書籍詳細

こちら訳あり王女です。熱烈求婚されたので塩対応したのですが、王子が諦めてくれません!
ISBNコード | 978-4-86669-757-4 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2025/03/27 |
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内容紹介
立ち読み
「ちょっと、退いてくれるかしら」
――あ、いい感じ。
我ながらなかなかキツイ感じの第一声が出た。
声に気づいた令嬢たちが一斉に振り返る。その中のひとりが不快げに眉を寄せた。
「何よ、順番は守りなさいよ。トラヴィス殿下に踊っていただくのは私なんだ……か、ら……って」
睨み付けるようにこちらを見てきた令嬢たちの顔がどんどん強ばっていく。
どうやら私が誰か気づいたらしい。
さすがに花として呼ばれるだけのことはある。夜会の出席者くらいは頭に入っていたようだ。
自分の話している相手が単なる貴族ではなく王族だと理解した彼女が震え声で告げる。
「……アンティローゼの……ルルーティア王女殿下……」
「ええ、その通りよ」
「し、失礼いたしました」
慌てて頭を下げる令嬢を見つめる。静かに言った。
「それで、退いてくれるのかしら。私、彼に誘われているのよね」
「え……」
「ルル!」
輪の中からトラヴィスが飛び出してきた。そんな彼に当然のように話し掛ける。
「酷いわ、トラヴィス。私を放置するなんて。踊ってくれるという話はどこに行ったの?」
「え……」
トラヴィスが目を丸くする。
そんな約束は全くしていなかったから、どういうことだと思っているのだろう。
一気にたたみかけた。
「あら、勘違いだった? それなら別にいいのよ。あれだけ口説いてくるものだから、てっきり踊って欲しいんじゃないかと思ったのだけど」
違う? と小首を傾げる。
トラヴィスは顔を真っ赤にして叫んだ。
「違わない! 是非、僕と踊って欲しい」
「正直でいいわ。――ということだから皆さん、彼のことは諦めてもらえるかしら」
冷笑を浮かべ、令嬢たちを見回す。
彼女たちは愕然としていたが、王族相手にさすがに文句は言えないようで「そ、そういうことでしたら……」としどろもどろになって、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「ふう……男女問わず、ああいう手合いってどこにでもいるわよね」
腰に手を当て、呟く。
そうして振り返り、トラヴィスに問いかけた。
「で、踊らないの? ああ言った手前、さすがに断る気はないのだけど」
「……いいの?」
「いいわよ。言い出しっぺは私なのだし」
肩を竦めると、彼は顔を赤くしながら手を差し出してきた。その手が緊張のためか微かに震えていることに気づき、少し楽しい気持ちになる。
己の手を乗せ、彼と共にダンスフロアへ向かった。
流れているのはウェスティア帝国の作曲家が作った曲のようだ。リズムが取りやすく、テンポもちょうどいい。
トラヴィスはさすがに王子なだけあり、ダンスも上手かった。
リードも的確で、文句をつけるところはどこにもない。
「……先ほどはありがとう。助かったよ」
踊っていると、小声でトラヴィスが礼を言ってきた。
「本当に困っていたんだ。他国の令嬢相手に実力行使に出るわけにもいかないし、助かったよ」
眉尻を下げ、疲れたように息を吐き出す。その様子を見て、助けに入ったのは正解だったと思った。
「……知り合いが困っていたら助けるのは当たり前だもの。礼を言われるようなことはしていないわ。それに、その気もないのに言い寄られる辛さはよく分かるの」
「本当、やめて欲しいよね。でもダンスまでしてくれるなんて、本当によかったの?」
チクリと厭味を言ってみたが、トラヴィスにこたえた様子は見られなかった。
というか、自分のことだと思っていないらしい。メンタルが強すぎる。
呆れつつも口を開いた。
「……そこはダンスを引き合いに出した私の責任だもの」
ダンスをしている人たちの姿が目に入ったので言ったのだが、言葉にしたからには責任を取らねばならない。
それくらいの分別はあるし、やっぱりこうやって踊っていてもトラヴィスに対しては嫌悪感を抱かなかったから、まあこれくらいならしても構わないかと思えた。
彼のダンスは紳士的で、無駄に近づいたり、触れようとしたりしてこない。
適切な距離感を持ってくれるのならダンスは決して嫌いではないのだ。
「……あら?」
唐突に音楽が止まった。
見れば、宮廷楽団の指揮者に誰かが話し掛けている。ウェスティア帝国の人間だ。指揮者はその人物に苦い顔を向けていたが、ややあって頷いた。
指揮棒を振り上げる。次いで流れ始めた曲に愕然とした。
「え、この曲……」
社交ダンスにはあまり相応しくないアップテンポな音楽に、私だけではなく踊っていた皆も驚いていた。
速いだけではなく、リズムを取るのも難しい曲だ。
何故、他国の王族もいる中、こんな曲を流しているのかと驚きを隠せないでいると、目の前にいたトラヴィスが舌打ちをした。
「……チッ」
「トラヴィス?」
声を掛ける。トラヴィスは顰め面で唇を引き結んでいた。
「ごめんね。これ、僕に対する嫌がらせだよ」
「い、嫌がらせ?」
なんだそれ。
どうしてウェスティア帝国がサルーンの王子に嫌がらせなんてするのだろう。そう思っていると、彼は少し早口で言った。
「サルーン王国って、ウェスティア帝国に嫌われているからね。たぶん、僕が踊っているのを見て、恥を掻かせてやろうって考えたんじゃないかな」
「ええ?」
そんな子供っぽい真似をと思ったが、途中で曲を変えるところを見てしまったので、否定もしづらい。
困惑する私に、トラヴィスが訳知り顔で頷く。
「本当にね、嫌になるよ。ウェスティア帝国は、サルーンが彼らと並ぶ大国であることが気に入らないんだ。だからこんな風に嫌がらせを仕掛けてくる」
「……踊れなそうな難曲に変えたり?」
「そ。指を差して笑ってやろうって悪辣な考え。でも大丈夫。あいつらには悪いけど、僕、ダンスは得意な方なんだよね」
先ほどまでとは一転、トラヴィスは真剣な目を向けてきた。
私に向かって、再び手を差し出す。
「一緒に踊ろう。大丈夫、君に恥を掻かせたりしないから。――僕を信じて」
「っ」
紫色の瞳に真摯な光を浮かべ、手を差し出すトラヴィスに、不覚にもドキッとした。
これまでの軽薄な印象が嘘のような様相に驚きながらも、彼の手を取る。
「……いいわ」
気づいた時にはそう返事をしていた。
トラヴィスがニッと笑う。
「いい返事。じゃあ、行こうか」
彼がグッと手を引っ張り、己の方へ引き寄せる。それを合図に踊り始めた。
奏でられる曲の速度はかなりのもので、足がもつれるのではないかと怖かったが、トラヴィスのリードは上手く、難所をするすると乗り切っていく。
――この人、本当に上手いわ。
周囲を見れば、曲についていけない人も多く、中にはなんとか踊ろうとして転んでしまった者もいる。
そんな中、トラヴィスは私をリードしながら完璧に踊り切った。
曲が終わった時には拍手喝采。
なんだかすごく面映ゆかった。
また嫌がらせをされても困るので、次の曲が始まる前にダンスフロアから抜け出る。
ホッと息を吐いていると、トラヴィスが「お疲れ様」と声を掛けてきた。
「大丈夫だった?」
「ええ、かなり速い曲ではあったし、もう一度は無理だけど、あなたのお陰でなんとか踊り切ることができたわ」
体力消費がものすごい曲だったと思い出しながら告げると、彼も「確かに」と頷いた。
そうして私と向き合う。
「本当に今日はありがとう。君のお陰で命拾いしたよ。――それでさ、さっきのこともだけど、やっぱり僕は君が好きだなって思ったんだ。だから改めて求婚するよ。君が好きだ。僕の妻になってくれないかな?」
「お断りよ」
息をするように求婚されたが、こちらもさらりと断った。
彼に対して生理的嫌悪はないが、気持ちに応えるつもりもないのだ。
こんな人目もあるところでと思いながらもはっきりと告げる。
「何度求婚されても、私の答えは変わらないわ」
「そっか。うん、分かった。じゃあ、今日のところは引き下がるよ。助けてもらった恩もあるし、しつこくはしない」
「え」
「じゃ、ありがとう。好きだよ、ルル。またね!」
「……」
あっさりと手を振り、トラヴィスが去って行く。それを呆気にとられながらも見送った。
なんだろう。もっと食い下がってくると思ったのに。
あと、何度求婚されても答えは変わらないと言ったのに、その返答が「今日のところは引き下がる」というのも頭が痛い話だ。
だって「また来る」ということではないか。
「……本当に厄介ね」
眉を寄せる。ふと、先ほどの真剣な顔をしていた彼のことを思い出した。
難曲に及び腰になる私に向かって「僕を信じて」と告げたあの彼と、普段の軽薄としか思えない台詞を吐くトラヴィス。
どちらが本当の彼なのだろう。
「……いえ、どちらが本当だとしても私の答えは変わらないわ」
たとえ、トラヴィスを好ましく思う日が来るとしても、私の答えは『NO』一択。
それが分かっているから、彼について深く考えることに意味はなかった。
間章 トラヴィス
「あー……、ルルってば格好いい……」
「重症であるな」
ルルと別れたあと、マクリエを見つけた僕は、彼に声を掛けた。
男ふたりでバルコニーへ向かう。ルルに邪魔されたことを覚えているのか、さすがにもう一度声を掛けようとする令嬢はいなかった。
それにホッとしながらバルコニーへ出て、夜風に当たる。
先ほどのルルとのことを思い出せば、勝手に頬が熱くなった。
「僕が困ってるからって助けに来てくれるとか……ものすごく嬉しかったんだけど」
「確かに意外ではあった。かの姫はトラヴィスを好いているようには思えなかったゆえ」
「そうなんだよ。優しくて格好いい人なんだよ。好き~」
ルルへの思いが溢れて止まらない。
でも、好きになった人が、容姿が良いだけでなく、性格も素晴らしいと知ったのだ。
嬉しくなるのは仕方ない。
「はああ~」
欄干を両手で握り、身を乗り出して夜風を浴びる。
冷たい風が恋で熱くなった身体を気持ち良く冷やしてくれた。そんな僕をマクリエが呆れた目で見てくる。
「なんとまあ。しかしトラヴィスが一目惚れをするとは思いもしなかったであるな」
「僕もだよ。でもさ、運命なんてある日突然やってくるものだから。あ、そうだ。一応釘を刺しておくけど、ルルにキラキラした目で見られたからって調子に乗らないでよね。ルルは君の筋肉に気を引かれただけなんだから」
これだけは言っておかなければと、強い口調で告げる。
マクリエはますます呆れ顔になった。
「分かっているのである。しかしまあ、女性にあのような好意的な目を向けられることは少ないであるからなあ。やはり拙者としてもそれなりに嬉しく思うのである」
「ふざけるなよ。もしルルに手を出したりしたら、国で待つ君の婚約者に言いつけてやるから」
じろりと睨み付ける。
マクリエには幼馴染みの婚約者がいるのだ。その婚約者はマクリエが筋肉ダルマでも構わないと言える女性で、彼には勿体ない素晴らしい人だった。
「浮気したって言ってやる」
「事実無根の話をでっち上げるのはやめて欲しいのである」
「君がルルに近づかなければ、僕だってそんなことはしないよ! なんだよ、ルルの好みが筋肉ダルマって! こんなにもマクリエを羨ましく思ったことなんて一度もないんだけど!!」
今だけは、彼女の好みの体型である彼が羨ましくてならない。
ドンドンと欄干を叩く。
するとマクリエがバンバンと僕の背中を叩いてきた。
「ははっ、何事にも冷静沈着なトラヴィスがずいぶんと必死なことであるな。だが心を射止めたいのであれば、軽薄な口説き文句だけでは駄目だ。女性は動かぬぞ」
「……軽薄。う、やっぱりそう見える?」
「見えるであるな」
「そっかあああ」
頷かれ、がっくりと肩を落とした。
ルルにいつも胡散臭そうな顔をされているから、なんとなく察してはいたのだ。
「うう……僕はただ思ったことを口にしているだけなんだけどな」
「好き」も「可愛い」も本気で思ったから言っただけ。それを軽薄と受け取られるのはかなわない。
「……どうすればいいんだ」
「もう少し自分の心を素直に曝け出してみたらどうであるか」
「すでにこれ以上なく曝け出しているんだけど!?」
そしたら「軽薄」扱いである。はっきり言って泣きそうだ。
「八方塞がりじゃないか」
「……トラヴィスは拙者が友人と認める素晴らしい男。愛を語らうだけではなく、もっと己の内面を見せるのだ。そうすればきっとかの姫君も振り返ってくれよう」
「……ありがと」
真面目に慰められ、乾いた笑いを零した。
しかし、己の内面を見せると言われてもなかなかに難しい。
心はすでにルルに開け放っているし、口説き文句以外でとなると、今度は何を話せば良いのだろう。
「うーん、うーん」
頭を抱えながらも、どうにか突破口はないものかと考える。
そんな僕をマクリエが酷く優しい顔をして見ていた。
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