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チート主人公は悪役令嬢様のプロ侍女に徹します

香月航 / 著
双葉はづき / イラスト
ISBNコード 978-4-86669-574-7
定価 1,430円(税込)
発売日 2023/05/29
ジャンル フェアリーキスピュア

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内容紹介

《ドラマチックな恋愛イベントより、悪役令嬢を幸せにしたい!》
超忠実侍女な主人公VSお人好し悪役令嬢VSサブキャラ最強剣士
乙女ゲーム完全無視のスクランブルラブコメ開幕!
乙女ゲームの主人公に転生したエスター。しかし、同じ転生者の悪役令嬢ブリジットを幸せにしたい! と、ゲーム完全無視で彼女の侍女になってしまう。サブキャラ幼馴染の護衛ヴィンスを巻き込み、主人公チートも駆使してお嬢様至上主義を貫くエスター。ブリジットも負けじとエスターを攻略キャラとくっつけようと画策するも、華麗にスルー。でも——「俺の関心ごとは、十六年前からお前だけだぞ」ヴィンスに設定破りな想いをぶつけられて!?
「好きだ、エスター。ずっと、ずっと、お前だけが好きだ。言っておくが、兄や家族としてではないからな」

立ち読み

(さて、私の準備は終わったけど、お嬢様はどうかしら)
 スカートの裾を気をつけて捌きつつ、エスターは集合場所となっているエントランスへと向かう。
 未婚の若者は全員参加とは言われたが、もちろん王城へ行けるのは最低限の教養を修めている者だけだ。
 外ではすでに馬車が待機しているようで、御者が慌ただしく準備を進めている。
「うっわ、エスターきれいね……!」
 先に集まっていた侍女仲間たちは、こちらに気づくとすぐに拍手で迎えてくれた。
 そういう彼女も落ち着いた形の白ワンピースに身を包んでおり、ぐっと艶っぽく見える。
「そっちも色っぽくてすごくいい感じよ。熟練の技を体験させてもらって、とても勉強になったわ」
「それは本当にね。あたしたちも頑張らなくちゃ。お嬢様もすごくきれいよ」
「早くお会いしたいわ、楽しみ!」
 彼女はすでにブリジットの仕上がりも見てきたようだ。
 羨ましいと思いつつも期待を募らせていると、まさにそのタイミングで主人は現れた。
「待たせてごめんなさいね。さあ、行きましょうか」
「あっ、女神」
 階段を下りてきたブリジットの神々しさに、脳直で呟いたエスターはそのままスッと両手を合わせた。
 試着の時点で美の象徴とも思えたブリジットは、より美しく仕上がったドレスと丁寧に結われた銀糸の髪の艶やかさで、直視するのが恐れ多いほどの姿になっていた。
 しかも、ハーフアップにされた結い部分には小粒の真珠チェーンが飾られていて、銀髪の輝きの中に星をちりばめたようになっている。
 海をモチーフとしたマーメイドラインのドレスにはこれこそが最適だ。先輩侍女たちの手腕に心から感動し、感謝の課金をしたいぐらいである。
「うう、お嬢様きれい……死ぬ前に最高の芸術を見られたわ……」
「泣くんじゃないわよ、エスター。ここで化粧が落ちたら、先輩に合わせる顔がないわ」
「わかってる。心の中で号泣しとく」
 端から聞く分には軽く、けれど感動が突破しすぎて無に近くなった侍女一同は、エスター同様に手を組んだり合わせたりして、主の姿を目に焼きつける。
 この家に勤めて、本当によかった。
「まあまあまあ、皆すごく素敵だわ! こんな美人ばかり連れていけるなんて、他家に自慢できるわね。……なんで祈ってるのかしら?」
「美の女神を拝んだらご利益ないかな、と思いまして」
 ありがたや、と目を閉じる侍女たちに、「なあにそれ」とブリジットは笑って応える。
 ああ、ドレスを直すために魔法を使ってよかった。エスターの神聖魔法は、きっとあの時のために備わっていたのだ。
「それではお嬢様がた、どうぞ」
 恭しく礼をする御者に案内されて、ブリジットと侍女たちは侯爵家の馬車へと乗り込む。
 幸い当家には大型馬車が二台あるので、ブリジットも含めて四名ずつ、計八名が王城の会場へ向かうことができそうだ。
「馬車を持っていない家は、どうされるのでしょう」
「王家が用意した送迎用の馬車が迎えに来てくれるそうよ。ほら、道で誘導と警備をしてくださっているのも、王家直属の方々みたい」
「これはすごいですね」
 護衛を連れていかないならどうするのかと思ったら、馬車での移動時点から王家が手配してくれているようだ。
 屋敷付近は特に貴族邸宅が並ぶ区画なので、道の端に並ぶ者も多い。
 白を基調とした軍装は、騎士団のものだろう。
「ところでお嬢様、当家の男性使用人はどうされたのですか?」
「ベンジャミンも含めて、先に会場へ行ってもらっているわ。せっかくの星輝祭ですもの。現地で待ち合わせというのも楽しいでしょう、とお母様がね」
「なるほど」
 全員が一度に移動したら大渋滞を起こしてしまうので、先入りはこちらにもありがたい話だ。
 女性のほうが支度に時間がかかる上に、令嬢たちのコルセットなども長時間つけていると大変なので、そのあたりを配慮した部分もありそうだ。
 馬車は思ったよりもずっとスムーズに、王城へ向けて進んでいく。
 車窓から眺める景色には、夕暮れの空に真っ白なステラリアの花が舞っていた。

 馬車の行列を作って進むことしばらく。
 日が落ちきるのとちょうど同じぐらいに到着した会場は、白亜の城がそびえ立つ別世界だった。
(いつ見ても、ここだけは慣れないわ)
 敷地をぐるりと取り囲む人口池の橋を渡り、鉄格子つきの巨大な門を見上げながら入っていく。
 一応王城を訪れたことはあるが、侍女は基本的に馬車付近で待機だ。
 なので、こうして客人として招かれて降り立つのは初めてである。
「ようこそいらっしゃいました。コールドウェル侯爵家の皆様」
 馬車が停止すると、上等な衣服をまとった従者が扉を開けて出迎えてくれる。
 彼らの服装は皆一様に黒で、星輝祭の参加者と区別しているようだ。
「このまままっすぐお進みください。花冠をご用意しておりますので、お忘れなく」
 順路を説明した従者は、一礼した後にすぐまた別の馬車へと向かっていく。
 侯爵令嬢に案内がつかないなんて普通ではありえないが、彼らも来訪者が増えた分、人手をギリギリで回しているようだ。
(祭りの日に働いてくれるだけでも感謝しなくちゃね。それに、敷地のいたるところにランプがあって明るいから、足元も心配ないわ。この量を全て灯せるあたり、王家ってすごいわね)
 エスターたちの後にも馬車はひっきりなしに到着しており、捌くのも大変そうだ。
「本当に多くの人が参加しているのですね」
 貴族の子息・子女だけではここまでにはならないので、侯爵家のように使用人が多く参加しているのだと思われる。
 その中に、王城の会場を見たいと思う“だけ”の者はどれだけいることか。
「大半が、貴族に見初めてもらうの狙いよね」
「でしょうねえ。最初からわかっていたことだけど、今夜は荒れそう」
 ぽつりと呟くと、侍女仲間たちもうんうんと頷く。
 まあ、玉の輿を狙う者が多いのは、雇っている貴族側も承知の上だ。
 だからこそ、教養を修めている者だけを厳選して連れてきただろうし、さすがに主人の顔に泥を塗るような使用人はいないと思いたい。
「とりあえず、エスターもお嬢様と一緒にあたしたちの内側にいなさいよ。ヴィンスさんと合流するまでは守ってあげるから」
「え? どうして?」
「どっかの令息に目をつけられたら大変だからよ。ほら、隠れた隠れた」
 侍女たちはさっと集まると、中央のブリジットとエスターを守るように列を組んで進んでいく。
 美の女神であるブリジットを衆目から守るのはわかるが、同じ侍女としては申し訳ない限りだ。
「仕方ないわよ、エスター。今夜のあなたは本当にきれいだわ」
「眩いほどに美しいお嬢様に言われましても」
「それは褒めすぎだと思うけれど。でも、お互い喜んでもらえたら嬉しいわね」
 小さく笑い合いながら、ほどなくして侯爵家の一同は黒いお仕着せの一団のもとに辿りついた。
 彼女たちが、参加者にステラリアの花冠を配る役割のようだ。
 籠に収められたステラリアはどれも状態がよく、先の視察の成功を改めて実感させてくれる。
「ブリジット、待っていたよ」
 と、そこに響いた男性の声に、周囲がざわめいた。
 声の主は金色に輝くこの国の第一王子、アデルバートその人である。
(相変わらずフットワークが軽すぎるわね、この王子様は!)
 まさかこんな入口近くまで第一王子が来るとは誰も思わないだろう。
 皆即座に頭を下げて、尊い方が近づいてくるのを待つ。
「皆、頭を上げてくれ。せっかくの祭りで仰々しい態度は不要だよ。私は愛しい婚約者を迎えに来ただけだしね」
(わあ、熱烈)
 さらりと述べる彼に敬意を表しつつ、侯爵家の侍女たちは静かにブリジットから離れる。
 途端に、周囲からこぼれた感嘆のため息が重なった。
「――なんて美しく、お似合いなのか」
 誰かの呆けたような呟きが、全てを物語っている。
 試着の時にすでに見ていたアデルバートの衣装だが、こうして二人並ぶと本当に〝対〟となる仕上がりだ。リタにも盛大な拍手を送りたい。
「……愛しい人。今宵は私に、あなたをエスコートさせてもらえるかな」
「はい、喜んで」
 当たり前のように取った手の甲に口づける彼を、ブリジットも愛しさ溢れる瞳で見つめる。
 もうこれだけで、乙女ゲームならエンディングスチルとして提供できる最高の構図だ。
 特大の絵画として額装して、屋敷のエントランス一面に飾りたい。
「すごいものを見てしまったわ……」
 寄り添って去っていく二人を見送りながら、誰も彼もうっとりと頰を染めている。
 星輝祭は恋人同士の二神が再会できた日。その象徴のような光景を目の当たりにして、王国の次代も安泰だと思えたに違いない。
「感心してないで、あたしたちも行きましょう。お庭の会場はこっちみたい」
「あ、ごめんごめん」
 エスターは引き続き仲間たちに隠されながら、花冠を頭に順路を進んでいく。
 やがて開けた視界の先には、それはそれは盛況なガーデンパーティーが待ち構えていた。
(ここまで集まってると壮観ね)
 見事なまでの青と白。遠くから見たら青空と雲にも見えそうなそれらは、全て未婚の参加者たちである。
 時折、給仕の黒が目に入るものの、九割が同じ色の装いをしているのはかなり面白い。
(街の会場だと、半分ぐらいは私服の店員さんや小さい子どもたちで、恋の祭りって印象薄いものね。大半がルール通りの正装の若者って、すごい光景だわ)
 ただ、中にはすでに交換を終えたのか。花冠をかぶっている男性とコサージュを胸につけた女性の組み合わせも散見される。
 特に男性が花冠をかぶると大変目立つので、祝福と冷やかしを一身に受けていた。
「これ、参加者を見てるだけでも面白いかも」
「気持ちはわかるが、できれば別の楽しみ方をしてくれるか」
 エスターが人間観察にわくわくし始めた、直後。
 守ってくれていた仲間の「あ」という声と共に、エスターの体は引っ張られて囲いの外へ出た。
「わわっ」
 とん、と踏み出してよろけた体を、分厚い胸板が支えてくれる。
 反射的に上を見れば、引っ張った張本人である彼のほうが、目をまん丸にして固まっていた。
「ヴィンス! びっくりした。もうちょっと丁寧に迎えに来てよ」
「いや、変なところにいたから、俺から隠れているのかと……」
「皆が守ってくれてたのよ。変な人に目をつけられないようにって」
「ああ……」
 ぽやぽやと答える声には、彼らしい凜々しさは感じられない。
 ……と思いきや、見る見るうちにその頰が真っ赤に染まっていった。
「…………これは、隠すべきだと、思った」
(お、や?)
 幼馴染のヴィンスが、自分の姿を見て、紅潮している。
 その事実に、言いようのない高揚感が胸を埋め尽くした。
「先輩がね、支度してくれたの。……どう?」
「見惚れた。最高にきれいだ」
「そ、そう? よかった……えっと、ありがと」
 これまでも平然と、当たり前のように伝えられてきた容姿を褒める言葉が、ちょっと雰囲気が変わるだけで全然違うものに聞こえる。
 彼の熱が移ったようにエスターの顔も熱くて、止められない。
「……じゃあエスター、あたしたちも楽しんでくるわね」
「あっ、ありがとね。いい夜を!」
 ニヤニヤしながら去っていく仲間たちのことも、なんだかくすぐったい気分で見送れる。
 恥ずかしくはあるけれど、正直、悪い気分ではなかった。
「ヴィンスが選んでくれたワンピースも、先輩が着付けてくれたから。その、いつもよりは……ちゃんとお洒落できてると、思う」
「……ああ。よく見せてくれ」
 よりかかっていた体を離して、ゆっくり一歩下がる。パートナーだとわかるように片手を引かれたままだったのだが。
(――待って、正装!? フロックコート!?)
 自分の姿を見せると同時に、ヴィンスの全身も明らかになる。
 視界に飛び込んだのは、スリーピーススーツの中でも結婚式によく好まれる正装姿の彼だった。
 一番内側のシャツは乳白色で、中のベストは藍色。そして縫製のしっかりした上着とスラックスが上品な青色の組み合わせだ。
 首元はシャツより少しだけ色の濃いアスコットタイが飾り、手袋を入れる胸ポケットには満開のステラリアのコサージュが飾られている。
「いや、ずるい……何これ、かっこいい……」
 背が高く、均整の取れた体格の彼なので、ますます映える。
 見惚れさせられたら、なんて考えていたのに、すっかりこちらがやられてしまった。
「……そうか。よかった」
「どうしたのよこれ。ヴィンスはあの時、服を選んでなかったじゃない」
「貸し衣装だ。弟君が、せっかくの祭りだからと手配してくれてな。王城会場組は全員、正装で参加させてもらっている」
 ちらっと目線を動かした彼を辿れば、少し離れたところにベンジャミンの姿が見受けられる。
 相変わらずキラキラした目でヴィンスを見つめる姿は、自分のことのように幸せそうだ。
 彼も同じように青色の正装を着用しているので、近くで見たら見事な美少年ぶりだろう。
「正直、隣に並ぶ自信が消し飛んだところだが、お前が気に入ってくれたなら問題なさそうだな」
「問題ないどころか、これは私が放置されてもおかしくないわ……悔しい。かっこいい……」
「放置は絶対にしない、してたまるか。……ただ、連れ立って自慢するか、誰の目も届かない場所に隠すかは悩むところだ」
「か、隠されるのは困るかも……」
「そうか?」
 ヴィンスの目が、今度はエスターの背後を示す。
 何ごとかとふり返ってみると、こちらを注目する人々の姿があった。
 ……一人二人ではなく、おそらくこの場に集まるほとんどが、自分たち二人を見ている。
「どうしよう、うるさかったかしら」
「馬鹿、見惚れているんだよ。移動するぞ、なるべく人の少ない場所に」
「見惚れ……そ、そうね!」
 皆に軽く会釈をしてから、摑んでいただけの手をしっかりと握り直す。
 そのまま早足で去る際にも、視線はずっと追いかけてきた。
 ……侍女仲間たちの配慮は大正解だったようだ。改めてお菓子でも差し入れよう。
「いやでも、女性客が見惚れていたのはヴィンスよね。……やっぱりヴィンスはモテるんだ」
「俺はついでだろう」
「……これだから自覚のない美形は困るわ」
「感覚が麻痺するんだよ。普段からお前やお嬢様や第一王子を見てるからな。弟君も整った容姿をしているし」
「あら、そこに私も加えてくれるの?」
「俺にはお前が一番だよ」
「いち……」
(この男、どうしてそう恥ずかしい台詞をポンポンと!)
 さらりと告げられる言葉に、心臓がうるさくて仕方ない。
 意識した瞬間、一気に来ると先輩侍女が言っていたが、あれはこういうことなのだろうか。
(しかも、こんな格好いい姿で……こっちの気も知らないで)
 茹った頭で必死に冷静を装っているのに、もう誤魔化せなくなってしまう。
「……エスター?」
「今こっち見ないで……情けない顔してるから……」
 王城なので、歩く時は周囲の視線を意識して、なんて出発前に考えていたのが噓のようだ。
(そんなもの意識する余裕があるか!)
 ――そうしてしばらく歩いて、ようやくついた比較的空いている場所は、庭の外れの一角に区切られた立食スペースだった。
 街の会場ならもっとも混み合うここが空いているというのが、客層と目的の大きな違いだ。
(た、助かった! お祭りらしいところなら、冷静になれるかも!)
「ヴィンス、お肉もらいましょ、お肉!」
「そんな天使みたいな姿で肉を要求するあたりが、お前らしいな」
(天使って何!?)
 白いクロスをかけたテーブルには、片手で摘める小分けオードブルから、常駐の料理人が切り分けてくれる肉料理まで様々なものが並んでいる。しかも無料。
 肉、魚、野菜から果物まで彩り豊かな料理がところ狭しと並んでいるのに、それを味わっているのはごく少数の参加者だけだ。
 非常にもったいないと思うと同時に、立食コーナーにいる者は社交下手だと不当評価される貴族のやり方を気の毒に思う。
(私、やっぱり令嬢としての人生を選ばなくてよかったわ)
 取り分け皿にひょいひょい載せながら、今頃王子と一緒に挨拶回りをしていそうなブリジットを憂う。祭りなので大した数ではないと思いたいが、それでもエスターはごめんだ。
(普段は結構ぺこぺこしてるお嬢様だけど、公の場に出ると侯爵令嬢って感じだものね)
 TPOを弁えられる主人を自慢に思う反面、帰ったら食事もちゃんと取ってほしい。
「エスター、肉を切り分けてもらってきたぞ」
「ありがとう。こっちも適当に取ったけどこれで足りる?」
「お前、本当に結構しっかり食べる気なんだな」
 呆れたように笑うヴィンスも、今日は目がずっと柔らかい。
 慈しむような様子に鼓動を速くしつつ、隅に用意された簡易席へ並んで腰を下ろした。
「それにしても、殿下とコールドウェルのご令嬢は、本当にお似合いだったな」
(お?)
 途端に聞こえてきたのは、同じように軽食休憩をしている参加者の声だ。
 うっとりとした響きに、思わず聞き耳を立てる。
「ああ。なんといっても、あの正装とドレスだ。素晴らしかったよ。お二人のために仕立てられたものだろうが、神々のお姿が重なって見えたな」
「全くだ。メトカーフのご令嬢も美しかったが、やはり星輝祭は二人揃ってこそだな」
「……エスター、ソースが服につくぞ」
「あっ、ごめんなさい!」
 じっとりとしたヴィンスの指摘で、慌てて我に返る。彼の言う通り、聞くほうに注力したせいで肉料理のソースが服につきそうになっていた。
 せっかくのワンピースを汚すなどもってのほか。しかも白なので、染みが目立ってしまう。
「危なかった。ありがと、ヴィンス」
「あいつらの話に聞き入っていたのか?」
「お嬢様が褒められるのは、やっぱり嬉しいじゃない」
 ヴィンスにも聞こえていたはずなので、首をかしげて同意を促す。
 婚約が覆ることはありえないにしても、周囲から疎まれるか祝福されるかでは雲泥の差がある。
 ブリジットには、なるべく多くの者に祝福されて嫁いでほしい。
「ふーん……」
 ところが、ヴィンスはどこか不機嫌そうに目をすがめた。
 同じ専属だからわかってくれると思ったのに、彼の考えは違うのだろうか。
「え?」
 と、おもむろに彼の左手がエスターの右手に重なる。
 たった今、肉の切り身にフォークを刺したばかりの右手に。
「あ、ちょっと」
 そのまま彼は、エスターの手を引き寄せると、肉をぱくりと食べてしまった。
 自分の皿が手元にあるのに、わざわざエスターに食べさせられるような形で。
「自分の食べればいいのに……」
「エスター」
 ゆっくりと、舌が薄い唇を舐める。たったそれだけのことに、何故か心臓が跳ねた。
「な、なに?」
 先ほどまでずっと優しかった茶色の瞳が、鋭くも妖しい光をたたえる。
 ランプの明かりを映しているだけだとわかっていても、目が逸らせない色気があった。
「俺といるんだから、あまりよそ見はしないでくれ」


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