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仮面伯爵は黒水晶の花嫁に恋をする4

小桜けい / 著
氷堂れん / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-782-6
定価 1,430円(税込)
発売日 2025/06/27

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内容紹介

【シリーズ累計60万部突破】
「君は俺の一番大切な宝物だ」
数奇な運命で結ばれた夫婦が辿り着く真実とは――
囚われの少年宝石人編、ついに決着!
隣国の温泉地を訪れたクリスタ達。妻を一番に考えてくれるジェラルドの愛情に包まれ、クリスタは幸せを感じていた。ある日、縁あって実業家のスピネルと知り合うが、なんと彼は手に宝石を持つ「突然変異の宝石人」で!? 捉えどころのない微笑を浮かべ、クリスタに熱っぽい視線を送るスピネル。彼は宝石人を狙う凶悪犯の手がかりを入手したと言い、取引を持ちかける。けれど提示された条件を巡って、クリスタとジェラルドは想いがすれ違ってしまい――
「君が近くにいてくれるだけで、俺はいつだって勇気づけられて元気でいられる」

立ち読み

(――スピネル様の指示はとても的確で解りやすかったわ。だからこそ皆に慕われていらっしゃるのね)
 無事に馬車へ乗り込んで、丁重にお辞儀をする係員に手を振りながら、クリスタは胸中で頷いた。
 ただでさえ雪祭りのイベント中で忙しかっただろうに、ステージ裏では皆がスピネルの見事な指揮のもとに無駄なく動き、急なスピーチの追加というアクシデントを微塵も感じさせなかった。
 マディア夫人やスープ屋台の店主から聞いて、有能な人物らしいというのは想像していたが、ただ頭が切れるだけではなく、大勢の人を惹きつけ自然に従えるだけの魅力も持っているようだ。
 それにクリスタも、本日の危機を救ってくれた彼の手腕には感嘆したし、ジェラルドのスピーチに対して何もできなかったことを上手くフォローしてもらったような気がして嬉しかった。
 ダンテが手綱を握り、ガタンと音を立てて馬車が走り出す。
「はぁ……すまなかった、クリスタ」
 馬車が町を出るとすぐ、ジェラルドが仮面を取ってため息と共に謝罪を吐き出したので、クリスタは目を丸くした。
「ジェラルド様、何を謝っていらっしゃるのですか?」
 わけが解らず尋ねると、ジェラルドが忌々しそうに額の宝石を指で突く。
「せっかくの外出だったのに、俺のせいであんな騒ぎになって……結局、クリスタが楽しみにしていた雪像コンテストも見ることができなかったからな」
「あ……」
 行きの馬車で交わした会話を思い出す。
 クリスタが雪像コンテストを楽しみだと言ったのを、ジェラルドはちゃんと覚えていてくれたのか。
「あの騒ぎは偶然起きたものですし、私はジェラルド様とこうして出かけられただけで十分に満足です」
 ジェラルドにそんな落ち込んだ顔をして欲しくなくて、クリスタは心を込めて言った。
「しかしだな……」
「それに、ジェラルド様のスピーチはとても素晴らしかったです。即興でしたのに、町の皆さんのことをよく観察しているのが伝わりました」
「クリスタ……」
「そんな素敵なジェラルド様の姿を見ることができたのですから、今日はとても幸せでしたわ」
 偽りのない本心を告げると、ジェラルドが真っ赤な顔になってクリスタを凝視する。
 そして次の瞬間、彼が慌てて鼻と口元を押さえた。
「ジェラルド様!? もしかして……」
 クリスタは慌ててハンカチを取り出し、ジェラルドに差し出した。
 彼は鼻の粘膜が弱いのか、時おり急に鼻血を出す時がある。
 気になって医者に診てもらった方が良いのではと勧めたこともあるが、彼からの返答は『一応診てはもらったが、幸せすぎるせいだと言われた』という、よく解らないものだった。
「あ、ありがとう……」
 気まずそうにジェラルドがハンカチを受け取り、しばらくして止まったらしい血を拭うと息を吐く。
「クリスタは本当に、その……人たらしというか……俺を喜ばせる天才というか……」
 ボソボソと顔を背けて何か言われ、思わず首を傾げた。
「え?」
「……クリスタは最高の妻だということだ」
 ジェラルドはそう答えると手を伸ばし、そっとクリスタを抱き寄せた。
 彼にはもう数えきれないほど熱烈に抱きしめられてきたが、まるですぐに壊れる繊細なガラス細工でも扱うかのように、おずおずと触れられる。
「そ、そんな風に仰ってくださると嬉しいです」
 ドキドキと胸を高鳴らせ、クリスタも彼に身を預ける。
 ジェラルドに抱きしめられるのは、随分と久しぶりだ。
 クリスタが重い風邪で寝込んでからというもの、彼は手を握ったり身体を支えてくれたりはしたが、それ以上に触れようとはしなかった。
 何よりもまずクリスタは身体を休めなければと、夜の営みなどとんでもないという様子で、こうして回復してからも抱きしめたりはしなかったのである。
「クリスタ……今はまだ不埒な真似をして負担をかけたりはしないと誓うから、少しだけこうして触れてもいいか? ずっとクリスタに触れたくて堪らなかったんだ」
 熱っぽい声で囁かれ、身体の奥深い場所がズクリと疼いた。
 クリスタだって、彼に触れて欲しくて堪らなかったし、自分からも触れたい。
「はい……」
 思い切ってジェラルドの背に手を回し、ギュッと抱きしめ返す。
「私が体調を崩してからずっとジェラルド様が熱心に看病してくださったのには感謝しています。ですがもう、こうして外出できるくらい元気になったのですし、夜もあまり無理をしなければ……」
 その先は恥ずかしくてとても口にできなかったが、ジェラルドには通じたらしい。
 彼がゴクリと喉を鳴らし、クリスタを見つめる。
「……いいのか?」
 マジマジと見つめられながら問われ、クリスタの頬が熱くなる。
 コクリと頷くと、ジェラルドが慌ててまたハンカチを鼻に当てた。
「ジェラルド様! 大丈夫ですか!?」
「ら、らいじょうふだ……」
 くぐもった声でジェラルドは言うが、むしろ彼の体調の方が心配になるクリスタであった。



 その後、夕陽が雪原を照らし出す中別荘へ到着した時には、ジェラルドの鼻血も無事に治まっていた。
「――あら、随分と早くお帰りになりましたね。何かあったのですか?」
 予定では、もっと遅い時間まで雪祭りの会場にいることになっていたから、突然早く帰ってきたクリスタ達を見て、マディア夫人が目を丸くした。
「実は……」
 ジェラルドが手短に事の経緯を話す。
「それは残念でしたね。では、少し遅い時間ですがお茶にしませんか?」
 慰めるようにマディア夫人が言ってくれ、クリスタ達は厚意に甘えることにした。
「旦那様、奥様、お帰りなさいませ!」
 パタパタと可愛い足音をさせて、ラピスとディアンも二階から下りてくる。二人はそれぞれ、手に何かを抱えていた。
「ジェラルド様、俺とラピスでこれを見つけました」
 そう言ってディアンが差し出したのは、一冊の古いスケッチブックだった。
 ラピスも同じようなスケッチブックを持ち、ニコニコして差し出す。
「それは……俺の母のものだろうか?」
 首を傾げたジェラルドに、二人が嬉しそうに頷いた。
「きっとそうだと思います。絵本の棚に紛れていました」
「ジェラルド様のお母様は、絵がお好きだったんですね」
 受け取ったスケッチブックを、ジェラルドがパラパラと捲る。
「すごい……」
 横から少し見たクリスタが思わずそう呟いてしまうほど、スケッチブックは様々な絵で溢れていた。
「まさか母のスケッチブックがあったとは。見つけてくれてありがとう。さっそく……」
 ジェラルドが言いかけたところで、食堂の方からマディア夫人の声が響いた。
「皆様がた! お茶が冷めてしまいますよ!」
「すまない。今行く」
 ジェラルドが苦笑し、ラピスとディアンの頭を撫でてお土産のお菓子を渡す。
「さて、スケッチブックはまた後でゆっくり見せてもらうことにして、先にお茶にしよう。夕食前でもこれくらいなら食べられるかな?」
「はい!」
「可愛いお菓子! ありがとうございます!」
 菓子の包みを受け取って中を見た二人が、満面の笑みになる。
 その後、食堂にて皆で温かなお茶を頂き、改めて例の騒動を子ども達にも話した。
「――こうなってみると、ディアンが行かなかったのは正解だったな。俺と一緒にいたら、顔を隠していても騒ぎに巻き込んでしまったかもしれない」
 そう結論づけたジェラルドに、クリスタも頷いた。
 もうすでに世間には、ジェラルドが宝石人の少年を後見しているという話が広まっている。
 ディアンが単独行動をするのなら、特別な化粧品で額の宝石を隠してお忍び行動もできるだろうが、世間に広く顔を知られているジェラルドと一緒では、あの少年かもと疑われかねない。
 今日、あの場にいたら、間違いなく人々の興味はディアンにも向けられただろう。
 本当に、彼が出かけるのを渋ったのは、虫の知らせというものだったのかもしれない。
「そんな大変なことがあったのですか……」
 眉を下げたラピスに、クリスタは慌てて手を振った。
「でも、雪祭りの主催者の方が機転を利かせてくださったおかげで、何とか無事に帰ってくることができたわ。それに急なスピーチも堂々とこなしたジェラルド様はとても素敵だったのよ」
「っ! ごほっ!」
 唐突にジェラルドがむせ返り、口元を押さえた。
「嬉しいが、皆の前で唐突に褒められると照れ臭いな」
 気恥ずかしそうなジェラルドを見て、ディアンがニヤニヤする。
「ジェラルド様。こういう時は素直に喜んでおけばいいんですよ」
「こら、ディアン。そう生意気な口を利くものではありません。……まぁ、概ね賛成ですが」
 ダンテが少々呆れたように言い、ルチルも頷いた。
「そうですよ。私とダンテさんは裏手で聞いていましたが、実際に立派なスピーチでした。奥様も惚れ直してしまったのでは?」
「え? ええ……」
 思わぬ言葉に、クリスタはポッと頬が熱くなるのを感じる。
「なっ、なんなんだ急に! 皆でいきなり褒め殺しか!? 勘弁してくれ!」
 よほど気恥ずかしかったのか、ジェラルドは両手で顔を覆ってしまう。
 そんな彼の可愛らしい一面に、自然と笑みが零れてしまったのはクリスタだけではなかった。
 食堂が和やかな笑いに包まれる。
 思わぬアクシデントがあったにせよ、今日の外出は最高のものだった。
 クリスタは心からそう思い、脳裏で目まぐるしくも楽しかった本日の午後を振り返る。
(そういえば……)
 ふと、にこやかに微笑むスピネルの顔を思い出し、微かな疑問が浮かんだ。
 柔和だが、どこか捉えどころのないあの笑みは、一体誰に似ているのだろう?
 確かにどこかで見たような気がするのだが、やはりどうしても思い出せない。
(気のせいかしら)
 クリスタはそう思い直し、賑やかなお茶の席での会話の方に意識を戻した。



 その後、留守番中にラピスとディアンが完成させたパズルを見せてもらったりして楽しく過ごし、軽めの夕食を取る。
 湯浴みを終え、クリスタはドキドキしながら寝室に入った。
「クリスタ……」
 寝室に入るなり、待っていたジェラルドに抱きしめられた。
 今度は昼間よりも強く。でも、あくまでもそっと優しく。
 彼はこちらの別荘に移ってからも、夜中にクリスタが体調を悪くしたらすぐに気づけるようにと、寝室は一緒にしていた。
 しかし、広い寝台で間隔を空けて眠り、必要以上に触れようとは決してしなかったから、クリスタだって寂しくもあったのだ。
「本当に、いいのか?」
 念を押すように問われ、クリスタは恥ずかしさを堪えて彼の瞳を見つめ返す。
「はい。私もジェラルド様と触れ合いたくて……」
 クリスタが最後まで口にする前に、ジェラルドから口づけをされた。
 すぐに彼の舌が唇を割って侵入し、口腔をくすぐるように蹂躙される。
「はっ……んん……」
 背筋に震えが走り、肌が粟立つ。ジンと脳髄が痺れるほどの多幸感が広がり、全身がカッカと熱くなっていく。
 口内を犯していたジェラルドの舌がクリスタの小さな舌に絡みつき、チュクッと強く吸われた。
(あ……)
 淫靡な水音を立てながら、熱い舌に口腔を犯される。頭がぼうっとして、全身の力が抜けていく。
 歯列を丁寧になぞられ、舌を強く吸い上げられた。飲み込めなかった唾液が口の端から溢れる感覚に、ゾクゾクと背筋が戦慄く。
 そのまま寝台の上に押し倒されると、唇が離れた。
「クリスタ……」


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