書籍詳細
最下位魔女の私が、何故か一位の騎士様に選ばれまして3
| ISBNコード | 978-4-86669-796-3 |
|---|---|
| 定価 | 1,430円(税込) |
| 発売日 | 2025/10/29 |
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内容紹介
立ち読み
その日の夜。
ランスロットはひとり談話室のソファに座り、テーブルの上の招待状を整理していた。学園祭実行委員会から関係する貴族や支援者に向けて送るのだが、どこから先に届けるかという点で失礼があってはいけないと、委員長のエイダから最終確認を任されたのだ。
(レント伯爵家はセト男爵家と親しいから、ここは同日に着くよう手配した方がいいな。自分のところには来ていないと騒がれると、後々面倒なことになるし……)
いついつ届けるようにという使者へのメモ書きを確認しつつ、必要な部分に訂正を入れていく。しかし同じような封筒、似たような文字列を延々と見続けていると、さすがに脳の一部が疲れてきた。
(……少し休憩するか)
山積みになった招待状とメモ書きをテーブルの端にずらすと、座っていたソファに横たわる。普段であれば絶対にしないような行為だが、今日はとにかく疲れたから大目に見てほしい、とランスロットは眉根を寄せた。
(いったい……なんなんだ……)
クラス発表の準備でバタバタしていたところを呼び出され、同じく委員であるリタを呼びに行った。だが教室に彼女の姿はなくいったいどこにと捜し回っていたところ、回廊でアレクシスにつかまっているリタを発見したのだ。
慌てて間に入ったものの彼女は顔を真っ青にしており、それを思い出したランスロットは眉間の皺をいっそう深くする。
(アレクシスの奴、何を考えている……)
リタに好意があるのは分かるが、あんなに強引に迫ってどうするつもりだと静かな怒りをたぎらせる。無事に助け出せたから良かったものの、そのあと今度はエドワードと顔を合わせるはめになり、今日は厄日かとうんざりした。
(学園祭が終わったら、エドワード殿下にも言わないとな……)
自分もリタを好きであること。わざわざ宣言する必要はないかもしれないが、己の性格上エドワードを騙しているような気がして落ち着かない。そこまでしたところで、リタが自分の方を振り向いてくれるとも限らないのに。
(この思いをリタに伝えるべきなのか? しかし――)
そこでふとランスロットの脳裏に、一年の時にリタと交わした会話が蘇ってきた。
あれはたしか、ヴィクトリアとのデートプランについて相談していた時。なにげなく『好きな奴はいたんだろう?』という質問をしてしまい、リタを泣かせたことがあった。あの時は無遠慮な自身の物言いをひどく反省したが――。
(あれっていったい……誰だったんだ?)
今になって感じる焦燥感。
いったいどこの誰が彼女に惚れられ、あげく彼女を振ったというのか。
(この学園の奴か? いったい誰なんだ……)
リタにそうした相手がいて、それは自分ではない――ということをあらためて思い知らされる。ライバルはエドワードやアレクシスだけではない。彼女に好意を持っている人間は他にもごまんといるはずだ。
(……学園祭では告白の機会が増えると聞いている。もしもリタが、誰かに告白されるようなことがあったら――)
黙っていればこのまま、卒業まではリタとパートナーでいられるかもしれない。
でもその間にアレクシスやエドワードが今日のように行動してきたら? それでなくとも他の男たちが告白してきたら?
それを彼女が受け入れたとしたら――きっと自分はすごく後悔する。
「……もう、ダメだ」
学園祭が終わるまで、なんて無理だ。
だって自分でもこの気持ちが抑えきれないのだから。
ランスロットは両手で顔を覆い隠すと、何かを考え込むように深く息を吐き出すのだった。
◇
王子様ふたりによる突然の視察の案内を終えた日の深夜。
実行委員の仕事を終えたリタは、疲弊しきった顔で寮へと向かっていた。
「疲れたぁ……」
他の生徒たちはもうとっくに休んでいるのか、中庭や回廊には誰の気配もない。ただ遠くに見える講堂からは今なお光が漏れており、リタは静かに笑みを浮かべた。
(演劇の練習かな……遅くまで頑張ってるなあ)
なんとなく励まされた気がして、リタはうーんと大きく伸びをする。そこでリーディアから頼まれていた貸室の依頼をはたと思い出した。
「えーっと、予約予約……」
リタは貸室予約用カレンダーがある談話室へと向かう。こんな時間だしもう誰もいないだろうとノックもせず適当に扉を開けたところで、思わず「あっ」と声を出しかけた。
(ど、どうしてここに!?)
見れば中央にあるソファにランスロットが横たわっていた。しばしその場で硬直したリタだったが彼の反応がないことに気づき、少しずつソファに近づいていく。やがてそうっと彼の顔を覗き込んだ。
(寝てる……)
よほど忙しかったのだろう、あのランスロットが珍しく無防備に眠っていた。しばらく見つめてみたが起きる様子はなく、リタはすとんと彼の頭側にしゃがみ込む。
「お疲れさま……」
誰もが寝静まった深夜の寮。ふたりだけの談話室。
彼がまとっている空気に触れるだけで、胸の奥がざわざわと甘く揺れる。
(ランスロット……)
好き。大好き。心の中でだったらこんなに何回でも言えるのに、どうして起きている彼の前では何も言えなくなってしまうのだろう。
多忙な学園祭準備で忘れていた気持ちが、夜の寂しさに誘われてどんどん呼び起こされてしまう。すぐ目の前にいるのになんだか遠い存在になってしまった気がして、リタは無意識に手を伸ばす――が、すんでのところで「はっ」と引っ込めた。
(わ、私、何を……)
一気に恥ずかしくなり、リタは急いでその場に立ち上がる。するとその瞬間、ランスロットがリタの手をがしっと掴んだ。
「ひゃあっ!!」
「……リタ?」
ランスロットがぼんやりとした様子でリタの方を見上げている。だが今の状態に気づいたのか、はっと大きく目を見開くとすぐに手を離し、跳び上がるようにして上体を起こした。
「ど、どうして、ここに」
「え、えっと、貸室予約のカレンダーを書きに……。ランスロットこそ大丈夫? だいぶ疲れていたみたいだけど」
「あ、ああ……」
ぎこちなく流れる沈黙がくすぐったく、リタは赤くなった顔を見られないようさりげなくランスロットから顔をそらす。するとその状態で彼がぽつりとつぶやいた。
「今日は大丈夫だったか?」
「えっ?」
「いやほら、アレクシスと話をしてたのに割り込んだり、エドワード殿下の案内を断り切れなかったりしたから……なんか、迷惑だったんじゃないかと」
「そんなことないよ! す、すごく助かったっていうか……」
そこでリタはようやく、ランスロットから護符を借りたままだったのを思い出した。慌てて襟元を探ると、シメオンから引き継がれてきたという銀の護符を引っ張り出す。
「ごめん、これ借りたままだった。ありがとう、返すね」
「……いや、いい。お前さえ嫌でなければそのまま持っていてくれ」
「え? でも」
「いい。……身に着けててほしいんだ」
真剣な顔で言われ、リタは取り外しかけた護符の紐を手に固まってしまう。そんなリタをよそにランスロットは唇を引き結ぶと、やがて慎重に声を発した。
「なあ、リタ」
「な、何?」
「お前、その……今、好きな奴っているのか?」
「――!!」
超直球の質問が投げかけられ、リタは手にしていた紐をぱっと手放す。銀の護符がするりと胸元に戻ってきて、激しく動き始めた心臓の鼓動をキャッチした。
(どど、どういうこと? 好きな人って……)
ランスロットだよ、と言えたらどれだけ良かっただろうか。
だが他に好きな人がいるという彼に向かってそんなことを言えば、最悪気まずくなってパートナー解消となってしまう――と何度もためらってきたではないか。
「ど、どうしたの急に」
「いやその、前に好きな奴がいたって言ってたから、今はどうなのかなと」
「ま、前って……」
それを聞いた途端、リタの脳裏に一年の頃にランスロットと交わした会話が蘇る。
ヴィクトリアとのデートプランを考えていた時に『好きな奴がいたのか』と聞かれ、リタはディミトリのことを打ち明けた。その際当時のつらさをありありと思い出してしまい、情けなくもランスロットの前で泣いてしまったのだ。
「あの時は振られたって言ってたから、まだ……そういうのに抵抗があるのかと思って」
「抵抗……はない、けど……」
「けど?」
(……!?)
いつの間にかランスロットから再び手を握られており、リタはいったい何が起きているのとパニックになる。そんなリタを前に、ランスロットがさらに詰め寄った。
「例えばその……エドワード殿下とか」
「どうしてここでいきなり殿下の名前が!?」
「いやだって、あんなに分かりやすく好きだって言われてるから」
「言……われてるけど! でもちゃんとお断りしてるし、そういうのじゃないよ。だいたい王子様と結婚出来るような身分じゃないもの」
「じゃあアレクシスは」
「……っ!」
なんで今さらそんなこと聞くの、とリタは今すぐこの場から逃げ出したくなる。だがランスロットのまっすぐな眼差しから逃れる勇気もなく、戸惑いながらも正直に打ち明けた。
「……ないよ。たしかに告白はされた、けど……あの時ちゃんと断ったから」
「あの時?」
「今日、ランスロットが来てくれるちょっと前。だから――」
「……そっか」
その瞬間、目の前にいたランスロットの顔が間違いなく安堵に染まった。その変化を間近で見ていたリタはわけが分からずいっそう困惑する。しかしその表情の真意を確かめる暇もなく、ランスロットがぎゅっとリタの手を強く握りしめた。
「じゃあ……俺は?」
「えっ?」
「俺は……そういう対象には、なれない……か?」
「たいしょうって……」
一瞬、言われている意味が分からずリタは目をしばたたかせる。そういう対象とは。そういう対象とはつまり、恋愛対象のことで――。
(どういうこと? ランスロットは好きな人がいるはずじゃ――)
あらためてランスロットの方を見る。相変わらず綺麗な銀の髪に青色の瞳。ただその頬がいつもより赤くなっている気がして、リタはたまらずこくりと息を呑んだ。
こんな経験、これまで一度もしたことがない。
でも今、これがどういう意味で言われているのかくらい、恋愛に疎いリタでも理解出来た。
だからこそ彼の顔を見ることが出来なくなり――ようやく言葉を絞り出す。
「わ……」
「わ?」
「――分かんないっ!!」
繋がれていた手を無理やり振り払い、リタはすぐさまランスロットのもとから逃げ出した。談話室を出て誰もいない廊下を走っていると、どんどん顔が熱くなってくる。
(な、なんで……)
アレクシスの告白を断った、と答えた時のランスロットの顔を思い出す。
まさか。でも。
(ランスロットの好きな人って、もしかして――)
今なお鳴りやまない心臓の音を落ち着かせるべく、リタは立ち止まり大きく深呼吸する。いつの間にか外の回廊にまで来てしまった――と顔を上げたところで突然、背後から聞き覚えのある声に呼び止められる。
「やあリタ、こんばんは」
「アレクシス……」
現れたのは騎士服を着たアレクシスで、リタの方に歩み寄るとにっこりと微笑んだ。
「実行委員の仕事? 遅い時間までお疲れさま」
「う、うん……」
半日足らず前に告白のお断りをしている手前、どんな顔をして応対すればいいか分からない。一方アレクシスは振られたことなどすっかり忘れているかのように、いつもと変わらない態度で話を続けた。
「今日、なんか偉い人でも来てたの? すっごい護衛だらけだったけど」
「……エドワード殿下が視察に来てたの。ジョシュア王太子殿下と一緒に」
「へえー。王族って結構暇なんだな」
「暇ではないと思うけど……」
しばらく警戒していたが悪寒を感じることや威圧感もなく、リタは少しだけ緊張を解こうとする。するとそのわずかな隙をついて、アレクシスが言い放った。
「ところでさ、リタって伝説の魔女ヴィクトリアだよね?」
「――!!」
刹那、すべての色彩が奪われたかのように世界が白黒になった。何かの冗談だろうか、とわずかな期待を込めてアレクシスを見るが、彼は先ほどより柔和に――しかし妖しい笑みを浮かべたまま口を開く。
「あはは、やっぱり当たってた?」
「……何が?」
「ごまかしてもダメだよ。君のことはずっと昔から知っているんだから」
唇を引き結んだリタを見て、アレクシスが目を細めた。
「ああ、言いふらすつもりはないから安心して。でも、黙っている代わりにちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
「お願い?」
無意識に眉根を寄せる。ヴィクトリア時代にも散々聞かされてきた言葉。
魔法で労せずして巨万の富を得たいだとか、自分だけ立身出世したいだとか、そのために邪魔な奴を魔法で消してほしいだとか、とにかく滅茶苦茶なことを依頼された。もちろんよほどの事情がない限り断ってきたが、果たして何を頼まれるというのか。
リタは警戒心もあらわにアレクシスを睨みつける。すると彼があっさりと口を開いた。
「僕の家に来ない? デートしようよ」
「……はあ?」
思わず変な声が出てしまった。デート。デート?
二秒ほど硬直したあと、リタはようやくその単語を認識し、信じられないとばかりにアレクシスを見上げる。そんなリタを前に、彼は無邪気な笑顔で小首をかしげた。
「別に断ってもいいよ? でもその時は……ランスロットにばらしちゃおうかなあ」
「それは……」
「ふふ、どうする?」
星のない夜空のようなアレクシスの瞳が、迷える子羊の姿を映し出す。
リタはただ呆然とその場に立ち尽くすのだった。
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