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絶倫紳士の純愛なるストーカー理由〜年の差彼氏に開発されています〜

青井千寿 / 著
駒城ミチヲ / イラスト
定価 1,320円(税込)
発売日 2019/06/28

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内容紹介

こんなエッチな秘密……俺以外の男に教えたらだめだよ
「感じすぎる? 余計な脂肪がついていない分、体中が敏感なのかもしれないな……」恋愛経験ゼロでAカップ、見た目ほとんど少年のボーイッシュ女子・未来。そんな彼女とひょんなことから親しくなったのは、元モデルで現在デザイナーをしている継実。てっきり彼がゲイだからこんな自分に優しくしてくれるのだと思っていたら……!? 「舌を出して……キスの仕方を教えてあげる」まだ青く硬い未来の心と体をどんどん蕩けさせ、〝女〟にしていく彼。実は彼女と出会ったのも単なる偶然ではないらしく――。過保護な絶倫紳士と恋を知らない未開花女子のピュアな年の差ラブストーリー!

立ち読み

 彼女は睨みつけるように真っ直ぐ前を向いて、歩いていた。
 一歩、また一歩進むごとに彼女の瞳から涙がこぼれ落ちる。
 ダイヤモンドのようなその雫を手の甲で拭って、彼女は歩き続ける。
 気がつけば俺は十六歳の彼女に囚われていた。


     第一章  恋は長距離走

 私は雨上がりが好き。それが夏の夜ならなおさらいい。
 湿り気を含む空気。いつもより少し大きく聞こえる自分の足音。微(かす)かな土の匂い。固まりかけのゼリーみたいにぷるぷるとした夜の空気はいつもより少し優しい気がする。
(まだ道が濡れているから気をつけないと……)
 スニーカーの紐を締め直し、そう自分に言い聞かせると私は走り出す。だけど踏みしめるアスファルトの距離が伸びるほどに、現実的な問題はどうでもよくなってしまった。
「あー、気持ちいい!」
 両手を広げ、肌を撫でていく夜の空気に思わず一人声を出した。
 十代の頃から日課で五キロほどを走っている。二日続けて大雨で走ることができなかったので、今晩は地面を蹴る足が喜んでいるのがよく感じられた。
 私が本格的に走りはじめたのは中学生になってからだ。
 子供の頃から駆けっこなら一番になれた私は、自信を持てるのはこれだけだと直感して陸上部に所属した。
 それから六年間、中距離と長距離を走り続け、高校を卒業してからは選手としてタイムを競うことはなくなったけど、社会人になった今も走ることが好きなのは変わらない。
 手首に着けたランニングウォッチが二キロを刻んだ頃、私は一気にペースを上げて自分の脚に鞭(むち)を入れる。交通量の多い道路を過ぎて高級住宅街に入ったので、比較的スピードを出せる場所だ。
 規則的に吐き出す呼吸をBGMに閑静(かんせい)な住宅街を走り抜ける。
 自分の体が風と一体となる爽快感と同時に、走るという行為に体を明け渡す解放感を満喫する。肉体が疲労していくのに伴い、思考がリラックスしていくこのひとときは私にとって大切な時間だ。
 しかし今日の思考は自由になりすぎていたようだ。
『美来にだっていつか素敵な彼氏ができるって!』
 重力も感じずに駆けながら、私は友人の無邪気な笑顔を思い出していた。
 無責任なことを言い放った杏奈(あんな)は、私が勤めるスポーツジムのインストラクター仲間。
 私の気持ちを一番理解してくれているのは彼女のはずだった――そう、〝だった〟のだ。過去の話である。
(まぁ、杏奈がいつまでも私の〝仲間〟でいてくれるとは思っていなかったけれど)
 自動運転を始めた機械のように一定の速度で走る自分の肉体を放り出し、私は考えに耽(ふけ)る。所々ある水溜まりにさえ気をつけていれば、車はそう通らないので脚が勝手に動くに任せていればいい。

 杏奈に異変を感じたのは、今日のジムの営業が終わってロッカールームで帰り支度をしている時だった。
 私の隣で熱心に化粧直しをしていた彼女は、鏡でその仕上がりを確認するとスマホで電話をかけはじめた。
「あ、私。今、仕事終わったよ……え~、本当にぃ? うん……嬉しい。ありがとう」
 それは今まで聞いたことがない杏奈の声だった。
 インストラクターという職業は運動能力もさることながら、滑舌よく喋(しゃべ)る能力も求められる。杏奈だってハキハキと話す癖がついているはずなのに、今は包装紙にくっつく粘った飴(あめ)みたいな話し方だった。
 語尾のハートを点滅させながら話す杏奈の乙女オーラに当てられた私は、塩をかけられたナメクジのごとく自分が縮んでいく感覚がした。
 ――とうとう来るべき時が来た。
 蛍光灯が冷たく光るスポーツジムの天井を見上げ、私はやり場のないため息を呑み込んだ。
「杏奈……もしかして、彼氏、できた?」
 恐るおそる訊(たず)ねた私に向けられたのは、眩(まぶ)しい友人の笑顔。太陽みたいに光り輝くその表情に、私は焼き尽くされ灰になっていく自分を感じた。
 それから更衣室を出てジムの出口まで一緒に歩きながら、彼氏〝こう君〟との出会いやら人柄やら何やらを聞いたけれど、内容はさっぱり覚えていない。
 明確に心に刻まれたのは、職場で恋人がいない独身は私だけになってしまったという事実だった。〝崖っぷち〟――そんな不吉な単語が頭の中でチカチカと点滅していた。
「美来にだって、いつか素敵な彼氏ができるって!」
 強張(こわば)った私の愛想笑いに哀れみを感じたのだろう。杏奈は別れ際にそう言ってくれたけれど、そんな慰めは虚(むな)しいばかりだ。
 恋愛に興味がないという杏奈の言葉を信じ、ずっと同志だと信じていたのに……。

 私、綾瀬(あやせ)美(み)来(らい)は二十四年間も生きてきたというのに、いまだに恋愛の一つも経験したことがない。
 普通の女の子なら異性を意識してドキドキしたことや、イケメンの先輩にちょっと憧れた経験ぐらいはあるだろう。私にはそれさえもないのだ。
 中学も高校も共学で、スポーツ学科のある大学では男性の方が多かった。今の職場だって男性は多く、出会いに恵まれた環境のはずである。それなのに色気のある話はずっと他人事。
 決して男性と恥ずかしくて話せないという可愛(かわい)らしいタイプではない。それどころか男友達は多い方だと思う。
 問題はそこに異性の雰囲気が微塵も発生しないことにあるだろう。私もそういう雰囲気に慣れきってしまっていて、恋愛の仕方さえ分からなくなっている。
 別に素敵な男性とお付き合いしたいなどと、贅沢なことを望んでいるわけではない。ただもういい歳なんだから、人並みに片想いぐらいはしておかなければいけないのではないかと思う。
(実は生まれながらに恋愛できない体質とか?)
 その可能性がちらりと頭によぎり、私は迷走する思考を振り切るように地面を力強く蹴った。
 星が少なくて闇の濃い夜だったけれど、何年も同じルートを走っているので足は行き先を知っている。
 思えば友人たちの恋愛話や惚気(のろけ)を耳にするたび、恋をするという感覚さえ掴めない自分は女性としておかしいのではないかと感じてきた。
 私は〝普通の女の子〟ではないのだろうか?
 容姿だって普通の女の子からは少し離れている。
 髪型は物心がつく年齢からずっと男の子みたいなショートカット。何度か女性らしさに憧れて伸ばしてみたことはあったものの、乾くのが遅い煩(わずら)わしさやうねる毛先に悩まされ、やっぱりショートに落ち着いた。
 それに成長期に厳しいトレーニングに打ち込んできたせいか、それとも生まれ持った体質なのか、女性らしい肉体とは無縁である。
 足は我ながら呆れるほどに筋肉質だし、膨らみがあるはずの胸はぺったんこ。ずっとAカップで揺れることのないそこは、スポーツブラでさえ着けるのが煩わしいくらい。
 かといって宝塚の男役みたいにすらりとしたモデルのような格好良さがあるのかといえばそうでもなく、身長だけは女の子らしく百五十二センチしかないので、二十四歳になった今も中学生男子と間違われることすらあった。
 ちなみに高校生の時につけられたあだ名は〝ジョージ〟。その頃、一部の女子のあいだで流行(はや)っていた有名な猿のキャラクターと似ているという理由からだ。みんなが彼氏だ合コンだと恋バナをしている時に、私は小猿だったのだから悲しい青春である。
 女性として中途半端に育ってきた私は、恋愛をするのに不十分だと神様が資格を剥奪してしまったのだろうか?
 そもそも恋って何だろう? 流れ星のようにある日突然、空から降ってくるもの?
 私は規則的に呼吸を吐き出しながら夜空を見上げる。雨上がりでまだ雲が厚く、星は見当たらない。
 その時だった。いつものようにT字路を左折しようとした私は、スニーカーの靴底がキュッと鳴るのを聞いた。
「あっ!」
 踏み込んだ左足が内側に滑り体が傾く。考え事をしながら走っていたせいで、不用意に側溝のグレーチングを踏んでしまったのだ。スピードが出ていたので雨上がりの金属板はよく滑った。
 反射的に踏ん張った右足に刺すような痛みが走る。
 しまった――そう思った時にはもう、私の体は濡れた道路の上に投げ出されていた。顔に水が跳ね、穿いていたランニングパンツがびっちょりと不快に濡れた。
「ああ……もうっ!」
 水溜まりに倒れ込んでしまったのを確認して、思わず独りごちた。
 完全な不注意である。雨上がりのグレーチングやマンホールが滑りやすいのは経験で知り尽くしていたはずだったのに。
 柄にもなく恋について考えたりするからこんなことになるのだと、私は泥水のなかでズキズキと痛む右の足首をさすりつつため息を吐き出した。
(あの程度のスリップなら転(こ)けるほどではなかったのに……) 
 私は高校生の時に右足のアキレス腱を断裂した経験がある。手術とリハビリを経て普通に走れるまでに回復したけど、いまだに再断裂が怖くて右足を庇(かば)う癖があった。
 今回も右足首を守ろうとしてバランスを崩してしまったのだ。
 左足を踏ん張って立ち上がったけれど、右足に体重がかかると疼痛(とうつう)が響いた。ひょこひょこと片足だけで水溜まりから移動して、とりあえず右足に負担をかけないよう電信柱にもたれた。
(どうしよう……)
 一人暮らしをしている自宅マンションから、もう二キロ半も走ってきている。このT字路を曲がればちょうど自宅に向かう復路だったので、約二キロ半を戻らなければいけないということだった。
 スマートフォンでも持っていればタクシーを呼ぶこともできるのだが、ランニング中は極力物を持ちたくないので、ここ数年はポケットに自宅の鍵だけを忍ばせて走っていた。私みたいな化粧ポーチも持たないで生活をしている者からすれば、最近のスマホは結構重たいのだ。
 愛用のスポーツウォッチにも通信機能などないので、タクシーに頼るなら大通りまで歩いて出なければいけない。
(大通りまでかなり距離があるな……)
 車を気にせず走れるように、交通量の少ない道路を選んでいたのが災いした。
 感覚的に捻挫(ねんざ)をしただけとは思ったけれど、万が一にでもまたアキレス腱を痛めていたらと考えると歩くことも躊躇(ためら)われる。
「あ~、考えていても仕方ない!」
 私は自分に言い聞かせるためにも声を上げると足を踏ん張った。行くぞ、と相棒に合図を送るように太ももをパチンと一つ叩く。
 足は心配だけど立ち止まっているのは私の性分ではない。もうこうなってしまっては来た道を戻るしかなかった。
 私は踵(きびす)を返すとなるべく右足に負担をかけないように歩きはじめた。初夏の風が肌を撫でるたびに右半身がすっかり濡れてしまっているのがよく分かった。
 火照(ほて)った体に貼りついてくる濡れたランニングウェアが冷たい。今の時期でよかった。真冬なら凍えていたところだろう。
 走っていると自分の肉体と仲良くなれている感覚があるのに、気を抜くとこうやって裏切られるのだから人間って難しく作られているものだ。
(あ、あの人……)
 それは足を引きずりながらやっとのことで何メートルか歩いた時だった。
 前方からトットットッと規則的に地面を蹴る足音がしたと同時に、夜の隙間に長身な男性のシルエットが浮かび上がった。
 軽快に走り続けている彼は、見るみる間にこちらに近づいてくる。
 私はこの男性を知っている――いや、知っているようで知らない人というのが正しいだろう。
 私はこのルートを走りはじめて三年ほどになるのだが、彼は二年前ぐらいから現れた伴走者である。伴走者といってもただ走るコースと時間がかぶっているだけの見知らぬ人なので、並んで走るわけではないし話したこともない。
 大抵このあたりで彼がどこからともなく現れ、私の後ろを走る。そしていつの間にか消えているという感じだった。
 約束などない関係なので、私の出発時間が早すぎたり遅すぎたりすると彼が前を走っている姿を見ることもあったし、もちろん出会わない日もあった。
 いつも同じ方向を向いて走っているので顔が見えず、顔見知りでさえない。それでもランナー同士特有のちょっとした仲間意識は感じていた。
(彼を正面から見たのは初めて……)
 白いTシャツを着て真っ直ぐこちらに走ってくる彼を、私は夜を裂く一筋の彗星(すいせい)みたいだと眺めていた。彼の着ているTシャツにナイトラン用のリフレクターが付いていたからだと思うが、その存在が妙に眩しい。
 私たちの距離が縮まると、彼が整った顔をしているのは暗がりのなかでも分かった。目鼻立ちがはっきりとしていて、少しだけ垂れた大きな瞳が印象的だ。
 私よりは年上であるのは間違いなさそうだけど、おじさんという印象ではない。ヘアスタイルが少し特徴的で、後頭部で纏(まと)めた髪がぴょこぴょこと揺れていた。
(あ、この人にスマホを借りてもいいかも……) 
 ちらりとそんな考えが頭を掠(かす)めたけど知り合いでもないのに馴れなれしく話しかけるのも躊躇われ、その上、意地っ張りな私が「歩いて帰れば大丈夫だって」などと心で囁(ささや)いている。
 どうしようかと思っているあいだにも彼が通り過ぎるところだったので、私は軽く会釈をした。登山道ですれ違う人と挨拶をするのと同じ感覚だ。
 すれ違う刹那(せつな)、私は彼の力強い目が見開かれたのを見た。
「だっ!」
 それはあまりにも唐突で、一瞬何なのか分からなかった。〝大丈夫〟の〝だ〟だと分かったのは、彼が二、三歩通り過ぎたところで急停止した時だった。
「だ、大丈夫!?」
 彼は若干乱れる呼吸で言葉を詰まらせ、こちらに向かって駆け寄ってくる。どうやら私が歩く様子をほんの少し見ただけで異変に気がついたらしい。
「転けちゃったんです」
 私は恥ずかしくてヘヘヘと微妙な笑顔を作るともう一度頭を下げた。さっきの挨拶は〝こんばんは〟だったけれど、今回は〝さようなら〟のつもりだった。
 転けて泥に汚れた姿を見られるのは何とも恥ずかしく、走って逃げたい気分だったけど走れないので歩いて逃げるしかない。
 右足を庇いながら一歩踏み出したところで、また彼の大きな声が静かな夜空を震わせた。
「待って、怪我をしてるなら動いちゃだめだよ」
「あ、でも大したことないと思います。大丈夫です」
 実は全然大丈夫ではないのに、いつもの癖でつい強がってしまう。スポ根が身についているので、弱音を吐けない可愛げのない性格であるのは自覚していた。
 私はまた曖昧(あいまい)な笑顔で三度目の会釈をして歩き出す。ちなみに頻繁に頭を下げるのも部活動をしていた頃からの癖である。
(うう……やっぱり足が痛い。やっぱりスマホを借りればよかったかも……)
 右足が一歩目でズキンと痛みを伝えてきてそう思ったけど、「大したことない」と言ってしまった手前、今さら歩くのが困難だからタクシーを呼びたいなんて言えなかった。
「動かない方がいいって」
 歩き出すとすぐに大きな手が私の肩を捕まえた。
 その熱い手の感触に驚いて振り返った時にはもう、彼は私の足下に跪(ひざまず)いていた。
「足、ひねった? ああ……右足だな。少し膝がすりむけている。暗いから分かりにくいけど、たぶん血が滲(にじ)んでるよ」
「あ、すみません。お気になさらず」
「お気になさるよ。大切な脚なんだろ」
 私の敬語がおかしかったらしく、彼は苦笑しながらアームバンドに取り付けてあったスマホの明かりを頼りに傷ついている部分を確認していった。
 長いあいだ顔も知らぬまま同時刻に走っていた人と、突然、距離が縮まるのは何だか不思議で気恥ずかしい。
「自宅が近くなんだ。簡単な手当てだけでもしておいた方がいい」
 彼の言葉の意味を理解できないでいると、長い腕が私の背中に回ってきた。
「え!?」
「緊急事態だから俺を信じて」
「え! え、え……きゃっ! ちょっ、待って! 待ってください!」
 私が慌てたのは、もう片方の腕まで太ももの後ろにやってきたかと思うと、体がふわりと浮き上がったからだ。足が地面から離れたことに狼狽(うろた)えている間もなく、目の前にぞくりとするほど整った男性の顔があって私は反射的に身を強張らせる。


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