書籍詳細
出会った瞬間、即○○! ちんちくりん魔法薬師にガサツな騎士隊長を添えて
| ISBNコード | 978-4-86669-816-8 |
|---|---|
| 定価 | 1,430円(税込) |
| 発売日 | 2025/11/27 |
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内容紹介
立ち読み
「――で? チェリアさんが最後に食べようと取っておいた苺を食べてしまい、口を利いてもらえなくなった、と?」
「ああ……。チェリアは毎回食い切れねぇ料理をこっちに寄越すからよ、デザート食ってるときに苺だけ皿の端によけてんのを見て、てっきり俺に処理しろって言ってんのかと……。まさか後生大事に取ってたもんだとは……」
ツンとそっぽを向いて作業する私の耳に、ディノとシフォルの会話が届く。
ディノは人の楽しみを横から奪い取ったのだ。大切に置いていた苺を横から奪われた瞬間の、あの突然身を切りつけられたかのようなショックは経験した者にしかわかるまい。己の罪の深さを知ってよくよく反省するといい!
「すぐに新しい苺を用意させなかったんですか?」
「もちろんすぐに山積みの苺を持ってこさせたんだが……それは余分に食材を確保してあった料理人の手柄であって、俺の贖罪にゃあならないらしい」
「なるほど、手厳しいですね」
「ああ、お手上げだ」
代わりを与えられたからといって、ディノの非道な行いが帳消しになると思ったら大間違いだ。――そう、これは言わば、喪われた苺の弔い合戦なのだ!
サインし終えた書類を処理済みのケースに入れ、ディノの手から新たな書類を引ったくる。
「隊長、落ち込んでいるところ申し訳ないんですが……今って本当にケンカしてます?」
シフォルが首をひねりながら、書類作業中のディノと私を見比べる。私はディノとは反対側を向いたまま、また新たな書類を引ったくってディノの名前を書き入れた。
「どう見ても怒ってんだろ! こっちを見もしねぇんだぞ!?」
「それは、まあ……そうみたいですね」
「おいシフォル、おまえなら女の扱いに慣れてんだろ? こんなときどうすりゃいいんだ」
これから自分の身に降りかかるであろう出来事が気になって、ピクリと耳をそばだてる。
「なんて人聞きの悪い。それに『こんなとき』と言われても、大分特殊な状況ですからね……。まあ女性のご機嫌を窺いたいなら、基本はプレゼントじゃないですか?」
「プレゼント……、プレゼントか……」
そう繰り返しながら苦悩するディノのもとへと歩み寄ったシフォルは、私に聞こえないようにそっと何かを耳打ちした。
「――――」
「――ほう。なるほど、そりゃいいな」
なんだなんだ、二人だけでコソコソと! 別に隠されたって、全然気になったりしないんだから!
ますます唇を尖らせた私は、絶対にディノを振り返ってなるものかと固く心に誓った。
「それはそれとして、午後は気晴らしに訓練場へ行ってみてはどうですか? 今日は書類もそこまで多くないですし」
「そうだな。ここんとこ鈍ってたから、ちっと身体を動かすか。チェリアもいいか?」
ツンツクツーンッ!
「シフォル……」
「僕に言われましても」
※・*・※・*・※
屋外訓練場に行くと、当然のように騎士たちの視線が集まる。私はむっすりと顔を背けたまま、ディノに誘導されてベンチに腰を下ろした。
「あー……ちょっくら筋トレすっから、チェリアはそこにいてくれ」
ツーンッ!
「はぁ……」
ディノは私の隣にタオルを置いて軽く全身をほぐすと、左手だけを地面に着いて腕立て伏せをはじめた。
「!」
わっ、片手一本で!
ディノがこちらを見ていないのをいいことに、筋トレの様子を堂々と盗み見る。
腕立ての動きに合わせ、広い背中の中央で隆起する肩甲骨。グッと姿勢を低くしていくときの破裂しそうな腕の筋肉に、シャツがギチギチと悲鳴をあげている。私にはあんなにブカブカだったシャツも、ディノにとってはきつそうだ。
百回近く腕立てをしたディノは低い姿勢のまま静止したかと思うと、ゆっくりと脚を持ちあげていき倒立の体勢になった。
「!?」
そんなまさか! だってこんなにも重そうな巨体を! いくら鍛えてるっていったって、左腕一本で!?
地面に突き刺さっているのかと思うほど真っ直ぐで、体幹の強さを感じさせる美しい姿勢。さらにディノは片手倒立の状態から腕立てをはじめたので、私はもうあんぐりと口を開けて絶句するしかなかった。
「フッ……、フッ……。……っチェリア、もう赦してっ、くれんのか?」
「はっ!」
いつの間にか前のめりになってまじまじとディノを観察していた私は、慌ててツーンとそっぽを向いた。
「っはは、ヤマリスみてぇ」
むきーーーっ!!
筋トレを終えたディノが汗を拭いていると、新米騎士のルークがおずおずとこちらに近寄ってきた。
「隊長、お疲れ様っす! 『いざないの乙女』の件については、妹の了承を得ました!」
「おう、よくやった」
「チェリアさんも、こんちはっす!」
「こんにちは、ルーク。訓練に精が出るわね」
「他の奴とはしゃべんのかよ……!」
ショックを受けたようなディノの呟きは放っておく。罪を犯したのはディノだけなのだから、他の人とは普通にしゃべるに決まっているではないか。
ルークはどうやら私に用があったらしく、ちらちらとディノを気にしながらも口を開いた。
「あのっ、隊長とチェリアさんは、なんかしらの薬品でくっついちまっただけだって副長に聞きました! ってことは隊長と付き合いはじめたわけじゃないんすよね!?」
「なにそれ!? 付き合ってなんかいないわよ!」
緊張の面持ちだったルークがパァッと瞳を輝かせ、隣でディノがガクンと肩を落とした。
「そしたら、一個お願いがあるんすけどっ!」
「なに?」
「俺がもし剣術大会で優勝したら、ご褒美に――」
貴重な薬でも融通してほしいのだろうか? でも、そういった特別な薬は個人の自由にできないのだ。個人的に調合してほしい薬があるのであれば、素材を持参してもらえば応えられるかもしれない。わざわざご褒美に頼むくらいだから市場に出回りにくい薬だとすると、あれか、それか……。自分に作れそうなものを頭の中で列挙していく。
「一緒に食事行ってくれませんか!?」
「……食事?」
「ルーク、おま――っ!」
異論のありそうなディノの反応は黙殺する。今は『私』と『ルーク』の会話中だ。
「一緒に食事くらい構わないけど、そんなことでご褒美になるの?」
「なります! なりますよっ! 約束っすからね!? よっしゃーーー!!」
ルークは両手の拳を振りあげ、嬉しそうに訓練場所へと駆け戻っていった。
「チェリア、本気か?」
私との食事が『ご褒美』……。これはやっぱり、ルークにアプローチされているのだろうか。
歳はたしか十八だと言っていたから、私の二つ下だ。明るく好青年で人当たりのいいルークは第六部隊でも可愛がられているし、間違いなく女性にもモテるだろう。そんな将来有望な騎士のハートを射止めてしまうとは、まったく私も罪な女である。思わず、ニヤリと頬が緩む。
「おい、なに笑ってんだ? まさかルークとの食事が楽しみなのか……!? おいっ!?」
――そしてこれにより、私を一切淑女扱いしない同僚たちの感性がおかしいということが証明された。やれ人を取り扱い危険物だ珍獣だなんだと! 見る人が見れば、こうしてちゃーんと私の魅力に気付くのだ!
「チェリアちゃーん!」
野太い声に呼ばれて振り向くと、少し離れた場所で訓練していた騎士の一人が重石を持った手を振っていた。
「なあ、剣術大会に優勝したら、一日デートしてくれんだってー!?」
「えっ!?」
「俺、本気で頑張っからよー! 応援しててくれなー!」
「こんな奴より俺のが強ぇから、俺を応援したほうがいいぞー!」
「優勝したら二人で呑みに行こーぜー! うまい酒出すとこ知ってんだー!」
「俺もカミさんさえいなきゃなーっ」
「えっ? えっ?」
一瞬のうちに尾ひれが付いてもはや初耳レベルの約束を、いつの間にやら騎士の全員と交わしたことになっているらしい。しかも離れた場所から大声で話すものだから、それを聞いた周囲の騎士たちまでも続々と意欲的な反応を示している。
そんな……、そんなことって……。まさか私が――――こんなにモテていたなんて! なによ、みんな見る目あるじゃない!
「おまえら、訓練に集中しろ!!!」
不機嫌そうなディノが吠えるように一喝すると、騎士たちはブーブー言いながらも各々の訓練に戻っていった。
※・*・※・*・※
早めに仕事を切り上げてお城を出ると、ディノは寄りたい所があると言って私の返事も待たずに御者に指示を出した。どこに行くつもりなのか聞きたいけれど聞けない。こちらにも意地がある。単なる時間経過なんかで絆されるわけにはいかないのだ。
馬車が停まったのは一軒の可愛らしいお店の前だった。周囲には乙女心をくすぐる甘い香りが漂っている。好奇心のあまりそっぽを向くことも忘れ、ディノに手を引かれるまま入店すれば、そこには宝飾品と見紛うばかりの美しいお菓子たちが並んでいた。
「素敵……!」
細く絞ったアイシングで繊細なレース模様の描かれたマカロン。特別な日の贈り物のように華やかに飾り付けられたカップケーキ。この薔薇は……まさか飴細工!? 精巧な細工に驚いているところへ、やって来た店員に花瓶まで飴で出来ていると説明されてさらに驚く。そう聞いて改めて見ても、やっぱり陶器の花瓶にしか見えない。
「こっちのもんも好きに買やぁいいが、まずはこっちだ」
「これ以上何かあるの?」
「――っ、ああ。チェリアが喜びそうなもんがある」
美しいお菓子の数々に視線を捕らわれたまま問いかければ、ディノは何に驚いたのか一瞬言葉を詰まらせた。ディノにいざなわれて店の奥へと歩を進めると、視線の先に現れたのは夢のような光景。そこに待っていたのは、大きなテーブル一面に広がる鮮やかな苺畑だった。
「すごいわ! これって、ぜーんぶ苺のお菓子!?」
「みてぇだな。旬の苺フェアをやってるんだと」
真っ白な生クリームのクッションの上で。小麦色のタルト生地の上で。飴がけされた艶々の苺が、大粒のルビーのようにきらきらと輝く。
「どうしよう、目移りしちゃうわ……!」
華やかなのに落ち着く上品な店内の雰囲気からして、ここはかなりお値段の張るお店だろう。今の所持金では買えて二個、……いや、一個……? 頭の中で財布を開き、所持金をカウントする。
こんなことならもっと大金を持ち歩いておくんだった。目の前には数えきれないほどの魅力的なお菓子たちが並んでいるというのに、このほとんどを諦めなくてはならないなんて。
「好きなだけ買やぁいい。俺が出す」
「えっ!!?」
「だからよ……いい加減、機嫌を直してくれっと助かる」
「はっ!」
そうだ! 私は怒っている途中だったのに! 慌てて期待に輝かせた瞳を逸らし、取って付けたようにプイッとそっぽを向く。
「私を物で釣ろうっていったって、そんなに単純じゃないんだから!」
「チェリアの顔が見れねぇのは堪えんだよ……」
ツキリと胸の痛むような声に、思わず振り向きそうになる。でもこれはきっと錯覚。だって――。
「……どうせそのセリフも、シフォル副長に仕込まれたんでしょ?」
女心なんてまるで理解していないディノが、こんなに可愛らしいお店を知っていたとは考えにくい。おそらくこのお店のことも、『効果的なセリフ』も、あのときの内緒話でシフォルに吹き込まれたのだろう。
「シフォルにはこの店のことしか聞いてねぇよ。さっき言ったのは俺の本心だ。俺は毎日チェリアの顔が見てぇし、ちゃんと目を合わせて、声が聞きてぇ」
「なによ、それ……」
だって……だってそんなもの、わざわざ口にしなくたって、別にもう、叶っているではないか! どうせ私とは一日中くっついているのに、それをあたかも特別なことのように改まって言うものだから、ついビックリしてしまっただけだ。――ビックリして、心臓が跳ねただけ。
うろたえる最中にクイと手を引かれ、抗いきれずにディノを振り返る。一日ぶりに目を合わせたディノは、私を見て嬉しそうに破顔した。
「――ははっ、チェリアまで苺になったな」
「~~!」
これは驚きにより興奮と似た作用が生じて顔面の毛細血管が拡張しただけであって! それ以上でも、それ以下でもないのに! そんな風に喜ばれると、まるで私がディノの言葉に赤面しているみたいではないか!
「んな反応されっと期待しちまう。……なあ、機嫌は直りそうか?」
意地と欲求の狭間で揺れる私は、ムッと唇を尖らせてテーブルの苺畑を指差した。
「全種類食べたら直るかも」
「ははっ、了解!」
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