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万能女中コニー・ヴィレ7

百七花亭 / 著
krage / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-746-8
定価 1,430円(税込)
発売日 2025/02/27

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内容紹介

《銀花の聖獣編いよいよ開幕! 過保護な義兄に人外化の危機!?》
異形との激闘の末、王太子救出を果たしたコニー・ヴィレ。現在は王宮での女中業にバイトの諜報活動と忙しくも平和な日々を送っていた。先の戦いで共闘した人事室長アイゼンのアプローチや経理室長アベルの隠し子疑惑など、新たな厄介事も多いけど――。一方、彼女の義兄リーンハルトは恋敵達の動向に焦りつつも、自身の中の封印が緩み再び聖獣化する危機を迎えていた。破壊の衝動を堪え封印の方法を探すうち、彼の身体にも異変が起こり始め――?

立ち読み

〈うたかた羊新聞〉の号外が出て、はや一週間が過ぎた。
 王都を駆ける〈白緑騎士〉の噂。どこに行っても人々の間で話題に上る。
 職場の女中たちも連日、誰かが口にしていた。
「戦場で活躍した陰の英雄って、どんな方かしら!」
「素顔は新聞にも載ってないものねぇ」
「高位悪魔憑きと互角の戦いをしたのよ、きっと荒ぶるほどに猛々しい御方に決まってるわ!」
「でも、初代女王と同じ白緑鎧をまとってたっていうし、中身はスレンダーな美男かもよ?」
「どこにいらっしゃるのかしら?」
「一目でいいからお会いしたいわぁ」
〈白緑騎士〉本人であるコニーは頭が痛い。
 戦場まで乗り込んできた羊新聞の記者ダフィ。写真機を失って姿は出せないもの、と思っていたのに――まさか、手描きの挿絵で後出しするとは。
 羊新聞より先に号外を出した〈王都新聞〉は、王家と懇意であるためその意を酌む。だからこそ、〈白緑騎士〉については一切触れなかった。コニーは王太子の影、目立つわけにはいかないのだ。
 なのに、羊新聞は《王家の陰謀で、白緑騎士の存在は消された》と糾弾している。普段はゴシップ屋の癖に。〈白緑騎士〉の記事だけ真面目な語り口で書いているから、余計に信憑性を帯びている。
 ――というか、ほぼ真実ですけどね。ダフィさんが体験したことを書いてますし……
 信じる人が多いのは、ネモフィラとの空中戦を見た騎士たちの証言も載せているからだろう。
 ――こればかりは、人々の記憶の風化を待つしかないですね。
 今日は午後から経理の仕事がある。早めに女中業務を切り上げると、王宮厨房でもらった賄いを庭師小屋で食べた。ここは西城壁の側にありいつも無人だ。朝、鍵付きの木箱に入れておいた女官服を出して着替える。脱いだ女中服は肩掛け鞄へ仕舞う。大事な算盤が入っているのを確かめて、鞄を持って執務棟へと向かった。裏口から入って二階への階段を上ると、執務室の扉前に人だかり。貴族の年配男性らが騒いでいる。
「そうやって隠すのはよくありませんぞ!」
「そうだそうだ! 王家が陰謀を企てたなどと勘繰られては――」
「我らにも知る権利があるはず!」
 やってきた警備兵たちが、「官僚以外は入棟禁止です!」と彼らを追い出してゆく。
 コニーは扉を軽くノックし、返事を待って執務室に顔を覗かせた。
「おはようございます、アベル様」
「おはよう、コニー」
 机の向こうに座る上官は、にこやかに挨拶を返してくれる。短い黒髪をうしろに流し、知性の宿る双眸に精悍な顔つき。文官服に包まれた逞しい体格。魔獣槍の使い手でもある経理室長、アベル・セス・クロッツェ。二十六歳。
「あの……さっきの方々は一体何ですか?」
「あぁ、あれは大したことじゃない」
「ですが、アベル様が責められるなんて、只事ではありませんよね!?」
 そう詰め寄ると、彼は少し躊躇う素振りを見せながらも話してくれた。
 彼らは最初、「娘と婚約しないか」と迫ってきたのだという。王太子を救った四英雄の一人として、アベルもまた注目されていた。四英雄とは王太子の側近である面々――アベル、義兄リーンハルト、ボルド団長、アイゼン人事室長のことだ。
「婚約話を断ったら、白緑騎士を紹介してくれと言われた。もちろん、それも断ったが……」
 コニーは青くなった。〈先行隊〉で行動を共にした彼を通じてまで、接触を図ろうとするとは……いや、考えればありうることだった!
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません!」
 思わず平謝りする。
「気にすることはない。新たな情報が出なければ、そのうち世間も〈彼〉のことは忘れるだろう」
 アベルは寛容な態度でそう言ってくれた。
〈白緑騎士〉が〈黒蝶〉であることは羊新聞でバレている。ただし、男として。あのちゃら記者なりの配慮なのか。ネモフィラに殺されそうなところを助けたからか。だが、お礼のつもりなら載せないでほしかった!
 コニーはここへ来た目的を思い出す。
「アベル様、お約束のアーモンドの焼き菓子です。遅くなってしまいすみません」
 以前、頼まれていたものだ。彼は喜んで包みを受け取ってくれた。
「ありがとう、仕事が一段落したらいただくとしよう」
 そのあと、計算処理する書類をワゴンに高く積んで、コニーは資料室へと運ぶ。
 ふと見た棚の上に羊新聞が置いてあった。誰かの置き忘れだろうか? 日付は昨日。そういえば、一週間前の号外しか読んでないなと、気になって紙面を開いてみる。
 バーンと一面に大きく〈白緑騎士〉のモノクロ挿絵。イグアナ顔をした女のポニーテイルを引っ掴んで背中を踏みつけ、その首筋に刀を当てている。
 無論、こんな場面は存在しない。前回見た挿絵もだが、いかつく描いてるわけでもないのに迫力満点で、〈猛々しい〉という言葉がぴったりだ。実際はネモフィラより小柄なのだが、俯瞰の構図を使って実物より大きく見せている。〈白緑騎士〉単体の時は若干、煽りの構図で。これなら、コニーだと分からないだろう、と思いはするが。
 ――稀に、勘の鋭い人もいますからねぇ。
 いつのまにか、記事はゴシップ紙らしい誇張とノリに戻っていた。
 見出しも〈白緑騎士についての考察〉とあるが、〈初代女王の鎧を受け継ぐ、新たな王家の隠し子では――!?〉と、妄想力全開。〈ヒル人間〉の根絶が周知されたこともあり、他に書くネタがなくなって捏造だろう。
「……ん?」
 隅っこにある小さな記事が目に留まる。王太子の母である、寵妃カレンのことが書かれていた。
〈国王に愛想を尽かされ、城を追い出された……かも知れない?〉
 疑問符をつけても不敬だろう。
 昔から、寵妃は虚弱を理由に公式の場にも殆ど出ず、後宮に引き籠もっていた。
 ――そういえば、彼女も王族。当たり前のことなのに、あまりに存在感が薄くて忘れていた。戦場で『何か見落とした気がする』と思ったのはこれか、と今さらながら気づく。
 ハルビオン王家への復讐に燃えていた影王子。悪魔の生む疑似生物〈ヒル人間〉を用いて、二度にわたり城を襲撃した。あれは、彼の異母兄である国王を狙ってのこと。しかし、高位精霊の加護を受けた国王には、いかなる武器も身体に届かず――一度目の襲撃は失敗している。
 あの謀略に長けた影王子なら、同じ誤ちはしない。二度目は確かな勝算があったはず。
 ……もしかして、寵妃が利用された?
 あることを思い出して、そう推測する。それにしても、本当に寵妃が城を出て行ったのなら、教えてくれてもいいのに。〈黒蝶〉から共有情報が回ってこないことを怪訝に思う。
 今日の仕事が終わったら、揚羽隊長に確認してみましょう。あと、主にお願いした〈黒蝶〉正規隊員への復帰についても――音沙汰なしなので気になります。
◇◇◇◇◇

 ダグラー公爵領から、リーンハルトが戻ったのは六月の最終日だった。
 七月に入り、誰もいない早朝の鍛錬場。準備運動を済ませて、魔法剣から攻撃魔法の撃ち出しをしようとしたところ――刃に宿る閃光が異常に膨れ上がり、制御ができなくなるのを感じた。
「……何が……あっ!?」
 手袋と袖の隙間――右手首に紅い紋様が浮き出ている。体内に溜まる過剰魔力が表出したのだ、と気づいた。剣柄にはめ込まれた精霊石にどんどん魔力が流れ込み、閃光はリーンハルトを包むほどに膨れ続ける。このままでは予測しない破壊力を生み出してしまう。
 とっさに空へ向けて刃を振るった。
 逆流星のように、光の塊は雲を裂いて消えていった。横薙ぎに放てば軍施設が消し飛んだだろう。それほどの威力があった。困惑しながらも考える。自身の中にある〈聖獣の欠片〉。その封印の緩みにより生じる魔力漏れ……紅い紋様は封じが完全に解ける前兆だ。
 誰かに見られる前に、これをどうにかしないといけない。取り急ぎ魔獣舎へと行き、立ちトカゲ魔獣に鞍をつけて跨り、こっそり城の北門を出る。旧貴族街の奥にある北街門を抜けて、王都の外へ。北西の山まで魔獣で駆けた。
 魔力さえ排出すれば、紅い紋様が消えることは分かっている。だから、秘密の修行場にやってきた。四月に訪れた時は、岩と短い草しかなかったその場所は――緑濃く生い茂り、高山にしか咲かない可憐な花々が鮮やかな彩を見せていた。
 義妹と来た日のことを思い出す。あれから、もう二ヶ月以上が過ぎたのか……
 花が満開になったら、またここでご飯を食べようと誘った。『楽しみにしています』と彼女は柔らかく微笑んだ。もちろん、あれはきっと社交辞令などではない。
 何故なら、とても可愛かったから!
 彼女に見せる花を散らしてはいけない。もっと奥にある岩場が多い場所へと移動した。そこで魔法剣をふるう。攻撃魔法として魔力をガンガン消耗させる。日暮れまで岩山を粉砕し続けた。
「これで、しばらくは持つかな……?」
 剣身に自分の右頬を映して、紅い紋様がきれいに消えたのを確認。少しだけ安堵の息をつく。
 近い内に義妹を誘おうと思っていたものの、いつまたこれが出るか分からない不安。やはり、この封印を完璧にするのが先決か。一刻も早く、その道に詳しい魔法使いを探そう。
 ――そういえば、半月もコニーとは会ってない……淋しい。
 王太子騎士団の入団試験や、新入り騎士の教育に追われたり、公爵領に行ったりしていたからだ。仕方ないこととはいえ……

◇◇◇◇◇

八月三日

 突然の訪問客に、ハルビオン城は騒然としていた。
 レッドラム王は「王妃らの死に疑問を抱く」と、王女メティオフールと共に聖女を送り込んできたのだ。この聖女に名はなく、〈裁きの聖女〉と呼ばれた。〈真偽を暴く力〉があると噂される。
 聖人認定は死後にされることが多く、生きている内に認定されるのは非常に稀だ。だからこそ、人々は畏怖と興味をもって出迎えた。
 聖女は背が高く、布を被り素顔を隠していた。国王、王太子との対面時――〈祝福〉と称して彼女から握手を求める場面があったが、特に何事もなく挨拶は終わった。
〈黒蝶〉の共有情報では、聖女の認定がなされたのは四年前。
 彼女の具体的な力とは、相手の体に触れることで〈罪の記憶〉を視るというもの。レッドラムでは国民から〈暴きの聖女〉、と恐れられている。握手をしても何のリアクションもなかったことから、主らの〈罪の記憶〉は視えなかったと思われる。
 お二人とも、イバラ様の加護を受けてますし……そのお陰でしょうか?
 何はともあれ、ドミニクを見捨てたことがバレなかったことに、コニーはホッとする。
 わたしも彼女に触られないよう、気をつけないといけませんね。
 ドミニクのこともだが、白緑騎士であることもバレかねない。だが、彼女が素顔で歩き回っていたら気づけないかも……とりあえず、見覚えのない女性には注意しようと思う。
 中庭や客室の掃除をしていると、レッドラムの王女を見かけた。
 高い鼻梁に切れ長の瞳、染み一つないなめらかな肌、バラ色の唇。セピア色の艶髪を編み込んで、黒レースの袖がついた柘榴色のドレスを着たかの美姫は――必死に小走りしている。その先には、気づいていないフリで爆速で遠ざかる白金髪の騎士。
 そのあとも、度々この二人に遭遇した。
「お庭を案内してちょうだい、リーンハルト!」
「悪いけど、騎士団の仕事で忙しいから」
「一緒にお食事しましょうよ、リーンハルト!」
「ごめん、トラブルが起きたから今すぐ行かなきゃ」
「そんなに根を詰めては体が持たないわ、お茶の用意をさせたから一緒に!」
「さっき飲んだから遠慮するよ」
「城下にお買い物に行きたいの、護衛について来て!」
 高貴な女性が壁ドンしてるの、初めて見た。以前来た時よりも、迫り方がパワーアップしている。
 そこへいかつい黒髭団長が通りがかり、声をかけた。
「お~い、リーンハルト! 会議が始まるぞ!」
「という訳なんだ、さようなら!」
 王女はめげなかった。会議室の前で目をぎらつかせて、スタンバイ。獲物を逃すまいとする、並々ならぬ意気込みを感じる。一時間後、彼が出てくると同時にすり寄り、その腕にがしっと両腕を巻きつける。相変わらずのカマキリ戦法。
「ねぇ、貴方のお仕事する姿を近くで見たいわ!」
 上目遣いで見上げるも、蒼白な顔でのけぞる義兄。目線を逸らしながら――
「これから城下の見回りに行くから無理だよ。私の魔獣は女性を乗せないんだ」
 ペイッと手を振りほどき、猛ダッシュで逃げてゆく。
 とうとうブチ切れた王女が叫んだ。
「何よっ! 前はメガネ女を乗せてたじゃない!」
 廊下の柱陰から二人を見ていたコニーは、執念深いなと思う。
 それって……年明けの話ですよね?
 当のメガネ女であるコニーは、見つからないようにその場を去った。

八月五日

 最近、気になることがある。城の敷地を一人でうろつく王女付きの侍女をよく見かけるのだ。
 肩にかかるオリーブ色の直毛。小さな丸い目に小顔、その割に大きな口。どことなくカワウソに似ている。ドジッ子なのか、あちこちで人にぶつかっては転んでいた。
 身長が百四十二センチほどだったので、ずいぶん幼い侍女だなと思っていたら――警備兵に「お嬢ちゃん迷子? お母さんは?」と言われて、「失礼なっ、あたしは十六歳なのだ!」と甲高い声で怒っていた。それを見て疑念が湧く。
 このちんまり侍女……わざとぶつかってるのでは?
 庭掃除をしながら尾行してみた。注意深く観察していると、石畳に躓いたり急に走り出してぶつかるのは、騎士や官吏、侍女、侍従といった貴族出の人ばかり。下働きや警備兵の近くでは、颯爽と歩く。昼前になると、彼女は迎賓館へと行き聖女の部屋にするっと入っていった。
 ノックもせず怪しい。扉越しに聞き耳を立てようかと思っていたら、廊下向こうから王女一行がやって来た。聖女の部屋に入ったので、コニーは廊下の角に隠れて待つ。
 しばらくして、聖女と王女が部屋を出てきた。昼食会に出席すると思われる。
 聖女は頭部をすっぽり布で覆い、目の部分だけメッシュ地なので顔は見えない。足元まである編んだ長い金髪。目測で身長は百七十超えている。聖職衣は筒型のため体型も分かりにくい。長い裾を踏まないためか、とてもゆっくり歩く。王女と侍女たちはさっさと階段を下りて行く。
 ……あれ、侍女たちまで?
 聖女を置き去りにすることに違和感。
 当の聖女も焦ったのか、手摺に掴まりぷるぷる震えながら階段を下り始める。
「あ、あの、誰か、手ぇ貸してほし――」
 足を踏み外した。
「びょわわわわ!?」
 変な悲鳴に、階段下の王女たちが振り返る。尻と背中で数段滑り落ちただけで、大したことはなかったようだ。侍女が一人戻ったので、その腕に掴まる形で聖女は階段を下りていった。
 彼女が転んだ時、聖職衣の裾がめくれた。遠目にもはっきり分かるほど、底上げしたブーツだった。踵が三十センチ。そりゃ階段は怖いだろう。
 さっきの甲高い声といい、体当たりのちんまり侍女ですね。金髪は鬘でしょう。
 迎賓館を出たコニーは、〈黒蝶〉長に報告。これで主や側近らにも伝わる。

 午後十一時。薄手の黒マントを羽織って夜回りに出ると、城壁の上で義兄に会った。
「やあ、コニー」
 少し会わない内に、げっそりした様子。例の王女の猛アタックで疲弊しているのか。だが、こちらを見た青い瞳がきらきらしてる。両手を広げて近づいてくるので、後ずさる。
「何で下がるのかな?」
「その手は何ですか?」
 不審に思い問うと、義兄は笑顔で答えた。
「一回、抱きしめさせて?」
「えっ、嫌ですよ! 何言ってるんですか!」
 来た道を引き返し始めると、彼は「待って待って! 話を聞いて!」と追いかけてくる。
「最近、ビオラスィートに追い回されて、精神的に辛くて……だから、つい癒しが欲しくて」
 それって擬人爆乳魔獣のことですよね?
 上半身が女人、下半身が蝶腹で、顔には鋭い歯牙の並ぶ口のみ……魔獣が悪魔に進化しかけたような形態のやつだ。コニーは首を傾げる。
「また会ったんですか? 一体どこで?」
「ほら、隣国から来た柘榴ドレスの……」
 メティオフール王女のことですか。そういえば、大分前にも同じこと言っていたような……
「そのトラウマ、一向に治る気配がありませんね」
 コニーは足を止めて振り返る。
「うん、だから、君の癒しを……」
「ダメに決まってるじゃないですか!」
 強めに拒否ると、しょんぼりな義兄。月光に照らされる長い白金髪に端整な面立ち……何故か、哀愁を帯びた白銀猫の幻が重なる。一瞬だが、はっきりと視えた。野性的な印象の猫だった。まるで、あの聖なる――
 思わず何度か瞬きをして、もう一度、彼をじっと見つめた。
「コニー?」
 ――気のせいか。幻覚は消えてる。たまに長毛種の猫(血統書付き)に似てるなと思うことはあるが、長い白金髪と懐く・甘える・構ってアピールのせいだと思っていた。
 今度はメガ猫様? 何でこうも、この人に猫のイメージがついてくるのか。何か理由でもあるのか。前世が猫とか? いや、それはさすがにファンタジー過ぎる。あ、もしかして。
「リーンハルト様、猫を飼っていたことはありますか?」
 ペットと飼い主が似る、というのはよくある話だ。だから聞いてみた。
「ないよ。急にどうしたの?」
「たまに、あなたが猫っぽく視えるような気がして……」
「誉め言葉だと受け取っていいのかな?」
「いえ、褒めてるわけじゃ……」
 少し風が強くなってきた。マントが大きくはためく。
「でも、君って猫大好きだよね?」
 それは否定しないが、どうしてそんな解釈になるのか?
「君にとって、猫みたいに魅力的だという意味かと思って」
 彼はとても嬉しそうに微笑む。
「ポジティブ解釈し過ぎです! そんなわけ――」
 突風が吹いた。雲の流れも速くなり、ふいに月を隠してゆく。
「びょええええええ!」
 突如、奇妙な悲鳴が聞こえてきた。そんなに遠くはない。慌てて声のした方へ義兄と向かう。
 悲鳴の主はどこにも見えず。コニーは呼びかけた。
「誰かいますか!」
「こここ、ここに~! 落ち、落ちるうぅ~!」
 ちょうど月明かりが戻り、胸壁のへこみ部分に小さな両手がかかっている。さっきの突風で飛ばされたのか。すぐに義兄が手を掴んで引っ張り上げた、それは――あのちんまり侍女だった。
 コニーはハッとして、義兄の顔を見る。気づいてない。マズイ!
 城壁の上に引き上げられた彼女は、義兄の手が離れると――
「うわあああん! 怖かったのだあああああ!」
 白々しい泣き真似で、彼に飛びつこうとした。コニーは背後から、ガッと襟首を掴んで止める。
「王女様の侍女が、何故こんな場所にいるのですか?」
「散歩してただけ……なのだ!」
「こんな夜更けに、明かりも持たず、城壁の上を、ですか? とても不審ですね。 近くに兵の詰め所があるので、そこでお話を伺いましょうか?」
 淡々と底冷えする声で脅すと、彼女はわたわたと両手を振って慌てた。
「そ、それは王女様に怒られるから、やめてほしいのだ! 頼むのだっ!」
「――今回に限り目を瞑りましょう。迎賓館へまっすぐお帰りください。下まで送ります」
「送ってくれるなら、そっちの騎士の方が――」
「また飛びつく気ですか? 不審ですね。武器でも隠し持ってるのでは……やはり詰め所に連行しましょうか?」
「……疑り深いやつなのだ……もういい、部屋に帰るのだ」
 彼女の首根っこを掴んだまま、城壁塔の階段を下りて地上で解放した。カワウソのように素早く逃げ去ってゆく。後ろからこっそりついて来た義兄に、彼女が聖女であることを伝えた。
 やはり知らなかったらしく、彼は青褪める。
「すみません、揚羽隊長から情報が回っているものと……確認すればよかったですね」
「君のせいじゃないよ。きっと、王女に追われて移動していたから、情報が伝わらなかったんだ」
 微かに震える指先を握り込む義兄。動揺していると感じた。
 コニーも聖女の能力を知った時、絶対、触られたくないと警戒した。
 義兄にだって、知られたくない秘密の一つや二つあるだろう。
「もし、あなたに不利なことが起きてもフォローしますよ!」
 彼は緊張していた目許を、ふっと和らげた。
「……君の優しさに救われるよ」


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