書籍詳細
万能女中コニー・ヴィレ8
| ISBNコード | 978-4-86669-839-7 |
|---|---|
| 定価 | 1,430円(税込) |
| 発売日 | 2026/02/27 |
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内容紹介
立ち読み
官僚宿舎の一階、東側にある角部屋にコニーは住んでいる。
居間の端にテーブルや椅子は片付けられ、広々とした床にデデンとくつろぐのは――純白の体毛に銀花模様が美しい雪豹。その体長だけで四メートル近い聖獣だ。
「ただいま戻りました」
「お帰り、コニー」
女中業務が終わって帰宅すると、のそりと立ち上がって出迎えてくれる。この獣の中身は、王太子騎士団副団長であり、義兄であるリーンハルト・ウィル・ダグラー(23)。
元は華やかな美貌の青年だが、隣国レッドラムの聖女ロッテと聖騎士団による襲撃がきっかけで――彼の体内に封じられていた〈聖獣の欠片〉が、中途半端に覚醒してしまった。
「何か変わったことはありませんでした?」
「こっちは大丈夫だよ。君の方はどう?」
「聖女たちがあなたを探し回っていました」
「そう、君の方には来なかった?」
彼の行方を義妹に聞きに来る、これは想定内だが――
「今のところまだですね」
コニーは使用人食堂でもらってきた食事を、壁際のテーブルに広げる。彼の分をお皿に移して床に置いた。今夜のメニューは、豪快に骨付きローストポーク、野菜のピクルス、ダイスの芋を練り込んだ固めのパン。雪豹は、成人男性が食べる一食分をぺろりと平らげた。
「お代わり要ります?」
「十分だよ、ごちそうさま」
聖獣化して三日目になる。毎回、これだけの食事で足りるのかとコニーは思う。大食漢の自分からすれば、ずいぶんと燃費のいい体だ。彼は肉球についたソースを丁寧にぺろぺろ舐め取る。お皿の上にはきれいな豚骨だけが残った。中身が人間のせいか、食べ方もお行儀がいい。
義兄を匿うようになって知ったのは、生まれた時から右手の星紋で〈彼の魔力〉と〈聖獣の魔力〉を二重封印していたこと、封じを施した魔法士はすでに亡くなっていること、聖獣が覚醒すると彼の自我は消えてしまうこと……
だから、今の状況は完全な覚醒ではないってことなんですよね。
そういえば、根本的な原因についてはまだ聞いてなかった。
「リーンハルト様、〈聖獣の欠片〉は、どういった経緯で受け継ぐようになったのですか?」
猫のように顔を洗う仕草をしていた彼は、ぴたりとその動きを止めた。気まずげにその深海色の瞳を彷徨わせる。御家がらみの根深い理由があるのなら、話し辛くて当然だろう。
「あなたを人間に戻すためにも、重要なことだと思いますので……話していただけませんか?」
彼は不安そうに言った。
「誰にも……ジュリアン殿下にも話さないでくれるなら」
主に伝わったらまずいことか。国の守護獣を体内に封じている時点で、反逆罪に問われてもおかしくはないのだが――これについては、義兄が望んで得たものではないし。
何よりアシンドラの地で、彼が異空間への穴を穿ち続けて出口を確保してくれたお陰で、自分も主も生還することができた。だから、どんな秘密が出て来ようと、彼を見捨てるつもりはない。
「沈黙は守ります。何があっても、わたしはあなたの味方です」
彼は緊張していた面持ちを、ふっと緩めた。
「――ありがとう。君を信じるよ」
そういって語り始めたのは――四百三十年ほど前、ダグラー公爵家の先祖ゴッドハルトが、聖獣を裏切り殺めた――という思いがけない内容だった。そのとき、聖獣から奪った心核が砕け散り、彼の右目に刺さったことが全ての始まりだという。心核とは人間の心臓に当たるものだ。
「我が家には、〈聖獣は魂の解放とともに国を亡ぼす〉という言い伝えがある。それは、欠片の保持者の死により聖獣は解放される、という意味で……その災い回避のため、子孫に欠片を移して封じ続けているんだ」
国内でも有名な〈銀花の聖獣伝説〉、ゴッドハルトと聖獣が活躍する物語。
コニーも子供の頃に本で読んだことがあり、互いに信頼しあうその友愛は、猫好きコニーにとっては羨ましくも心躍る関係だった。だからこそ、衝撃を受けた。
物語の最後は、〈聖獣は敵に討たれて亡くなった〉ことになっていたのだから。
ダグラー公爵家のご先祖は悪魔か何かですか? それとも、そうせざるを得ない重大な理由が?
そのことを尋ねてみるも、雪豹は首を横に振る。
「ゴッドハルトの裏切りについては、どうしてか分からないんだ。領地に戻って調べたけど、彼の孫世代より前の記録が一切残ってなかった。その頃に邸を建て直したようだから、多分、火事か何かで消失したんだと思う」
「そうですか……やはり聖獣化したこと、公爵様に知らせた方がよくないですか? 何か良い手立てを知っているかも。手紙ならわたしが代筆しますし、何なら直接話しに行っても……」
先日も同じことを聞いたが、彼はそれを拒んだ。あのときは、何故なのか言わなかったが。
「いや、知らせなくていいよ。父の用意した魔力封じの腕輪も壊してしまったんだ。この姿を見れば、次に取る手段は限られている。家名が大事な人だから」
災いとなる前に物理的に切り捨てにくる、ということか。公爵は若かりし頃、国王付きの近衛騎士団長だった。冷徹な判断に出ることは想像に難くない。だが、それでもと思う。
「公爵家の跡取り息子ですし、話し合う余地は?」
「私がいなくなれば養子を取ると思う。ミッシェルが懐妊すれば、その心配もないだろうけど――」
まるで自らが消える前提の言い方に、ぎょっとする。どんよりした重い気をまとう雪豹。ネガティブ沼にはまっている。
ぱんっ! コニーが目の前で両手を打つと、雪豹は青い目を瞬いた。
「リーンハルト様、人間に戻る方法をしっかり考えましょう! 落ち込むのは、やるべきことをやってからですよ!」
◇◇◇◇◇
朝から大変だった。
昨日会った老侍女に、夜会の仕度を手伝ってもらったのだが――花びらの浮かぶお風呂に入れられて全身を磨かれたり、美容オイルでマッサージされたり、極限までコルセットを締め上げられたりして、パニエを入れた裾を引きずる夜会用ドレスを着付けられた。知的クールな印象のお化粧も念入りに、淡銀の長い鬘をつけて巻いたり結い上げたり。爪まで念入りに磨かれる。そして、大きな鏡に映るのは幻想的美少女。
暗いボトルグリーンのドレスは、背中を白銀色の細いリボンが彩る。ドレスの共布で作ったバラのチョーカーも合わせて、上品で大人可愛い。
しかし、ぴったりサイズのこのドレス……借り物ということはないだろう。まさか自分の為に作ったとか? え、でも、夜会調査の仕事が入ったのはごく最近で、ドレスの製作日数を考えたら、数ヶ月前には注文しておかなくてはならないわけで……
何の為に? と思うも藪蛇になりそうな気がして、聞くに聞けない。
支度だけで半日掛かり。優雅なお嬢様の生活の裏は、実に過酷だ。
朝食と昼食は老侍女に阻止された。用意したドレスが入らなくなっては困る、とのことで……紅茶とクッキー一枚しか貰えなかった。というか、それ以上何もお腹に入れる余地はなかった。コニーも普段からコルセットは付けているが、内臓の位置が変わるほど締めることはないのだ。
準備が終わった頃、深い赤銅色に金の刺繍の入ったお洒落な夜会服を着こなして、さらに美麗度のアップしたアイゼンがやってきた。夜会では、お互いの衣装の色やアクセサリーなどをお揃いにして、周囲にカップルですよとアピールするものなので、あえて外した色にしてくれたようだ。
慣れない支度で疲労を感じていたら心配された。
「顔色が悪いようですが、大丈夫ですか? あまり食べてないでしょう、何か軽食でも……」
「大丈夫です! お気遣いなく!」
両手で己の頬を叩き、気合を入れるコニー。
――さあ、お仕事です!
王都郊外まで魔獣車を走らせること一時間余り。御者を務めてくれたのは伯爵家の執事で、ご老体ながら洗練された身ごなしの紳士だった。
「少しお聞きしたいのですが……何故、アイゼン様は招待されたのですか?」
割ときなくさい人たちが残っている中立派の夜会。元は中立派であったとはいえ、今は王太子の側近であるアイゼンが招待されるのは――よく考えると妙な話だと思う。
「これから行くルメリア侯爵家の夫人は、母の古い友人なのです」
彼はやや憂鬱そうに嘆息する。
「今回はおそらく、母から私の見合い全滅を知って、婚活令嬢を揃えて待っているのでは……と予想しています」
「なるほど……」
ルメリア侯爵邸に到着すると、会場へと足を運ぶ。すでに多くの貴族たちが集まり、立食形式のテーブル周りで歓談をしていた。楽団が緩やかな曲を奏でている。
六月下旬に鍛冶の町で会った老人リプトンと再会した。遠縁のサブリナ嬢としてアイゼンから紹介されるも、完璧な変装に気づいていないようだ。リプトンも中立派だが、それは領地がレッドラム国に近く、かの王を刺激しないためだと聞く。
「私が騎士学校を運営しているため、目をつけられたのだが……過去にも、国籍を伏せてレッドラム国出身者を入学させてほしい、と打診されたこともある。無論、断ったが」
それは多分、間諜としてあちら側の人間を多く潜入させて、ゆくゆくは城の騎士団を乗っ取ることが目的なのだろう。
そして、少し話したあと、彼はアイゼンにこう言った。
「今、女性騎士育成の準備を、いろいろと整えている最中でしてな。ぜひ、〈双刀のお嬢さん〉を講師にお招きしたくて……もし、彼女に会うことがあれば、そうお伝え願いたい」
「彼女は、城で複数の仕事を掛け持ちしていますので、転職されると私が困るのですが」
人事室長たる彼は、人材の横流しは出来ないとやんわり釘を刺す。
「なんと、そうでしたか……では、月一の臨時講師でもいいので。考えておいてほしいと、お願いするのは?」
「分かりました。それなら伝えておきましょう」
他の客に挨拶に向かうリプトンの背中を見ながら、アイゼンがこそっと言った。
「興味があるなら私が仲介をしますよ」
コニーは苦笑し、扇子を広げて口許を隠すと小声で返した。
「わたしにそのお役目は無理だと思います」
「貴女で無理なら、誰も講師にはなれないでしょう」
戦場での活躍を知っているからこそ、彼は高い評価をしてくれる。だが、問題はそこではなく。
「由緒正しい〈騎士の卵様〉に教えるのはどうかと……」
コニーの剣は基礎にボルド団長の教えがあるが、元暗殺者の揚羽や〈黒蝶〉同僚の梟の指導を受けている――いわば〈影の剣〉だ。変則的な技も多く、きっちりとした型で習う騎士たちからすると、下品とか卑怯とか言われているのも知っている。とはいえ、それは命懸けの修羅場経験のない人の言い分だとは思うが……
「それに、すでに育成中の子たちを抱えているので、現在多忙を極めています」
何のとは言わない。だが、〈黒蝶〉関連だろうと察したらしい彼は「ふむ」と頷く。
――実際は、子供たちよりも義兄の問題に手がかかってますけどね。
「未来の女騎士育成に貢献出来るのは、貴女だから出来ること――だと私は思いますよ。おそらく、リプトン殿なら訪問が三ヶ月や半年に一度でも歓迎してくれるでしょう。検討してみては?」
「……考えておきます」
ふとホールに視線を向けると、周囲の人たちが遠巻きにこちらを見ていた。内緒話をしていたせいで、近寄りがたかったのか? コニーはアイゼンと共に、貴族たちとの交流をはかりに行く。堅苦しい挨拶は初めだけ、そのあとは近況を交えた雑談ばかりだった。
そろそろ単独行動すべく、アイゼンと視線を交わして彼から離れる。ぐるりと広間を見回す。昨日、お茶会で会った令嬢たちは誰も来ていないようだ。
「ねぇ、そこのあなた。わたしたちとお話ししましょうよ」
突然、十人近い令嬢たちに取り囲まれて、ぐいぐいと会場の隅まで押しやられた。
好奇心と妬みの混じる眼差しと口調で、アイゼンとの関係を探ってきた。「ただの親戚で興味ない」と、お茶会同様にその質問はシャットアウト。
こっちが知りたい情報に持って行かねば――最初に声をかけてきたゴージャス系の令嬢がリーダーのようだ。彼女のセンスを褒めまくった。下手に出た方がガードも緩くなる。さらに、大人しく聞き手に徹すれば無害判定したようで、意外に親切だ。
話を振られても自身のことは最小限、〈田舎出の病弱令嬢サブリナ〉として世間知らずを装う。
ここでもまた、恋バナが始まり王太子側近たちの名が挙がる。地方貴族が多いせいか、義兄の半獣化した話はまだ届いておらず。王都のお茶会でも聞かなかった。
それにしても、なかなか興味ある話が出てきませんね……
話が一段落したのでコニーは令嬢たちの輪を抜けて、飲み物を取りに行く。テーブルには美味しそうなお菓子の載った大皿がきれいに並べてある。一口サイズの花型の砂糖菓子が目に留まる。このぐらいなら食べられそうと、ぱくっと口に放り込む。ふわっと口の中で溶ける上品な甘さ。
うん、美味しい!
もう一つと摘まんでいると、後ろの方から興奮したような声が聞こえてきた。
「瀕死の者が健康を取り戻したんだ! まさに、奇跡の癒しを施す蘇生教団で――」
ある教団について、熱心に布教活動をしている男がいる。周りの男たちが「どうやって?」と聞いても、「その先は秘密だ、教団に入れば教える」ともったいぶる。
胡散臭いな、と通り過ぎてから思い出す。
――もしかして、お茶会を出禁になった令嬢が勧誘していた教団では……
主催者の登場とともに、ダンスタイムが始まる。
アイゼンがやってきた。やや遠慮がちに尋ねてくる。
「お誘いしても大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないです」
アシンドラ地下遺跡でのステップゲームで、彼は配慮してくれた。だから、ワルツが苦手だと気づいていると思う。人前で踊りたくないし、彼に恥をかかせるわけにはいかない。
あっという間に、アイゼンに群がる令嬢たち。コニーにも男性が寄って来たので、素早く庭へと逃げた。
その先のベンチで、先ほどの布教男を見かける。例の教団とやらの話を詳しく聞きたかったが、酒の飲み過ぎでべろんべろんになり、呂律が回ってない様子。あー、これはダメだ。
「そこのきれいなお嬢さ~ん! うちの教団においでよ~」
しつこく絡まれた。ドレスを掴んで放さないので、ビシッとデコピンで吹っ飛ばす。しかし、転げた男は頭を木にぶつけてふらふらしたかと思うと、茂みに顔を突っ込んでゲロを吐いて倒れた。
あ、ちょっとやりすぎたかも。
とりあえず人を呼んで来ようと足早に離れていると、叫ぶ酔っ払い。
「うちの教団はいいよ~カルマ様は無敵だ! ようやく末っ子様の天下が……」
カルマ様? どこかで聞いた名に足を止めた。
カッと背後から強い光が差す。バシャッと何かが飛び散った。振り返ると、先の酔っ払いの首がない。いや、一部が繋がったまま不自然に垂れている。
いつの間に忍び寄ったのか、左斜め後ろから声をかけられた。
「ねぇ、そいつから何か聞いた?」
コニーはそちらに向かず、首を横に振る。本能的に、相手の顔を見てはならないと思った。
「ふぅん、アイゼン卿の連れだっけ? 王太子側近が中立派の集いに何の用、て感じだよねぇ」
コニーの横を通り過ぎた男は、躊躇なく死体の腕を掴む。
「――ったく、酔っ払いの後始末までしなくちゃならないなんてね。今見た事、言い触らすなら、次は君の番だよ」
◇◇◇◇◇
間もなくして、眼下に紅葉に彩られた山々が広がる――義兄の秘密の修行場へとやってきた。
――以前、彼とここに来たのは四月下旬でしたっけ。あのときは……
『あと二ヶ月もすれば、いろいろな種類の花が満開になるよ。すごくきれいなんだ。そのときに、また一緒にここでご飯を食べよう』
コニーも一応、これは約束かな? と思ってはいたが、イバラと義兄のやりとりで聞いた〈二度目のデートの約束〉だとは思わず。
「花の季節は終わってしまったけれど……紅葉も綺麗だから見てもらいたくて」
ここには、義兄が魔法剣で地下水脈を打ち抜いて出来た湖がある。前回は、急斜面にある突き出た岩場から俯瞰してこの湖を見たのだが――今回は畔までやってきた。
周囲を黄色、オレンジ、赤、まだらに残る緑の木々が視界を埋める。濃い緑の湖面に、それらが逆さまに映り込む。浅瀬は底の砂が見えるほどに透明度が高く、その水面を漂うのはたくさんの赤い木の葉。するっと、その下を泳いでゆく銀色の魚が見えた。
心が洗われるような大自然の美しさだ。
「とても綺麗ですね」
その返事に彼は微笑む。
「少し歩いてみようか」
コニーは頷いて、彼と一緒に湖畔を歩き出す。コニーは先ほど聞けなかった疑問をぶつける。
「それはそうと、アイゼン様の仰っていた……猫だから出来ることって何ですか?」
「――さあ?」
一瞬、頬が引きつり目を逸らしたので、何か隠しているなと直感。
「目を逸らすのは、わたしが怒るような何かをした……ということですか?」
「いや、そんなわけ……」
「言わないと、歩いてでも一人で帰りますよ?」
「誓って何もしてないよ! そもそも、君の猫たちに邪魔されたから!」
夜間、ちび雪豹の姿で添い寝しようとしたら、黒猫五匹に阻まれたらしい。
「前脚で叩かれたり潰されたり、尻尾で払われたり、口に銜えて運び出されたりしたよ」
見た目は聖獣でも、中身が義兄だからか容赦しなかったようだ。ナイス黒猫たち。
「わたしの寝台は、あのコ達のテリトリーですから」
「添い寝すら許してもらえないなんて……」
いや、あなた、自覚してないようだけど……人の姿でやったら変質者ですよ? イケメン無罪にはなりませんからね?
「合意なき侵入は犯罪ですよ」
「黒猫たちは許されるのに……」
それは下心がないからです。
「あと、誘いには乗りましたけど、手繋ぎ、ハグ、キスはなしですからね!」
「分かってるよ」
意外にあっさりと彼は頷いた。やけに聞き分けがよくて、拍子抜けする。
風がそよぐ。さらりと、長い白金髪が揺れた。それを見て、コニーはふと思い出した。彼が恩人との再会を望んで、髪に〈願掛け〉していたことを。
その恩人が、奇しくもわたしだったわけですけど――
春の遠乗りでは、雛菊の群生する丘に連れて行ってもらった。
『雛菊、好きなのですか?』
『私にとっては特別な花なんだ。この花をくれた人の言葉が、私を支えてくれたから』
彼の私邸で見つけた朽ちた雛菊の栞。あれも、自分が彼に渡したものだったらしい。正直、そこまでは覚えていないのだが。
彼は戻った記憶をもとに、打ち明けてくれた。
『夢に現れた兎頭の君に、何度も励まされたよ』
『自分を信じてあきらめないで、きっと道は開かれる――この言葉にね』
『あのときはありがとう。ずっと、伝えたかったんだ』
真摯な謝意は胸に響いた。
時折、陽光を受けた金色の葉が、はらはらと舞い落ちてくる。ゆっくりと歩きながら、幻想的な風景を眺めていた。
「コニーは」
ふいに呼びかけられて、隣にいる義兄の顔を見上げた。
「将来の目標とか、どうしたいとか――夢みたいなものはある?」
唐突な質問に目を瞬く。少し考えてから、いつも思っていることを答えた。
「――そうですね。とりあえず、今は黒蝶の新人教育をまっとうすることでしょうか」
「主第一主義の、君らしい答えだね。教育は十年もあれば十分だろうし……そのあとは?」
十年後なら、ドロシーとベルンは二十二歳、わたしは二十八歳。
「引退するにはまだ早いですね。黒蝶のお勤めを終えるのは、おそらく……ジュリアン様の引退と同時ですよ」
「そのあとは女中を続けるのかな?」
青灰色のワンピースの裾が、旋風に巻かれてふわりと大きく揺れた。
「いえ、ちょっと挑戦してみたいことがあるので……」
「挑戦?」
それは、誰にも言ったことのない、〈黒蝶〉リタイヤ後の人生計画だ。
「まぁ、後輩たちの指導もですが、ジュリアン様の御子様のご成長を見届けて、何も憂いがなくなってからのことですけど……つまり、お婆ちゃんになってからの夢ですね!」
「そういえば、君……百歳まで生きる予定だって言ってたね」
城下で出会った時の発言を、思い出したように口にする。彼は歩みを止めて、尋ねてきた。
「ちなみに、その夢は具体的にはどんな――」
「秘密です」
ぴしゃっと返す。
「私の夢を話したら、君の夢も話してくれるかい?」
きらきらした笑顔で詰め寄ってくるので、あとずさる。
「えっ、嫌ですよ」
何となく……桃色発言が飛び出してきそうな予感がするから――
「私の夢は、君の専属騎士になることだよ!」と予想に違わず。
「いや、それ聞いても答えませんよ? というか、その夢は絶対叶いませんからね!」
義兄、しょんぼり項垂れる。
「分かってるよ、儚いから夢なんだって……」
「ちょ、いきなりネガティブにならないでくださいよ……」
いつもならこの程度でめげない人なのに……
そのまましばらく、二人は無言で湖を眺めていた。
すると、ほんのり笑みを湛えて、義兄がつぶやいた。
「最後に、君とここでデートできてよかった」
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