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愛されたがりのわがまま姫は堅物平民騎士のお嫁さんになりたい

柴田 / 著
松岡実取 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-868-7
定価 1,430円(税込)
発売日 2026/07/29

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内容紹介

身分差も年齢差も乗り越えて、絶対しあわせになってみせるんだからっ!
おてんば皇女様の10年越えの恋愛奮闘記
WEB版から大幅加筆して書籍化!
六歳になった第八皇女グレイスは周囲の反対を押し切り、平民騎士アーサーを専属護衛騎士として指名する。後ろ盾が弱く騎士達に見向きもされないグレイスを、彼だけがまっすぐ見つめていたからだ。“わがまま姫”と揶揄される主人にアーサーは「誰にも文句を言われないくらい強くなってみせます」と宣言し、皇帝にも認められる剣士へと上り詰めていく。やがてアーサーとの結婚を夢見るようになったグレイスだったが、身分差と年齢差のせいで全く意識してもらえず……!?
「初めてお会いしたときはこんなに小さかったのにいつの間にか大人になってしまわれましたね」

立ち読み

「あのね、アーサー」
「はい」
「今夜は空いてる?」
 近頃は、警護などという下っ端騎士がやるような仕事は回ってきていないはずだ。
 先約がないことを祈りつつ返事を待っていると、アーサーは少し遅れて口を開く。
「姫様がパーティーに向かわれるのを見届けてから、宿舎に帰る予定です」
「空いてるってことね」
「はい」
「あのね、パーティーを途中で抜け出してくるから、わたくしと街のお祭りに行かない?」
 アーサーが振り向く。真顔でじっと見つめられて居心地が悪い。どういう感情だろう。
 断られるのが怖くなって、気持ちがどんどん焦っていく。
「違うのっ! デートとかじゃなくて、お祭りに行くなら護衛が必要でしょう? わたくしの騎士なんだからアーサーが同行するのが当然で、べつにほかの意味なんてなくてっ」
 じーっと見つめられ続けて頭が真っ白だ。
 誤魔化すのではなく、はっきり言わないとアーサーには伝わらないのかもしれない。
「……アーサーとお祭りデートがしたいの」
 アーサーの腕を抱くように引き寄せて詰め寄った。
「だめ、かしら?」
「…………私でよければご一緒いたします」
「ほんとう!? うれしい。それじゃあパーティーがはじまって一時間したら出てくるわ。待ち合わせはここでいい? あっ、着替えてきてね。デートなんだから制服のままではだめよ」
 ふ、と笑ったアーサーが「かしこまりました」と答える。夢みたいだ。今までは無理やり付き合わせて外出することをデートと呼んでいたが、今日はちゃんと誘って了承をもらったのだから、まごうことなきデートである。
 憂鬱なパーティーなんてどうでもよくなるくらい、楽しみでたまらない。
「約束よ、アーサー」
「はい。それではお気をつけていってらっしゃいませ」
 エスコートの手を離され、アーサーがうしろへ下がる。
 フレドリックの存在をすっかり忘れていた。軽く咳ばらいをして彼のもとへ向かう。
「グレイス皇女殿下、今日は僕のパートナーになってくださってありがとうございます」
「こちらこそ。よろしくお願いしますね、フレドリック公子様」
「今日もとてもおうつくしいです」
「ありがとうございます」
 恥ずかしそうに顔を赤らめながら、思い切った様子で伝えてくれる。いつ会ってもこうだ。父であるトレヴィス公爵に命令されてグレイスに気があるふりをしているのかもしれない、と思っていた時期もあったが、接するうちにそうではないと確信を持った。
 アーサーに片思いしているグレイスには彼の気持ちが痛いほど理解できた。一生懸命グレイスを振り向かせようと努力しているのが伝わってくる。
 気まずい気持ちのまま馬車に乗り込んだ。

 本城のホールに到着し、フレドリックにエスコートされて入場する。
 彼とともにまず皇帝に挨拶をしたのだが、冷やかすようなことは言われなかった。やはり父は、フレドリックを婿にする気はないのだろう。けれど、トレヴィス公爵家から強く望まれれば皇帝とて無碍にはできない。しかし結婚の打診が来たという報せは受け取ったことがなかった。
 デビュタントボールのときは皇帝も公爵も乗り気のように見えたのに、今はフレドリックだけが結婚を望んでいる状態なのだろうか。
 親の考えはグレイスにはよくわからない。しかしフレドリックは家督を継ぐ長男だ。そろそろ結婚して子をもうけることを考えなければならない年である。自分の結婚をグレイス自身がどうこうできるものではないとはいえ、いつまでも期待を抱かせたままではまずいだろう。
 もしかしたら皇帝は、姉のときのようにグレイスに不幸な結婚を強いるかもしれない。フレドリックにしておけばよかったと思うときが来るかもしれない。でもそんな中途半端な気持ちや妥協で、真剣な彼の手をとるわけにはいかない。
 フレドリックはいい人だ。それは間違いない。だからこそ、アーサーに振られた場合のキープにしておくなんてことは絶対にしてはいけないのだ。
 ダンスタイムがはじまり、フレドリックにリードされながら踊る。
 未だに緊張が滲んだ表情だが、不意に視線が合うと顔がほころんだ。
「フレドリック公子様は、なぜわたくしをパートナーにお望みになったのですか?」
「えっ」
 そのようなことを問われるとは思っていなかったのか、間の抜けた声がこぼれた。
 フレドリックは真っ赤になって目を泳がせたあと、覚悟を決めた顔で見下ろしてくる。
「グレイス皇女殿下をお慕いしているからです」
「それならなぜこれまで一度も求婚状をお送りにならなかったのでしょう」
 見開いた目がやわらかく細められる。そこには切なさがこもっていた。
「それは……グレイス皇女殿下のお気持ちが僕にないことを知っているからです」
 そっと告げられた思いをただ受け止める。
 アーサーへの気持ちを隠しているつもりはないから、知られていても驚かなかった。
「あなたの口から直接聞きたかった。でも、なかなか勇気が出なくて……」
 グレイスは唇を引き結び、言葉を選びながら口を開く。
「フレドリック公子様。おっしゃるとおり、わたくしには好きな人がいます」
「……はい」
「わたくしはアーサーが好きです。ですので、あなたの気持ちには応えられません」
「はい。はっきりとおっしゃってくださってありがとうございます」
 答えを知っていたからだろうか。笑った顔は心が軽くなったようにすっきりして見えた。

 フレドリックとのダンスを終え、グレイスは足早にホールをあとにした。
 宮に戻り、残っていたメイドに手伝ってもらいながら着替える。お忍びで出かけるとき用の動きやすいドレスだ。でもデートなので、お気に入りの桃色のものを選んだ。
 髪型はそのままで合うように最初から緩めに結ってもらっている。少し化粧を直して、かかとの低い靴を履いて、甘く優しい香りの香水をまとい、急いで宮を飛び出す。
 馬の手綱を引くアーサーの姿が見えて、慌てて階段を下りた。
「転びますよ」
 階段の途中まで迎えに来たアーサーに手を引かれ、残りはゆっくり下る。
 はしゃいでいると思われただろうか。恥ずかしくなって、乱れてもいない髪をしきりに整える。
 ふと、二段下にいるアーサーのうしろ姿をそっと見つめた。制服以外に訓練着などは見たことがあるが、私服は初めてだ。
 ゆったりとした白いプルオーバーシャツは、胸元が紐で編まれただけのシンプルなデザインだ。膨らんだスリーブだが袖口は絞られていて、全体的にすっきりとした印象にしている。裾を細身のパンツに入れ込み革のサッシュベルトを巻くことによって、上半身のゆったりしたシルエットと下半身のタイトさが際立っていた。
 貴族の普段着、といった服装だ。グレイスに合わせてくれたのだろうか。
 シンプルなだけあって、スタイルがよくないと野暮ったく見えるだろう組み合わせを完璧に着こなしている。厚い胸板と締まった腰、大木のようにがっしりとした長い足を引き立たせる服のせいで、つい舐めるように見てしまった。いつもとは異なる雰囲気にどきどきしっぱなしだ。
「アーサー、その服もすてきね」
「……ありがとうございます。姫様もお召し替えなさったのですね」
「街のお祭りに重いドレスは邪魔でしょう?」
「ふっ、そうですね。軽やかな雰囲気が姫様によくお似合いです」
 いつもよりアーサーの雰囲気がやわらかいような気がする。よく緩む口角を見ていると、グレイスの頬もほころんだ。彼も祭りを楽しみにしていたのかもしれない。
「失礼いたします」
 腰を持って抱き上げられ、鞍に横向きで乗せられる。すぐにアーサーがうしろに乗り上げた。
「馬で行くのね」
「私と姫様のふたりなので」
 アーサーのことなので含まれた意味はないとわかっていても、いちいち胸を高鳴らせてしまう。
「そ、そうよね。今日は御者も出かけているでしょうし」
 アーサーが馬を連れてきたのは、グレイスの住む宮が正門から離れているからだ。門まで辿り着いたら、そこで馬を降りるつもりだろう。
 横乗りのグレイスを気遣って、馬をゆっくりと歩かせているようだ。
 大通りに近づいていくにつれだんだんと賑やかな声が聞こえてきた。
 祭りは大通り沿いで開催される。そのため馬車や馬の通行が禁止になるのだ。大通りは皇宮までまっすぐ続く道なので、往来ができなくなるのは少々不便である。しかし遠方の貴族は前日までに皇宮に到着して、それぞれ客室で過ごすことになっているから問題はない。
 飾りつけは城門前まで続いていて、とても華やかだ。普段は数メートルおきに並べられた街路灯がぽつりぽつりと道を照らすだけなのに、今夜は大通り沿いに建つ店々の軒先にオイルランプが無数に吊るされている。フラットになっている屋根部分にも置かれていた。よく見ると各々形が違っていて、みんなが家から持ち寄ったのかもしれないと考えると少しおかしかった。
 十年前、自分の部屋から見下ろしたとき大通りだけミルキーウェイのように輝いていたのは、これだったのかと腑に落ちる。
 門のところで馬を降り、アーサーが厩舎に繋ぎにいくのを待つ間、大通りのほうを眺める。
 皇宮の敷地の周りは水堀で囲まれていて、城門前にだけ石橋がかけられている。そのため大通りとは若干距離があるのだが、盛況な様子は伝わってきた。どうやら音楽隊がパレードをしているようで、楽しげな曲を奏でながらゆっくりと遠ざかっていく。
「姫様、お待たせいたしました。まいりましょうか」
「ええ。今ね、パレードの音が聞こえていたのよ。わたくしも見てみたかったわ」
 いつも夜には上がっている跳ね橋が下りたままだ。橋を渡り大通りのほうへ近づいていくと、本当にものすごい人混みだった。この辺りは貴族街にあたるものの、今日ばかりはあまり境目なく盛り上がっているように感じる。
 一般市民向けの祭りではあるが、グレイスのようにお忍びで来ている貴族も多くいそうだ。普段より少し豪勢になっただけのパーティーより、十年に一度の祭りのほうがよほど魅力的に見える。もちろん普段から平民を下に見ている者にとってはその限りではないだろうけれど。
「人が多くなってまいりました。つかまってください」
 差し出された腕に手を絡め、いつもより密着してみる。
「…………」
 無言で見下ろされている。もしかして嫌だっただろうか。
「すごい人混みだから、はぐれたら大変でしょう?」
「たしかに、おっしゃるとおりですね」
 素直に納得するアーサーに対し、グレイスはほくそ笑む。人混みを言い訳にして合法的にくっつけるなんてラッキーだ。
「それなら、私にもっといい案があります。――失礼します」
 突然、腕に添えていた手を解かれ、かわりに五指を絡めるように手を握られる。
「えっ」
 それからぐいっともう一方の手を引かれ、アーサーの二の腕をつかまされた。
「えっ? えっ?」
「これなら私が手を離さない限りはぐれることはありませんので。よろしいですか?」
「えっ、えっ、ええ……もちろん、えへ、名案だわ」
 毎日が祭りならいいのに、なんてことを考えながら軽い足取りで歩いていく。
「ゲームができたり、いろいろな食べ物を売る小さなお店がたくさん出るのね」
「屋台です。祭りには欠かせません」
「そうなのね。そういえばアーサーは、この祭りに来たことがある?」
 前回はともに過ごしたが、前々回開催されたときはどうしたのだろうと興味がわいた。その頃のアーサーは八歳だ。
「そのときは帝都に住んでいなかったので、これが初めてです」
「そ、そう。初めてがわたくしと……なのね」
「もっと小規模な祭りなら行ったことがあります。私がいた地域では、建国記念日以外にも収穫祭など何かにかこつけて祭りが催されていました」
「それも楽しそうね。ふふっ、せっかくだから何か食べましょうよ」
「いけません姫様」
 おいしそうな匂いがする屋台に引っ張っていこうとすると、すぐさま止められる。
 ねだるようなまなざしで見つめれば、アーサーは言葉に詰まった。
「……せめて私が毒見してからにしてください」
「わかったわ!」
 炭火焼ソーセージや、煮込み料理、好きな具材を挟んでもらえるパン、チーズやハムの盛り合わせ、スイーツ、パッと見ただけではどんな料理なのかわからないものまで、さまざまな食べ物がある。グレイスが普段口にするものとは何もかもが違っていた。
 アーサーに選んでもらっていくつか購入し、いつもは馬車が通る道に雑然と並んだ小さなハイテーブルに皿を並べる。イスはなく、立ったまま食べるようだ。
「本当にワインを飲むのですか?」
「わたくしだってもう成人したのよ。何を飲んだっていいでしょう?」
「皇宮にはもっといいワインがあると思いますよ」
「今日、この場所で、アーサーと飲みたいの」
「……わかりました。少しだけですよ」
 木製のジョッキに入っているのは赤ワインだ。皆が飲んでいるからとても興味をそそられた。両手で握って持ち上げると、なんとも言えない香りが鼻をつく。お世辞にもいい香りとは言えない。しかし周囲を見回してみると、すごくおいしそうにぐびぐび飲んでは食べ物をつまんでいる。
 えいやっと勢いでひとくち飲んだ。渋みが口内に広がり、途端に「うっ」と呻き声が漏れる。
 思い切り口角を下げて赤い水面を睨みつけていると、アーサーが笑いを堪えて震えていた。
「……残りはアーサーにあげる」
「ははっ。ではこちらのフルーツジュースをどうぞ」
 どうやらぶどうジュースのようだ。ついおそるおそる飲んでしまったが、甘くておいしい。両方ともぶどうからできているはずなのに、なぜこうも味が変わるのか不思議だった。
 アーサーが一口齧ったソーセージを食べてみる。パリッと皮を噛むと、肉汁がじゅわーっと染み出してきておいしい。ジュースがお供であってもじゅうぶん楽しめる。
「酒は初めてだとおいしく感じない人もけっこういますよ。白やロゼならもう少し飲みやすいです」
「わたくしはしばらくジュースでいいわ」
「成人を迎えたとしても、無理に大人になろうとする必要はありませんからね」
「でも、わたくしはもう大人よ」
 ついムキになって言い返すと、アーサーは目を伏せて静かに「わかっています」と答えた。
「初めてお会いしたときはこんなに小さかったのに」
 そう言いながらアーサーが自分の膝あたりを指したが、さすがにそんなに小さくはなかったはずだ。今はアーサーの胸くらい。顔の距離は随分近づいて、しゃがんでもらうこともなくなっていた。
「いつの間にか大人になってしまわれましたね」
「ふふん。大人の女になったでしょう?」
 腰に手を当てて胸を張ると、アーサーがくすくすと笑う。今日はやけに笑ってくれるような気がして、心がフワフワと浮き上がって雲の上にまでいってしまいそうな気分だった。


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