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奪われた愛しの我が子を取り戻したら、夫の溺愛が始まりました。なぜ?

もり / 著
桜花 舞 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-764-2
定価 1,430円(税込)
発売日 2025/05/29

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内容紹介

冷たかった旦那様が、まるで別人のように愛を告げてきて!?
子を思う母の深い愛が、すべてを変えていく……。
母・子・夫の心温まる書き下ろし後日談を収録!
愛する皇帝クレイグの子を無事出産したものの、強大な魔力のため体調を崩してしまったルシエンヌは、我が子レオルドだけでなく、全てを従姉妹に奪われてしまう。皇妃としての地位、妻としての立場までをも。クレイグからは誤解され冷たい態度を取られて悲嘆に暮れる。しかし我が子を取り戻すために向かった皇宮で、母として強く慕ってくるレオルドと再会。母子の絆に胸を熱くする。さらには誤解を知ったクレイグからも謝罪と償いを告げられて!?
「ぼくもかあしゃまととうしゃまがだいすきです」

立ち読み

 ――殿下はもうお言葉を発せられるようになりました。
 ――絵本ならお一人で読むことができるようになりました。
 ――文字を書くことができるようになりました。
 ――最近は養育係への質問が難しく、専門の教師を手配することになりました。
 ――驚くことに、簡単な魔法が使えるようになりました。
 あれから一年と三か月。
 定期的に皇宮から知らされるレオルドの成長は、驚くことばかりだった。
 レオルドはまだ二歳だというのに、家庭教師がついて勉強しているばかりか、魔法まで使えるようになったらしい。クレイグの成長も常人よりかなり早かったとは聞いていたが、レオルドはそれ以上に驚異的な早さだった。
(やっぱり魔力の強さが関係あるのかしら……)
 ルシエンヌは最新の報告書を封筒に仕舞うと、立ち上がって中庭を見下ろした。
 皇宮から届くのは、オレリアが皇宮で暮らしていた時代からの古参の侍女の事務的な報告書だけ。
 クレイグからはもちろん、文字を読めるようになったと知ってから何通も書いたレオルド宛ての手紙の返事は、一度も来たことがなかった。ただ悲観はしていない。
(きっとクロディーヌが何か手を回しているのよ……)
 今は離れて暮らしていても、レオルドの実の母であり皇妃なのだ。
 それなのに、レオルドどころか周囲からも何の反応がないなどあり得ない。
 一年前に怒りに満ちたクレイグがルシエンヌに会いに来たのは、クロディーヌの悪質な嘘のせいなのだから、それなら今も彼女がレオルドの傍で何かしらの工作をしていても驚きはなかった。
 きっとクロディーヌにとっては、レオルドの産みの母であるルシエンヌが邪魔なのだろう。
 この二年で、ルシエンヌが選んだレオルドの周囲の者たちが解任されていったことで確信を持っていた。
(クレイグのことはもう諦めたけれど、レオルドは絶対に手放したりしないわ)
 今度こそクレイグの怒りで体調を崩したりしないように、長い時間がかかったが、アマンの指示に従って完全に魔力体力ともに回復させたのだ。
 まだ一度も抱いたことのない我が子のために、寂しくてもつらくてもずっと耐えてきた。
(それでも、もしレオルドに拒絶されたら……)
 この二年間、クロディーヌが母親代わりとして関わっていたなら、いきなり実の母だと名乗り出ても戸惑うだけだろう。だから、初めは何も言わずに世話係としてでも傍にいるつもりだった。
 クロディーヌに邪魔をされないために、レオルドの前には突然現れる計画である。それもクレイグが留守のときを狙わなければ、レオルドに会う前に阻まれてしまうかもしれない。皇妃であるルシエンヌを止めることができるのは、皇帝であるクレイグだけなのだから。
(あと少し……三日後にクレイグは地方視察に出るのだから、それまで……)
 クレイグが二十日ほどの予定で視察に出ると知らせてくれたのは、その古参の侍女である。
 それからは、ずっと温めていた計画を実行に移すべく準備を整えていた。事前情報で皇妃の部屋には誰も――クロディーヌも立ち入ることなく、そのままにされているらしい。レオルドの部屋も、出産前に準備した子ども部屋のままのようだ。
 それなら迷うことなくレオルドに会いに行ける。
 とにかく、クロディーヌに知られて先回りされるより早く会わなければ、と何度も頭の中でレオルドの部屋までの最短距離をイメージしていた。
(私が用意していたレオルドの部屋を、クロディーヌがそのまま使っているのは意外だけど……)
 世間の噂では、育児放棄したルシエンヌの代わりに従妹のクロディーヌが献身的にレオルドの世話をしているらしい。
 とはいえ、クロディーヌの性格から考えて、ルシエンヌが準備した子ども部屋をそのまま使うということが信じられなかった。
 彼女なら、自分好みに内装から小物まで一新するだけでなく、部屋まで変えそうなものだ。
(ひょっとして、クレイグが許可を出さないのかも……)
 そこまで考えて、ルシエンヌはまたクレイグに期待していることに気づいて苦笑した。
 皇帝が息子をかなり気にかけているようだ、という噂は聞いている。
 ベルトランが息子であるクレイグを嫌っていたことは有名なため、皆が父子関係に関心を持っているらしい。母親との仲も上手くいっていなかったクレイグにとって、ルシエンヌのことを許せないでいても、息子を動揺させるようなことはしたくないのだろう。
 ルシエンヌは聞こえてくる噂や報告書によって知る我が子の発育に、誇らしさよりも心配が勝っていた。元気であることは何より一番嬉しくはあるが、まだ赤子と言ってもいいほどなのに、あまりに早すぎる。そのためか、体調を崩すことも多いらしく、周囲からは将来を期待されるとともに不安視もされていた。
(みんな勝手すぎるわ。でも、何もわからない私が外から言うべきでもないわね……)
 子どもの成長はそれぞれなのだが、一度も世話をしたことのないルシエンヌがあれこれ考えても仕方ない。
 だがもうすぐ、会いに行ける。
 クロディーヌに懐いているなら、無理に引き離したりするつもりはなかった。
 レオルドが許してくれるなら抱きしめて、ずっと傍にいさせてもらうだけでいいのだ。
 ルシエンヌは緊張と期待と不安に押しつぶされそうになりながら、決行の日がやってくるのを待っていた。


 覚悟を決めて馬車から降りたルシエンヌは、周囲を無視して目的の場所へと速やかに向かった。途中ですれ違う者たちはルシエンヌの姿に驚きこそすれ、止めに入る者はいない。
 そのためか、覚悟していたような問題もなく、さらには呆気なくレオルドの部屋へと入ることができた。
(どういうこと? レオルドはいくら魔法が使えるようになったとはいえ、まだ幼い子どもなのに、衛兵も立っていないの?)
 ひょっとして、すでにレオルドを別の場所へ連れ出したのだろうかと考える。
 だが、母だからわかるのか、レオルドの魔力は確かにこの部屋から感じられた。
 それなのに、居間であるはずのこの場所には誰もいない。
「ルシエンヌ様、殿下はいらっしゃらないのでしょうか……?」
「いえ、それは――」
 リテの質問に答えようとして、ルシエンヌは奥の部屋から聞こえた物音に口を閉ざした。奥は寝室のはずで、ガタンという椅子が倒れるような音と女性の声が聞こえる。離宮から連れてきた護衛騎士が警戒して剣の柄に手をかけたが、ルシエンヌは前を向いたまま大丈夫だというように手を振った。どうやらレオルドは寝室にいるらしい。
 聞こえる女性の声はクロディーヌではないようだと思いながらも、ルシエンヌは緊張した面持ちで部屋の中へ進んだ。すると、ガチャリと勢いよく寝室のドアが開く。
「――殿下!」
 悲鳴に近い女性の声とともに現れたのは、幼い男の子。
 初めて目にする息子は、クレイグにそっくりだった。
「レオルド……」
 思わず漏れ出た息子の名を呼ぶ声は、かすれて吐息のようでしかなかった。
 レオルドがどう反応するのか、知らない人間が何人もいることに驚いて泣き出すかと身構える。
 それなのに、レオルドは立ち止まることなくルシエンヌへと駆けてきた。
「殿下! 行ってはなりません!」
 慌てて寝室から出てきた女性――おそらく養育係だろう女性の言葉に振り返ることもなく、レオルドは迷わずルシエンヌへと抱きついた。
「かあしゃま!」
 そう呼ばれて一瞬、ルシエンヌは息を詰まらせた。
 まさかレオルドが、こんなにも素直に自分を受け入れてくれるなど、考えてもいなかったのだ。しかもためらうことなく母と呼んでくれている。おそらく近しい魔力を本能的に感じ取り、母と認識したのだろう。
 ルシエンヌは震える体を急ぎ動かし、すぐさまレオルドの小さな体を抱き返した。途端にレオルドの魔力が全身を駆け巡るような感覚と同時にめまいがしたが、今はただ腕の中に愛しい我が子がいてくれる奇跡を喜んでいた。次々と涙が溢れて頬を伝う。
「レオルド……会いたかったわ……」
「ぼくもです、かあしゃま。クロディーヌもみんなも、かあしゃまはぼくをすてたんだっていったけど、ちがうってぼくはちゃんとわかてました」
「ごめんね、レオルド……」
 ずいぶんしっかりした話し方だが、抱きしめた体はまだとても小さい。
 二歳の子に何を言い聞かせていたのだと怒りが湧き、ルシエンヌはレオルドの背後でおろおろするだけの女性を見上げた。だが、今は腕の中のレオルドに集中するべきだ。
 そう思い、レオルドを抱き上げる。
「レオルド、あなたとはたくさんお話をしたいけれど……ひょっとしてお熱があるんじゃないの?」
 単にお昼寝の時間で寝室にいたのかと思っていたが、こうして抱きしめているとレオルドの体が熱い。子どもの体温は高いとは学んで知っていても、熱すぎる気がする。
「ぼく、もうだいじょぶです」
 ルシエンヌの問いかけに、レオルドはふるふる首を横に振る。
 その姿は『いやいや』をしているようで二歳児らしく可愛らしいが、無理をしているのがわかって痛々しくもあった。
「殿下は、昨夜から発熱されて、お休みになっていたので……」
 女性は、ルシエンヌがやってきたからだと責めるような口調で説明する。
 昨夜から熱があって、献身的なはずのクロディーヌどころか、この女性以外誰もいないのはどういうことかと疑問はたくさんあったが、ルシエンヌはひとまず寝室へと向かった。
 ところが、そこで遠くから近づいてきたざわめきが部屋の前で止まり、勢いよく廊下側のドアが開かれた。
「ルシー! あなた、何様のつもり!?」
「――何様も何も、レオルドの母親ですけど? クロディーヌ、あなたこそ何様のつもりなの?」
 クロディーヌが強い口調で問い詰めるが、ルシエンヌは冷静に答えてさらに問い返す。すると、クロディーヌは驚き目を見開いた。今までのルシエンヌなら、こんなきつい言い方をすることなどなかったからだ。
 だが、腕の中のレオルドがクロディーヌの登場に喜ぶどころか、顔を隠すようにルシエンヌにさらに強く抱きついたことで、怒りが再燃したのだ。
 発熱しているレオルドに付き添うこともなく、護衛もつけずにいたこと。クロディーヌの嘘のせいで、この一年を無駄にしてしまったこと。何より、レオルドを怯えさせていることが許せなかった。
「クロディーヌ、レオルドの傍にいるのがこの女性一人だけで護衛もいないなんて、どういうつもり? 医師には診せたの?」
「そ、それは……今まで殿下を放っておいたあなたは知らないでしょうけど、殿下の発熱はよくあることなの。だから――」
「よくあることでも――よくあることだからこそ、注意が必要なのではなくて? それなのにあなたの様子だと、医師にはまだ診せていないようね?」
 ルシエンヌは悔しそうに睨みつけてくるクロディーヌから視線を逸らすと、おろおろしているだけの女性に声をかけた。
「あなたはレオルドの養育係なの?」
「は、はい……。ナミアと申します」
「そう。では、レオルドのことを教えてくれる? あと、あなたは主治医を呼んできてちょうだい」
「は、はい!」
 ルシエンヌはナミアと、クロディーヌの後ろで気まずそうに立っている女性に声をかけた。女性の様子からクロディーヌではなく、レオルドの侍女だろうと予想したのだ。その女性は慌てて返事をし、急ぎ部屋から出ていく。
 そこでルシエンヌは、再びクロディーヌへ視線を戻した。
「クロディーヌ、まだ何かあるかしら? レオルドのことなら、これからは私がいるから大丈夫よ。今までありがとう。おかげさまで、私はしっかり回復することができたわ」
 にっこり笑ってクロディーヌに告げると、返事を待たずに寝室へと入った。
 そして、レオルドを抱いたままベッドに腰を下ろし、深く息を吐き出す。気を張り詰めていたせいかめまいが酷い。そんなルシエンヌを察してか、アマンはいつでも支えられるよう傍で待機してくれていた。
「レオルド、ベッドに入りましょう?」
「いや」
「どうして? お熱があるのだから、寝ていたほうが楽でしょう?」
「かあしゃまのそばがいい」
「じゃあ、私はここにいるわ」
「……かあしゃまはいなくならない?」
「ええ」
「これからずっと?」
「ずっとよ」
 言葉はしっかり話せるが、内容はまだまだ幼くて、ルシエンヌは安心させるように優しく微笑んだ。すると、レオルドはおとなしくベッドに横になる。
 ルシエンヌはくしゃくしゃになった上掛けを引き寄せ、レオルドにかけた。
「あのこわいひとはもうこない?」
「あの怖い人?」
「あのひと、きらい」
「レオルド――」
「お待たせしました」
 レオルドの言う「あの怖い人」が誰なのか、ひょっとしてクロディーヌのことなのか確かめようとして、女性の声に遮られてしまった。
 かすかに息を切らした女性の背後から、老齢の医師が現れる。クレイグの子どもの頃からの主治医で、ルシエンヌもよく知っていた。レオルドの言葉は気になるが、熱を出しているのに繰り返しする質問でもない。そう考えて、ルシエンヌはやってきた医師に視線を向けた。
「……ハリー先生、レオルドをお願いします」
「ああ……わかりました」
 ルシエンヌはこの医師が苦手だった。
 ハリー医師の視線は、ルシエンヌを取るに足りない存在だと言っているような、そんな感じがするのだ。だからこそ、ルシエンヌは妊娠を疑ったとき、アマン以外の診察を拒否した。
 晩年のオレリアもハリー医師の診察を拒否していたため、アマンはいったいどんな診察をしているのやら……と噂されている。
 ハリー医師はアマンを忌々しげに睨んでから、レオルドにおざなりの診察をした。
「“魔力酔い”ですよ。殿下ほど魔力の強い幼子にはよくあることです。陛下も子どもの頃はよく“魔力酔い”を起こしていらっしゃいましたからね」
「そうですか……。ではもうけっこうです」
「は?」
「ありがとうございました」
 もうレオルドの診察は二度としないでいいとの気持ちを込めて、ルシエンヌはハリー医師にお礼を言った。
 その言い方が気に入らなかったのか、ハリー医師は眉間にしわを寄せ不機嫌をあらわにする。
 だが、皇妃であるルシエンヌに何か言えるわけもなく、無言で頷いた。
「それでは、失礼します。皇妃陛下」
 まるで嫌味のように、ルシエンヌを陛下と呼び、ハリー医師は去っていく。
 ルシエンヌはハリー医師からすぐにレオルドへと視線を戻し、その顔を優しく撫でた。
「少しお熱が下がったかしら? でも、このまま寝たほうがもっとよくなるでしょうね」
「どこもいかないです?」
「ええ、約束よ。どこにもいかないわ」
 たとえ今、クレイグが戻ってきてルシエンヌを部屋から引っ張り出そうとしたとしても、絶対にレオルドから離れるつもりはなかった。もちろん、まだクレイグは地方視察で留守である。クレイグが帰ってきたらきっとひと悶着はあるだろうが、それも覚悟の上だ。
 ルシエンヌは嬉しそうに笑うレオルドの額に軽く口づけ、再び安心させるように微笑んだのだった。


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