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妹の引き立て役だった私が冷酷辺境伯に嫁いだ結果 天然魔女は彼の偏愛に気づかない

櫻田りん / 著
麻先みち / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-763-5
定価 1,430円(税込)
発売日 2025/04/28

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内容紹介

《「君は天使…いや小悪魔か!?」「いえ魔女ですが…?」》
先祖返りの魔女として生まれ、高価な秘薬を作ることだけ求められて育った伯爵令嬢メロリー。けれど出来た薬はちょっぴり便利で、ちょっぴり副作用のあるビミョーなものばかり。故に親に疎まれ、妹の引き立て役として冷遇されていたのに、突然変態とも冷酷とも噂される辺境伯から縁談が!? 厄介払い同然に送り出されるも、迎えた辺境伯ロイドは美形な上に、新薬の毒見まで買って出る優しい男性。加えて初対面のはずのメロリーを賛美しまくりで――?

立ち読み

 婚約の話が出てから一週間が経ち、辺境伯領に向かう日。
 メロリーは昨日のうちに掃除し終えた離れを眺めながら、これまでの日々を思い返した。
「この部屋とお別れなんて、不思議な気分……」
 十八年前。
 メロリーはシュテルダム家の長女として生を受けたが、ずっと家族が住む屋敷とは別の離れで暮らしていた。
 まるでルビーを埋め込まれたような真っ赤で不気味な瞳と、真っ白な髪の毛が原因だった。
 その二つは、数百年前に絶滅したはずの魔女の特徴にピッタリ当てはまっていたのだ。
 シュテルダム家の血筋にはその昔、魔女が実在したらしい。
 そのため、メロリーが魔女の先祖返りであることは容易く推測できたようだ。
『とにかく! 一旦はこの事実を隠さなければ……!』
 メロリーは生まれてすぐ、両親の手によって母屋から離れに移され、そこでちょうど乳母として働き口を探していた女性と二人で暮らすことになった。
 このレイモンド王国において、魔女のイメージはすこぶる悪かったからだ。
 かつては、人を攫ったり、呪ったりする存在だと言われていたらしい。
 数百年のうちにその存在は忘れ去られようとしているが、『魔女』のイメージが変わるわけではない。現在でも魔女は人々に忌み嫌われていた。
 それなのにメロリーを孤児院に任せたり、売り飛ばしたりしなかったのは、とある文献で魔女だけが作れる秘薬があるという言い伝えを見つけたからだった。
 誰もが欲しがるような秘薬を作り出すことができれば金になると考えた両親は、メロリーの存在を外部から隠し、金になる薬を量産させようと考えていたのだが……。
「残念ながら、私には両親が望むような魔女の秘薬なんて作れなかったのよね」
 メロリーに物心がついた頃、両親は調合器具や調合に必要な素材、専門書などを用意してくれた。
 どうやら、八歳になると魔女の力は開花し、秘薬が調合できるようになると例の文献に書いてあったようで、その日までに調合器具の扱いや、調合自体に慣れておけという意図だったらしい。
 メロリーは両親の役に立ちたい一心で、必死に独学で調合技術を学んだ。両親に愛されない悲しみに加えて、食事や生活用品は必要最低限で、貧しく辛い日々だったけれど、魔女に対して偏見を持たない乳母のおかげで、毎日楽しく過ごせた。
 けれど、八歳の誕生日を迎えた日。
 両親はメロリーに不老不死の薬や惚れ薬、呪い薬など、この世界の常識では考えられないような薬を作るようせっついたが、上手くいかなかった。
 メロリーが作る薬は、両親にとって『役に立たない薬』ばかりだったのだ。
 それは月単位、年単位で修業しても変わることはなかった。
 魔女のくせに大して役に立たない薬しか作れないメロリーは、両親にとって家の評判を下げるだけの疎ましい存在になった。
 しかも、解雇した使用人により、メロリーが魔女であることが外部にバレてしまうという事件も起こった。
『お前は出来損ないの魔女として表に出ろ。ラリアが社交界でより輝きを放てるように引き立て役として生きてもらう』
 そうしてメロリーが十歳になる頃には、社交界ではラリアの引き立て役として振る舞い、家では使用人以下の暮らしをするようになった。
 唯一心の支えだった乳母も解雇され、社交界では蔑まれ、屋敷に戻れば粗末な扱いを受け……。
「それでも、調合をしている時間だけは楽しかった」
 救いは、メロリーが心の底から調合を楽しめていたこと。
 初めは両親に好かれるためだったけれど、日に日に調合の楽しさにのめり込んでいった。
「そろそろ時間かな。忘れ物だけはないように気をつけて、と」
 破れては縫ってを繰り返したお仕着せとも今日でおさらばだ。
 唯一持っていた破れていないドレスを着たメロリーは、そっと離れにお仕着せを置く。
「何にせよ、辺境伯様に会ったらすぐに謝らなきゃ。どうせ黙っていたって、私が麗しの天使じゃなくて魔女だってことは、見た目で分かるだろうし」
 その後どうなるかは、流れに身を任せるしかない。なるようになれ、だ。
 そもそも相手の間違いが原因なのだから、少なくともメロリーの命が危うくなることはないだろう。
「迎えの馬車が到着しました」
「あっ、もう来たのね。ありがとう」
 使用人が離れの外から連絡をくれたため、メロリーはフード付きの羽織を纏い、その場をあとにした。
 最低限の身の回りのもの、乳鉢や空の薬瓶、草木の辞典に専門書、今まで書き留めた薬のレシピ集、既に作製済みの薬を持って馬車に乗り込む。
 しかし、そのすぐ後のこと。
 乗車の際に御者から憐みの目を向けられながら言われた言葉に、メロリーは頭を悩ませていた。
「冷酷辺境伯のもとに行くなんて可哀想に、か……」
 メロリーはここ数年、ラリアの引き立て役として社交場に出席していたものの、貴族についてあまり詳しくなかった。
 もちろん、婚約者であるロイド・カインバークのこともだ。
 彼について知っていることといえば、戦勝の立役者であることと、潤沢な資金があること、幼い子を好み、変態辺境伯と呼ばれていることくらい。
「まさか、変態でもあり、冷酷でもあるの……?」
 変態の噂に関しては、自分に被害がないならまあいいかと思っていた。
 その上、いくら好みでも幼子を囲うなんて非道なことを実行する人物はそうそういないのでは? と、どこかで高をくくっていたのだが……。
「変態で冷酷だなんて、もしかしたら本当に子どもたちが閉じ込められているかも……」
 ロイドが冷酷であることは御者にちらっと聞いただけだが、彼の表情や重たい声からして、あり得ない話とも思えなかった。
「それに、ひょっとしたら私がラリアじゃないことがバレたら殺されてしまうんじゃ……!? ど、どうしましょう……」
 魔女のメロリーを誰かが助けてくれるとは思えないし、普通に戦ったら、どうやったって勝てない。
「辺境伯領に着くまであと三日……逃げるのに役立つ薬があるか、よーく確認しておかないと」
 メロリーは馬車に揺られながら、気を引き締めた。

◇◇◇◇◇

「誰だ」
「!?」
 疑問を口にした瞬間、背後から冷たく鋭い男性の声が聞こえた。
 メロリーもまずいことをしている自覚はあるので、全身にじんわりと汗をかきながら急いで振り向き、深く頭を下げた。
「申し訳ありません……! その、これには理由が……!」
「メロリー嬢?」
「え?」
 名前を呼ばれたことに驚いて顔を上げれば、目の前の男性は愛おしいものを見るような眼差しで微笑んでいた。
「驚かせてすまない。私の名前はロイド・カインバーク。君に婚約を申し込んだ男だ」
「あ、貴方が辺境伯様なのですか……!?」
「ああ、そうだよ」
 スッキリとした輪郭にサファイアを埋め込んだような切れ長の目、漆黒の髪に、整った鼻と形の良い口。
 紡ぎ出された低い声は心地の好いもので威圧感はなく、穏やかさが滲み出ている。
 黒い軍服のような装いに包まれた身体は肩幅も広く、がっしりしており、反対に手足は長くすらりとしていた。
(こ、こんなに格好良い人、見たことがない……!)
 ラリアの引き立て役として何度も社交の場に出席したことはあるが、こんなに目が離せなくなる人に会うのは初めてだ。
 目を丸くするメロリーに、ロイドはふっと微笑む。そしてメロリーの目の前まで来ると、床に跪いた。
「メロリー嬢。ようこそ、辺境伯領へ」
 そう言って、ロイドはメロリーの片手をそっと取り、その甲に唇を近付けた。
「へっ!?」
 これまで社交場でも貴族の男性たちにこのような挨拶をされたことがなかったメロリーは驚いた。
 当然だ。魔女のメロリーにわざわざ触れる者などいない。
(もしや、私が魔女だって気付いてない……!?)
 フードで白い髪は多少隠れているが、赤い瞳はしっかりと見えているはず。あまり魔女について詳しくないのだろうか。
 メロリーが頭を捻っていると、ロイドは立ち上がり、口を開いた。
「君が到着したとの知らせを受けて出迎えに行こうとしたら、この離れから気配を感じたからここに来たんだが……。メロリー嬢はどうしてここに?」
 そうだ、まずはその説明をしなければならない。
 メロリーは先程までとは一転して、さあっと血の気が引くのを感じる。
(貴方が幼子を囲っていないか確認するために侵入しました……なんて、言えない!)
 きょろきょろと、メロリーの視線は宙を泳ぐ。
(言い訳が上手くなる薬を作っておけば……!)
 後悔してももう遅い。
 メロリーは内心慌てふためきながらも、できるだけ平静を装い、カーテシーを披露した。
「は、初めまして。メロリー・シュテルダムと申します。この度は婚約のお申し出、馬車の手配等々、まことにありがとうございます。ここにいたのは、えーっと……」
 乳母が解雇されてから、メロリーは誰かとまともな会話をしたことがほとんどなかった。家族や貴族たちに馬鹿にされることはあったが――
 そのため、こういう場をさらっと切り抜ける術など持っていなかったのだ。
(ど、どうしよう)
 誰の目から見ても動揺しているメロリーの様子に、ロイドは困ったように笑った。
 それから腰を屈め、メロリーに話しかける。
「大丈夫。何を言っても受け止めるから。考えていること教えてくれないか?」
「……っ」
 いくら書面上では婚約者になったとはいえ、初対面の、それも不審者であるはずの自分に対してロイドは優しすぎやしないか。
(この人は、本当に冷酷なの……? それとも、何か理由があるのかな? もしかして私を油断させるためとか……でも、そうは見えないしなぁ)
 そんな疑問を持ったものの、ここ数年、人の優しさに触れていなかった彼女の心にはロイドの言葉がじんわりと染み込んだ。
 この優しさを無下にしたくないと考えたメロリーは、ぽつぽつと話し始めた。
「実は……」
『変態辺境伯』の噂が本当かどうか分からなかったので、念のために離れに子どもたちが囲われていないか調べようとしていたこと。
 もしも子どもたちがいたら助けてあげようと思っていたこと。
 冷酷という噂については、今は敢えて触れる必要はないだろうと言わなかった。
 メロリーから理由を聞かされたロイドは、片手で目を押さえて天井を仰いだ。
「なりふり構わず子どもを助けようとするなんて……メロリー嬢は天使か……?」
「はい?」
 自分に似合わない言葉に、メロリーは目を白黒とさせる。
(天使って言った? ……いや、聞き間違いよね)
 そう自己完結を済ませたメロリーは、「失礼なことを言って申し訳ありません」と頭を下げた。
 そんなメロリーの肩に優しく触れたロイドは、「顔を上げてくれ」と優しい声色で伝えた。
「私が一部で『変態辺境伯』と噂されているのは知っている。だが……どうか信じてほしい。その噂は全くの嘘なんだ」
「……!」
 それからロイドは、自分が『変態辺境伯』と言われるようになった所以を話してくれた。
 彼はつい先日まで、三年にも及ぶ隣国との戦争に出ていたが、それ以前も度々国境を守るために前線に出ることがあったようだ。
 その度に武功を立てるロイドを国王が大変気に入り、褒美に自分の娘である王女を婚約者にと薦めたらしい。
 ……そして、その王女というのが現在八歳。
 二十一歳のロイドは丁重に断ったのだが、国王は自身が若い妻を娶ったこともあって、良かれと思って何度も婚約の話を勧めてくるらしい。命令してこないだけまだマシだとロイドは話す。
 しかし、その話が歪曲されて広まってしまい、ロイドが幼女しか愛せず、更には幼女を囲っているという噂が流れたらしい。
「そんなこととはつゆ知らず……本当に申し訳ありません!」
「気にしていないから大丈夫だよ。それに、周りにどう思われても構わないからと、噂をそのままにしていた私の責任でもあるから」
(許してくれるだけじゃなく、私が気に病まないようにそんなに優しい言葉をかけてくれるなんて……!)
 ロイドの懐の深さに感動していると「どうやって離れに入ったんだい?」と彼に問いかけられた。
 正門には鍵がかかっていたため、どのように屋敷の敷地内に侵入したのかを気にしているのだろう。
(それはそうよね。でも、そもそも……)
 ――ロイドはまだメロリーが魔女だということに気付いていないのだろうか。
 メロリーはそんな疑問に駆られる。
 しかし、姿を見せるのが手っ取り早いだろうとフードを取り、顔周りを完全に晒した。
「もしかしたらご存じないかもしれませんが、私は魔女です。過去に私が作った薬を使って、敷地内に侵入しました……。申し訳ありません」
 ロイドは一体どういう反応を見せるだろう。
 魔女だと分かって恐れるのか、嫌悪するのか、それともラリアではないことに驚くのか。
(何にせよ、優しそうな人だし、いきなり殴られたりは――)
 メロリーがそう思っていると、ロイドは自身の口元を手で覆い隠した。
 こちらがびっくりするくらいに、顔を真っ赤に染めながら。
「や、やはり天使だ……!」
「は、い?」
 さすがに二回目の『天使』は、聞き間違いとは思えなかった。
(辺境伯様は天使について独特な概念を持ってるのかな? ……そうね。きっとそうよね!)
 今回もまた自己完結したメロリーは、「あ!」と声を上げた。
 一番大切なことを言うのを忘れていたからである。
「あの、辺境伯様――」
「ロイドと、そう呼んでくれないか? 私もメロリーと呼んでも?」
「それはもちろんですなのですが……。あの、ロイド様」
「何だい、メロリー。ああ、メロリー……。君に名前を呼ばれる日が来るなんて……」
 感極まるロイドの姿を不思議だなぁと思いつつ、メロリーは疑問を口にした。
「私の妹にラリアという子がいます。美しく、社交界では『麗しの天使』と呼ばれています。確認なのですが、ロイド様はラリアとの婚姻がお望みだったのではないのですか?」
 ロイドは一瞬口をぽかんと開けてから、目をカッと見開いた。
「それはない! 私はメロリーが良くて……君に妻になってほしくて、結婚を申し込んだんだ!」
「えっ」
「私がまだ幼い頃――いや、三年前からそう望んでいたが、先の戦争に出陣することになってそれは叶わなかった……! 断じて、勘違いなどではない!」
「分かりました……! きちんと分かりました……!」
 何か言いかけたことは気になったけれど、ロイドのあまりの勢いに、メロリーはコクコクと首を縦に振った。
「ん? 三年前から望んでいた?」
 思ったことが口から出てしまったメロリーに、ロイドは落ち着いた声色で話し始めた。
「ああ、そうだ。私が戦争に向かう少し前、とある夜会でメロリーに出会ったんだ。体調を崩し、会場の外で休んでいた私に、メロリーが声をかけ、薬をくれたんだよ」
「あっ」
「思い出した?」
 そう、あれはいつものようにラリアの引き立て役として出席した夜会だった。
 自分の役目を全うしたメロリーは少し休もうと会場の外に出た際、目の下に隈を色濃く作り、ふらふらと歩く男性を見つけたのだ。
 メロリーはその男性――ロイドのことを放っておけず、魔女であることで嫌悪されるかもと思いつつも、話しかけた。
 そして、体調不良の原因は寝不足と疲労によるものだと話すロイドに、メロリーは手持ちの『一時的に肘がガサガサになるが寝不足を少しの間忘れる薬』と『しばらく声が高くなるが疲労が軽くなる薬』を渡したのだ。
 魔女が作った薬は怖いだろうから、無理に飲まなくても構わないと一言添えて、その場を立ち去ったはず……。
「メロリー、あの時は本当にありがとう。君の薬のおかげで、本当に助かった」
「いえ、だって、私の薬は完全に体調を良くするものではないですし……! 副作用だって」
「そうだね。側近に声の高さを笑われたり、肘のガサつきには驚いたりもしたが……」
「……も、申し訳ありま――」
 余計なことをしてしまったかもしれない。
 謝罪しようとしたメロリーだったが、その声はロイドに遮られた。
「だが、辺境伯として貴族たちの前で倒れるわけにはいかなかった私には、メロリーのくれた薬や、思いやりの気持ちが本当にありがたかった。……まるで奇跡の薬だったよ。名乗りもせず、見返りも求めず去っていくメロリーは、心優しき魔女であり、清らかな天使に見えたんだ」
「!」

◇◇◇◇◇

「私が顔を隠していたのは、この肌のせいなんだ……」
「……!」
 酷く日に焼けたような、全体的に赤らんだ素顔を見せたトーマスに、メロリーは目を見開いた。
「うっ」
 顔面を晒したトーマスだったが、すぐさま両手で顔を覆い隠し、俯いた。
 そんなトーマスの背中を撫でたビクトリアは、おもむろに彼の肌の色について話し始めた。
「トーマス様は幼い頃からとても緊張しやすい性質で、そのせいで人前に出るのが昔から苦手で……」
 聞けば、大勢の前に出るたびに酷く顔が赤くなったり、おどおどして上手く話ができなくなったりということがしょっちゅうあったらしい。
「トーマス様のご両親は何とかそれを克服させようと、多少無理にでも人前に出していたのだけれど……」
 その結果、幼いトーマスは心に深い傷を負ったという。
 周りに見られている、あの公爵家の長子はおかしいと思われているかもしれないという過度のストレスに加え、実際にトーマスの赤い顔やおどおどした態度を嘲る者がいたようだ。
 誰にも聞かれていないと油断していた使用人たちに、社交場で会った同世代の貴族子息たち。常に緊張と戦うトーマスに対して、彼らは心ない言葉を吐き捨てたとビクトリアは話してくれた。
「そんな……」
 当時のトーマスの気持ちを想像し、そして悲しげに話すビクトリアを見ると、胸が苦しくなる。
 ちらりとロイドを見れば、彼も悲しげに眉を顰ませていた。
 トーマスは震える手でビクトリアの手を握り締めると、何かに耐えるような声色を出した。
「……以降、私は屋敷の外にほとんど出られなくなった。抵抗なく顔を合わせることができるのは、両親や長年面倒を見てくれた執事、そして幼少期からの婚約者だった妻のビクトリアだけ……。こんな状態で社交界に出られるはずもなく、会合や社交界、視察はビクトリアに任せ、私は屋敷の自室で書類仕事をこなすだけで……。本当に、自分が情けない……っ」
 トーマスはビクトリアの手を握る力を強め、奥歯をギリッと噛み締める。
 悲しさと同時に、自分に対する悔しさが感じられた。
 ビクトリアは表舞台に立つことを苦に感じていないと話すが、そうはいっても彼女の負担は大きい。
 トーマスは、十分それを分かっているのだろう。
「……だが、貴方は変わりたいと、そう思ったのでしょう?」
 ロイドが諭すように問いかければ、トーマスはコクリと頷いた。
「メロリー嬢は知っているかい……? 最近、私たち夫婦の不仲説まで囁かれていることを」
「は、はい」
「原因は言わずもがな、私が表舞台に一切出ないせいだ。ビクトリアは周りにどう思われようが平気だというが、本当はそのことに深く傷付いていることくらい分かる……。これでも、夫だから」
「貴方……」
「自分のせいで愛する人が傷付くのは、嫌だ……」
 だから、トーマスは人前に出られるようになりたい、表舞台に立てるようになりたいと強く思い、行動に移すことにしたようだ。
「昔は失敗したが……やはり荒療治しかないのだと私は考えた。だから、ビクトリアに遅ればせながら結婚式をしようと提案したんだ。できるだけ多くの参列者を呼ぶことで私たち夫婦の仲が良好だということも広められるし、何より、結婚当初に挙げた式は私のせいで二人きりの簡素なものになってしまったから……。互いの両親やビクトリアの友人たちに、彼女の美しい姿を見せてあげたいんだ」
 過去に辛い思いをしたはずなのに、ビクトリアのために再び困難に立ち向かおうとするトーマスの姿に、メロリーは目を潤ませた。
「お二人は本当に、愛し合っていらっしゃるんですね」
 トーマスがこんなふうに決心できたのは、ビクトリアへの愛情故なのだろう。加えて、トーマスがここまで思えるようになったのは、ビクトリアのこれまでの愛情がしっかりと伝わっているからに違いない。
 少しの間同じ空間にいて、こうして二人から話を聞いたり、互いに向ける表情を見るだけで、それが伝わってくる。
「ありがとう、メロリーちゃん。そう言ってもらえて嬉しいわ。……けれど、実は結婚式はやめようかと思っているの。今日ロイドには、そのことを直接伝えに来たのよ」
「え……! あの、理由を伺ってもいいですか?」
 おろおろと問いかけると、ビクトリアよりも先にトーマスが口を開いた。
「……さっきはああ言ったが、結婚式が近付くにつれ、私の体調が思わしくなくなってね。顔が赤くなるのは昔からだが、それに加えて目眩がしたり眠れなくなったりしているんだ……」
「お医者様からは、不安感やストレスのせいで体調不良になっているのでは、と言われてしまったわ。その原因はおそらく……」
 ビクトリアははっきり言わなかったが、トーマスの体調不良は結婚式に対しての不安感から来ているのだろう。
「……私はこれくらい平気だと言ったんだが、私が無理をすればするほどビクトリアが悲しい思いをする……。だが、結婚式に向けて体調を整えようと思っても、どうにも上手くいかない。頑張ろうとすればするほど、体調が悪くなるばかりで……」
「……そう、だったんですね」
「私を思いやってくれたトーマス様のお気持ちが本当に嬉しかったから、私はそれだけでいいの。トーマス様が体調を崩したり苦しい思いをしたりするぐらいなら、結婚式なんてしなくても構わないわ」
「だが……私は……っ」
 トーマスがここに来ているということは、この状態のまま結婚式をやり遂げるのが不可能に近いことは分かっているからだろう。
 しかし実際問題として、結婚式まで三ヶ月しかないという。
 あと数週間もすれば招待状を送る手筈のようで、決行するにしても中止するにしても、時間の猶予はほとんどないらしい。
(私の我儘かもしれないけれど、お二人には何の憂いもなく結婚式を迎えてほしいな……)
 トーマスの声色から伝わってくる、まだ結婚式を諦められないという思いも、ビクトリアの瞳の奥にある悲しみも、どうにかしてあげられないものかとメロリーは強く思う。
(私に、何かできることはないかな……)
 出会ったばかりの二人だけれど、互いを思いやる姿を見ていると、そう思わずにはいられなかった。
 しかし、メロリーが他者と違うのは、魔女特有の見た目と、変な副作用が現れる少し変わった薬を作れることだけ。
 話し方はともかく肌の悩みに関する薬なら何とかなりそうだが、そばかすを薄くしたり、凹凸が少なくなるものなら作ったことがあるものの、肌の赤みを消すようなものができた記憶はない。
(でも、新しい素材も手に入ったし、新薬を色々と試せば、もしかしたらそんな薬が作れるかもしれない……!)


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