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将軍閣下は不治の病(自称)

戸瀬つぐみ / 著
逆月酒乱 / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2020/09/25

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内容紹介

君は未来永劫私の唯一の妻だ。
「美しすぎて、罪深い」
異世界転移してすぐ、マリカは戦勝記念の凱旋パレードで救国の英雄・イライアス将軍を目にする。その逞しい姿に見とれていると、突然倒れ落馬する彼――。それから三年、女王陛下の命により、パレード以後表に姿を見せないイライアスの元に嫁ぐことになったマリカは、かつての屈強さが見る影もなく、痩せて病人のように変わり果てた彼の姿に驚く。政略結婚とはいえ、良き夫婦になろうとあれこれ奮闘するマリカだったが…。「かわいすぎてたまらない……触れてもいいのか?」旦那様には何か秘密があるようです!?

立ち読み

 1 女王陛下の仰せのままに

 雲ひとつない澄んだ青い空は、もう戻ることができないだろう故郷と同じ色をしていた。
 はじめて訪れたその場所の華やかさと活気に、茉(ま)莉(り)香(か)は驚く。
 王宮へ向かう一番賑やかな通りは、人で溢れかえっている。花売りが売る花には、一本ずつリボンが付けられ、人々は好きな色の花を買い、大切そうに持って群衆に紛れていった。
 通りを挟んで向かい合う家と家の二階の窓は、旗の付いた紐で結ばれ、街全体が飾り付けられている。視界に入る人すべてが、茉莉香の目にはまばゆく映った。眺めているだけで、なんだか心が弾んでくる。
「今日は、お祭りがあるのでしょうか?」
 興味がわき、一緒にいた女性に尋ねる。彼女とは出会ってからそれほど時間がたっておらず、特別親しい関係というわけではない。これから王宮で侍女として働く茉莉香のために、この王都まで案内してくれた付き添い人だった。
 離れた場所から旅をしてきた二人だが、これまではあまり余計なおしゃべりをしてこなかった。それは、ここにたどり着くまでに起きた様々な出来事から、茉莉香が塞ぎ込んでしまっていたせいだ。
 でも今、茉莉香はこの世界も明るい色で溢れていることを知り、久しぶりに空を見上げた。内側にばかり向いていた思考が、本来の好奇心を少しずつ取り戻していく。
 その心の変化が相手にも伝わったのか、付き添い人はにっこりと微(ほほ)笑(え)んだ。
「いいえ、パレードですよ。戦勝記念の凱旋(がいせん)パレードです。せっかくだから見物していきましょうか。先の戦争はあなたにも無関係ではなかったのですし、一緒にお祝いをしましょう」
「いいのですか?」
 ただの群衆の一人だったとしても、国の大きな行事に参加することが許された。もともとよそ者だった茉莉香にとっては、嬉しいことだ。
 付き添い人は、茉莉香に花を買ってくれた。そして、人垣のできているところへ移動する。
「これから軍の隊列が通ります。その時にこの花を投げてお祝いするのですよ」
 今からここを、戦争で活躍した軍の兵達が通るのだという。茉莉香は背伸びをしてみるが、ただ集まった人達の背中と頭が見えるだけだった。これではパレードがはじまっても何も見えない。何度か背伸びをしていると、弾みでかぶっていたフードが脱げてしまった。肩で揃えられた黒髪が、風で揺れる。あわててかぶり直そうとしたが、その前に近くにいた街の女性に声をかけられた。
「お嬢ちゃん、見ない顔立ちだねえ、もしかして違う世界から来たっていう『渡り鳥』かい?」
 興味津々のその態度に、茉莉香は気圧(けお)される。
「えっ……ええ。そうです」
「まあ、珍しい」
 自分のように異世界から渡ってきた人間でも、ここではそれを理由に忌避されることはないと聞いている。しかしこの国の女性は皆、髪が長い。手入れされた長い髪が、美しさと豊かさの象徴なのだ。だから、もともと短く揃えていた茉莉香は目立たぬよう、旅の間は髪をフードで隠していた。
 思わず構えてしまったが、街の女性はただ茉莉香の髪を珍しく感じ、気安く尋ねただけだったらしい。とても親切な彼女は、自身が持っていた砂糖菓子を分け与えてくれる。
「小さいのに大変だったね。ほら、これあげる。子供は、もっと前で見るといいよ」
「でも……」
 頷くことができなかったのは、前に行きたくても行けない状況と、女性が、茉莉香のことを子供と勘違いしていることに気付いていたからだ。
 しかし女性は遠慮はいらないと言い、「小さい子を前に入れてやって」と声を上げていた。その時前方にいた人達が、彼女の知り合いだったのかはわからない。それでも確実に声は届き、反応した人達が、嫌な顔をせずに茉莉香と付き添い人が入り込める隙間を作ってくれる。
「ありがとうございます」
 茉莉香は豪胆な街の女性と、譲ってくれた人達に礼を言う。この世界にも優しい人達がいる。茉莉香がここに来た時に助けてくれた人、そして今いる付き添い人の女性、それに親切な街の人。今までいろいろあったけれど、自分は恵まれているのだと実感した。
 しばらく最前列で待っていると、曲がり角のあたりで歓声が上がった。すぐにその方角から隊列が見えてくる。
 軍の兵は、馬に乗って現れた。馬はよく訓練されていて、足並みがぴったりと揃っている。隊列の中には、名の知れた軍人もたくさんいるらしく、主に若い女性達が呼びかけながら祝福の花を投げていた。花が舞う情景はとても美しく、特別な時間に立ち会えたのだと茉莉香に教えてくれる。
「すごい!」
 興奮の声を上げると、付き添い人も頷く。
「そうでしょう。イライアス・クロウ将軍閣下の部隊ですよ。今回の戦いは将軍閣下の活躍がなければ、簡単に収められなかったでしょう。彼は救国の英雄です。そして、あなたを保護してくれた兵達の指揮官でもあります。クロウ将軍と部隊の皆さんに感謝なさいな」
「はい」
「閣下は、この戦争中にご家族を亡くされているのです。それでも最後まで戦い抜いて、女王陛下に勝利を捧げられたのです」
「ご家族を……」
 なぜ付き添い人がそんな話をしたのか。それは、茉莉香も最近、家族との悲しい別れを経験したからだ。
「ほら、ごらんなさい。もうすぐクロウ将軍がやってきますよ」
 茉莉香達の前に、一際大きな黒馬がやってきた。その黒馬には、たくさんの勲章の付いた軍服に、一人だけ立派なマントを付けた男性が乗っていた。将軍という高い地位から、髭をはやした年嵩(としかさ)の男性を想像していたが、まったく違う。三十歳に届いているだろうか、亜麻色の髪をきらきらと輝かせた、精悍な顔立ちの男性が、イライアス・クロウ将軍の姿だ。
 生まれながらの気品と、鍛え抜かれた逞しい身体。惚れ惚れするような端正な顔立ちに、茉莉香の胸は高鳴った。
「あれが、イライアス・クロウ将軍……」
 忘れない。命の恩人の名を心に刻む。
 とても強い人なのだろう。見た目だけでなく、きっと心も強い人だ。でなければ、家族を亡くしてあんなふうにしっかりと立ってはいられない。英雄と並べて考えるのは不謹慎かもしれないが、自分も強くならなければと茉莉香は素直に思った。
 この日一番の喝采(かっさい)と、色とりどりの花が舞う。茉莉香は鼓動を高鳴らせながら、周りの人達に倣(なら)って持っていた花を投げた。――その、次の瞬間のことだった。
 将軍の顔が、急に険しくなる。そして、身体がぐらりと傾いだ。そのままクロウ将軍は、石畳の地面に落下してしまう。
(何が起きたの?)
 歓声が、悲鳴に変わる。何が起こったのかわからない。人々は混乱し、敵襲かと逃げ惑う者までいる。
 茉莉香は今すぐ飛び出して、駆けよりたい衝動にかられた。実際に足が一歩踏み出していたが、怒声のような声に阻まれる。
「邪魔だ。一般人は下がりなさい!」
 茉莉香の行動を止めたのは、警備をしていた兵士だった。兵士の言う通り、茉莉香が行っても迷惑にしかならない。自分は医師でも看護師でもないのだから。なのに、あの場所に行かなければならない、という焦る気持ちがなかなか消えてくれない。
 将軍は、あっという間に部下の兵士達に囲まれていく。見物人はすぐに解散するようにと、強い命令が下ってしまえば、茉莉香達はそこから立ち去るしかなかった。
 あとになって、倒れたクロウ将軍が無事だったことを知るが、この日はずっと震えが止まらなかった。

 この異世界に迷い込んでしまった茉莉香の、新しい生活のはじまりの日。くすんで見えていた世界が、鮮やかな色を取り戻した日に起きた衝撃的な光景は、イライアス・クロウという人物の名と共に、ずっと心に焼き付いている。

   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 それは王宮勤めをするようになって三年、はじめて寝坊してしまった日の午後。気まぐれな女王陛下が、突然マリカに声をかけてきた。
「そこの小鳥。渡り鳥の娘、名はなんと言ったかしら? こちらにいらっしゃい」
 予期せぬ出来事に、マリカは心の中で冷や汗をかく。ただの侍女が、国主から直接声をかけられることは異常事態だ。当然のことながら名前すら知らない様子だが、ここで渡り鳥の娘とは確かにマリカのことを指している。
 女王陛下はとても恐ろしい人だ。昨日までのお気に入りが、翌日には王宮から消えていたという話もよく聞く。違う世界からここに迷い込んでしまい身寄りのないマリカが、もし女王の機嫌を損ねてしまったら、職も住む場所も失って路頭に迷うだろう。
 朝寝坊の件なら、午前中に先輩にこってり絞られている。まさか、女王とほぼ接触することがない侍女一人の寝坊についてまで、女王自ら叱責なさるのだろうか。朝、急いでいたせいで、ようやく伸びた髪が今日に限ってきっちり整えられていないことも、不安要素だ。
 とにかく声がかかったからには、緊張と恐れで震えそうになる足を叱咤して、女王の御前に駆けつけなければならなかった。
「マリカと申します。女王陛下」
 焦る内心を隠し、優雅に静かに、そして深々とお辞儀をして女王の言葉を待つ。
「いいのよ、楽にして顔を上げなさいな。昨日、庭で遊んでいた迷子の子供を助けたそうね。私はただ、そのお礼をしたいだけなの」
 あっ、とマリカは顔を上げた。
「はい。偶然泣き声を聞きまして。でも、私はただ保護者を探しながら少しお相手をさせていただいただけです」
 その子供は五歳くらいで、いかにも身分の高そうな身なりの男の子だった。一緒に来たはずの使用人とはぐれ、転んで泣いていたところにマリカが出くわして、声をかけたのだ。
 転んだせいで膝が痛いと言っていたので、よくあるおまじないをしたあと、彼の使用人を探す手伝いをした。薔薇の垣根より高い位置に顔が出るよう肩車をしてあげたら、大喜びで元気になったので、大事がなく安心した。
 どうやら朝の遅刻までは耳に届いていないらしい。女王を怒らせたわけではないとわかり、マリカはほっと胸を撫で下ろす。

 マリカは三年前、二十一世紀の日本からこの世界に迷い込んだ。本当の名は漢字で「茉莉香」と書く。
 異世界トリップと言われる現象は、この国では稀(まれ)に起こることらしい。マリカ達は、世界を渡ってきた者という意味で「渡り鳥」と呼ばれている。
 渡り鳥はこの地で何かしらの才能を発揮することが多いため、保護され大切にされる。才能とは、科学などのまだこの世界にない知識だけでなく、もとの世界にはなかった魔法のような異能を指すこともある。
 一緒にこの世界にやってきた妹は、癒しの力があるとされ神殿に預けられている。マリカも判定を受けたが、特別な才能は発見されなかった。そのため妹とは離ればなれの生活だ。
 無能として捨てられてもおかしくはなかったが、一般人としてそこそこ素養があると評価され、こうして王宮で侍女として働かせてもらっている。
 普段は目立たぬよう淑(しと)やかにしているが、もともと陸上競技をやっていたので、他の侍女達より少しばかり逞しい。昨日、久々に小さな子供と出会ったことで、そのありあまる逞しさをつい発揮してしまった。そんなマリカに女王は言う。
「あの子供は私の遠縁にあたるのだけれど、本人も両親もあなたに感謝していたわ。何か、褒美をあげないといけないわね」
「めっそうもございません。陛下から直接お言葉をいただけただけで身に余る光栄です」
 マリカがそう言うと、女王は持っていた扇をぴしゃりと閉じた。
「気に入ったわ、マリカ。決めました。私からの褒美をぜひ受け取ってちょうだい。……あなた、独身ね?」
「はい」
「ちなみに、生娘かしら?」
「……は? はい」
「渡り鳥の中には、奔放な環境で育った者もいると聞くけれど?」
「私の生まれた国でも婚前交渉は禁じられてはいませんでしたが、そういう機会はありませんでした」
「でも、知識はあるのね?」
「はい。本などで、いつでも知ることができる環境にありました」
 女王の考えがわからないまま、マリカは次々飛んでくる質問に答えていく。素直に答えていいのだろうかとハラハラしていたが、無闇に質問の意味を尋ねることも、嘘をつくこともできない。幸い機嫌を損ねるような返事はしていないらしく、女王は満足気な表情を浮かべた。
「完璧だわ! よろしい。では、あなたに夫を与えます」
「オット……でございますか?」
 オット、それは美味しいのだろうか、それとも高いものだろうか、売ればいくらになるだろう。「褒美」という言葉はとても魅力的だ。つい、期待に胸を膨らませてしまう。
 そんなマリカの様子から、いまいち理解できていないことが伝わったのか、女王は少しだけ不機嫌になってきっぱりと言った。
「夫、よ。あなた、結婚しなさいな。今すぐに」
「……夫、でございますか」
 ようやく言葉の意味だけはわかった。それは食べ物でも宝石でもない。人生の伴侶、結婚相手という意味だ。でも、女王がなぜそんなことを言い出したのかわからない。たった今、名前を確認した程度の認識しかない者に、一体どうしたというのだろう。
 話についていけないが、それをこれ以上態度に出すわけにもいかず、理解したことを表すためにこくりと頷いた。
「相手はシャッフベリー侯爵。……いえ、イライアス・クロウ将軍と言ったほうが、きっとわかりやすいでしょうね。救国の英雄の名は、渡り鳥でも知っているでしょう?」
 その名を聞いて、どきりと心臓が音を立てた。忘れもしない、三年前、ただ遠くから眺めることしかできなかった、あの人のことだ。
「……ちなみに、あなたは今いくつになるのかしら?」
「二十歳になります。陛下」
「イライアスは三十二歳よ。お似合いだわ」
 御年五十歳の女王陛下は、少女のようにかわいらしく手を合わせて喜んだ。とってつけたようにお似合いだと言うが、十二歳という年齢差は、一般的には夫婦として、驚くほどではないにしても離れているほうだと思う。おそらくこの国でも。……しかし女王陛下が白と言えば、黒でも白くなるのが世の理(ことわり)だ。
(でも、クロウ将軍は……)
 すぐに思い出せる。あの凱旋パレードの折りに垣間見た雄々しい姿を。
 あれは、この世界にやってきた年。マリカが最初に迷い込んだ場所は、国境の戦場だった。危ないところを保護されてから、施設で能力の判定を受けたあと、侍女になるべく王都にやってきていた。そこで偶然パレードに遭遇して、見物させてもらうことができたのだ。でも……。
「恐れながら女王陛下、将軍閣下は数年前からお加減が悪いと聞き及んでおります」
 クロウ将軍が倒れたのは、パレードの馬車がマリカが立っていた場所を通り過ぎた直後だ。目の前で倒れた将軍の姿をはっきり覚えている。それからマリカはずっと彼がどうなったのか気になっていた。王宮に勤めていれば、自然と情報が耳に入ってくるもの。将軍は、命こそ無事だったが一度も公の場に姿を見せていない。重篤(じゅうとく)な病にかかっているという噂だった。もし今も病が癒えていないのであれば、結婚どころではないはずだ。
 マリカがおそるおそる将軍の体調について口にすると、女王はもう一度扇を開いて、けだるそうにゆっくり扇ぎはじめた。
「心配はいらないわ。まだ生きているそうよ」
「まだ!?」
 穏やかではない。まったく穏やかではない。
「夫亡きあとは遺産をたくさんもらえるように、しっかり婚前契約を結んでおきましょうね。私の署名付きです。文句は言わせなくてよ!」
 高笑いする女王は、まさに悪の親玉。突然の話に、マリカはかなり混乱した。だが、断れば自分に未来はないということだけは理解していた。
「……なぜ、私なのでしょうか?」
 クロウ将軍は中央軍から退いているが、同じ頃シャッフベリー侯爵家の当主となっている。由緒正しい侯爵家と、身寄りがない上に渡り鳥としてなんの才能も持っていないマリカでは、釣り合いがとれない。
「生意気なイライアスにね、死ぬ前に花嫁を迎えて世継ぎをもうけなさいと以前から命じているのだけれど、理想の女性像があるから妥協してまで結婚しないとゴネているのよ。で、このような女性が実在したら結婚してもいいと……」
 女王は控えていた側近から何かを受け取ると、「こんなものを送り付けてきたのよ」と憤(いきどお)りながらマリカに見せてきた。

   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
 
 見目は麗しく、すみれのように
 気立てよく学もある、心根の優しい良家の娘が望ましい
 人に囲まれて暮らすのが耐えがたく使用人が少ないので、自分のことは自分でできることが大前提
 領地は田舎ゆえ、カエルや蛇、蜘蛛に動じることない強い精神の持ち主を欲す
 しかし一番の条件は、病床の私を支え守れるだけの逞しさがあること

   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 最初のふたつだけなら、都にいる貴族令嬢の中に、候補になる娘はたくさんいるだろう。だがその「良家の娘」と言える女性で、あとの三つの条件も満たせる者など、この国には絶対にいない。
「あなたはどう思うかしら? この条件」
「このような女性、実在するとは思えません」
 深窓の令嬢に逞しさを要求する。相反するような条件を求めていることに、女性として怒りすらわきそうになる。しかし噂で聞く女王と将軍の関係から察するに、結婚から逃れるために、わざと無理難題な要望を出したのだろうとも想像できるのだが。
 女王は、マリカの返事に満足して頷くと、ため息を吐(つ)きながら言った。
「私も無理だと思っていたのよ。……あなたに出会う前はね」
 まったく笑っていない瞳で笑いかける女王の言葉は、まるでマリカがその「理想の女性」であるかのようだ。おかしい。
「私は良家の娘ではありませんし、すみれのように可憐でもありません。蛇は大丈夫ですが、蜘蛛が苦手で……」
 とても条件を満たせない。顔は平凡だと思うが、典型的な日本人顔なので国の平均で考えると全体的に何かが足りない。ここでは親もなく孤児のようなものなので、良家の娘でもない。マリカは貴族令嬢と違い、最初のふたつの条件すら満たせないのだ。
「身分などいくらでも与えてあげられるわ。容姿は、私がすみれと言えばすみれなの。もっと自信を持ちなさいな。蜘蛛はあなたなら克服できてよ。克服しなさい。虫は友達、怖くない。そうでしょう?」
「……女王陛下の仰せのままに」
 マリカがどうにかお辞儀をすると、女王は微笑む。
「ものわかりのよい子は好きよ。マリカ、これからは文通相手として仲良くしましょうね。そして、早く子を産みなさい。大丈夫、イライアスが万が一にも早世してしまったら、私が子供の後見人になってあげますからね」
 女王は、言いたいことだけ言って、高笑いしながら立ち去っていった。
 女王陛下と将軍は、とにかく不仲なのだと聞く。そして三代前の王の系譜に連なり、王位継承権を持つクロウ将軍は、女王陛下の後継問題に大きく関わっている。
 これはもしや、政治的な闘争というものに巻き込まれているのではないか。――ただ、他の娘より少しばかり逞しかったせいで。


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