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悪虐継母に転生しましたが、未来のヤンデレが天使すぎて幸せです1

三沢ケイ / 著
佐藤りここ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-804-5
定価 1,430円(税込)
発売日 2025/09/30

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内容紹介

《イラストの佐藤りここ先生によるコミカライズ決定》
転生したキャラが悪辣すぎて、周囲は敵ばかり!?
だけど天使な息子に懐かれて最高です!!!
「こんな結婚、まっぴらごめんよ!」侯爵家に後妻として嫁いだ初夜、夫に罵声を浴びせた瞬間にイザベルは前世の記憶を取り戻す。イザベルが転生したのは、乙女ゲームのヤンデレ天才魔法使いを歪ませた継母という、圧倒的モブポジの悪役。息子のルイスに復讐で殺される運命に震え上がるが、いざ対面した幼いルイスは天使級の可愛らしさ。絶対にこの子をヤンデレにはさせない! そう決意し愛情を注いでいると、頑に心を閉ざした夫・アレックスに変化が?
「本当の家族になりたいと言ったら、きみはどんな反応を示すのだろうな」

立ち読み

――今日の日中のことだ。
 魔法庁にあるアレックスの職場に、突然バルバラが訪ねてきた。
「アレックス。イザベルさんは、あなたが彼女に女主人としての仕事をする許可を与えないことを悩んでいるようよ」
 バルバラにそう伝えられ、アレックスは眉根を寄せる。
「イザベルは母上に告げ口をしたのですか?」
「人聞きの悪いことを言わないで。彼女はわたくしに相談をしたのよ」
 バルバラはアレックスの言葉を訂正する。
 アレックスがイザベルに女主人としての仕事を頼まないのは、彼女はそれを任せるには難がありすぎるからだ。初日のことから始まり、報告書に書かれた今までの行動の数々を考えると、とてもまともに女主人の仕事を全うできるとは思えない。
 アレックスは魔法庁の長官をしており多忙だ。イザベルに任せることで、余計な仕事が増えるのは避けたい。
 それを伝えると、バルバラは静かに耳を傾けてから静かに口を開く。
「あなたはその数々のトラブルに関して、事実をきちんと確認したの?」
「いいえ。サラの報告ですので」
「なぜ確認しないの? あなたは仕事でも、事実確認もせずに一方の意見を鵜呑みにするのかしら?」
 やや責めるような口調で問われ、アレックスは眉を顰める。
「そんないい加減なことはしません」
 アレックスはぶっきらぼうに言う。
「では、屋敷のこともそうすることね」
 バルバラはアレックスの言い方に怯むことなく、冷ややかにそう言った。
「わたくしはあなたが立派に独り立ちしていると思ったからこそ隠居したのよ。失望させないで」
「どういう意味ですか?」
「人の上に立つ者なら、大きく目を開いてしっかり周りを見なさいということよ」
「……肝に銘じます」
 言われなくてもしっかり見ています、という言葉はすんでのところで呑み込む。
「また来るわ。ごきげんよう」
「…………。お気をつけて」
 ――アレックスは、はあっと息を吐く。
(まさか母上に相談するとは)
 帰ったらイザベルに文句を言いに行こうと思い、すぐに思い留まる。そんなことをしては、バルバラが言う通り“事実確認もしない、いい加減な対応”になってしまう。
「ひとまず、サラに事実確認をするか」
 いつもより早めに帰宅したアレックスはドールに言付けを頼み、サラを呼ぶ。彼女はさほど時間を置かず現れた。
「アレックス! 呼んだ?」
「ああ。サラの報告してくれたイザベルに関することについてだ」
 いつものように気安い様子のサラに、アレックスは問いかける。
「奥様に関すること?」
「ああ。ここに書いてある事柄は全て事実か?」
 アレックスはサラが書いたイザベルに関する記録を見せる。
「もちろんよ」
 サラは頷く。
(では、ルイスが悪女に騙されているということか?)
 わけがわからない。
「ところで、どうしてそんなことを?」
 突然呼び出されたことを不審に思ったようで、サラは探るようにアレックスを見つめた。
「ちょっと気になることがあるんだ」
 アレックスは多くを語らず、話を逸らす。だが、サラは再び話を戻した。
「もしかして、誰かに何か言われたの?」
「いや、そういうわけではない」
「ならいいのだけど……。それにしても、ルイスったら今日も塞ぎ込んでいて可哀そう。よっぽど奥様に池に突き落とされたことがショックだったのね」
 サラは沈痛な面持ちで、はあっと息を吐く。
「そうだな……」
 アレックスは返事をする。だが、心のどこかで引っかかりを覚えたままだ。
(居合わせた使用人にも確認してみるか)
 そして、サラには告げず、使用人を順番に呼び出して事実確認を行ったのだが――。
 何人目かの使用人が執務室を出て行く。その後ろ姿を見送ったアレックスは、額に手を当てた。
(一体、どうなっている)
 ここまで話を聞いた使用人達から得られた証言は、信じがたいことばかりだ。
「奥様はお坊ちゃんを大層可愛がられており、暇さえあれば遊んであげています」
「先日は、眠れないというお坊ちゃまのベッドの隣に座って、眠るまで絵本を読んであげておりました」
「奥様はお坊ちゃんのためにお菓子をご自分で作っておられました。お坊ちゃんは奥様を実の母親のように慕っていらっしゃいます」
 使用人達から得られた証言は、どれもイザベルを称賛するものばかりだ。
 彼らによると、彼女が嫁いできてしばらくした頃――特に、ルイスが大きな魔力暴走を起こしてからは、本当の親子のように親しくするふたりの姿がたびたび目撃されていたようだ。ルイスがイザベルに懐いており、イザベルもルイスを可愛がっていたと。
「イザベルがルイスを虐めていたということは?」
 アレックスの問いかけに、皆が口を揃えて「それはありません」と断言する。それどころか、イザベルが来てからルイスの魔力暴走の頻度が格段に減ったのでとても助かっているとも言っていた。
 厨房を占領したのはルイスのおやつを手作りするため、庭の草木を刈り取らせたのはルイスが害虫に刺されないようにするため、使用人達の部屋を訪れたのは彼らと話をしたかったから。
 彼らの話を総括すると、報告書にあったような事柄は事実としてあったものの、その理由は想像していたものとは全く違った。
(初日の夜は『面倒でしかない』と言っていたのに、一体どんな心変わりだ?)
 使用人達から聞くイザベルと自分が初夜に見たイザベルの人物像があまりに違いすぎて、本当に同じ人なのかと疑いたくなるほどだ。
 だが、たしかにわかったことがひとつ。
 イザベルはルイスを害したことは一度もないということだ。
 となると、解せないことがひとつ。
(サラは一体どういうつもりなんだ?)
 サラの報告に嘘はない。ただ、あれを読めばアレックスはイザベルが横暴を働いたと誤解するだろうと容易に予想できたはずだ。もう少し背景まで伝えてくれれば、と思わずにはいられない。
(いや、サラを責めるのはお門違いだな。彼女に頼んだ俺に責任がある)
 その後、アレックスは重い足取りでルイスの部屋に向かった。ドアをノックすると、「だれ?」とルイスの声がした。
「お父様だ」
 アレックスがドアを開けると、既にベッドに入っていたルイスはハッとしたように布団をかぶって隠れる。アレックスはそんなルイスのベッドの横まで歩み寄った。
「ルイス。お母様のことだが――」
「ぼく、ききたくない!」
「お父様が間違っていた。あの日、何があったのか教えてくれるか?」
 アレックスが続けた言葉に、ルイスは驚いたような顔をして布団から出てきた。
「おかあしゃまはわるくない?」
「それは、これからお前の話を聞いてから判断する。だが、話も聞かずに叱責したのはお父様が悪かった」
「おかあさまはわるくないよ! おいけのまわりはあぶないからいかないでって、いってたもん」
「そうか。それで、あの日はどうして池の中に?」
「ぼくがあしをしゅべらせておっこちちゃったから。おかあさまはぼくをたすけようとしてた」
「どうして池にそんなに近づいたんだ?」
「それは……」
 ルイスは一瞬口ごもる。そして、おずおずと「おとうさまにいしをあげたかったから」と言った。
「石?」
 アレックスは首を傾げる。
「うん、これ」
 ルイスはベッドから下りると、机から小さな瓶を持ってくる。中には、色とりどりの小石が入っていた。
「きれいだから、ひろったの。おかあさまにあげたらよろこんでくれて、おとうさまにもあげたらきっとよろこんでくれるっていってくれたから――」
 ぽつりぽつりと事情を話し始めたルイスの話から、アレックスはルイスが自分にプレゼントするために綺麗な小石を探していたところ、誤って自分から池に落ちてしまったようだと理解した。
「どうしてルイスはお母様と一緒にいたんだ?」
「おそとであそびたいっていっても、ほかのひとはいやそうなかおするけどおかあさまはにこにこしていっしょにいってくれるの」
「そうか……」
 使用人達から聞いた話とルイスの言っていることはなんら矛盾していない。つまり、本当にイザベルはルイスの面倒を見ており、先日も突き落としたわけではなかったのだろう。
「おとうさま、やくそくやぶってごめんなさい。ぼく、おかあさまができたのがうれしくて――」
 ルイスはしゅんとした顔のまま小さな声で謝罪する。約束とは、イザベルに関わってはいけないという旨だろう。
 母親がいなくて寂しい思いをさせていることは予想していたが、現に寂しそうなルイスの顔を見ると胸をぎゅっと掴まれるような罪悪感を覚えた。
「もうそのことはいい。お父様も悪かった」
 アレックスはルイスが恐縮しないように、努めて落ち着いた声で言う。
(しかし、どうしてイザベルはこの短期間にこうも豹変したんだ?)
 なぜだろうと考えたが、これはというものは思いつかなかった。
 だが、善意でルイスの面倒を見ていたイザベルをアレックスが糾弾したという事実は間違いないようだ。
 アレックスに怒鳴りつけられ、呆然とした表情で見返してきたイザベルの顔が脳裏に蘇る。
(彼女に謝罪しなければ)
 これまでの自分の態度を思い返すと彼女に合わす顔がない。
 アレックスはぎゅっと拳を握り締めた。

◇ ◇ ◇

 バルバラと会った翌日、イザベルはアレックスからの言付けを聞いて戸惑った。
「旦那様がわたくしに?」
「はい。夕食にいらしてほしいと」
「……そう」
 イザベルは言付けを預かっていたエマから目を逸らす。
(遂に、離婚を切り出されるのかしら?)
 先日の怒りようから想像するに、それくらいしか用事が思いつかなかった。
(大奥様に相談したけど……無駄だったみたいね)
 悔しさからぐっと唇を噛む。
 まだ結婚して一カ月くらいしか経っていないというのに、随分と短い結婚生活だった。

 その日の夜、イザベルは緊張しつつも、きちんとダイニングへと向かった。
 思えば、アレックスと食事を共にするのは結婚した日以来だ。何度もお願いしてようやく叶った対面が離婚決定の日の晩餐だとは、なんとも皮肉なものだ。
 イザベルはすーっと息を深く吸い込み、気持ちを落ち着かせるとダイニングのドアノブに手をかける。
「旦那様、お待たせいたしました」
 丁寧にお辞儀をしたその瞬間、「おかあさま!」と愛らしい声がして、スカートの辺りにぽすんと衝撃を受ける。
「え? ルイス?」
 ルイスがいるとは思っていなかったので、イザベルは驚いた。ルイスはイザベルの腰の辺りに抱きつき、嬉しそうにしている。
「ルイス! 会いたかったわ」
 イザベルは思わずルイスを抱きしめる。ルイスは嬉しそうに「えへへっ」と笑った。
「きょうはさんにんでごはんたべようね」
 ルイスはイザベルの手を両手で掴むと、ぐいぐいと椅子のほうへと引っ張る。
(離婚話に子供が同席するの?)
 アレックスの意図がわからず、イザベルは彼を見る。目が合うと、アレックスはイザベルに座るようにと目で合図した。イザベルは仕方がなく、彼の正面に座る。
「いただきまーす」
 ルイスの可愛らしい声が合図となり、食事を摂り始める。
「ぼく、これしゅきなの」
 ルイスがチキンのクリーム煮を美味しそうに頬張る。
「そう。たくさん食べて大きくならないとね」
「うん!」
「池に落ちたあと体調に変わりはない? お熱は出ていないわね?」
「うん、だいじょうぶ!」
 ルイスはもりもり食べながら、にこっと笑う。
(よかった……)
 大事なくてホッとする。この笑顔を見ているだけで癒される。アレックスと離婚することは全く問題ないが、ルイスと会えなくなってしまうことだけが心残りだ。
 イザベルはもう遠くから祈ることしかできないけれど、どうかヤバいヤンデレ男にならずに育ってほしいと思う。
(それにしても――)
 先ほどから感じるのはアレックスの視線だ。何も喋らずに、イザベルを観察するようにじっと見つめている。
(気まずいわ)
 人からじっと見られるのは、あまり気持ちがいいことではない。しばらく気づかないふりをしていたが、とうとう耐えきれなくなりイザベルはアレックスを見る。
「旦那様。わたくしの顔に何かついていますか?」
 イザベルの問いかけに、アレックスはハッとしたような顔をして気まずそうに目を逸らす。そして、所在なさげに視線を移動させてから再びイザベルを見た。
「先日、ルイスが池に落ちた件だが――」
(やっぱりその件なのね)
 予想通りだ。ルイスが見ている前で、改めてイザベルを糾弾するつもりなのだろうか。
 身構えていると、突然アレックスが頭を下げる。
「私が誤解していたようだ。悪かった」
「……え?」
 全く想像していなかった展開に、イザベルは驚いた。
「私はきみがルイスを池に突き落としたのだと勘違いした。事実を確認せずに思い込みで糾弾したことを謝罪しよう」
「あの――」
 突然すぎてなんと答えればいいのか咄嗟に言葉が出てこない。一体アレックスに、どんな心境の変化があったのだろうか。
「急にどうしたのですか?」
「どうしたとは? 誤ったことをしたのなら、誠心誠意謝罪する。当然のことをしているだけだが」
「はあ」
 気が抜けた返事が口から漏れる。真面目を絵に描いたような回答だ。
「なぜ誤解だと?」
「ルイスが泣きながら抗議してきた。これまでこんなに怒ったことなど一度もなかったから事情を聞いたら、あなたは助けようとしていただけで断じて自分を落としたりしていないと」
「ルイスが?」
 イザベルは驚いてルイスを見る。
「だって、おかーさまはぼくをおとしたりしないもん!」
 ルイスはアレックスを見つめ、頬を膨らませる。
「どういうことかと考え、使用人達に普段のあなたの様子を確認した。皆、口を揃えてきみはルイスをとても可愛がっていると」
「使用人の皆様が……?」
 思いがけない話で、胸がジーンとする。
 結婚したとき、アンドレウ侯爵家の使用人達は明らかにイザベルのことを嫌っていた。
 彼らはアレックスに嘘を伝えてイザベルを追い出すことだってできたはずだ。それなのに好意的な証言をしてくれたことに、彼らとの関係性が変わりつつあることを感じた。
(めげずに話しかけていた成果かしら)
 ルイスにお菓子を作るたびに、使用人の皆さんにも配って少しでも会話しようと心がけていたことが無駄ではなかったとわかり、感動もひとしおだ。イザベルは知らず知らずのうちに口元に笑みを浮かべる。
「きみに、ルイスに近づくなと言ったことは撤回する。その……ルイスはきみを随分慕っている。もし嫌でなければ、これからも遊んでやってほしい」
「嫌だなんて、一度も思ったことはありません。だって、こんなに可愛いですもの」
 イザベルはルイスの頭を撫でる。艶やかな黒い髪が、指先の合間から零れ落ちる。
「ぼくもおかあさまがすき!」
「まあ、ありがとう」
 イザベルはくしゃりと相好を崩す。
 世界中の可愛いがここに集約されている。
 もう、存在そのものが可愛い。
 天使みたい、ではなく、本物の天使なのではなかろうか。
「また一緒に遊びましょうね」
「うん!」
 ルイスはとても嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。
 ルイスはアレックスとイザベルがふたり揃っていることがよほど嬉しかったのだろう。
 食事を終えたあとも三人でリビングでお喋りをすると言って聞かず、しばらくはしゃいだ後に疲れて眠ってしまった。
 イザベルはソファーに横になってすやすやと寝息を立てるルイスに毛布をかける。
「この子は本当にきみに懐いているのだな」
 アレックスがぼそりと呟く。彼はルイスの寝顔をじっと眺めていた。
「ルイスとは普段、どんなことを?」
「色々です。晴れた日は先日のように庭に行って、雨の日は絵本を読むことが多いです。最近は、楽しかった思い出の絵を描くのも好きみたいです」
「絵を描く……」
 アレックスは意外そうに呟く。ルイスが絵を描くことが好きだと、全く知らなかったようだ。
「明日、ルイスに『絵を見せて』と聞いてみてください。とてもお上手ですよ」
「そうか」
 アレックスは僅かに目を細める。
(仕事が忙しくて構う時間がないだけで、ルイスのことを蔑ろにしているってわけではなさそうね)
 イザベルはアレックスの様子を注意深く観察する。少なくとも、イザベルの目にはアレックスは父親としてルイスのことを気にかける意思はあるように見えた。
「旦那様、いくつかお願いがあります」
 イザベルはおずおずと口を開く。
「お願い?」


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