書籍詳細

はねっかえり女帝は転生して後宮に舞い戻る2 ~皇帝陛下、前世の私を引きずるのはやめてください!~
ISBNコード | 978-4-86669-783-3 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2025/06/27 |
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内容紹介
立ち読み
未だ雪のちらつく初春に、皇家に四十数年ぶりに生まれた公主は、美しい満月の夜に生まれたことから、父である風龍により月玲と名付けられた。
あまりにも可愛らしい月玲に、父である風龍はおろか、祖父である雪龍もめろめろである。
我が家の男どもが暇さえあれば月玲のいる翠花の部屋に入り浸るので、「翠花がゆっくり休めないだろう! 出てけ!」と美暁は適宜彼らを叩き出さねばならなかった。
姑として、繊細な産後の嫁は、絶対に守らねばならぬのである。
(でも良かったな……)
翠花の腕の中、ふくふくと幸せそうに眠る月玲を見て、美暁は目を細める。
間違いなく月玲は、かつての自分とは違い、家族に深く愛されていた。
そのことが、とても嬉しい。
だがその一方で、月玲が公主であることに、臣下たちからは落胆の声が漏れた。
何しろ現状、帝位を継げる皇族が、皇太子以外に存在しないのだ。
そのため『皇太子殿下の後宮に、もっと妃を入宮させるべきだ』と臣下たちから一斉に声が上がった。
もちろん自分の親族の娘を後宮へ送り込みたいと目論む者たちが大多数であるが、一方でその中には凜風の時代からこの国に仕えた、二心のない古参の官吏たちも含まれていた。
皆、安定した国家運営を望んでいるのだろう。確かに後継の不在は、国が荒れる原因になる。
だが今回公主を産んだばかりの翠花に、しばらく子は望めない。
ならばその間に他の妃を娶り、新たに後継を作るべき、と考えるのも理解できる。
皇太子妃である翠花に直接『皇太子殿下に新たな妃を娶るよう進言すべきである』などと言ってくる不届きな官吏もいた。
実際に生真面目な翠花は一度それを受け入れ、夫である風龍に自分以外にも妃を娶るべきだと進言した。
『私は皇太子妃ですから。風龍様の妃嬪を管理する立場です』
男児を産めなかったから仕方がないのだと、そう言って受け入れようとしたのだ。
事実、夫の妾を管理するのは、広く正妻の役目である。
この国では序列さえ弁えていれば、たとえ皇帝でなくとも、妾を囲うのはなんらおかしなことではない。
だから翠花は淡々と至極当然のように、冷静に微笑みさえ浮かべて夫である風龍に伝えた。
だがその時の翠花の姿は、美暁の目には痛々しく見えた。
皇太子妃としては正しくとも、一人の女としては受け入れ難いであろうに。
追い詰められ、愛する夫に新たな女を宛てがおうとした翠花に、美暁の心は痛んだ。
だがそんな翠花の悲痛な提案を、『私はそなただけでいい』と風龍はあっさり撥ね除けた。
『大体皇帝たる父上が妃を一人しか持たぬというのに、まだ臣下に過ぎぬ私がそれ以上に妃を抱えることは、道理に合うまいよ』
挙句あえて公の場で、官吏たちに聞こえるように、そう口にしたのだ。
こうしてめでたく臣下たちの非難の矛先の半分は、三十八歳の男盛りでありながら、貴妃をたったの一人しか持たぬ皇帝陛下の方へと向いたのであった。
「いやあ、風龍もなかなか強かになりましたねえ」
うんざりした顔をしている雪龍を見て、にこにこと機嫌良く笑って美暁は言う。
まさかそこで父を引き合いに出すとは思わなかった。
それだけ親子の関係が気安くなったという証拠かもしれない。
子に利用されるなら、親としても本望だろう。
多少の非難くらい、甘んじて共に受けようではないか。
「そもそも妃など、多ければ多いほど揉め事の原因にしかなるまいに」
先々帝の時代、後宮に一万を超える女たちがいた頃は、それはそれは大変だった。
そんな修羅の後宮で暮らした前世の公主時代を思い出し、美暁はぶるりと震える。
「月玲が長じた後、彼女自身が望むのならば、皇太女としてもよかろう。おそらく風龍もそのつもりであろうよ」
「まあ、私という前例がありますしね。不可能ではないと思います」
茨の道であることは、間違いないが。幸いまだ時間はある。
月玲が大きくなる前に、できるだけ体制を整えればいいだろう。それは大人の役目だ。
道だけ整え、あとは彼女の意志に任せる。可愛い孫娘を、己の二の舞にするつもりはない。
「ところで美暁。もうすぐ清明節だな」
「はい、そうですね……?」
そんなことを考えていたら、雪龍から突然話を振られて、美暁は首を傾げた。
清明節とは春に行われる、先祖を祀るための祭祀だ。
奏国ではこの日は家族で集まり、先祖代々の墓参りをしなければならないとされている。
また寒く厳しい冬を乗り越え、訪れた暖かな春を祝う日でもある。
「共に璃陵に行かぬか? 月玲も無事生まれたことだし、先祖に報告しに行くのも良いだろう」
璃陵は奏王朝の代々の皇帝、および皇族が眠る陵墓のことだ。
美暁の前世である第十八代皇帝、奏凜風の遺体も、そこに眠っている。
まあ、その魂はそこからとっとと抜け出し、新たな体でのうのうと走り回っているのだが。
本来皇帝は清明節に、都から馬車で二日ほどの距離にあるこの璃陵に参り、先祖を祀らなければならないことになっている。
(まあ、正直なところ、私は一回もお参りしたことないけどね!)
前世皇帝在位中は戦場を駆けずり回っていてそんな暇はなかったし、そもそも先祖に対し敬意のかけらも持っていなかったため、『まあ、いいか!』と忙しさにかまけて一度も行かなかった。
どうせ人は死んだら土に還るだけだ。先祖の守護など存在しない。当時はそう考えていた。
おかげで礼部の官吏たちに、皇帝のくせに不信心にも程があると酷く嘆かれていたものである。
だが雪龍はそんないい加減な凜風とは違い、美暁と再会するまでは毎年清明節になると、真面目に璃陵に参拝していたようだ。
そこに、妻である凜風の体が眠っていたからというのもあるのだろう。
だが美暁が雪龍に嫁いでからのここ二年は、忙しかったこともあり璃陵参拝を行っていなかった。
かつての妻の中身がこうしてずっと彼のそばにいるため、璃陵に行く理由がなくなったからかもしれない。
「――そなたもたまには外に出たいだろう?」
雪龍は美暁を唆すように、流し目でそんなことを言う。
その色っぽさに、美暁の心臓が跳ね上がった。
つまりこれは、清明節にかこつけた外出のお誘いというわけか。
もしかしたら雪龍も、臣下たちにぎゃあぎゃあと責められることにうんざりして、少しの間、逃げ出したいのかもしれない。
「行きます……!」
そしてもちろん美暁は、喜びのあまりその場でぴょんぴょん飛び跳ねながら即答した。
雪龍の元に嫁いで早二年以上が経つが、その間一度も後宮の外へ出ていなかったのだ。
皇帝の妃として、それは至極当然のことなのだが、実家にいた頃は街から山までしょっちゅう単身で出歩いていたので、窮屈であったことは否めない。
「楽しみです……!」
わくわくした顔で身を乗り出す美暁に、元気だな、と雪龍は小さく吹き出した。
(それにこれは、良いきっかけになるかもしれない)
皇帝が都を留守にする間は、皇太子である風龍が政務を代行することになる。
偉大なる父が不在の中で、この国を滞りなく運営することができれば、風龍の自信にも繋がるだろう。
「――というわけで、私と陛下は清明節の間、十日ほどこの都を留守にします! お留守番よろしくお願いします!」
翌日、早速美暁は夫と共に息子夫婦の元へ行き、孫娘である月玲を抱きながら満面の笑みで高らかに宣言した。
美暁は、決めたらすぐに行動に移す主義である。
そう。今更ながらの新婚旅行に、前世から行きたかった新婚旅行に、行くったら行くのである。
するとその声に驚いたのか、腕の中の月玲がほわほわと愛らしい声で泣き出す。
「わわ。月ごめん! びっくりしたよねえ……!」
すると雪龍が慌てふためく美暁から月玲をそっと受け取り、その小さな体をゆっくりと揺らし、とんとんと優しく叩いてあやす。
すると月玲はあっさりと泣き止み、そのまますうっと眠ってしまった。
美暁は朱家の末娘であり、翠花は母を早くに亡くした一人娘であり、風龍もまた母を早くに亡くした一人っ子であり、揃いも揃って周囲に小さな子供がいない環境で育っている。
つまりまともに赤ん坊と接した経験があるのは、男手一つで風龍を育てた雪龍のみであった。
そのため月玲を抱いてあやすのは、雪龍が圧倒的に上手かった。やはりその子育て経験が、物を言うのだろう。
赤ん坊だった頃の風龍も、きっとこんな風に彼の手に抱かれていたのだろうと、雪龍が手慣れた様子で月玲をあやす姿を見るたびに、美暁の胸は切なさと罪悪感できゅっと締め付けられる。
やはり不憫な美形中年は最高である。……などと考えてはいない。少ししか。
「さ、流石は父上……」
「相変わらず素晴らしいお手際ですわ……」
ほんの少し悔しそうに風龍と翠花が言うので、美暁はつい笑ってしまう。
ちなみに月玲を抱くのが最も下手なのは、言わずもがな美暁である。
『首をしっかり支えろ』『ゆっくりと動け』などと経験者である雪龍にビシビシと指導鞭撻されたのだが、その手つきは今でもどこか危なっかしい。
仕方がないとはいえ、美暁が月玲を抱くたびに皆が心配そうに見てくる。
おかげで月玲の首がしっかりと据わるまで、美暁はほとんど抱かせてもらえなかった。
もちろん月玲を一番泣かせてしまうのも美暁だ。
あまりにも戦力外な駄目祖母で、とても辛い。
「留守にするのはほんの十日ほどだ。私がおらずとも、そなたたちなら大丈夫だろう」
月玲を抱いた雪龍は、絶対的な信頼の眼差しで息子夫婦を優しく見つめる。
だが残される二人は、どこか不安そうだ。
「そうそう。大丈夫! 私の息子も私の親友もとっても優秀だから」
近く来るであろうその時のために、雪龍がいない状態に慣れておくべきだろう。
彼らは間違いなく真面目で優秀で、ただほんの少しだけ自信が足りないだけなのだ。
「なんならそのまま帝位を継いでも良いのだぞ」
「……勘弁してください。父上」
父の無茶振りにため息を吐きつつ、娘の小さな手に触れながら、風龍は俯けていた顔を上げた。
「……わかりました。短期間ですし、頑張ってみます」
こうして少々不安の残る様子ではあったが、息子夫婦はなんとか頷いてくれた。
その後、久しぶりの皇帝の外出ということで、皇宮は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
皇帝の不在に、官吏たちも不安の色を隠そうとはしない。
そうやって不安を抱かれることに、期待を持たれぬことに、みるみるうちに風龍の自信が削り取られていく。
もし父と息子の仲が壊滅的であったのなら、今頃血生臭い展開になっていただろう。
(風龍が真面目でまっすぐな気質をしているから、かろうじて捻くれずに済んでいるんだよね……)
その清廉さがまた、彼を苦しめているのかもしれないが。
雪龍が風龍や官吏たちへの引き継ぎを終え、旅立ちの準備が整ったのは、予定していた出発日の前日だった。
「――美暁」
皇宮の前に停められた馬車の前で、雪龍から差し伸べられた手に、美暁は己の手のひらを重ねる。
今回は衆目があるため、美暁は皇帝から寵愛を受ける貴妃に相応しい装いをしていた。
髪色に合わせ、赤を基調に色鮮やかな絹の衣を幾重にも重ねた上に衫を羽織り、牡丹の刺繍が施された裙子で纏め、薄紅色の帔帛を肩から柔らかく掛けている。
燃えるような赤い髪は、翡翠で作られた簪で結い上げられ、耳には細やかな彫金の施された飾りが垂らされていた。
後宮の宮女たちが頑張って、美暁をこれでもかと飾り立ててくれたのだ。
彼女たちのやりがいに満ちたその表情に、美暁は少し罪悪感を持った。男物ばかり着ている仕え甲斐のない主人で申し訳ない。
着飾った美暁の美しさに、同行する官吏や護衛の兵士たちが見惚れている。
普段のけったいな言動や、絶世の美女である翠花がすぐそばにいるという環境から忘れられがちなのだが、美暁は黙って大人しくしていれば、後宮でも有数の美女であったりする。
(久しぶりにこういう格好をすると、動きにくさがよくわかるなあ……)
だが残念ながら、美しい装いをしても、ちっとも心が躍らないのが美暁だ。
雪龍に導かれるまま、皇帝のために作られた、朱色と金で彩られた馬車に乗り込む。
そうしてなんとかぎりぎり清明節の三日前に、雪龍と美暁は皇宮を旅立った。
行きに馬車で二日、璃陵近くにある離宮で五日間のんびりと過ごし、また二日かけて都に帰るという旅程だ。
そう遠い場所ではないし、毎年皇帝が参拝するため街道も整備されており、安全性にも大きな問題はない。
長い隊列の中央、百を軽く超える兵士たちに囲まれ守られながら、皇帝と貴妃を乗せた豪奢な馬車はゆっくりと進む。
「馬に乗って走っていけば、もっと早く着くのになあ、なんて考えてしまいますね」
細く開けた馬車の窓から外を眺めながら、そのトロトロとした速度にうんざりし、美暁は思わずぼやく。
本当は男装して直接馬に乗り走らせていきたい気持ちでいっぱいではあるが、一応は皇帝の妃という立場なのでここはぐっと我慢だ。
後宮に来る前は毎日のように馬に乗って、そこら中を駆け回っていたというのに、美暁はこのところ全く乗馬をしていない。
あの高く広い視野が、身に風を受ける心地よさが、酷く懐かしい。
皇帝の妃という立場上、仕方がないと理解しているが、やはり物足りないのだ。
(後宮が窮屈であることは否めないよね……)
後宮では常に人の目があり、剣を振り回すことも満足にできない。
おかげでせっかく鍛え上げた筋肉と体力が、失われる一方だ。
(早く隠居生活を送りたいなあ……)
本当はとっとと風龍に皇帝位を譲位して、夫婦二人でどこかの離宮に移り住み、のんびりと隠居生活を送りたい。
そうすればもう少し、自由に生きられるはずだ。
「戦に赴くわけではないからな。仕方があるまい」
夫婦で馬首を並べて遠駆けする妄想をしている美暁の頭を宥めるように撫でて、雪龍は言った。
こうして豪華な行列で、皇帝の威信を民に見せつけることも大切なのだと。
それから雪龍は美暁をひょいと抱き上げて、己の膝の上に乗せた。
「わわっ!」
腰に回された雪龍の腕に、尻に感じる硬い太腿に、美暁の心臓が跳ね上がる。
「そう急ぐ旅ではない。ゆっくり行こうではないか。そなたとこうして時を共に過ごせるだけで私は十分幸せだからな」
そう言って微笑む雪龍の、大人の余裕が素晴らしい。
今や十七歳の小娘に過ぎない美暁には、到底太刀打ちできない。
「は、はい……」
顔を真っ赤にして俯く美暁を見て、また雪龍が楽しそうに笑った。
こうして美暁をやり込めた時、雪龍がやたらと嬉しそうなのは一体何故なのか。
少しだけ悔しくて、腹立たしい。
美暁は雪龍の膝の上で、また視線を馬車の窓へと移し、外を眺める。
春らしく、どこからか花の香りがする。新緑が目に優しい。
(……のどかだなあ)
道すがら隊列に向かって地面に平伏している民を見てしまうと、己の立場を思い知らされるが、麗らかな良い気候であることは間違いない。
(――そして、平和だ)
自分が皇帝だった頃は、外を歩けばそこかしこに打ち捨てられた人の遺体があった。
民たちは皆飢えていて、国中が皇帝や貴族に対する怨嗟に満ちていた。
凜風ができたのは、血に塗れた掃除だけだ。
今のこの平和は、間違いなく雪龍の手腕によるものだろう。
「陛下。春ですねえ……」
美暁がしみじみと言えば、「ああ、そうだな」と雪龍も笑う。
このほっこりとした幸せな時間がたまらない。
このまま平穏にこの旅を楽しめたらいいな、などと美暁は思ったのだが。
そんな穏やかな時間は、残念ながら長くは続かなかった。
皇宮を出て二日目。宿泊予定の離宮まであと少しというところで、渡るはずの橋が増水していた川に呑まれ、落ちていたのだ。
そのせいで当初予定していた経路から、急遽最寄りの他の橋へと迂回することになり、離宮への到着が大幅に遅れることとなった。
「春になって、雪解け水が川に大量に流れ込んだせいでしょうか?」
だが馬車の窓から見える川は、確かに増水してはいるものの、橋を呑み込むような濁流ではない。
それに違和感を覚えた美暁は、首を傾げる。
「春だからな。確かに水害が多く発生する時期ではある。だがそんな毎年のことで橋が落ちるのは確かに妙だ。老朽化が進んでいたのだろうか……」
相変わらず美暁を膝に乗せたままの雪龍が、顎に手を当てて考え込む。
それなりに建造から時間の経った古い橋であったことは間違いないが、もっと古い橋はこの川にいくらでもある。
「――なんだか、嫌な予感がします」
前世の頃から、美暁の嫌な予感というのはよく当たる。
そのおかげで、これまでいくつもの命の危機を乗り越えてきたのだから。
行程の遅れから、すでに太陽が沈み、周囲は真っ暗だ。
護衛の兵士たちが手に持つ松明の明かりを頼りに、隊列は進んでいる。
松明で片手が塞がっている上に、あまりにも暗く視界が悪い。
こんな状況で、兵士たちは皇帝を守れるだろうか。
やはり絶対に何かが起きる気がする。この事態に、誰かの意図を感じるのだ。
不安に駆られた美暁は、思わず雪龍の腰にある七星龍剣にそっと触れた。――その時。
「襲撃だ……!」
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