦手なものは辛いものやホラー映画。
 ちなみにお酒はとても弱くて、一杯飲んだだけで酔ってしまう。
 このように、姫乃の内面は確かに女の子らしい方なのかもしれない。
 ただし、「中身」だけは。残念なことに外見は、両親の願いとは真逆の方向に成長したのだ。
 小学生時代。同級生の女子の中で飛びぬけて背が高く、入学式では本当に一年生かと先生たちをざわめかせた。
 中学生時代。担任の勧めでバレーボール部に入部したところ見る見る才能を開花し、同じく身長も伸びていった。
 高校生時代。中学に引き続きバレー部のエースとして見事チームを春(はる)高(こう)に導いた。
 ちなみに小学校高学年の時、姫乃の評判を聞きつけた近所のおじさんにスカウトされ、高校卒業までは柔道教室にも通っていた。
 この間、バレー部の慣習に合わせて髪型はずっとショートカット。
 短髪、高身長に似合う服ということで、私服は自然とシンプルかつボーイッシュなものが増えていった。そのためかは分からないが、私立中高一貫校の女子校時代は、怖いくらいに女子からモテた。
 あだ名は「姫」の正反対で、「王子」。
 女子から告白された数は両手でも足りないくらい。しかし、一度街に出れば評価は一変した。
 何度も男と間違われてしまったのだ。学校では格好いいとされる外見や百七十五センチの身長も、他人から見ると男にしか見えなかったらしい。
 異性と間違われるたびに、姫乃は思った。
 本当は、パンツよりもスカートを穿(は)きたい。
 髪の毛だって結べるくらい伸ばして、お化粧だってしてみたい。
 でも、学校ではそんな自分を隠していた。王子様扱いがすっかり板についてしまい、今更女の子らしい格好をするのが恥ずかしかったのだ。
 姫乃が自分から男っぽく振る舞ったことは、一度もない。しかし周囲は自然と姫乃に格好よさを求めた。それに、キラキラした目で自分を見つめる女の子は素直に可愛いと思えたし、そんな状況に酔っている部分もあったのかもしれない。
 幸いにも「姫乃」と名付けた両親は、男の子っぽい外見の娘を「可愛い」と言ってくれた。
 大切なのは中身なのだから、あなたはそのままでいいんだよ、と。
 それでも姫乃は、この名前に見合った自分になりたかった。
(変わりたい)
 その一心から大学進学を機に上京した。
 自分のことを誰も知らない場所で再スタートしたかったのだ。
 好きな服を着て、お洒落をする。
 もしかしたら、彼氏だってできるかもしれない。……そう、思っていたのだけれど。
『やっぱ、ダメだ。お前と一緒にいると、女装した男と歩いてるように見られる』
 大学に入学して間もなく、奇跡的にできた彼氏にはわずか三ヵ月で別れを告げられた。
 姫乃なりに頑張ってお洒落をした結果が、これだ。
 これをきっかけに、姫乃の心はポッキリ折れてしまった。
 変わりたい気持ちも、可愛いものへの憧れも変わらず存在した。でもそれ以上に、奇異の目で見られるのが怖かったのだ。
 その後は女性らしく着飾ることを諦めたまま大学を卒業し、都内の信用金庫に就職すること早五年。
 気づけば、恋愛能力ゼロ、趣味はスポーツジムで汗を流すこと……な干物アラサー女ができ上がっていたのだった。


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