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攫われて後宮に売られましたが、実は名家の姫なので皇弟の呪いはご褒美です

一分 咲 / 著
桜花 舞 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-790-1
定価 1,430円(税込)
発売日 2025/07/29

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内容紹介

呪術も呪いも超得意です!!
お前…変わっていると言われないか?
世間知らずな弟大好き姫と兄大好きなブラコンコンビに、果たして甘い恋は訪れる!? 中華風ラブコメディ!
後宮入りして妃嬪となるはずが、町娘と間違われ攫われた挙げ句、後宮の宮女として売られてしまった詩月。途方にくれるが、呪いを仕込まれた蛇に襲われる皇帝の側近・天佑を助けたことで、なぜか二人揃って時間をループするはめに!? しかし呪術の名家出身の詩月は蛇も呪いもお手の物。嬉々として張りきる姿に彼は呆れ顔。世間知らずだけど破天荒な姫と、彼女に振り回される訳ありな天佑。呪いの謎を追ううち、お互いに淡い思いが芽生え!?
「今はほかの男の話は聞きたくない――皇帝陛下ですらもな」

立ち読み

 朝の光が眩しい。自分の寝台の近くに、こんなに全面的に日の光を取り入れる窓などあっただろうか。誰か、紗幕を閉めてほしい。
 そんなことを考えていると、目の前に人の素肌が見えた。
 ぴたりとした感触。
 よく鍛えられた肢体はごつごつとしていて、骨に触りそうな華奢さも、反対に無駄な肉もない。
 つまり、これは男性の体に違いないが、華奢な少年らしさを残す瑞でも、中年の体型をした父親でもない。けれど、不思議なことに覚えはある。
 ならば、誰なのか。
 それから、口の中に広がる、毒独特の痺れと苦味。この感覚にも確かに覚えがあった。
(これは、あの虹色の大きな蛇の毒――!)
 幼い頃から慣れた感覚に、ふいに意識が鮮明になる。
 顔を上げると艶やかな銀糸が見えた。いや、これは銀色の髪だと気がついた瞬間、その人物が華天佑だということに思い至った。
 彼は驚いたようにして紫水晶の目を見開き、全身を強張らせてこちらを見ている。しかし、詩月の方も大変に驚いていた。
 なぜなら、昨夜、詩月には皇帝のお召しがあり、何事もなく昴星宮の寝台で眠りについたはずだったのだ。
 それなのになぜこんなところにいるのだろうか。
 しかも、この状況は昨日後宮にやってきて天佑と出会った場面とそっくりそのまま同じなのである。
(あれ……もしかしてこれは、夢ですね!?)
 昨日は後宮へと売られたり、謎の虹色の蛇と対峙したり、見知らぬ青年の手当てを手伝ったり、皆の前で音痴を披露したり、皇帝のお目に留まって寝所に呼ばれてしまったり、と散々な一日だった。
 どのエピソードを取り上げても、一つ一つが濃すぎる。
 だから、きっと自分は昨日一日の夢を見ているのだ。おそらく、これは夢の中で天佑の毒を吸い出して手当てをしているにすぎないのだろう。
 なるほどと納得した詩月は、そのまま毒を吸い出し続けた。
 記憶と同じように、そばには井戸があった。夢の中の再現性がすごい。
 自分の夢の精度に感心しながら、水を汲んで口の中を濯ぐ。体中の感覚も確認した。痺れやめまい、体調不良などの違和感はないし、術文も見えなかった。
(夢の中だけれど、呪いや毒の類はしっかり排除するべきですものね)
 必要な手順は踏んだ。これで問題ないだろう。
 口元を手巾で拭き、身なりを整えると、そこには呆然としたように立ちつくす天佑の姿があった。
「華天佑様? いかがなさいましたか?」
 問いかけると、彼はひどく不審そうに眉根を寄せた。
 眠りにつく前に、詩月へと見せていた無防備な横顔が嘘のようだ。そして、顔色が記憶の中のものよりもずっと蒼い。
 そんなことを考えていると、天佑は怪訝そうにして問いを返してくる。
「これは……何だ?」
「ここは後宮の中ですわ。ここのことでしたら、華天佑様の方がお詳しいのではないですか?」
「は?」
 心底意味がわからないという顔をしている天佑の反応は、何だか記憶にあるものとは違いすぎている気がする。
 けれど、ここは夢の中なのだ。そういうこともあるだろう。
 詩月は慣れた様子で臣下の礼をする。
「また後で。女官選抜の会場でお会いしましょう。今度こそ、もっと上手く歌えるように頑張りますから! 天佑様は今度こそきちんと侍医に診ていただいてくださいね! 呪いを舐めてはいけませんよ」
「……は?」
「ごきげんよう! さぁ、行ってくださいませ!」
 重ねて別れの言葉を告げると、追い払われた形になってしまった天佑は、困惑しながら去っていく。
 きちんと侍医のもとへ行ってほしいが、ここは夢の中。呪いを含んだ毒は十分に吸い出したし、きっとなんとかなるだろう。
 のんきに天佑を見送って、詩月は周囲をぐるりと見回した。
「虹色の蛇は……どこかへ行ってしまったようですね。夢にすぎませんが、追跡を施すべきでした。夢の中でわかったことが現実で役に立つこともありますものね」
 頬に手を当てて、息を吐く。なぜなら、さっき、あることに気がついてしまったからだ。
(ですが、私は、どうしてこんなに簡単なことに気がつかなかったのでしょう!)
 頭を抱えて叫びたい気持ちだった。
 そもそも、自分は昨日の時点でしくじっていたのだ。

 ――秦氏の人間たるもの、呪いを込められた毒蛇ぐらい、たやすく捕獲できて当然なのだ。

(昨日は後宮に売られたショックで頭が回っていませんでしたが、あの虹色の蛇を捕まえて突き出せば、私が呪術に長けた秦氏の『秦詩月』だとわかっていただけたと思います。お父様の名前を出すまでもありませんでしたね)
 どうしてこんな簡単なことに気がつかなかったのだろう。
 しかし、昨日はもう過ぎてしまった。
 昨日に戻れないのが心底憎い。
 けれど、この夢から目が覚めたら、一応は虹色の蛇を捜してみようとは思う。
(ほとんどの蛇は、命令を遂行後、夜明けまでに消滅する呪いを合わせてかけられているものです。だから、見つかる確率はかなり低いと思いますが、やらないよりはましでしょう)
 そう考えると、やっぱり悔やんでも悔やみきれないのだ。
 そして、この後悔は、詩月の出自――秦氏のプライドにも関わるものだったりする。
(呪術において、我が家は特別な家ですから)
 もちろん、四大王家のほかの家も呪いの技術や耐性は持っている。けれど、神話の時代から秦氏に受け継がれている技術は桁違いだ。
 秦氏が山奥に引きこもっているのも、自分たちが十分に大きな力を持ち、独立していられる存在だとわかっているからだ。
 今回の詩月の後宮入りの件も、真正面からやりあえば阻止できなくはなかった。しかし、秦氏の者たちは生来争いを好まない。
 現当主の父は、無理を通すことで生じる軋轢を未来に持ち越してまで、娘の後宮入りは拒めないという判断を下したのだった。
 秦氏が山奥に引きこもり、権力闘争を避け続けるのを見て、神話の時代の力が消えているのではと疑う家もあるというが、実際には力は落ちていない。
 ほかの四大王家を刺激しないようのらりくらりと振る舞いつつ、皇族には絶対服従の意思を示し、必要な呪術はいくらでも提供し、引き換えに自由を保障させる。
 そんな巧みな秦氏の外交術が、詩月は大好きだった。
(お父様は聡明でいらっしゃるわ。瑞だって、きっとそうなる)
 父親の丸顔と、かわいすぎる弟の無愛想な顔を思い浮かべて、にこりと微笑む。
「もう少し蛇を捜してみましょう。何か手掛かりがあるかもしれないわ」
 ここは夢だ。
 どうせ暇だし、目覚めたときに役に立つ情報を手に入れよう。
 自分の思い込みが映す夢だとしても、見落としている何かに気がつくかもしれない。
 それが、自分が秦詩月であることを早く証明する手段になるかもしれないのだから。

 しかし、行ける範囲をしばらく捜し続けてみたものの、残念なことに蛇は全然見つからなかった。
 それどころか、いつまで経っても目が覚めないため、詩月はほとほと困り果てていた。
「そろそろ目が覚めないと……お昼を過ぎて夜になってしまいますね」
 考えてみれば、昨夜の自分が眠ったのは皇帝の寝台である。
 あんなところに一人で昼までぐうぐう寝ているところを見つかってしまったら、もしかして死刑になるかもしれない。
 しかも、自分は昨夜、何の務めもせずに気持ちよく眠ってしまったのだ。
(何もしないうちに死ぬわけにはいきません……)
 中庭の茂みを覗きながらため息をついていると、背後から声をかけられた。
「おまえ、ちょっと来い」
 それは、さっき別れた華天佑だった。
 焦っているのか、額には汗が浮かんでいる。詩月は首を傾げた。
「私にご用ですか?」
「捜したぞ。何か事情を知っているのなら話してもらおう」
「え? 一体何のことでしょうか? 全く見当が」
 まさか、夢の中でこんなに厳しく問いただされるとは思っていなかった。ぱちぱちと目を瞬くと、天佑は鋭い瞳で詩月を睨みつける。
「今朝からおかしなことばかりが起きている。どうして昨日が二回も繰り返しているんだ? 考えた結果、この二度目の昨日で、記憶にあるものと違う行動をしているのはお前だけだ。しかも、お前は呪術の類にかなり詳しそうだったな。事情を知っているのなら言え。嘘をついたら容赦しない」
(……えっ?)
 怒濤に投げかけられる、身に覚えのない追及に、これが夢だと信じていた詩月はぽかんと口を開けた。
「あの、待ってください。私が見ているこれは夢……ですよね?」
 我ながら間抜けだと思う問いを向ければ、天佑は眉間に皺を刻んだ。
「とにかく、こっちへ来い」

 天佑に連れてこられたのは、星心殿と呼ばれる場所だった。
 昨夜連れていかれた昴星宮や、私室として与えられた星宿宮は、複数の建物から成り立つ大きな宮だ。門は豪華だったし、宮の周辺はぐるりと壁で囲まれていた。
 けれど、ここはその数倍の広さと言っていいだろう。
(さすが、星帝城の中心となる場所です)
 目を瞠る詩月に天佑はさらりと説明する。
「星心殿。後宮が初めてでも、存在を聞いたことぐらいはあるだろう? 星心殿は皇帝陛下の私室がある場所だ」
 天佑に促されて、回廊から殺風景な部屋に半ば押し込まれる形になってしまった詩月はぐるりと部屋を見回す。皇帝が住む場所とは思えないほどに質素な調度品。この部屋の主は派手好きではないということはわかった。
「門に面したところには政務室がありましたね。裏には陛下の個人的な寝室と、特に陛下に近い側近の皆様方のお部屋があると伺っていますが」
「そうだ。それで、ここは俺の部屋」
「天佑様のお部屋」
 復唱し、その言葉を呑み込んで驚いた詩月は目を泳がせた。
「それは、昨日……いえ、一度目の今日で天佑様が仰ったことと矛盾しませんか? 命が惜しければ振る舞いに気をつけろというお話でしたが?」
「緊急事態だ。誰にも見つからずに話せる場所がここしかなかったんだ。もしこの事象が呪いの類だと困るからな」
 天佑の言葉に、詩月は顔色を変える。
 詩月が状況を把握したのを理解した天佑は、やっと本題に入った。

 今朝、天佑が目を覚ますと、ちょうど蛇に噛まれたところだったらしい。
 昨日経験したことがそっくりそのまま繰り返されていることに早くから気がついた天佑は、詩月の手当てを受けた後、戸惑いながらも女官選抜の場に行った。
 やはりそこでも昨日と同じことばかりが起きた。
 けれど一つだけ違うことがあった。
 それは、女官選抜でとあるグループの歌唱がめちゃめちゃにならなかったことだ。
 グループ歌唱がなぜ無事に終わったのか。
 それは王翠花という女官候補が不在だったからだ。
 昨日と唯一違うその点に疑いを持った天佑は、彼女を捜すため女官選抜を抜け出した。
 間違いなく、王翠花がこの妙な現象に関係していると確信したからである。

 一通り事情を話し終えた天佑は、真剣に問いかけてくる。
「俺は事態を呑み込むのに時間がかかったが……お前は随分余裕そうだな。女官選抜にも来ないで」
「すみません……これは夢だろうなと思いましたので、とりあえず好きなようにさせていただきました」
 素直に答えると、天佑は顔を引き攣らせた。
「暢気すぎる。図太い。信じられない」
「あまりにもありえないことでしたので、つい」
「にしても、普通気づくだろう。夢だと信じて自由に行動するなんてどういう神経してるんだ。ここは後宮だぞ? 危なすぎる」
「変わっているとはよく言われます」
 矢継ぎ早に飛んでくる質問に、詩月はニコリと微笑んだ。
 これではまるで、大好きな弟の瑞に説教されているようだ。
 怒られているのはわかるが、懐かしさに思わず顔がにやけてしまう。
 そこで、詩月の緊張感のない表情に気がついたらしい天佑は、遠い目をしてため息をつく。
「しかし、その様子ではお前も何でこんなことになっているのかは知らないようだな。あてが外れた。どうしたものか」
「私には今のところ、誰にでも思いつく推測しか言えないですね。あの蛇さんが犯人だろうなということぐらいです」
 当たり前に答えた詩月だったが、天佑にとっては当たり前ではなかったようだ。一瞬固まった後、怪訝そうに聞き返してくる。
「……なぜそう推測する?」
「理由は、あの蛇さんの肥え具合と全身に施された模様、そして胸の上の位置に狙いを定めるような異様な動きです。どれも、呪いのために仕込まれた蠱毒そのものでした。ですから、私は天佑様が毒や呪いに冒されていないか気にしたのです。昨日……いえ、今日? は勝手に脱がせて申し訳ありませんでした」
 頭を下げると、天佑は昨日昴星宮で上衣を無理にはだけさせられたことを思い出したらしい。
 ただでさえ怪訝そうだった表情をさらに歪めた。
「おまえ……一日を繰り返しているとは言っても、今日はもう脱がされないからな」
「はい。では自分から脱いで、傷を見せてください」
「!? 冗談はよせ。それなら侍医のところに行った方がましだ」
「そうしましょうそうしましょう」
 パチパチと手を叩くと、天佑はため息をついた。
「なんなんだ、お前。本当に気が抜けるな」
 そうして続ける。
「侍医に見せたいのは山々なんだが、侍医から余計なところに話が広まる可能性がある。行くとしたら呪術宮だな」
「呪術宮……!」
 呪術宮といえば、星帝国の呪いや毒に関する情報や知識が一番に集まっている場所だ。
 新しい呪術の研究がされるときは、皇帝の許可を得て、星帝城の呪術宮で行われるという決まりになっている。いわば、研究の最先端を行く場所だ。
 そして、有事の際には呪いが行われる場所でもある。
 秦氏の当主である父親は、定期的に星帝城の呪術宮に出入りしているらしい。詩月も、どうせ星都に行くのなら後宮ではなく呪術宮へ行ってみたいと思っていた。けれど当然その夢は叶うことはなく、今に至る。
 急に瞳を輝かせた詩月に、天佑は軽く引いている。
「お前、変わってるな。普通の女子供なら、呪いの話を軽くしただけで真っ青になって震え出すというのに。呪術宮なんて、蛇やむかでがうようよいるし、気味が悪いものがたくさんあるぞ? 本当に大丈夫か?」
「呪いには心得がありますから。大丈夫です。というより、呪術宮は一度行ってみたいと思っていた憧れの場所でして」
 穏やかに答えると、天佑は呆れたように遠い目をした。
「気楽すぎる。この星帝城で、呪いは人を殺すこともあるんだぞ? 現に、皇帝陛下は即位してから半年で両手では足りないほどに命を狙われているし、宮女や女官も巻き込まれて死んでいる。逆に、呪術宮に出入りするだけで犯人に仕立て上げられる可能性もあるんだ。もっと警戒しろ」
「はい……」


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