書籍詳細
王子様と結婚するには綺麗な薔薇が必要のようです
| ISBNコード | 978-4-86669-815-1 |
|---|---|
| 定価 | 1,430円(税込) |
| 発売日 | 2025/11/27 |
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内容紹介
立ち読み
「その……さっき、父上が話していたことについて、なんだけど」
「ええ、魔女の話、よね?」
色々語りたかったのは同じなので、きっかけさえもらえればこちらも話せる。
魔女という言葉を聞いたナイトが、溜息と共に告げた。
「……魔女が実在していたなんて知らなかった」
「私も知らなかったわ。てっきりお伽噺だとばかり思っていたのに……」
一番驚いたのが、作り話と思っていたことが本当にあったという話だった。
三百年前に魔女がいて、お伽噺通りのことが起こっていたなんて、今でもちょっと信じられない。
「一瞬、嘘じゃないかって疑ってしまったわ」
「僕も最初はそう思ったよ。でも、父上は真剣だった。嘘を吐いていないのは見れば分かる」
「ええ、あそこで陛下が嘘を吐く理由なんてないものね」
そう告げると、ナイトも頷いた。
「そうだね。だから魔女が三百年後に双子が生まれると告げ、無茶と思われる要求、そして契約を突きつけてきたのもきっと本当のことなんだろう」
「双子の兄の方を恋愛結婚させろってやつね」
「そう。理由が……真実の愛を見たい……だったかな。こちらからしてみれば『なんだそれ』って感じだけど」
「しかも受け入れないのなら『結界を消す』だものね。当時の国王陛下が要求を呑んだのも当然だわ」
きっと苦渋の決断だったのだろう。
若干の同情を込める。ナイトが棘のある口調で指摘した。
「結果的に三百年後に丸投げしたとも言えるけど」
「あはは……まあ、私たちからしたらそうとしか思えないわよね。で、三百年が経ったのが今って話なんだけど……」
実際に双子が生まれ、国王は約束を果たすべく動かざるを得なくなった。
「事情が分かれば、陛下も大変だったのだろうなとは思うけど……」
言葉を濁したが、ナイトは容赦なかった。
「だからといって、やりすぎだよ。せっかく連れてきた相手を、まさかあそこで反対されるとは思わなかったからね。今はこうしてここにいるけど、出て行こうと決意したのは嘘じゃない」
「ええ、私も。本気でナイトについていこうと思ったわ」
「……ソフィア」
ナイトがソファから立ち上がる。釣られるように立ち上がると、彼は私を抱きしめた。
「ナイト……」
「愛してる。僕はいつだって君がいればそれでいいんだ」
「ええ、私も」
背中に手を回す。思っていることを正直に告げた。
「真実の愛とかどうでもいい……と言ってはいけないんだろうけど、やっぱりどうでもいいわ。私はナイトが好きだから一緒に行こうと思っただけだし」
「そうだね。僕たちはお互い、相手が必要だから離れないで済むようにしようと考えただけだ」
互いを抱きしめ合う。温かな体温がじんわりと伝わり、頑なになっていた心が解れていった。
温もりをしっかり感じたあと、ゆっくりと顔を上げる。ナイトが私を見つめていた。
「ナイト?」
「なんでもない。ただ、ちょっと思っただけなんだ。あのお伽噺が実話だったのだとしたら、魔女にも同情されるべき点があるなって」
「え……?」
目を瞬かせる。
「お伽噺の中で魔女は、人々に利用されていた。善意を悪意で返され、人間に嫌悪を抱いていた。……僕はね、ずっと思っていたんだ。魔女が可哀想だって。人々のために働いていたのに、褒められるどころかもっと差し出せと言われるんだからね。魔女が復讐に走っても当然だって思っていた」
「それは……私も同じだわ」
お伽噺を思い出す。
お話の中で、魔女は頼ってくる人々を無償で助けていた。それなのに人々は満足せず「もっともっと」と要求したのだ。
魔女が怒るのは当然のことで実際この話は『人の善意につけいるような真似をしてはいけない』という教訓にもなっている。
私も最初に話を聞いた時、酷い、魔女が可哀想だと憤った。
最終的に魔女は皆を許して終わっているが、そんな簡単に許してもいいのかと思った記憶がある。
でも――。
「……たぶん、本当は人間を許してはいなかったのよね」
「え?」
思いついたことを口にすると、ナイトがキョトンとした目で私を見てきた。
「ソフィア?」
「いえ、これは私がそう思っただけって話なんだけど、たぶん魔女は人間を許したわけではなかったのよ。当然よね。一度幻滅したのにそう簡単に信用が回復するわけないもの。だから三百年後、なんて条件をつけた。今すぐじゃなくずっと後にしたのは、人が魔女の恐ろしさを忘れるのがそれくらいだと思ったからじゃない? 実際、私たちはお伽噺だと思っていたわけだし」
「……そう、だね」
「だから人間が本当に心を入れ替えたのか、魔女は試したいのかなって思ったのよ。そして当時の国王陛下はそれに気づいたのではないかしら。だから最終的に契約を受け入れた。これ以上魔女に幻滅されるわけにはいかないって。そして今の陛下も同じ思いだったから、私たちをやたらと試すような真似をしたんじゃないかしら。絶対に失敗できないってそういうことだもの」
「……うん」
「そう考えれば、陛下にされたことも仕方ないかなと思えるわね。国のためにも魔女をこれ以上怒らせたくなかった。だからやったことだと言われたら……ええ、納得できるわ」
魔女の許したくない気持ちも、国王がどうにかこれ以上怒らせないようにと奔走する気持ちもどちらも理解できる。
そして理解できてしまえば、もう仕方ないと呑み込むしかないのだ。
いつまでも怒ってはいられない。
「認めてもらえたのだからいい、と思うことにするわ」
「ソフィアはそれでいいの?」
「ええ。結果的に家族を悲しませなくても済みそうだし。あなたと一緒に行って、家族を捨てる覚悟はしていたけど、捨てなくて済むのなら持っていたいもの。そんな風に思うのは駄目?」
上目遣いでナイトに尋ねる。
ナイトは困ったように笑ったあと「まあ、捨てなくていいものを捨てる必要はないよね」と答えた。
「僕だって、国を捨てずに済んだわけだし。……カミーユは王位に興味がないんだ。押しつけて申し訳ないとは思っていたから、そうしなくて済んでよかったよ」
「え、そうなの?」
「うん。カミーユはね、学者になりたいんだってさ」
「へえ……」
学者……。第二王子の優しげな風貌を思い出す。なんかもう……全く違和感がなかった。
「昔から勉強が好きなんだよ。特に農業や漁業についての研究に熱心かな」
ナイトが優しい顔をしている。
弟のことを大事に思っているのが、その表情だけで伝わってきた。
「ナイト」
声を掛けると、彼は少し気まずげに笑った。
「そうだね。最終的に丸く収まったわけなんだから、文句を言うのはやめようか。僕たちは父上に認められた。つまりは結婚できるということなんだから」
「あ……」
ナイトの言葉にドキリとした。
そうだ。色々ありすぎてすっかり頭から飛んでいたけれど、そもそもそういう話だったのだ。
国王が結婚に反対し、だから国を出て行こうと私たちは思っていた。
だけど彼は私たちを認めると言った。つまり、結婚に賛成してくれたというわけで。
「……」
なんだろう。ジワジワと実感が湧いてきた。
落ち着きなくウロウロと視線を彷徨わせる。私の態度を見たナイトが「あれ」と首を傾げた。
「まさか今更恥ずかしがってる? さっきまで駆け落ちをしていたのに?」
「う……」
思わず腕で顔を隠す。
指摘されたことでより恥ずかしくなったのだ。顔を真っ赤にした私をナイトが覗き込んでくる。
「ちょ……見ないで!」
必死に顔を背けるも、ナイトは負けじと顔を近づけてくる。そうして目を丸くした。
「……え、顔真っ赤になっているんだけど。本当に恥ずかしいの? ……可愛い」
思わずという風に告げられ、更に羞恥を誘われる。
私を見つめるナイトの目が酷く優しい気がする。声もどこか甘く、なんだか居たたまれなくなってきた。
「っ……! じゃ、じゃあそういうことで! また明日!」
この場にいることに耐えられなくなり、声を荒らげる。ナイトがこてんと首を傾げた。
「また明日って……どこに行くつもり? こんな夜中に」
「よ、夜だから寝るのよ。決まってるじゃない」
「うん。だからどこにって。ソフィアの部屋、用意されていないよね?」
「っ……!」
冷静に指摘され、ハッとした。
そういえばそうだった。でも、ということは、今夜はナイトの部屋で休めと言われているということで。
――え、待って。ナイトの部屋って、当然ベッドは一台しかないわよね?
とんでもない事実に気がついてしまった。
同じベッドで一晩。しかも相手は結婚しようと約束している相手。当然、何も起こらないなんてことはないだろう。
逆に何もなかったらびっくりだ。好きな男に手を出されないとか、女としての魅力が足りないのかと落ち込む案件である。
「~~!」
今までの比ではないくらいに顔が熱くなった。頭から湯気が出そうだ。
嫌というわけではない。ナイトなら別に構わないと思っている。でも、さすがにちょっと早くはないだろうか。
せめてもう少し、そう……心の準備をする時間がほしいのだ。
とはいえそれを正直に言えるような勇気は私にはなかった。
「……」
結果として、唇をむいっと突き出すようななんとも情けない顔でナイトを見つめることになってしまった。
自分でもどうしてこんな表情をしているのか分からなかったが、たぶん、相当混乱しているのだと思う。
「……ぷっ」
私の顔を見たナイトが、何故か噴き出した。
どうにもツボに入ったらしく、お腹を押さえ、笑い続けている。
「ナ、ナイト?」
一向に笑いを収めないナイトに声を掛ける。彼は涙を浮かべて笑っていたが、やがて顔をこちらに向けた。
「大丈夫だよ」
「へ?」
――何が?
目を瞬かせる。
何を言っているのか分からず困惑する私に、ナイトは優しく目を細めた。
「女官を呼んで、すぐに君の部屋を用意させる。さすがにこのタイミングで手を出すほど、僕も馬鹿じゃないんだよ」
「て、手を出すって……」
「ん? 違った? てっきりそういう話だと思ったんだけど」
キョトンとするナイト。
確かに間違ってはいないが、私は全く余裕がないというのに、彼の方は全然慌てていない。それがなんだかとても悔しかった。
だからつい、言い返してしまう。精一杯虚勢を張った。
「べ、別に私は気にしていないわ」
「そう? じゃあ一緒に寝る? でもさすがに同じベッドで休んで手を出さない自信はないんだけど」
「へ?」
「そりゃそうでしょう。僕は君が好きなんだから。好きな子が隣にいて寝られるほど枯れてはないつもりだけど」
「……」
「それでもいいの?」
優しく尋ねられ、俯く。
ここで「はい」と答えればきっとナイトは言葉通り私を寝室へと連れて行くのだろう。
場の雰囲気からそれはなんとなく察した。
とはいえ、へたれな私にそんな勇猛果敢な返事ができるはずもなく。
「……女官を……女官を呼んでください……」
結果的にプルプルと震えながら告げることとなった。
「分かった」
最初から私の返事など分かっていたのだろう。ナイトが楽しげに笑う。
「いいよ、君の言う通りにしよう。でも、逃がしてあげるのは今日だけだからね? 今度、今みたいな機会があったら遠慮なく寝室へ連れ込むから覚悟だけはしておいて」
「っ……!」
念を押すように言われ、息を呑む。ナイトを見れば、真剣に言っているのは一目瞭然だった。
まるで獲物を狙う肉食獣のような視線だ。ドキドキするのと同時に、彼が私を『そういう目』で見ていることが分かって少し嬉しかった。
同時に思う。私も応えなければならないと。
ここで誤魔化すのは、ナイトに対して失礼だ。それを理解したから、私はカラカラに渇いた喉から必死に声を絞り出した。
「……わ、分かったわ」
決して、彼の誘いが嫌だったわけではないと伝えたかった。
「ソフィア……」
蚊の鳴くような声だったが、ナイトには届いたようだ。どこかホッとしたように表情を緩める。
その瞬間、いつの間にかできていた張り詰めた雰囲気が霧散した。
「ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃないわ」
「うん、でも嬉しかったから。じゃあ、女官を呼ぶね」
ナイトがそう言い、女官を呼び出してくれる。
夜中なのに申し訳ないと思ったが、ナイトの呼び出しに、女官はすぐに応じてくれた。
私の部屋のことを頼めば、すでに用意してあるという答えが返ってくる。
「お泊まりになると思っておりましたので、最初から準備しておりました。ご案内いたしますね」
どうやら夕食を出してくれた時にはすでに用意が整っていたようである。
考えてみれば当たり前だが、そこまで頭が回っていなかった。ナイトも気づいていなかったようで「あ」という顔をしている。
「ソフィア様?」
「い、いえ、お願いします」
不思議そうな顔をした女官に案内を頼む。
ナイトが笑顔で手を振った。
「じゃあ、お休み」
全てを許す優しい笑顔だ。それに頷き、笑みを返す。
女官の後についていきながら、時間をくれた彼のためにも次の機会までには覚悟を決めておこうと思った。
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