書籍詳細

ガラスの靴は、ネズミがくわえて持ち去りました。
ISBNコード | 978-4-908757-69-3 |
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定価 | 1,320円(税込) |
発売日 | 2017/02/28 |
ジャンル | フェアリーキスピュア |
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内容紹介
立ち読み
〝シンデレラ〟というお話を、ご存じだろうか。
舞踏会で王子様に見初められ、魔法使いにもらったガラスの靴を階段に落として帰る……という、誰もが知っているであろうストーリー。
今宵はその舞台に、まったく呼ばれてもいない一人の男――いや、一匹のネズミが迷い込む。
ブルーのドレスを揺らしながら、蜂蜜色の髪をした少女は階段を駆け下りる。
後ろから追いかけて来ているのは、この国の王子であるクリスティ。二人が走る靴音とともに鳴り響くのは、零時を告げようとする鐘の音色。
「早くしないと、魔法が解けちゃう……っ!」
シンデレラ――リラの口から、焦る声がこぼれる。けれど、待てと言って待ってくれるようなものではない。
焦(じ)れる心を押し殺し、階段を下りて行く。
ガラスの靴を落としてしまえば、今宵のミッションが完了される。リラはそっとガラスの靴を脱ぎ捨てるが――まったく予想していなかった展開が、目の前で繰り広げられる。
王子であるクリスティがリラを追いかけるのと同時に――いつもリラと一緒にいたネズミも、リラのことをずっと追いかけていたのだ。
クリスティが手を伸ばしてガラスの靴を拾おうとした、その瞬間。
『チュチュウッ!』
シンデレラの親友であるネズミが――ドヤ顔で、ガラスの靴を奪い去ったのだ。
◇◇◇◇◇
クリスティに触れられている手が、熱い。
体の芯から熱を持ち、じんとしびれるような感覚に襲われる。
――これが、ドキドキするということ? 恋?
リラのピンク色の瞳には、クリスティが映る。そして青い綺麗なクリスティの瞳にも、今はリラだけが映っている。
「私が贈ったブローチを着けてくれていることが、リラの返事でいいんだよね?」
「え……?」
クリスティの手が、優しくリラの頰を撫でる。離さないとでもいうように、熱に揺れる青い瞳に捉われる。
そして今まで我慢していた言葉を、ストレートにリラへと囁(ささや)く。
「好きだよ、リラ。私は出会った瞬間、君に一目惚(ぼ)れをしたんだ」
「あ……っ」
リラの返事を待たずに、クリスティはぐいっとリラを抱きしめる。
すっぽりとクリスティの腕に収まり、そのぬくもりを感じて、リラは混乱してどうしたらいいのかぐるぐるとわからなくなってしまう。
だって、異性に抱きしめられることなんて――初めてなのだから。
――恥ずかしくて、顔を上げられないっ!
「く、く、くりすてぃさまっ!」
「! あぁ、ごめん。早急すぎたね……」
涙目になりつつ声をあげると、すぐにリラは解放された。
残念だとクリスティは思ったけれど――耳まで真っ赤なその顔を見て、逆に満足してしまう。自分がリラにこんな顔をさせたのだという、優越感だろうか。
初めて出会った十一歳の少女ではなく、成長した十六歳のリラが真っ赤になって自分を見てくれている。それだけで、クリスティは天にも昇るほど幸せな気持ちになれた。
「クリスティ様、私……はぁっ」
リラはもう一度クリスティの名前を呼び、同時に熱のこもった吐息がこぼれる。
告白をしたクリスティと、それに照れるリラ。そんな図式が成り立ったかのように見えた――が。
それは互いの思い違いだった。
ふらりとリラの体が揺れて、その場にどさりと倒れてしまう。突然のことに、リラもクリスティもしっかりと状況を把握出来ない。
「リラ!?」
「うぅ、ごめんなさい……」
自分の体を起こすこともままならずに、リラは庭に倒れ込むのと同時に意識を失った。
残されたクリスティはすぐにリラを抱き上げようとするが、澄んだ低い声にそれを遮られる。
「労(いたわ)りもしない王子サマが、リラに何度も触れるんじゃねーよ」
「……っ!? 誰だ、お前は!」
突如現れた男がクリスティからリラを奪い取り、優しく抱き上げる。触れようとしていたクリスティの手は払いのけられ、男に一(いち)瞥(べつ)された。
熱による汗で張り付いてしまったリラの前髪をそっと撫で、心配の色を見せる視線を向ける。
「ん、んん……」
「もう大丈夫だ、リラ」
苦しそうに呼吸をするリラは、間違いなく高熱が出ているだろうということがすぐに予想出来た。
だから行かせたくなかったんだと、小さな声が男から漏れる。
年のころは、クリスティと同じくらいだろうか。
黒に近いダークグリーンの髪に、金色がかったモスグリーンの瞳。金の刺繡がされているローブは、男の緑によく映える。
そして首に巻かれた緑のリボンには、ナキアと刺繡がされているのだが――小さいためか、動揺しているためか、クリスティは気付かない。
大切な宝石を扱うようにリラを抱きしめ、慈しむように見つめる。
そして倒れた理由を、男は淡々とクリスティへ告げるのだ。
「母が死に、本調子じゃないリラをどうしてこの寒空に出した? 俺が毎日体調を管理して、やっとここまで癒えてきたのにさ」
「! リラは、体調が悪かったのか……っ!?」
リラは俺のものだと、そう暗に告げるかのように抱きしめる腕に力を込める。その様子にクリスティは唇を嚙みしめるが、確かに浮かれすぎてあまり気にしてやれていなかったので強く出ることが出来ない。
「そんなことも気付かねーのかよ、王子サマは。それでリラが好きなんて、笑わせる」
体調不良だということが理解出来たのであれば、とっとと帰れとクリスティに手で追い払う動作をする。すぐにでも、リラを温かいベッドで寝かせてあげたいのだ。
「おい、待て! どこに行く気だ!! それに、お前は誰だ、リラのなんだと言うんだ……っ!!」
「……」
叫ぶクリスティを一瞥こそするが――男はクリスティのことは相手にせずに、すぐにリラを抱いて自室へと戻った。
一番大切な宝物を腕の中に収めて、男――――ナキアは、リラをゆっくりベッドへと下ろす。
優しくシーツをかけ、額にかかった髪をどかすように撫でる。そしてため息を一つ。
「――自分の体調より、クリスティを優先しようとするな」
しんと静まり返ったリラの自室。
ナキアの低い声に返事をする者はいない。聞こえてくるのは、リラの寝息だけ。苦しそうにしていたので心配していたが、穏やかな寝顔にナキアはほっとする。
「五年間、俺がずっと傍にいたんだ。それなのに――……」
――どうして俺は、人間の姿でお前に会えないんだろうな。
せっかくネズミから人の姿になったのに、リラは目覚めない。言葉を直接交わすことが出来たらと、何度、切に思っただろうか。
「……リラ」
もっと自分を見てくれと、そうは思うけれど――所詮は、いつも隣にいるだけのネズミだろうか。毎日花を届けて、少しだけ意識を向けてくれているかもしれないけれど。
「んぅ……」
「っと、起きて――はないな」
寝返りを打つようにして、リラの顔がナキアの方へと向く。ピンク色の瞳は閉じられて、今はナキアを映さない。無防備で無(む)垢(く)な寝顔は、ひどくナキアをそそらせる。
ネズミではない、人であるナキアの手が、そっと……リラの頰へ触れ、撫でる。甘い吐息がリラからこぼれて、そっと影が顔を覆う。
ぎしりと、ベッドがナキアの重さを感じて音を立てる。片膝で乗り上げて、両手で包み込むようにリラの頰へと触れる。
「……リラ」
ネズミではない、人間の声でリラの名前を紡ぐ。
それなのに、リラはベッドの上で眠ってしまっていて、反応をすることが出来ない。もちろん、ナキアだって返事を期待したりはしていない。
――それでも。俺の声が、届けばいいなんて、そんなの。
ただの、我儘だ。
「……ん」
「好きだよ、リラ」
ナキアの体が沈み、リラの耳元に囁いた唇が触れる。寝ている体に覚え込ませるように囁かれた言葉がリラに届いたのかは、わからないけれど。
小さく漏れた声に、ナキアは笑みを深める。
「いつか、人間の姿で一緒にいられるようになれたらいいのにな……」
けれど、ナキアには制約がある。
簡単に人間になれない理由があるのだ――……。
◇◇◇◇◇
「うわぁ、すごい……」
『チュチュウ!』
庭に出たリラの口からは、感嘆の声があがる。
キラキラと魔法の光が宙を舞い、まるで楽園のようだった。中央ではローブを着た女性が一人、優雅にたたずんでいる姿が目に入る。長い銀色の髪が夜の闇に溶けるようで、ほうっとため息が漏れるほどの美人。
手に持っている魔法の杖(つえ)から生まれた光がリラを見つけ、ぽぽぽとまとわり付いて彼女の髪に艶を持たせ綺麗にした。
「初めまして、リラ」
「あ、初めまして……。ええと、魔法使いさん?」
にこりと微笑んだ女性は、リラの魔法使いという言葉を肯定するように頷いた。
「いつも弟子がご迷惑をおかけしているわね……。ごめんなさいね。お詫びに、とっておきのドレスを授けましょう」
「あ、ありがとうございます?」
――弟子?
物語の展開通りだと思ったが、何やら魔法使いの様子がというか――セリフがおかしい。そもそもリラはこの魔法使いとは初対面だし、ましてや弟子がいることすら知らないのだ。
もしかして誰かと間違えているのかもしれないと思ったけれど、確かに彼女は自分のことをリラと呼んだ。
――どういうことだろう。
首をかしげつつ、にこにこと笑う魔法使いを見る。
すると、魔法使いはリラを上から下までじっくりと見て魔法の杖を一振りした。
「そのドレスも素敵だけど、もっと素敵にしてあげるわ」
「――っ!」
魔法使いが呪文を唱えると、杖の先から出ている魔法がキラキラと宙に舞ってリラに降り注ぐ。
まるで夜空から星が降ってきているような、祝福をされている感覚になる。ドキドキと胸が早鐘のように鳴り、それに呼応するようにリラのドレスに変化が起こる。
ゆっくりと、リラの胸元からドレスが色を変えていく。すごい、と。リラは自分自身に起きている光景が信じられなかった。
「ドレスの色は、王子様の瞳の色に合うように薄いブルーにしましょう」
『チュチュチュ!?』
魔法使いの宣言通り、クリーム色だったドレスは青へと染まる。
それにいち早く抗議の声をあげたのは、ナキア。せっかく自分とそろいの緑色のリボンに似合う色合いのドレスにしたというのに、色を変えられてしまってはたまらない。
すぐに魔法を解け! そう言いたげなナキアだが、魔法使いはツンとすましながら首を振る。
「緑のリボンを着けたりしたら、お前とペアみたいではないですか」
抗議するナキアをつまみあげて、魔法使いはドレスを綺麗な青色に仕上げた。リラの蜂蜜色の髪を引き立て、綺麗さを前面に押し出す。
「わぁ、すごい……」
ドレスの生地に手を触れると、ふんわりとした柔らかなぬくもりを感じることが出来た。その場でくるりと回れば、まるで花が咲き誇るようにドレスが踊る。
「んふふ、我ながらいい出来です。ナキア、人の恋路を邪魔してはいけませんよ」
『チュー……』
満足そうにドレスを見る魔法使いと、それに反して不満たらたらにドレスを見るナキア。微妙な気持ちになりつつも、リラとしては満足をしている。
そしてふと、魔法使いがナキアの名を呼んだことに気付く。
「――って、ナキア! 魔法使いさんは、ナキアのことを知ってるんですか?」
「知っているも何も、この子は私の弟子ですから。リラには長い間、迷惑をかけたことでしょう? まったく、こんな可愛いお嬢さんにいたずらをされたらたまりません!」
思わず、ぽかんと口を開けてナキアと魔法使いを見る。
ナキアが魔法使いの弟子だったなんて、そんなことは考えもしなかった。
でも、思い起こせば納得出来る理由はいくつもあった。
――だから、ナキアは普通のネズミじゃなかったのか!
普通のネズミはあんなにも賢くないし、勇敢でもない。大蛇を倒すのなんて不可能だけれど、魔法使いの弟子だったと言われてしまえばそれもすんなり納得出来る。
どうりでどうりで――おかしいと思ったのだ。けれど、リラは一つだけ修正をお願いしなければならないことがある。
「で、でも、ナキアが迷惑だと思ったことはないですよ」
『チュッ!』
「そうですか?」
むしろ――。
「辛いとき一緒にいてくれたのは、ほかの誰でもない、ナキアなんです」
「……そうでしたか」
リラの言葉を聞いて、魔法使いは優しく微笑んだ。
「最後の仕上げをしましょうか」
「え?」
魔法使いが杖を振り上げると、溢れ出た光がリラの足に集まりガラスの靴を作り出す。物語の通り、キラキラと透き通る綺麗な靴だ。
「それから、そうね――あのかぼちゃでいいわね」
畑に実っているかぼちゃを見て、魔法使いはもう一度杖を振るう。
すると、とたんにむくむくとかぼちゃが大きく成長し、巨大になった。そこからさらに杖をもう一振りすると――見事な馬車がリラの眼前に現れる。
――すごい、本当に魔法の馬車だ。
「御者と馬が必要よね」
魔法使いは考え込んで、庭にいる鳥を御者にして、普通のネズミ四匹を馬にした。気付けば四頭立ての立派な馬車になっていて、乗って舞踏会に行くのが恥ずかしくなってしまうほどだ。
――豪華すぎて、私には分不相応じゃないかな。
あわあわしながら見ているリラの背中を、魔法使いが優しく押す。
「さぁ、馬車に乗ってお行きなさい。この魔法は真夜中――零時に解けてしまうの。だから間違いなく、それまでに帰っていらっしゃい」
「魔法使いさん……ありがとうございます!」
『チュチュチュ!!』
「あなたはお留守番よ」
出発する馬車に乗り込もうとするナキアを魔法使いが止めて、リラは「どうしよう」と声をあげるが――「大丈夫」という魔法使いの声に遮られる。
「弟子のことは気にしないで、楽しんでいらっしゃい」
そうしないと時間がなくなってしまうと、魔法使いは微笑んでリラを送り出した。
かぼちゃの馬車は、シンデレラ――リラを乗せて、走り出す。
この続きは「ガラスの靴は、ネズミがくわえて持ち去りました。」でお楽しみください♪