書籍詳細
聖女はおうちに帰りたい! 攻略対象外のはずなのに、主人公がルート入りしようとしてきます
| ISBNコード | 978-4-86669-872-4 |
|---|---|
| 定価 | 1,430円(税込) |
| 発売日 | 2026/08/27 |
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内容紹介
立ち読み
「……レギュ、ちょっと屈んで」
「え?」
言われるがままにレギュが屈む。彼の額に手を当てた。燃えるように熱い。
「顔色が悪いと思ったら、やっぱり熱がある」
指摘すれば彼は「やばい」という顔をした。どうやら自覚はあったらしい。
「レギュ、駄目じゃない。調子が悪いのならそう言わないと」
「え、レギュ。熱があるんですか!?」
顔色を変えたアンタレスがレギュに詰め寄ってくる。レギュは誤魔化すように笑い「まあまあ」と彼を宥めた。
「大丈夫だって。こんなの大した熱じゃないし。魔物を退治するくらい楽勝だから」
実際に自信があるのだろう。レギュは休む気がなさそうだ。
皆を見れば「レギュがそう言うのなら」という雰囲気になっている。アンタレスまで丸め込まれているのが驚きだった。
だがさすがに熱がある病人を戦わせるわけにはいかない。
「駄目だって。レギュ、寝てなきゃ」
行く気満々のレギュの手を掴んで止める。私が止めたことが意外だったのか、レギュが目を丸くした。
「織姫?」
「皆も丸め込まれちゃだめ。レギュ、熱があるんだよ。それなのに戦いなんて……それとも今回の魔物は、レギュがいないと無理そうなの?」
「……いいえ。レギュがいなくても問題はありませんね。特別強い魔物がいるとは聞いていません」
私の問いかけに答えたのはアンタレスだ。
アンタレスの言葉にレギュが顔色を変える。
「アンタレス、お前!」
「織姫の言う通りです。あなたが大丈夫というのならばと我々も思いかけましたが、確かに熱がある人間を連れていくのはどうかと思います。レギュ、魔物退治は我々に任せて、あなたは休んでください」
「これくらいの熱、どうってことない!」
言い返すレギュだが、アンタレスは頷かなかった。ヴェスタも賛同するように言う。
「そうだよ。たまには休んどきな。どうせどこかで無理をしなければいけない場面は来るんだ。だけどその無理を、今する必要はないだろう?」
「そうですね。熱がある子供を働かせるなんておばあちゃんも反対ですよ。レギュの分までおばあちゃんがしっかり働いてあげますから、養生してくださいな」
ついにはエリスまで、レギュが休むことに賛成した。
仲間全員から休めと言われたレギュが瞳を揺らす。
「オレは……」
「とにかく、そういうことですので。宿屋の主人には事情を話しておきますので、レギュは昨日の部屋でお休みください。あ、織姫。あなたはレギュについていてあげてください。看病をお願いします」
「え、看病? 私でいいの?」
アンタレスから指名を受け、己を指さす。てっきりアンタレスが看病すると思っていたのだ。
だが彼はハッと鼻で笑った。
「私とあなた、どちらの方の攻撃力が高いか、そんなことも分からないのですか?」
「へ?」
「レギュが抜けるのなら、その分の穴埋めが必要です。それがあなたにできますかと聞いています。それともあなたには私やレギュ並の攻撃力があるとでも? それなら喜んで代わりますが」
「で、できません……」
聖女にできるのは、怪我を治すことだけだ。
病気も治せないし、敵を攻撃する魔法が使えるわけでもない。
お前が行ったところで役に立たないのだとはっきり言われてしまえば「そうですね」としか言えなかった。
「うう……分かった」
「全く、物わかりの悪い女は困りますね。ではエリス、ヴェスタ、行きますよ。最短で依頼をこなし、帰ってきましょう」
アンタレスが宿屋を出ていく。それにエリスとヴェスタが続いた。
ヴェスタが振り返り、私に言う。
「レギュのことは頼んだよ」
「うん」
「あたしたちのことは気にしなくていい。何せあの通り、アンタレスがやる気なんだ。魔物なんて一瞬で蒸発させてくれるさ」
それもそれで怖い話だが、頼もしいことに違いはない。
ヴェスタがヒラヒラと手を振って出ていく。それを見送ってから、レギュを振り返った。
「さ、部屋に戻ろう」
「え、いや……大したことないし」
大丈夫だと言うレギュだが、よく見ると顔がかなり赤い。先ほどより息も上がっている気がする。私はレギュの手を掴むと、階段へと向かった。
「いいから部屋に戻る。たぶん、熱、上がってるから」
「……そうかな」
「そうだよ。私は皆からレギュを任されたんだから、ちゃんと見張ってないといけないの。だから大人しくベッドに戻って」
「……うん」
戸惑うような声が返ってきた。素直になったレギュを部屋に連れていき、ベッドに寝かせる。
宿の主人から看病道具を一式借りて、中にあった体温計で測ってみれば、なんと三十九度を超えていた。
「ちょっと……! すごい熱じゃない!」
レギュから渡された体温計を確認し、驚きの声を上げる。ベッドに潜ったレギュは「あはは」と力なく笑った。
「これくらいのしんどさなら今までにもあったから気にしていなかったんだけど、結構あったな」
「結構あったな、じゃないって。ていうか、え? 今までにもこんな体調の日があったの?」
有り得ないと目を見開けば、彼は深く息を吐き出しながら答えた。
「二、三回だけど」
「多い! なんで休まないの」
「休んでいる暇なんてないだろ? それにしんどいのはわりと隠せる方なんだ。だから今まで気づかれたことはなかった。……織姫が初めてだよ」
「はあああああ……」
ドッと疲れが押し寄せてきた。
全然嬉しくない初めてである。
「素直にしんどいって言いなよ……。皆だって心配してたでしょ」
「皆……か。迷惑を掛けてしまったな。オレは勇者なのに不甲斐ない」
「こら」
さすがに聞き捨てならなかった。
冷やしたタオルを額に当てる。熱がある時は首と脇を冷やすのがいいと聞いた覚えがあったので、そちらにもタオルを入れた。
頭が熱いので、氷枕も用意する。ひんやりとした感触が気持ちいいのか、レギュが熱い息を吐き出した。
「ああ、気持ちいいな」
「それだけ熱があればね。……さっきの話だけど。迷惑かけた、なんて思っちゃ駄目だよ。仲間なんだから」
「仲間だからこそ、だ。皆、オレについてきてくれている。オレの魔王退治に付き合ってくれてるんだ。そのオレが熱程度で倒れるなんて、合わせる顔がない」
両手で己の顔を隠すレギュを見つめる。
自分がリーダーだからこそ、倒れることは許されない。いつでも先頭に立っていなければならないのだと思っている。
呆れるほど責任感の強い人だ。
「もう……」
熱で少ししっとりした頭を撫でた。
「病気なんて誰のせいでもないでしょ。レギュは責任感がすごく強いから申し訳ない気持ちが勝つんだろうけど、その考えは良くないよ」
「だが……実際、迷惑を掛けた。……だって今頃、皆は戦っているだろう?」
「そうだけど、迷惑とは違うかな。皆、レギュが好きだから頑張ってくれてるんだよ。レギュだって分かるでしょ。もし、たとえばだけど、仲間の誰かが同じように病気で倒れたら、その穴埋めをすることをレギュは迷惑だって思う?」
「思うわけがない。むしろ頼ってくれて嬉しいと」
「それ。皆がまさに今、持っている気持ちね」
「いや、でも……オレは勇者で、皆に対して責任が……」
「責任云々は一旦置いとこう……というか、きっと皆、そんなこと考えてないよ。ただレギュのためにやれることをしたい。それだけだし、レギュもその気持ちは分かるんでしょ?」
頭を撫でながら告げると、彼は黙り込んでしまった。
しばらく頭を撫で続けていれば、小さな声が聞こえてくる。
「……迷惑、ではないのか」
「うん」
「勇者でも頼って……いいんだな」
「いいでしょ。勇者だって皆の仲間なんだから。仲間はずれは良くないよ」
「仲間はずれ……か。そんな風に思ったことはないんだがな」
「あー、いや、違うな。むしろ皆の方が思っていそう。レギュは何も言ってくれない。仲間はずれにされたって」
特にアンタレスあたりがうるさそうだ。
あまりにも簡単に想像できたので笑ってしまった。レギュも同じなのか小さく笑みを浮かべている。
「あ、額のタオル、替えるね」
熱が高いので、すぐにタオルが温くなる。
せっせとタオルを取り替えていると、レギュが呟いた。
「気持ちいい」
「良かった。食欲はある? あと、水分はこまめに取ってほしいんだけど」
「正直、何も食べられる気がしないな。水なら……まあ」
「それだけ熱が高いと、食欲も失せるよね。じゃあ、これ」
水差しを使ってコップに水を入れる。
起き上がったレギュに渡すと、彼は一気に飲み干した。かなり喉が渇いていたらしい。
「もう一杯いる?」
「いや、もういい。それより少し寝たいかな。……織姫、ありがとう。君のお陰で少し気持ちが楽になった」
「それなら良かった。これに懲りたら、しょうもない隠し事をするのは止めてね。しんどい時はしんどいって言うこと。言わない方が困るんだから」
「ああ、分かった。肝に銘じておこう。皆にも、あとで黙っていたことを謝る」
「うん。それがいいよ」
ベッドに横になったレギュに、布団を掛ける。
「寒い?」
「いや、寒気はないな」
「汗をかければ一気に熱も下がると思うんだけど。……はあ。私の力が病気にも作用するのなら、あっという間に治してあげられたのに」
ゲームの世界だというのならもう少し融通を利かせてくれればいいのに、なかなか思うようにはいかないものだ。
ぼやく私にレギュが言う。
「病気まで作用する力になると、それこそ聖女の取り合いになるからな。怪我くらいに留めておくのがちょうどいいんじゃないか?」
「勇者パーティーに入れるんじゃなくて、聖女は国に留まらせて皆を治させよう! ってやつね。ありそう……」
便利すぎる存在を手放さないだろうことが簡単に想像できる。
うんざりしていると、レギュが笑った。
「だからこのままでいい。というか、このままがいいな。だって今なら、君はオレと一緒にいてくれるんだろう?」
――うわあ。
含みがないことはレギュの表情を見ても分かるが、うっかり誤解してしまいそうな言葉である。
――これだから性格のいいイケメンは……。
私が勘違いしたらどうするのか。
好きな人がいて、魔王退治が終わったら帰る気満々だからいいようなものの、一歩間違えれば聖女ルートまっしぐらだぞと思ってしまう。
――ま、この世界は一周目だから友情ルートで確定なんだけどね。
今みたいなイベントはゲームになかったが、大まかな流れは同じだろう。
国を出て、時々中ボスっぽい魔物を倒す。
仲間と絆を深め、魔王退治に突き進む。
私が覚えている話と何も変わらない。だから安心しきっていたし、この世界を全力で楽しんでいた。
「……そういえば、どうしてレギュは熱なんて出したの? 昨日までは元気だったよね」
下手に返事をするのも良くないと思ったので、話を変えてみた。
レギュは目を瞬かせていたが、小さく笑って話題変更に応じてくれた。こういう空気を読んでくれるところも、本当にイケメンだと思う。
「そうだな。確かに昨日までは元気だった。ただ……少し夜更かしをしてしまって」
「あ、心当たりがあるんだ」
適当に聞いたのに、まさかの原因が分かっているパターンだった。
しかし夜更かし。一体何をしていたのだろう。
「本でも読んでいたとか?」
「……いや、ついパズルに夢中になってしまって。シャワーを浴びたあと、髪を乾かさずに続きをして……気づいたら朝になっていたんだ」
「夜更かしどころか徹夜じゃない! え? つまり私が見に行った時からずっとパズルをしていたってこと? そりゃ熱も出るわよ。完全に自業自得!!」
病気で可哀想と思っていた気持ちが、見事に吹っ飛んだ。
風呂上がりに髪を乾かさず、朝までぶっ通しでジグソーパズル。それは風邪も引くというものである。
「ええー……レギュってそういうタイプなの? 意外……」
きっちり自己管理できるタイプだと思っていただけに、驚きだ。
信じられないと首を振っていると、レギュが目を瞑り、言った。
「いや、わりとオレは適当だぞ。根っこはかなり適当な性格だと思う」
「そうなの?」
「ああ」
「そのわりには、責任感を無駄に発揮して、体調不良を隠すんだね……。適当とは真逆のところにいると思うけど」
「勇者だからな」
気負った様子もなく告げるレギュを見つめる。
彼は笑って言った。
「皆の求める勇者像を提供するのもオレの仕事だ」
「……ほんと、責任感の塊みたいな台詞じゃない」
これで適当だなんてよく言えたものだ。本人以外、誰も同意しないと思う。
呆れながらもレギュの額のタオルを替える。
レギュは気持ち良さそうに息を吐き出している。そんな彼に告げた。
「話すのも体力を使うからここまで。あとはゆっくり休んで。私は邪魔だろうし自分の部屋にいるね。定期的に確認には来るから」
熱も高いし寝かせた方がいいだろう。
人の気配があるのは邪魔かなと思い、椅子から立ち上がったが、レギュの熱い手が手首を掴んだ。
「嫌だ」
まさか引き留められるとは思わず、動きを止める。レギュは懇願するように私を見ていた。
「ひとりになりたくないんだ。オレが起きるまで側にいてくれないか」
「え? 邪魔じゃない?」
「君がいてくれた方が、安心して眠れる」
断言され、少し考えた。
確かに病気の時に人恋しくなる気持ちは分からなくもない。
体調が悪いと、なんだか妙に気弱になるのだ。
レギュはとても強い人だが、病気の時まで強くある必要はない。
それに責任感だけで熱を隠すような人が、ようやく弱音を吐けたのだ。きっと勇気が必要だったであろう「側にいて」の言葉を、頼ってほしいと言った私が無視するわけにはいかないと思った。
「……分かった。じゃ、ここにいるね。大丈夫。勝手に出ていったりはしないから」
頼ってくれたことが嬉しくて、笑顔で告げる。
元通り椅子に座れば、レギュはホッとしたような顔をした。
「……ありがとう」
「どういたしまして。……おやすみ」
眠りを促すよう、就寝の挨拶をする。
レギュもそれ以上は逆らわず、素直に目を閉じ、やがて規則的な寝息を立て始めた。
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