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落ちこぼれ侯爵令嬢は婚約破棄をご所望です

鬼頭香月 / 著
アオイ冬子 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-166-4
定価 1,320円(税込)
発売日 2018/11/29
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

地味な私ですが、美形な大魔法使い様に迫られて、窮地です!
恋愛初心者令嬢×初恋こじらせた魔法使いのラブ・ファンタジー!
ある日突然、婚約者が決まったと告げられた侯爵令嬢のロッテ。お相手は容姿端麗ながら冷たく気むずかし屋で有名なアルノー・ベルネット侯爵。ロッテはとある事情から婚約を全力で拒否ろうとするのだが……「悪いが俺は、今も昔も君一人が好きなんだ」強い魔力を持つ王宮指定魔法使いであるアルノーからの意味深な言葉に、懐かしさを感じてしまうのはなぜ? 彼からのアプローチに心揺れるロッテだが、国を守る魔道具が盗難する事件に巻き込まれてしまい!?
「そんな顔を他の誰にも見せてはいけない。……よろしいだろうか、婚約者殿」

立ち読み

「悪いが、彼女は貴殿とテラスにはいかない」
 不機嫌そのものの声音を聞いて、ロッテの心臓がドキッと跳ねる。とす、と後頭部が彼の胸に触れると、もう一方の手が腹に回され、また心臓が跳ねた。
 ロッテは、我が物のように自分を引き寄せた、その人を見上げる。
 漆黒の髪はいつもサラサラで、眉はきりりと吊り上がっている。怜悧そうな琥珀色の瞳に、高い鼻。唇も輪郭も綺麗な形の、兄にも負けぬ、端整な顔をした青年・アルノーが、ロッテの腰に手を回し、パウルを見据えていた。
 アルノーの力が強く、ロッテの手を離してしまったパウルは、片眉を上げる。舌打ちでもしそうな不快気な顔をしたあと、彼は取り繕った笑みを浮かべた。
「おや、これはベルネット侯爵。それは、どういう意味でしょうか?」
 アルノーはロッテを抱き寄せたまま、堂々と言う。
「そのままだ。彼女は私と婚や……」
「ベ、ベルネット侯爵……っ」
 ロッテは慌てて、アルノーの声を遮った。アルノーが真顔でロッテを見下ろす。
「……なんだろうか」
 名を呼ばれたので尋ねました、という、こちらの気持ちは一ミリも汲んでいない、生真面目な反応だった。ロッテはアルノーの腕の中、どうしようか焦って、背を伸ばす。
 両手で口元を隠して顔を近づけると、彼はこちらの意図を理解し、身を屈めてくれた。花の香りが、ふわっと鼻先を掠める。ロッテは、思いのほか優しいアルノーの仕草に、ドキドキした。薄く頰を染め、耳打ちする。
「あの、人前ですから、できれば婚約のことは内緒にして頂けませんか……? その、パウル様の矜持に関わるかと……」
 アルノーがどこから聞いていたのか知らないが、パウルはロッテを娶る気があると公言してしまったのだ。その直後にアルノーと婚約していると言われては、立つ瀬がないだろう。
 相手のプライドを慮ったロッテを、アルノーは無表情で横目に見やった。
「俺から彼に乗り換えるつもりか? 先ほどは、彼に手を引かれて、怯えていたようだったが」
 考えもしていなかった返事を貰い、ロッテは目を見開く。すぐに唇を尖らせ、深く考えずに小声で反論した。
「――違います……っ。手を取られた時は怖かったけれど、貴方が背後に立ったから、パウル様を気遣う余裕ができただけよ……!」
 アルノーが顔をこちらに向け、ぼそっと尋ねる。
「……俺が背後に立って、どうして気遣う余裕ができる」
「え? ……それは……」
 むうっと怒っていたロッテは、そう言えば、どうしてかしら、と言い淀んだ。
 ――よくわからないけれど、ベルネット侯爵が後ろにいると思うと、安心したの。
 そんな答えが頭に浮かび、ロッテは視線を向ける。綺麗な琥珀色の瞳と視線が絡み、ロッテは気づいた。
 ロッテとアルノーは、前髪を触れ合わせ、今にも額を重ねそうな距離で話していたのだ。ロッテの返事を聞いていたアルノーが、つと視線を下げる。瞼を伏せた彼は、ロッテの唇を注視した。ロッテは唇を閉じ、こくりと喉を鳴らす。
 アルノーの視線はとても艶やかで、背筋がぞくっと震えた。彼は手を伸ばし、なんの前触れもなく、ロッテの柔らかな唇を親指で撫でた。
「覚えておきなさい、ロッテ。男の前で唇を突き出す仕草は、口づけをせがんでいると取られる」
「――」
 低い声で囁かれた内容に、ロッテは一瞬固まり、ぼっと顔を紅潮させる。いつの間にか背中に回されていた、アルノーの大きな手が離れ、ロッテはたたらを踏んで、彼から身を離した。
 ――噓。そんなの、知らなかった……。
 割とよく唇を尖らせる癖があるロッテは、ショックを受けて、思考が停止した。
 その間にアルノーは屈めていた背を伸ばし、冷えた眼差しをパウルに注ぐ。
「悪いな。彼女は気分が優れないようだから、休憩させる。カイ殿、私が介抱するが、よいか」
 三人のやり取りを眺めていたカイは、アルノーが確認すると、にこっと微笑んだ。
「ええ、もちろんですよ、ベルネット侯爵。お手柔らかに、お願いしますね」
「待……っ」
 アルノーは、引き留めるパウルの声は無視して、さっさと会場の外――人気のない外回廊へ、ロッテを連れて行った。

 アルノーがロッテを連れて行った、宴会場とバシュ家の主屋を繫ぐ外回廊は、磨き上げられた鏡のような大理石で覆われていた。一方は庭園に面しているが、特に目を引く物もなく、灯を抱えた妖精がふわふわと辺りを飛ぶだけの、閑散とした場所だ。
 庭園に面していない、反対側の回廊の壁にとん、と背を預けさせられたロッテは、目の前に立つアルノーを見る。漆黒の夜会服に身を包んだ、隙一つない出で立ちの彼を見ると、ロッテはまた頰を染めた。唇を尖らせるのは、キスをねだる行為だ、と注意されたのを思い出し、再び恥ずかしくなったのだ。
「……その、ごめんなさい……。私、口づけをせがむ行為だなんて知らなくて……」
 両手で顔を隠し、会場から連れ出されねばならないほど恥ずかしい行為をしていたなんて、と己の行いを悔いていると、彼は嘆息する。
「わかっている。君を連れ出したのは、単純にパウル殿とは離れた方がいいと判じたからだ。君らの会話は聞いていないが、彼が君の手を取った時の目つきは、あまりよくない。今にも君を殺してしまいそうな、獣じみた目つきだった。……なんの話をしていた?」
 ロッテが怖いと感じたパウルの目つきが、アルノーにはもっと恐ろしく映っていたのか、と彼女は目を丸くした。
「大した話は……。パウル様のお家は裕福だから、私と婚約しても大丈夫だとかいうお話をされていたの」
 アルノーの眉間に、びしっと皺が刻まれる。
「それは、大した話だろう。君の一生に関わる問題だ」
「あ、はい。私にとってはそうですけど、でも貴方にとっては、大した話じゃないと思って」
 賭けの一環で結婚しようと言うのだから、アルノーにとっては些細な問題だろう。そう言うと、彼は軽く瞠目した。かくりと首を垂れ、はああ、と深いため息を吐く。
「え、だって。賭けに勝ちたいから、私と結婚するって言ってましたよね?」
 呆れた空気を放たれ、ロッテは何か間違えていたかしら、と首を傾げた。
 アルノーはコツ、と靴音を鳴らし、距離を詰める。ロッテは、ぎくっとした。彼はジャケットの裾が触れそうな位置に立ち、手のひらをとんと壁につく。ロッテを片腕の檻に閉じ込め、真上から冷淡な眼差しを注いだ。
「……勘違いしているようだから言っておくが、俺は賭け云々関係なく、君を娶りたいと考えている」
「……へ?」
 ロッテはきょとんとして、意味がわからない、と目で尋ねた。しかし彼はロッテをじいっと見返すだけで、何も言ってくれない。ロッテは仕方なく、自分から尋ねた。
「……貴方は、私と結婚したいのは、賭けに勝ちたいからだって言ってましたよね? 二十歳になるまでに、結婚する必要があるって」
 アルノーは、琥珀色の瞳を不思議に揺らめかせ、無言でロッテを見つめる。ロッテは眉尻を下げ、身をすくめた。アルノーがとても近くにいて、落ち着かない。
「あの……他に、何か理由があるの?」
 アルノーはしばらくロッテを見つめ続け、壁についていた手を、ぐっと握った。そして言いにくそうに、ぼそっと呟く。
「……すまなかった。本当は、賭けなどどうでもいいんだ」
 ロッテは瞬く。ここへきて、賭けなどどうでもいいと言われ、頭の中は疑問符で満ちた。賭けに勝つためでもないなら、アルノーはどういう理由で、ロッテを娶ろうというのだろう。
 全くわけがわからない顔で見ていると、アルノーは苦しそうに目を眇め、ため息交じりに言った。
「俺はただ……君が……」
「え?」
 彼の言葉は、最後の方がよく聞こえなかった。ロッテは聞き返すも、アルノーは視線を逸らし、顔を歪める。
 その表情に、ロッテの心臓が勝手に、とくりと鳴った。アルノーの頰が、少し赤くなっているような気がして、ロッテの頰まで熱くなりそうになる。
 アルノーは大分逡巡したあと、視線を落とし、掠れ声で言った。
「……俺はただ、君が好きなだけだ」
「――へあ⁉」
 ロッテは素っ頓狂な声を上げ、固まる。
 ――ベルネット侯爵が、私を好き……⁉ ……噓でしょう……? あり得ないわ。だって私、この方と会ったのは、あのお見合いが最初だもの。交流もなく、好きになるなんて不可能よ……!
 だらだらと冷や汗を浮かべて、ロッテは彼の言葉の解釈を考える。視線を彷徨わせ、ぐるぐると思考を巡らせた彼女は、パチッと両手を重ね合わせた。
「――あ。私を揶揄っていらっしゃるのね? 質の悪い冗談をおっしゃっているのでしょう!」
 ベルネット侯爵は、出会った当初から、ちょっと意地の悪い人だった。
 ロッテを箱入り娘だと決めつけたり、ロッテの好きな人を、軽薄で無責任な男だと言ったり。
 今度は告白をして、ロッテの反応を楽しもうというのだろう。
 たとえアルノーが、その頰を赤く染め、柄にもなく緊張した横顔を見せていようとも。気まずそうに視線を逸らしたまま、こちらを見ようとせずとも。――これはきっと、冗談だ。
 己に言い聞かせるように、ロッテは腹の中でそう呟いた。生憎、貴方の揶揄いには引っかからないわ、とアルノーを見上げ、彼女はひくっと頰を引きつらせる。
 アルノーが、すうっと表情を消し、こちらを見下ろしたのだ。
「あ、えっと……」
「……そうか、冗談か。……俺の想いは、受け入れ難いか」
「ぴゃっ」
 ロッテは小さな悲鳴を上げ、身を小さくした。
 アルノーが真顔でたんっと、もう一方の手も壁につき、ロッテを両腕の檻に閉じ込めたのだ。
 ロッテは壁に背を擦りつけ、へらっと笑う。
「い、いいえ……っ。そそ、そんなことないわ。で、でも私……」
 万が一――いや、億が一にもアルノーが自分を好きだというのが事実でも、ロッテは彼の想いを受け取れなかった。ロッテには、好きな人がいるのである。十年越しで恋をしてきた、大切な手紙の彼に想いを告げるまでは、誰とも結婚したくなかった。それに、彼に告白するためには、アルノーとの婚約をまず破棄せねば、不誠実だとも考えている。
 ロッテが言い淀むと、アルノーは言わんとするところを察したのか、表情を強張らせた。
「……本当に、好きな男がいるのか」
「は……はい」
 これは、アルノーに婚約を破棄してもらう、チャンスだ。ロッテは手に汗を握り、背筋を伸ばしてアルノーをまっすぐ見返した。
 今夜の宴に参加したのだって、手紙の彼を見つけるためだ。ラピスラズリの妖精――クローネを連れてきて、手紙の彼がいたら教えてね、とお願いしている。
 ロッテはぎゅっとペンダントのチャームを摑み、勇気を振り絞った。アルノーが、心なしか悲しそうな顔をしている気がしなくもなく、良心の呵責を覚えるけれど、言わねばならないのだ。
「だからその……この婚約は、解消してくださると嬉しいのですが……」
 勇気を振り絞った割に、ロッテの声は怖気づき、か細くなってしまった。
 ――だって……っ、傷つけるのが怖かったんだもの……!
 ロッテは、誰にともなく言い訳する。常日頃、他人の心ない言葉に傷ついている彼女は、自分の言葉がアルノーを傷つけるのを恐れた。
 アルノーは長いため息を吐き、項垂れる。
「……けれど君は、俺が来て、安堵したのではないか? パウル殿を恐ろしく感じても、俺がいれば彼を気遣う余裕さえ出たと、言っていた気がするが」
「……それは、そうですけど」
 ロッテは曖昧な口調で頷いた。どうして自分が、アルノーが来て安心してしまったのか、未だに理由が知れなかった。
 小首を傾げるロッテを、アルノーは静かな眼差しで眺め、ふっと視線を逸らす。
「……もう少し、時間が欲しい」
「時間?」
 オウム返しをすると、アルノーは頷いた。
「俺は君が好きだ。だからもう少し、俺に時間をくれ。俺は、結婚するなら、君とじゃないと嫌だ」
 ロッテの心臓が、ドキンと大きく音を立てた。直球すぎる告白にたじろいだ彼女は、次いで身をすくめる。衣擦れの音を立てて身じろいだアルノーが、端整な顔をロッテに寄せたのだ。
 キスでもされそうな雰囲気に、思わずぎゅっと目を閉じて俯くと、彼は間近で一度動きをとめ、ふっと微かに笑った。しばし身構えていたが、一向に何も起こらないので、ロッテはそろっと目を開ける。
 アルノーは、吐息が触れる距離でロッテを見つめていた。ロッテがびくっと肩を揺らすと、彼は意地悪に言う。
「本気で嫌なら、叫んだ方がいい。目を閉じて身構えるだけでは、すぐに手を出されるぞ。……出していいのなら、出すが」
「……だっだだだ、出しちゃダメ……!」
 頰を真っ赤に染めて首を振ると、彼はロッテの耳元に顔を寄せ、至極優しい声で囁いた。
「……知ってる。君が許してくれるまでは、不埒な真似はしないよ、ロッテ」
「――」
 ロッテは、手のひらまで赤くさせる。鼓膜に直接響いた声には色香があり、口調はそれまでよりもずっと親しみが籠もっていた。口をパクパクさせるだけで、反応できないでいると、彼は琥珀色の瞳を細める。
「ロッテ。……たとえ君が俺を望まなくても、俺は君の幸福を望むよ。――『どうか君の翼が、何千年も溶け消えませんように』」
 ロッテは目を見開き、アルノーを見返す。ロッテの記憶に鮮明な言葉を吐いたアルノーは、瞼を閉じて、ロッテの額に甘いキスを落とした。
 ――どうして、同じ言葉を……?
 アルノーは、手紙の彼が綴った言葉と、一言一句変わらない言葉を吐いていた。
『――ロッテ。たとえ君が俺を望まなくても、俺は君の幸福を望むよ。――どうか君の翼が、何千年も溶け消えませんように』
 ロッテの心臓が、不思議な色に染まって、とくりとくりと音を立て始める。アルノーはふと、彼女の胸元に視線を向けた。
 アルノーの言葉に驚き、放心した彼女は、するっとペンダントのチャームから手を離す。
 そのラピスラズリは、妖精たちが抱えた灯に照らされ、虹色の光を反射した。
 アルノーは息を呑み、ロッテを見やる。
「――ロッテ! この石は……っ」
「石……?」
 呆けて彼の動きを見ていなかったロッテは、アルノーがなんの話をしているのかわからなかった。しかしアルノーは、己の口を押さえ、黙り込んだ。目を泳がせ、何事か考えた彼は、首を振る。
「……いや、なんでもない。けれどそのペンダントは、隠しておいた方がいい。いい石のようだから、盗人が目をつけてしまわないように」
 彼はそう言うと、ペンダントをロッテの胸元にするりと入れて、身を離す。胸の谷間に落とされたペンダントを手のひらで押さえ、ロッテは素直に頷いた。
 正直言って、色々ありすぎて、物事を考える力は残されていなかった。

 その後アルノーは、ロッテを兄の元まで送り届けると、もう帰宅するよう強く言った。彼はと言えば、用事があるからと、参加客で溢れる会場の中へ向かう。
 アルノーの背を目で追っていたロッテは、参加客の顔ぶれに、あら、と声を漏らした。改めて見ると、参加客の多くは政府関係者だったのだ。
 アルノーは堂々とその中に混ざり、見知らぬ紳士と話を始める。社交嫌いの噂が噓のように、彼の雰囲気は慣れたもので、ロッテの心臓がまたとくりと妙な音を奏でた。
「ねえ、ロッテ。まだアルノー君のこと、気に入らないかい?」
 じっとアルノーを見ていたロッテは、兄の声にびくっと肩を揺らす。振り返ると、兄がにやついていたので、ロッテは意識してしかめっ面を作った。
「き、気に入るわけないでしょ! もう帰りましょう……っ」
 ――ベルネット侯爵も、もう帰るように言っていたし……っ。
「あれ、そうなの……」
 兄は残念そうに肩を落とし、ロッテは足早に、会場を後にした。
 帰りの馬車の中、ロッテはすました顔で、窓の外に目を向ける。
 兄がずっとロッテの表情を観察していたので、外の景色を楽しんでいる風に装ったのだ。
 実際のところのロッテは、アルノーの告白を思い出しては心が乱れ、思考はこんがらがるばかりだった。
 しかし兄にだけは動揺を見せまい、と表情を強張らせていた彼女は、ふと呟く。
「……いけない。ベルネット侯爵に、ドレスや馬車のお礼、まだ言えていない……」
 アルノーのことを考えていました、と暗に漏らした妹に、カイは、ふはっと笑った。
「そうだね。次にお会いした時は、きちんとお礼を言おうね、ロッテ」
 見透かされたような表情で相槌を打たれ、ロッテはぷいっと顔を背ける。
 ――別に、ベルネット侯爵を気にしていたわけじゃないもの……っ。
 心の中で否定しても、ロッテの頭は、勝手にアルノーについてばかり考えを巡らせた。
 漆黒の髪に、琥珀色の瞳を持つ、武骨な青年。ロッテが好きだと告白した時の、苦しそうな表情が忘れられない。
 ロッテは瞳を揺らし、ため息を零した。
 窓の外に見える王都は、灯を抱く妖精があちこちを舞い、宝石箱のように眩く、美しかった。


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