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結婚相手は前世の宿敵!? 溺愛されても許しません

柚子れもん / 著
まろ / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-642-3
定価 1,430円(税込)
発売日 2024/02/27
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

元宿敵の溺愛が甘すぎる
女騎士だった前世の記憶がある伯爵令嬢エレイン。ある日しつこく絡んできた男をボコボコにしていると、それを見た隣国の公爵ユーゼルからなぜか結婚を申し込まれる。だが、彼は前世で自分を裏切り死に追いやった宿敵だと判明! 復讐を決意する。しかし、ユーゼルには記憶がなかった。それどころか、前世の自分をエレインにとって忘れられない男だと勘違い。嫉妬全開で迫ってきて——!? 「俺が忘れさせてやる。君は俺の妻となるのだから」

立ち読み

「はぁ……」
 その晩、エレインは一人バルコニーで星を眺めていた。
 グレンダを利用してエレインの社交界での立場を失墜させ、ユーゼルが婚約破棄せざるを得ない状況に持っていくはずだったのに。
 何故かグレンダには気に入られ、ユーゼルには婚約破棄どころか「我が妻」宣言までされてしまった。
「おかしい……」
「何がおかしいんだ?」
「ぎゃっ!」
 急にもはや聞き慣れた声が耳に届き、エレインは弾かれたように振り返る。
 想像通り、そこにいたのはエレインの婚約者——ユーゼルだった。
「ノーラン侯爵からもお礼状が届いていたよ。君に対しては『どうか娘と仲良くしてやってほしい』とも」
「やっぱりおかしいわ……。ノーラン侯爵令嬢は、あなたに懸想していたと伺っていましたが」
「君の魅力には抗えないのだろう。その気持ちはよくわかる」
 くすりと笑ったユーゼルがゆっくりとこちらへ近づいてくる。
 思わず身構えるエレインに、ユーゼルは愉快そうに目を細める。
「その難攻不落なところも俺の興味を引いてやまない。どうか、君を攻略する最初の男になりたいものだ」
「……言ってて恥ずかしくないんですか、それ」
「何が恥ずかしいものか。君の魅力の前では、俺などただ愛を乞うだけの男だ」
「……やめて」
 やっぱり、彼を前にすると調子が狂ってしまう。
 その目で見つめられると、甘い言葉をかけられると、冷静な思考ができなくなってしまう。
 ……それが、怖い。
 彼は許さざる宿敵なのに。すべてを奪われた相手なのに。
 ……いつか、ほだされてしまうのではないかと、それが恐ろしい。
「今も、星の光に照らされた君はいつも以上に輝いていて触れれば消えてしまいそうで恐ろしい」
 ……やめて、そんな風に言わないで。 
 彼への復讐心が消えてしまうのが怖い。
 あの苛烈な感情を、忘れてしまうのが怖い。
 前世で自分が生きた証が……シグルドと共に過ごした日々が、塗りつぶされてしまうようで。
 いつもだったら耐えられた。
 だが、何もかもが自分の思った通りには進まないこの状況で、エレインの精神も疲弊していたのかもしれない。
 だから、普段なら絶対に口にしないような言葉が飛び出してしまったのだ。
「君の存在こそが、俺の唯一の——」
「やめて! シグルドはそんなこと言わない!」
 シグルドの名を出したのは、わざとじゃなかった。
 頭がぐちゃぐちゃになって、つい出てしまったのだ。
 だがその途端、急に接近してきたユーゼルに強く腕を掴まれ、エレインは思わず息をのむ。
 見れば、数秒前まで甘く溶けていた翡翠の瞳が、今は底冷えするような冷たい光を宿し、こちらを射抜いている。
「……また、その名前か。フィンドール王国でもその名を呼んでいたな」
 どうやら、ユーゼルは覚えていたらしい。
 ごくりと唾を飲むエレインに、ユーゼルは不快そうに口を開く。
「誰なんだ、そいつは」
(あなたが、それを言うの……)
 ユーゼルは自分の前世が「シグルド」という人間であったことを知らない。
 だが、彼自身にそう言われるのは……まるでシグルドの存在が——前世でエレインが大切にしていたすべてが否定されたような気がして、胸がきしんだ。
 思わず視線を逸らしたエレインに、ユーゼルは軽く舌打ちする。
「誰だか知らないが、今の君は俺の婚約者なんだ。そんな男のことは忘れろ」
 その言葉が耳に届いた瞬間、エレインは自分の心がばらばらに砕け散ったような気がした。
(忘れろ、なんて)
 夢中で駆け抜けた、あの楽しかった日々も。
 敬愛する女王のことも、信頼する仲間たちのことも、何より……リーファとシグルドが共に過ごした、かけがえのない時間のことも。
(あなたにとっては、その程度だったの……?)
 だから、国を、リーファを裏切ったのだろうか。
(私は、あなたになら命すら預けられると思っていたのに……)
 リーファはシグルドを信頼していた。安心して背中を預けられる唯一の相手だった。
 シグルドも……同じ思いでいてくれると思っていたのに。
 すべてリーファ——エレインの、独りよがりだったのだ。
 俯いて唇を噛むエレインをどう思ったのか、シグルドは更に距離を詰めてくる。
「……すぐに忘れさせてやる」
 顎を掬われたかと思うと、息をつく暇もなくユーゼルの顔が近づいてくる。
 そして、唇が触れ合う寸前に——。
「あなたにはわからないわっ……!」
 エレインは渾身の力でユーゼルを突き飛ばす。
 ユーゼルとの距離が開いた隙をついて、エレインはその横を縫うようにして駆け出した。
 ……ユーゼルは追いかけてこなかった。
 エレインは無我夢中で走り、自室へ戻った途端その場にへたり込んでしまった。
「エレイン様、どうなさいました!?」
「……なんでもないわ。今日は少し疲れたから、もう休ませてちょうだい」
 悲しみで胸が押しつぶされそうだ。
 ユーゼルが前世の記憶を覚えていないことなんて、最初からわかっていたのに。
 だが、彼自身の言葉で……「シグルド」の存在を否定するようなことを言うのだけは、許せなかった。
 広い寝台に体を横たえ、ぎゅっと枕を抱きしめる。
(シグルド……)
 ユーゼルと言い合いになったからだろうか。
 どうしても、彼のことばかり考えてしまう。
 ユーゼル……いや、彼の前世であるシグルドのことを。
 裏切り者だと発覚する前、彼は間違いなくリーファにとって特別な存在だった。
 既に国一番の騎士として名を馳せていたリーファに並ぶ実力。
 そして何より……リーファが弱音を吐きたくなった時にさりげなく傍にいてくれる。
 そんな存在だったのだ。

 ◇◇◇

「……ここにいたのか」
 長いことこの宮殿で暮らしているリーファは、一人になりたい時にうってつけの場所をいくつも知っている。
 ……今日は、誰にも会いたくない気分だった。
 だからその中でもより見つかりにくい場所を選んだのに、何故だか彼だけはリーファを見つけてしまうのだ。
 宮殿の裏手の古い石垣に座るリーファの隣に、そっとシグルドも腰を下ろした。
 ……ちゃんと知っている。
 本当にリーファが放っておいてほしいと思う時は、シグルドは近づいてこない。
 ただ、こんな風に他人を拒絶しながらも、心のどこかで助けを求めている——そんな時には、こうやって傍に来てくれるのだ。
 だからこそ、リーファは胸の奥から溢れそうな悲痛な叫びを零した。
「……私のせいだわ」
 敵国との小競り合いのさなか、リーファの部下の一人が大きな怪我を負った。
 幸いにも命に別状はなかったが、しばらくは戦場に出ることは叶わない。
 それどころか……後遺症が残れば、騎士としての道を絶たれてしまうかもしれない。
 指揮を執ったのはリーファだ。
 それゆえに、責任を感じずにはいられないのだ。
「相手はこちらよりも強大な国だ。常に犠牲の一つもなく戦いを終えられるとは限らない」
「でも、私がもっと適切に指示できていれば」
「作戦を立てたのは別の奴だと聞いているが」
「実際に指揮をしたのは私よ。私の、せいだわ」
 再び俯くリーファに、シグルドは大きくため息をつく。
 いつまでもめそめそしている自分に呆れたのかと、リーファは身を固くする。
 だが降ってきたのは……存外しっかりとした言葉だった。
「あまり、君の仲間を舐めない方がいい」
 驚いて顔を上げると、シグルドはまっすぐにこちらを見つめていた。
 その真摯な瞳に見つめられると、まるで心の奥底まで見透かされるような気がした。
「彼らは自身の命を賭す覚悟を決めて騎士の道を選び、君に従っているんだ。それなのに先導する君がそんな有り様でどうする」
 ……いつもそうだった。
 リーファがこうして落ち込んでいると、シグルドは傍に来てくれる。
 だが彼は、決して安易な慰めの言葉は吐かなかった。
 ——「君のせいじゃない」
 ——「今回は運が悪かっただけだ」
 ——「君が責任を感じる必要はない」
 ただ単にリーファを慰めたいだけなら、そんな甘い言葉を口にすればいい。
 だがシグルドはそんな無責任な真似はしなかった。
 甘い言葉など、多くの騎士を導く立場のリーファには一時のまやかしにしかならないとわかっているのだ。
 ——「痛みを受け入れ、それでも前へ進め」
 いつもシグルドは、そうリーファの背中を押してくれる。
 それが、有難かった。
「君が毅然と立っているからこそ、彼らは自身を、国を……そして君を信じて戦うことができる。それを忘れるな」
 一見厳しくも聞こえる激励の言葉に、リーファは微笑んだ。
「えぇ、そうね。……ありがとう、シグルド」
 きっと、シグルドはわかっているのだろう。
 昔は孤児、今は騎士たちを先導する立場であるリーファは、容易に他人に弱音を吐くことができない。
 そんなことができる相手はたった一人——今隣にいるシグルドだけなのだ。
 どうして彼には弱い部分を見せることができるのかは、リーファ自身にもよくわからない。
 いや、きっと……本能的に、彼なら一時の慰めよりも未来を見据えた激励をくれるとわかっているからだろう。
 この美しい国を狙う敵国との戦いは日々激しさを増している。
 きっとこの先、リーファは何度も後悔し、立ち止まりそうになるだろう。
 だがそれでも、歩みを止めたり逃げるわけにはいかないのだ。
 敬愛する主の、自分を慕ってくれる仲間の、そして愛する故郷のために。
「私、また迷うかもしれない。その時は……また、こうやって背中を押してくれる?」
 そっと問いかけると、シグルドはふいっと視線を逸らした。
「……さぁな。保証はできない」
 あくまでぶっきらぼうなその態度に、リーファはくすりと笑う。
(そんなこと言って……私が本当に落ち込んでいる時は、いつだって来てくれるくせに)
 彼に寄りかかりすぎれば、きっと一人では立てなくなってしまう。
 だが自身を苛む負の感情を一人で抱え込み続ければ、きっと壊れてしまう。
 だからこそ、リーファにとってシグルドの存在は特別なのだ。
 今のこの距離感が、一番二人にとって心地がよくて、都合がよくて。
(そうね……私たちはこれでいい)
 ほんの少し手を伸ばせば、届いてしまう距離だ。
 それでも、シグルドもリーファも……互いに手を伸ばそうとはしなかった。
 ……その判断が、正しかったのか間違っていたのかはわからない。
 だが今になって、もしあの時、手を伸ばしていたら……違う未来が待っていたのだろうかと、考えずにはいられないのだ。
 無意識に気持ちに蓋をしていた。
 仲睦まじい夫婦や恋人同士を見るたびに、「自分には縁のないことだから」とリーファは自身に言い聞かせ続けてきた。
 目を逸らし続けていたのだ。
 もしシグルドと手を取り合ってしまったら、きっとリーファは皆の求めるリーファではいられなくなってしまう。
 今の厳しい情勢の中で、それは許されないことだった。
 だから自身がシグルドに抱く、あの信頼や友愛とは違う、甘酸っぱい確かな感情を……結局最後まで言語化することができなかった。
 だが、今ならばわかる。
 エレインとして生まれ変わっても、彼のことばかり考えてしまうのは。
 ユーゼルに「そんな男のことは忘れろ」とシグルドの存在を否定された時、どうしてあんなに熱くなってしまったのか。
 どうして……ずっとずっと彼のことが忘れられないのか。
「私……シグルドのことが好きだったんだ」
 そう口にした途端、胸の奥底から切なさが湧き上がってくる。
(今更、気づくなんて……)
 彼は裏切り者なのに。
 リーファに優しくしてくれたのも、すべて彼の策略だったかもしれないのに。
 だが、それでも……胸の奥に芽生えた想いだけは消せそうになかった。
「なんで、今になって気づいちゃうのかなぁ……」
 熱くなった瞼を、抱きしめた枕に押しつける。
 実らなかった初恋の相手は、リーファの大切にしていたすべてを奪った宿敵で。
 おまけに、生まれ変わった今の婚約者で。
 エレインはこんなにも彼のことが忘れられないのに、ユーゼルはすべてをきれいさっぱり忘れてしまっている。
「そんなの、ずるいじゃない……」
 こんな時、どうすればいいのかわからない。
 だってこんな風に、どうしようもないほど誰かを好きになるのは初めてだから。
 込み上げる熱い想いが、嗚咽となって喉から飛び出しそうになってしまう。
 ぎゅっと枕に顔を押しつけて、エレインは静かにむせび泣いた。


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