書籍詳細

勇者の妹に転生しましたが、これって「モブ」ってことでいいんですよね?
ISBNコード | 978-4-86669-765-9 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2025/04/28 |
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内容紹介
立ち読み
王兄殿下が、そこまで言ったときだった。ブワッと一陣の風が、私と王兄殿下の間を吹きぬける!
目を閉じ顔をうつむけた次の瞬間、私はギュッと抱き締められていた。
「シロナは、僕の妹だ!」
そう言い放ったのは他ならぬ兄で、私の体に回った手には痛いほどの力がこめられている。
「勇者殿! ――――いったいどこから?」
王兄殿下が驚くのも無理はない。兄は、突然降って湧いたとしか思えぬ現れ方をしたからだ。
「ちょっと! 兄さんったら……階段がある場所なら使わなきゃダメって言ってあるでしょう」
まるで奪われまいとでもいうように、ギュウギュウと私を抱き締める兄の手を叩きながら、私は注意する。
「だって、それじゃ間に合わない!」
「なにに間に合わないって言うの! もうっ、誰と競争しているのよ? ――――私は兄さんの妹だって、いつも言っているでしょう!」
まったく、この兄は私のことになると臆病になるんだから。
いったい、いつからどこで私と王兄殿下の話を聞いていたのだろう?
「盗み聞きしていたの?」
「違う。……宴会を早く抜けてシロナの気配を探していたら、そいつが一緒にいるのがわかって聞き耳を立てただけだ。そうしたら、急に変なことを言いだすから、ウィンド・ランで駆けつけた」
それを盗み聞きしていたと言うのだ。ウィンド・ランは、空を駆ける魔法。どうやら兄は、階段を駆け上がる時間すら惜しかったらしい。
「シロナは、僕の妹なのに」
「はいはい。そのとおりよ」
「僕の……僕だけの妹だ」
「そうだって言っているでしょう」
兄が私を抱き締める力は緩まない。私は、なんとか首を伸ばし、王兄殿下の方を見た。
彼は、片目を見開いたままだ。
「……こういうわけですので」
そう言いながら、私は手で兄を指さす。
「――――あ、ああ」
王兄殿下は、わかったような、わからないような返事をした。
私は、ニッコリ笑いかける。
「私は、勇者クリスの妹です。他の何者でもありません」
呆然としている王兄殿下に、私はきっぱり告げた。
「さあ、兄さん、部屋に戻りましょう」
ポンポンと兄を叩いて促す。
「……うん」
「待ってくれ!」
兄が頷くのと王兄殿下が止めるのが、同時。
当然兄が制止の言葉を聞くはずもなく、私は兄にお姫さま抱っこをされて、塔から夜空に飛びだした。
「ウィンド・ラン!」
トン、トン、トンと、兄は宙を駆けていく。
慣れている私に恐怖感はない。あっという間に地上に降りて、そこから塔を見上げた。
頂上から王兄殿下が下を覗いているのが、小さく見える。
しかし、それも一瞬。兄は私を抱いたまま駆けだした。塔そのものが後ろに遠ざかっていく。
「……シロナは僕の妹だ」
耳に兄の声が響いた。
「うん。わかっているから……って、兄さん! どこへ行くつもり?」
兄の進行方向には、要塞の出口が見える。そこから出て行こうとしているのは間違いない。
図星をつかれた兄は、ますますスピードを上げた。
「きゃっ! ちょっ、ちょっと、兄さん! 止まって。部屋に戻りましょう。明日はみんなと魔国に出発なのよ。早く寝なくっちゃ!」
兄の足は止まらない。
「兄さん!」
「黙ってシロナ。舌を噛むよ」
要塞の出口には門番が立っている。なおかつ今は夜なので扉はしっかり閉まっていた。
しかし、そんなものが兄を阻めるはずもない。
「クリス! ……シロナさん!」
突如聞こえてきた声の方を見れば、そこにはたぶん兄を追いかけてきたのだろうアレンがいた。
兄の足がますます速くなる。
私は、もう諦めた。とりあえずは、兄の気の済むようにするしかない。
「出発時間までには帰ります!」
アレンに向かって大声で叫ぶ。
次の瞬間、私は兄に抱きかかえられたまま、軽々と門を飛び越えていた。眼下に、目をまん丸にして私たちを見上げる門番の顔が見える。
「もうっ、兄さん。要塞の門は潜る場所であって飛び越える場所じゃないのよ」
私は仕方なく、そんなことを注意した。
兄がようやく止まったのは、それから一時間ほど走った森の中だった。方向もなにも気にする様子もなく無茶苦茶に走っていたみたいだから、要塞からどれほど離れたのかはわからない。
大きな木の下にストンと座りこんだ兄は、それでも私を離さなかった。
「兄さん――――」
「……シロナは、僕の妹だ」
いったい何度「そうよ」と言えば、この兄は安心するのだろう?
いや、きっと、百万回繰り返しても安心できないに違いない。だって、私は本当の妹じゃないから。だったら――――。
「ええ、そうよ。……そしてね、たとえ妹でなかったとしても、私は兄さんとずっと一緒にいるわ」
「――――え?」
「私は、兄さんが兄さんじゃなくても大好きだもの。側にいたいと思っている。……兄さんはそうじゃないの?」
兄は、驚いたように何度も瞬きした。
「…………僕が、兄さんじゃなくても、大好き?」
「ええ、そうよ。兄さんは? 私が妹じゃなかったら、兄さんは私を嫌いになって離れていくの?」
兄は、ブンブンと勢いよく首を横に振った。
「そんなはずない! シロナが妹でなくとも、僕はシロナが大好きだ!」
「よかった。じゃあ、ずっと一緒ね」
「……ずっと一緒…………兄妹じゃなくとも?」
「ええ。兄さん」
兄は、しばらく動かなかった。――――やがて、パッと花開くように笑う。
泣きたくなるほど、美しい笑顔だった。
――――ああ、兄は私と一緒にいられることが、こんなに嬉しいのか。
そう思ったら、胸がきゅんっと締めつけられた。そのままドキドキドキと高鳴って、頬がカッ! と熱くなる。
なんだか兄の顔を見ていられなくなって……そっと視線を逸らした。
――――こんなこと、今まで一度もなかったのに。
「シロナ、シロナ! ……シロナ!」
狼狽える私にはおかまいなしに、兄はますます強く抱き締めてくる。
ぐぇっと息が詰まって……おかげでドキドキが少し鎮まって、ホッとした。
「さあ、だから帰りましょう、兄さん。……誰になにを言われたって気にしなくていいのよ」
そう言って手を差し伸べれば、兄は嬉しそうに頷いてくれる。
キュッと手を握られて、またちょっとドキッとした。
――――私の心臓、どうかしたのかな? でもまあ、これでめでたしめでたしよね――――と思ったのに。
「あ、でも帰るのは、明日の出発時間まででいいんだよね?」
兄は、そんなことを言いだした。
「え?」
「さっきアレンにそう言っていたじゃないか」
それは、そうだけど。
「出発時間までってことは、それより前ならいつでもいいってことよ。むしろ早ければ早いほど、みんな安心すると思うわ」
正論を言っているはずなのに、兄は不機嫌そうに口を尖らせる。
「別に安心してもらわなくてもかまわない」
「兄さんったら」
「それより、せっかく久しぶりの二人っきりなんだ。もっとこの時間を楽しもうよ。……そうだ。魔火垂(マカスイ)を見にいこう! 魔胡蜂を探しにいったときに、生息していそうな渓流を見つけたんだ!」
魔火垂とは、日本で言うところのホタルである。もちろん魔蟲の一種であるからには普通のホタルなんかではあるはずもなく、お尻の発光器官は発火器官。群れ集えば、かなりの勢いの火属性攻撃魔法を放ってくる討伐ランクBの魔蟲だ。
「……それは……たしかに、見たいけど」
魔火垂の乱舞は幻想的。暗闇の中で、ときに優雅にときに激しく、無数の青い炎が群れ集い舞い踊るさまは、怖ろしくも美しい。――――ちなみに、青い炎は高温のしるし。魔火垂の炎もたしか千五百度ほどなので、怖ろしいという表現は的確だ。
「だろう! 行こうよシロナ。きっとものすごく綺麗だよ。……その後は、夜空を駆け上がり一番高いところで星空を見ながら眠りにつこう。大丈夫、シロナの大好きな夜明けの青い空が見える頃には起こしてあげるから」
高い空の上でも、兄の魔法があれば安心して星を見たり眠ったりできる。それに、日本ではブルーモーメントと呼ばれている明け方の空が青く染まる瞬間が、私は大好きだった。
当然兄は、それを知っている。
魔火垂の乱舞に、夜空の特等席での天体観測、ブルーモーメントまでつけられてしまったら、私に兄の提案を拒否できるはずもない。
「兄さんったら、ズルい」
そう言いながら、私は目の前に差しだされた兄の手をとった。
「僕が考えているのは、いつだってシロナがどうすれば喜んでくれるかだけだよ。そうして笑うシロナと、ずっとずっと一緒にいたいんだ。……兄妹じゃなくても。……ダメかな?」
ダメだなんて、言えるはずがない!
「私もずっと笑顔の兄さんと一緒にいたいわ!」
二人見つめ合い、笑い合う。
「兄さん、大好き」
「僕の方がシロナを、もっともっとずっと大好きだよ」
この夜見た魔火垂と満天の星々、ブルーモーメントは、今までで一番美しかった。――――隣で笑う兄の顔の方が私の胸をときめかせたのは、誰にも言えない秘密である。
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