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はねっかえり女帝は転生して後宮に舞い戻る ~皇帝陛下、前世の私を引きずるのはやめてください!~

クレイン / 著
鈴ノ助 / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-660-7
定価 1,430円(税込)
発売日 2024/03/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

朱家のお転婆娘・美暁は、皇太子の妃選びのための後宮入りに真っ先に立候補! 実は美暁の狙いは、皇太子の父で現帝の雪龍!? 美暁には、先の女帝であり雪龍の妻として生きた前世の記憶があった。前世の自分亡き後、皇帝として実直に国を支え続けた彼は現在三十六歳。その姿を一目見たいと後宮入りするも、いざ対面した雪龍は、今でも妻の死を引きずっていて……。譲位し自分は身を引くつもりのようですが、何人生終わった気でいるのですか? 死にたがりの皇帝陛下の生きる意味になりたいので、猛アタックしようと思います!

立ち読み

「……お前はまだ飽きずにやっているのか」
 そしてもちろん雪龍への付き纏い行為にも、相変わらず勤しんでいる。
 今日も今日とて草むらに潜んでいる美暁に向かって、雪龍が話しかけてきた。
「だって陛下のご尊顔にはその価値がありますから!」
 美暁がぴょこんと顔を出し雪龍の顔をうっとりと見つめれば、彼は不快げに片眉を上げた。
「……この色の抜けた髪と、血のような目がか」
 まるで汚いもののように、雪龍が己の髪の毛先を指先で摘まみ上げる。
「そうです。その銀をそのまま糸にしたように美しい髪と、紅玉をそのままはめ込んだように美しい目ですね。全てがこの世の奇跡です!」
 美暁が胸を張って言えば、雪龍は怒ったような困ったような、なんとも言えない表情を浮かべた。
「絶対百人に聞けば、百人とも陛下を美しいと言うでしょう」
「……そんなことはないと思うが」
「そんなことしかないですね。私、これでも審美眼には自信があります」
「そうか……?」
 言い切られると、何も言い返せなくなるらしい。美暁はにんまりと笑った。
 こうして彼の全てを絶対的に肯定することは、美暁の前世からの役目なのだ。
「……前にそなたが言っていた、騎馬民族との交易についてだが」
「ええ!? 本当に検討していただいたんですか?」
「ああ、どうやら奴らもこちらに攻め込む体力が心許ないようだ。いくつかの民族と無事話がついたと、北域の都護府から報告があった」
 食糧と絹と引き換えに、馬や貴金属を得る。
 互いに必要なものを交換することで、戦争にならずに済むのなら、それに越したことはない。
「流石です! うまくいけば、今年は北部に遠征せずに済みそうですね」
 小さく飛び跳ねて喜ぶ美暁に、雪龍はほんの少しだけ口角を上げた。
 そんなものを見てしまったら、美暁の心臓が跳ね上がるのは当然で。
 その眩さに、美暁は思わずこの世のありとあらゆるものに感謝したくなった。
「――で? 何故私を拝んでいるのだ」
「すみません。あまりにも尊くて」
 うっかり雪龍の珍しい笑顔に向かって、手を合わせてしまっていた。
 最近変質者としての格が上がってしまった気がする。
「……そなたの立案だ。何か褒美でもやらねばならぬな」
「え? 何もいりませんよ。私はただ無責任に口に出しただけですから」
 ただ口にすることと、それを実際に行動に移すことは、天と地ほどに違う。
 美暁の適当な夢物語を、実現可能な段階にまで育て上げたのは、雪龍である。
「それとそなたが皇太子に話した、地方税制の話だが。調べてみたところ、確かに怪しい州がいくつかあった。来年早々に国内の農耕地の計測をし直す予定だ」
「そうですか。それはよかったです」
「皇帝となると、なかなか身動きが取れず皇宮の外のことが知れぬ。やはり御史台の権限を強化し、地方の監察も行えるようにするべきか」
「良い考えだと思います。ただ地方で監察を行う御史が現地の有力者と癒着しないよう、なんらかの仕組みは作らねばならないでしょうが……」
「……やはり、そなたに褒美をやらねばならぬな」
「いえ、私は本当に口だけで、実際に動いているわけではないので」
 美暁の謙遜に、雪龍は眉を顰め不快そうな顔をした。
「……意見を言う、相談を受ける、それだけで十分な働きだと思うが」
 美暁のことが気に食わないだろうに、評価は正しくしようとする。その清廉な精神に感服する。
 ――とどのつまりは。
(好き……!)
 美暁は毎日思うことを、やはり今日も思った。雪龍の何もかもが好ましい。
「あの、ではまたこうして言葉を交わすご機会をいただけますと幸いです……!」
 嫌な顔をされたらどうしようと思いつつ、勇気を出して言う。
 かつて皇帝として生きた知識と、民草に交じり得た知識を、利用してもらえるだけでもいい。
「それだけでいいのか?」
 すると雪龍は少し拍子抜けしたように言った。もっととんでもない褒美を要求されると思っていたらしい。
 それならば、と美暁は調子に乗ることにした。好機は逃さない主義である。
「え? もしや陛下の妃にしてくださいという希望も叶ったりしますか?」
「いや、それはないが」
 あっさりと否定されて、美暁はしょんぼりする。
 万が一の可能性に賭けてみたが、やはり駄目だったようだ。当たり前である。
「不可解だな。何故そこまでして、そなたは私の妃になりたいのか」
 すると突然率直に聞かれ、美暁の顔が真っ赤に染め上がった。何故って、その理由は一つである。
 美暁の茹で上がった蛸のような顔に、雪龍も若干動揺したらしく、わずかに目を見開いている。
「え、ええと、私は陛下の妃になりたいなどという烏滸がましいことを、本気で考えているわけではございませ……いや、本当は大いになりたいと思っておりますが、そこら辺はちゃんと弁えておりますので! ご安心ください! 私はただ陛下がご健勝であられる姿を遠くから拝見できるだけで、たまにこうして会話をしてくださるだけで、十分幸せです!」
 うっかり欲望がだだ漏れそうになったがなんとか抑え、一気に捲し立てれば、雪龍は眉間に深い皺を刻んだ。
 美暁なりに気を遣ったつもりなのだが、やはり彼を不快にしてしまったようだ。
「……知っているとは思うが、私は近く皇太子への譲位を考えている。譲位すればこの皇宮からも出ていくつもりだ。よって私の妃になったところで、そなたにはなんの旨味もない」
 雪龍が皇帝でなくなり、この皇宮から出ていけば、その妃もまた後宮での地位を失うことになる。
 女性としての栄華を望むのであれば、雪龍を選ぶべきではないと。彼はそう言いたいのだろう。
「え? 恋が叶うんですよ? むしろ旨味しかありませんが」
 だが美暁にとってそんなことは、どうでも良いことだった。
 この美しい顔がそばにあり、この高潔な魂がそばにある。それだけでいい。
 前回皇帝なんてものをやったので、権力なんてものは、もうお腹いっぱいなのである。
「私は別に『妃』という『地位』が欲しいわけではありません」
 妃など、所詮肩書きに過ぎない。煩わしいことも多いしなりたくもない。
 そしてなったところで、雪龍に愛されなければなんの意味もない。
 美暁が欲しいものは、ただ雪龍の心だけだ。妃の地位など、そのおまけに過ぎない。
「……訳がわからぬな」
 権力狙いでも密偵でも刺客でもないのなら、何故こんなにも自分に固執し、粘着するのかがわからない。
 そう言って雪龍は、いらいらと頭の銀糸を搔きむしった。
「お前と話していると、やたらと妙な焦燥感に苛まれる。一体なんだというのだ」
 もしかしたら雪龍の中の何かが、美暁が凜風の成れの果てであることにうっすらと気づいているのかもしれない。
 美暁と凜風は顔も性格も違う。それでも何か彼の心の琴線に触れるものがあるのだろうか。
 だとしたら、少しだけ嬉しくて、少しだけ寂しい。
 彼の中の原因不明の焦燥感に対し、美暁はふとそんなことを思った。
「それで結局のところ、お前の目的はなんだ」
 目的は、前世の夫と息子のそばにいることだ。望むことは、雪龍の心だ。
 ――だがそれが酷く難しいことだということも、わかっている。だからせめて。
「私、できるなら陛下の老後のお世話がしたいんです……」
「……は?」
 雪龍の口から、渾身の疑問符が出た。全身全霊で「意味がわからない」と言っている。
 前世を含めても、彼のこんな困惑した顔を見るのは初めてだ。
 まさか三十代半ばで、老後における介護の話を持ち出されるとは思わなかったのだろう。
 確かに我ながら、流石に最高に気持ちが悪いな、と美暁は思った。
 だがこれから先の人生は、全て雪龍のために使うと決めていたのだ。
(そばで、老いていく雪龍を見ていたい。彼の人生を最期まで見届けたい)
 それは年上で、しかも先にとっとと死んでしまった前世では、とても望めなかった贅沢なことだ。
 けれど今の美暁と雪龍の歳の差は、親子ほどに離れている。
 つまり美暁が突然なんらかの理由で早死にしない限りは、徐々に年老いていく雪龍を眺めつつその世話をし、さらには最終的に彼を看取ることだってできるということだ。
 ――――端的に言って、最高である。
「ああ、お年を召された陛下も、それはそれは格好良いのでしょうね……」
 枯れていく雪龍を、ずっとそばで見つめていられる。
 顔の前で両手を組んで、うっとりとそう言えば、雪龍の顔がこれ以上ないくらいに引き攣った。
 いや、そんな化け物を見るような目で見ないでほしい。
 美暁とて傷つく心が、一応若干ながらあるのである。
「というわけで、ぜひご隠居なさる際は、私も侍女としてお連れいただけますと……」
「断る」
 またしても反射的に速攻で断られてしまった。もう少し考える余地を見せてくれても良いと思うのだが。
 美暁はまたしても必死になって雪龍を拝んだ。まるで神仏に祈るように。
「そ、そこをなんとか……! 生涯に亘り、誠心誠意、陛下の頭の天辺から爪先まで、余すところなくお世話いたしますので……!」
「断固として断る」
 物凄く嫌そうな顔で、一顧だにせずに断られてしまった。悲しい。
 泣き出しそうな顔の美暁を見て、雪龍は困ったように深いため息を吐いた。
「大体名門朱家の姫に、そんな下女のような真似をさせられるわけがなかろう……」
「父は私が説得します! 娘の幸せのためならきっとわかってくれます!」
「この前そなたの父に会ったが、気は弱いが愛情深く善良な男だ。そう困らせるのではない」
 雪龍が憐れむような目をした。おそらくは、父の浩然に対して。
 確かに心配させていることは事実であるし、父の髪の毛根は心配であるが。
「それでも私は陛下にお仕えしたいんです……」
 美暁はしょんぼりと肩を落とした。
 たとえ女として愛してもらえなくてもいい。ただそばに置いてほしかった。
「お前にそこまでされる理由がわからない。何故そこまで……」
「愛ゆえです」
 今日も迷いなく言い切れば、雪龍の顔がこれまた盛大に引き攣った。
 それでもその顔は美しい。だがそんな嫌そうな顔をしないでほしい。
 これは純粋な想いなのである。多分。
「悪いが、私の好みは年上の女だ。お前のような小娘に興味はない。他をあたれ」
「…………」
 それが誰のことを言っているのかわかってしまって。
 美暁は一瞬泣きそうになり、奥歯を嚙みしめて堪える。
「そ、そこをなんとか! 案外良いですよ年下! お薦めです年下! なんてったって幼妻!」
「息子より年下の娘など、元より対象外だ。自身に釣り合った男を探せ」
 女など若ければ若いほどいいという屑な男も多い中、なんという真っ当な思考か。
 美暁は感動した。そんなところも大好きである。だが自分までもが対象外という二律背反。
「だったらせめて、専属の侍女にしてください……!」
「お前のような下心のある侍女など、そばに置けるわけがなかろう」
「絶対に寝込みを襲ったりしませんから……!」
「当たり前だ。殺されたいのか」
 夜這いも若干考えなくもなかったが、雪龍は凄腕の剣士でもある。
 寝ている間すら誰かが近づくと確実に目を覚ますだろう。返り討ちにされる未来しか見えない。
 こうなれば薬を盛るしかないが、なんとこの男、ほとんどの毒に耐性をつけている。
 ――――それは皇帝として、そうしなければ生きていけなかったから。
「今一瞬、色々と方法を考えてみましたが、確かに難しそうですね……」
「……考える必要があったか?」
 またしても呆れ返ったような顔をする。だが美暁といる時の彼は、普段より若干表情が多い。
 そのことが、どれほど嬉しいか。雪龍に言えばまた無表情に戻されそうなので言わないが。
「ただ私は陛下の隠居生活をお支えしたいのです。残りの人生の彩りに、若く可愛い娘をそばに置くの、良いと思うんです。きっと気持ちも若くいられますよ」
「どこも良くないな。私は年上が好みだと言っているだろう」
「二十年も経てば、ほんの誤差です」
「そんなわけがなかろう。年齢差は縮まらん。都合の良い解釈をするな」
 それはかつての雪龍が、身をもって思い知っていたことなのだろう。
 散々彼を子供扱いしていた前世における所業を、美暁は猛省する。
 美暁は悲しげにため息を吐いた。するとぎろりと睨まれた。
「お前のせいで、無駄に喋ってしまったではないか。こんなに喋ったのは久しぶりだ」
「わあ! 楽しんでいただけたようで、嬉しいです」
「嫌味だ。いい加減に気づけ」
 本来あまり口数が多くない性質なのに、美暁に突っ込みどころが多すぎて、突っ込まざるを得ないのだろう。
 申し訳ないと思いつつ、楽しくなってしまって美暁は笑う。
 かつてもこうして雪龍を揶揄っては、彼を無理やり喋らせていたことを思い出す。
 あの時の彼は、普段真っ白な顔を耳まで真っ赤にしていて、とても可愛かった。
 また家族になりたいなどと、言うつもりはない。ただそばにいたいのだ。――そのためなら。
「なんでもしますから、おそばに置いてください。私はあなたのおそばにいられるだけで幸せなんです」
 美暁がそう言えば、呆れたようにまたため息を吐いて、それ以上は何も言わず雪龍は去っていった。
(流石にちょっと図々しかったかな……)
 相手にしてくれるから、つい調子に乗って果敢に攻め込みすぎてしまった。美暁は反省した。
 前世の頃から、考えるよりも先に口や体が動いてしまうところは、変わっていないようだ。
 それで散々痛い目にあっているというのに、性懲りもなく。
(でももう多分、あまり時間がないから)
 とにかくありとあらゆる恥をかき捨てて、雪龍に自分の存在を印象付けるしかないのだ。


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