書籍詳細

悪役令嬢、熱血騎士に嫁ぐ。2
ISBNコード | 978-4-86669-747-5 |
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定価 | 1,430円(税込) |
発売日 | 2025/02/27 |
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内容紹介
立ち読み
「ヴィル、ドレスはどうかしら?」
着替えを終え、ホールで待つヴィルの前に立つと、フェリアは軽くドレスの裾を持ち上げて訊ねた。
褒めてもらうことを期待する口ぶりになったが、今夜のドレスは旅行のために新調したもので、本当に素敵なのだ。
光沢の強い青のシルクサテンは海の色。胸元からスカートまでポイントに花柄の刺繍を入れた華やかなデザインとなっている。
「綺麗だ……すごくフェリアに似合っている! まるで海の女神のようだ! いや、フェリアは女神だ! オレは……幸せです、ありがとうございます!」
「ありがとう」
期待した通り褒め言葉を連発する夫に、フェリアはにこりと微笑んだ。
そんなヴィルも、今夜は完璧な装いだ。
新しく仕立てたばかりのテールコートがよく似合っている。
炎のように赤い髪はしっかりと後ろに撫でつけて、凜々しく、気品ただよう佇まいである。
――こういう装いをすると、ヴィル本来の育ちの良さが際立つのよね。
精悍で整った顔立ちと相まって、彼の正装姿はまるで白馬の騎士そのものに見えるのだ。
『ただのイケメン』
不意に、“体を鍛える淑女の会”で言われた言葉が脳裏をよぎった。
――私ったらこんな時に思い出すなんて……。
つい先ほど、海辺で走るヴィルに熱血を感じたところだというのに。
それもこれも夫が格好良すぎるから――と、フェリアは一人でのろけていることに気付いて、口元に笑みを浮かべた。
――だって、ヴィルったら本当に素敵なんだもの。
しみじみ頷いたところで、ヴィルが腕を曲げてエスコートの体をとった。
「行こうか!」
「ええ」と頷き、彼の腕を取る。
そこからのエスコートは、流れるようだった。
歩幅をしっかりとフェリアに合わせ、馬車へ向かっていく。けれど馬車のステップに足をかける時、フェリアのほうがもたついてしまった。
「ごめんなさい、靴が慣れなくて……」
ドレスに合わせて新調した靴の踵が普段より高く、うまく体が持ち上がらない。
何度か足の位置を直していると、ふわりと体が浮いた。ヴィルが背後に回って、フェリアを抱き上げたのだ。
「ありがとう、ヴィル」
客車に乗せてもらったところで振り返れば、ヴィルは何でもないように「フェリアは軽いな」と笑った。
彼の一連の動作が非常にスマートで、胸がきゅんとときめく。
――ヴィルのエスコートって、こんなに上手だったかしら。
もちろん普段のエスコートにも十分満足していたけれど――。
自分を見つめる褐色の瞳がとても優しくて、フェリアは頬を染めた。
どうしたことか、夫の背後で花びらの舞い散る幻覚が見える。
同時に、またもや頭に“ただのイケメン”という言葉が頭をよぎった。
――別にいいじゃない……。
いったい自分は何にこだわっているのだろう。
“熱血”が“イケメン”より下のように言われたことが、そんなに悔しかったのか。
そもそも“ただのイケメン”だって褒め言葉なのだ。ヴィルが素敵なのも格好良いのも事実なのだから、素直に喜べばいい。
ヴィルが馬車に乗り込んだところで、ゆっくりと車窓が動き出す。
夜の海をぼんやり眺めながら、フェリアは窓枠に頬杖をついた。さっきまであんなに楽しい気持ちだったのに、今は少しだけアンニュイな気分だった。
「フェリア、どうかしただろうか?」
ヴィルが気遣わしげに声をかけてくる。
『あなたがイケメンすぎて悩んでいるの』とは言えず、慌てて「なんでもないわ」と首を横に振った。
――今からレストランでデートという時に、ヴィルに心配をかけるなんて!
反省してすぐに笑みを浮かべたが、ヴィルは顔色を悪くすると、褐色の瞳を右に左に忙しなく動かし始めた。
「り……ん、危機……、しん……りょこ……手帳……には……」
ヴィルが珍しく小さい声でなにかを呟いているが、馬車の振動音に負けてしまってよく聞こえない。
「え、なに?」
聞き返すけれど、ヴィルはフェリアの問いかけにも気付いていない様子だ。
フェリアはすぐに、まあいいかと気持ちを切り替えた。
大事なことならいつも大きな声で伝えてくれるから、きっとフェリアが知らなくてもいいことなのだ。
「レストランでの食事、とても楽しみだわ」
代わりに、わくわくしている気持ちを伝えた。
貴族は、外で食事をいただく機会が意外と少ない。
普段は専属の料理人が用意をするし、友人知人と食事をする時も、大体はどちらかの家に招かれる。
外で、かつ海を見ながら食事をするというのは、フェリアにとって新鮮なことだった。
「それに演奏も」
食事もだが、どちらかといえば演奏のほうが楽しみかもしれない。
今日の演奏者は、王都でも名前を聞いたことがある有名人だ。いつか演奏を聴いてみたいと思っていたが、まさかレベロで叶うとは。
「……うん、楽しみだ!」
ヴィルも平常心を取り戻したようで、フェリアの言葉に笑顔で頷いた。
やがてレストランの前に馬車が乗り付けると、支配人が出てきて二人を出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました」
自分たちは国王の客人なので、ここでも王族に近い待遇である。
嬉しいような、少しむず痒いような気持ちで挨拶を返していると、今度はレストランからサヘルが出てきた。
「サヘルも来ていたのか!」
「お前と奥方をもてなすのは、オレの大切な仕事だ」
“大切な仕事”に緊張しているのか、やや強ばった面持ちで、襟を直しながらサヘルが答える。
彼はフェリアたちのために、支配人との打ち合わせや、料理の確認に来てくれたらしい。
フェリアは礼を述べてから、柔らかく微笑んだ。
「サヘルさん、よろしければ今度ゆっくりお話ししましょう。ヴィルの子ども時代のお話を聞かせていただきたいの」
二人には積もる話があるはずだが、今回は新婚旅行だから、フェリアに遠慮をしてヴィルからは誘いづらいだろう。もちろん、ヴィルの昔話を聞きたいのも本心だ。
「……はい、奥さまが望まれるのなら、ぜひ」
サヘルはお辞儀をしたまま、フェリアの目を見ずに答えた。
――そこまで恐縮しなくていいのに。
ヴィルと同じようにとは言わないが、レベロ滞在中にサヘルがもう少し心を開いてくれるといいと思う。
「では、どうぞ中へ」
支配人の案内で、二人はレストランへ入った。
「まあ……素敵」
柔らかな照明が灯るホールには、ピアノが置かれた小さな舞台がある。
客席はその周りに円を描くように並べられており、どの席からも演奏を楽しむことができるようになっていた。
――演奏の曲目に合わせて、ダンスをすることもできるのよね。
ホールに空間があるのはそのためだろう。
二階はホールを囲むように回廊が造られ、海を望むバルコニーのついた広いボックス席がある。
階段を上がったフェリアたちが案内されたのは、中でも舞台が一番良く見える特等席だった。
「すごい……本当に波の音が聞こえるのね」
席で二人きりになると、フェリアは早速バルコニーへ出て、白い柵に寄りかかるようにして向こうを見た。
夜空を映す海は黒く、月明かりだけが波間に揺れている。
――こうして地上から見ると幻想的だけれど、大海原の船上では恐ろしく感じるかもしれないわ。
そう思うくらい、夜の海からは底知れない迫力を感じた。
目を閉じると、波の打ち寄せる音がより大きく、力強く感じる。
フェリアはしばらくそうして海の音や匂いを楽しんでいたが、ふとヴィルからのアクションがないことに気付いた。
振り返れば、ヴィルは席にも着かず、魂を抜かれたような表情でフェリアを見ている。
「ヴィル、どうかしたの?」
訊ねると、ヴィルがハッと首を横に振った。
「夜の海を背後に立つフェリアが……本当に海の女神のように見えた」
ヴィルは顔を赤らめることもせず、真剣な表情だ。
「フェリアが海に帰ってしまわないか、少し……不安になった」
フェリアは軽やかに笑いながら両手を広げ、抱きしめて欲しいと伝えた。
ヴィルがバルコニーに出て、フェリアをふわりと抱きすくめる。服越しにも感じられる彼の硬い体と温かい体温、そして少し速い心臓の音に胸がときめいた。
「私が海の女神なら、あなたは太陽の雄神ね……どうかずっと私を抱きしめて、離さないでいて」
「もちろんだ、絶対に離さない」
囁く低い声に、顔を上げる。
目を閉じるとキスが落ちてきて、睫毛を震わせた。
波の音が聞こえる。一度、二度、それが寄せて返すのを待ってからフェリアは目を開けた。
「レベロに連れてきてくれてありがとう……とても幸せな気持ちだわ」
うっとりと言えば、ヴィルが嬉しそうに褐色の目を細め、もう一度キスを落とす。
啄むように唇を重ねた後に体を離すと、潮風が先ほどより冷たく感じた。
「あまり体を冷やすのも良くない、中に入ろう」
心配したヴィルに促され、屋内に戻る。
赤いベルベットのソファに、ヴィルとテーブルを挟んで向かい合わせに座る。
ほどなくワインと料理がテーブルに運ばれてくる。コースを予約しているので、まずは前菜から。野菜のマリネに、大ぶりの貝を白ワインで蒸したもの、パテにキャビアを添えたものが並べられた。
「やはり海の食べ物が多いのね」
王都や、生まれ育ったカーデイン領では、あまり海のものを食べないから、どれも珍しい。
「なにから食べようかしら……」
うきうきしながら貝を口に運ぶ。ぷりぷりとした身を噛むと、じゅわっと汁が溢れた。ワインの風味に、微かにハーブの香りがする。
「美味しい」
「うん、そうだな!」
ヴィルが勢いよく答える。彼はすでに前菜を食べ終えていて、皿は空だ。
――美味しいけれど、ヴィルはこの量で足りるのかしら?
次に運ばれてきたのもスープで、フェリアは心配になった。
彼は普段、肉料理をがっつりと食べるタイプである。
小皿で少しずつ食べる料理は、物足りないのではないだろうか。
「お待たせしました、こちらがメイン料理の大海老のボイル焼きです」
不安を吹き飛ばすように大皿でどんと出てきたのは、鶏の丸焼きほどある大きな海老だった。
「こんな巨大な海老が存在するのね」
これまでの繊細な料理とは打って変わり、豪快な丸焼きで登場したその海老に、フェリアは目を丸くした。
「訓練で海辺に行くと、たまに漁師が大海老を差し入れてくれる。塩を振って、焚き火に網をかけて焼くと美味しいんだ」
驚くフェリアに、ヴィルは嬉しそうに語りかけた。
レストランの使用人が、目の前で海老を食べやすい大きさに切り分ける。フォークで一切れ突き刺して口に運んでみると、塩味と香ばしさが口いっぱいに広がった。
「とっても美味しいわ!」
海老を塩で焼いただけのシンプルな料理だが、それがまた海辺の雰囲気に合っている。噛む度に口の中で弾けるような食感もとても楽しい。
これならヴィルもお腹いっぱいになるだろう。
――良かった。
ヴィルが楽しんでいる様子を見るのは、自分のこと以上に嬉しい。
自然とそういう気持ちが湧き上がる度、フェリアは彼と結婚できた幸運に感謝するのだった。
「そろそろ演奏が始まるかしら……」
満ち足りた気持ちで食事を終え、舞台のほうへ視線を向けたが、まだ演奏家の姿はない。
「フェリア、少しいいだろうか!」
ぼんやりとワインを口に運びかけたところでヴィルに呼びかけられた。
視線を戻すと、彼は緊張した面持ちで立ち上がっている。
その両手にあるのは、一通の手紙。
「実は……手紙を書いてきたんだ!」
「手紙?」
「君への愛の手紙だ」
フェリアはまたまた驚いて口に両手を当てた。
――そんなサプライズがあるなんて!
「嬉しいわ! ありがとう、ヴィル」
頬を赤らめるフェリアに、ヴィルは気合いを入れるように一つ咳払いした。
「親愛なる妻、フェリアへ! 今日から新婚旅行ですね! オレの心は今! 今日の日を迎えられた幸福で満ち溢れています! この機会に、君への感謝の気持ちを綴りたいと思います!」
幼い頃、父が結婚式の後に送ったという手紙を母に読ませてもらったことがある。その手紙には母と出会えた感謝と愛が綴られており、今の手紙と内容がよく似ていた。
「フェリアとの出会いから今日までのことを考えると、全てが奇跡のように感じられます! フェリアと結婚してから、オレは毎日が幸せです! 毎朝一緒に走ってくれてありがとう! 毎日オレのためにサンドイッチを作ってくれてありがとう! 毎日オレの帰りを起きて待ってくれてありがとう! でも、しんどい時は寝てください! 毎日オレに笑ってくれてあっ、ありがとうっ! フェリアはァ! オレのォ! オレの幸せの全てです!!」
最後は大声で、感極まって泣いてしまっている。
店内なので少し周りが気になったが、幸運にも二階に他の客はいない。一階にも声が届いて一時的にざわついたが、すぐに静まったようだ。
――お母さまもこんな気持ちだったのかしら。
じーんとして、胸の前で手を握る。
いよいよ手紙はしめに入り、ヴィルがずずっと洟をすすった。
「オレはまだ、フェリアとダンスを踊ったことがありません! そこで今回、事前にレストランの支配人に相談をし、演奏会でフェリアの好きな曲を流してもらうようにお願いしています! どうか、この曲でオレと踊ってください!!」
最後にそう言って、直角に腰を曲げる。
――ダンス……!
確かに、フェリアはまだヴィルとダンスを踊ったことがない。
彼とは二度舞踏会に出席したが、どちらも踊るどころではなかったのだ。
フェリアは立ち上がると、心の弾むまま彼の手を取った。
「喜んで……!」
「フェリア! ありがとう!」
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